救世者に恋人を寝取られたので一撃入れた。
田舎者な農民の主観視点。
最後の方にちょいと加筆。
「ごめんね、レイル。わたし、救世者様の所へ行くことに決めたの」
笑顔で彼女が言う。
「すまないね。レイル……君? 彼女は僕のだから忘れてね」
彼女の肩を抱きながら笑顔で彼が言う。
「ちょっと、救世者様に返事はどうしたの!?」
「教育がなっていませんね。早急に救世者様の偉大さを教育さでるよう手配しなければ」
「そうですねぇ~。救世者様への敬意が全くないなんて~、ありえません~」
呆然とする僕に、複数の女の子たちが文句を言う。
なんだこれ。
◇◇◇◇◇
僕の名前はレイル。
ただの農民で、小さな村で父さんと母さんと弟たち五人で日々農業に勤しんでいる。
村は特にこれといって特徴のない農村らしい。
村から出たことないから他の村なんて見たことないし、行商のおじさんたちや他の村から嫁いできた人たち、あとは薬師のお婆ちゃんから聞いただけだし。
毎日、日の出と一緒に起きてご飯を食べて、父さんと一緒に畑仕事をして、村の男衆とすぐ側の山で自然の恵みを分けてもらって日々の糧を得て、日が暮れたら家に帰って道具の手入れをしたりして、家族でご飯を食べて寝る。
そんな事の繰り返し。
僕としてはこれといって文句もないんだけど、他の若者たちはたまにこの生活に飽きて村を出ていくことがある。
都会は住みやすくて、楽しいことがいっぱいあるらしくて、出ていった若者は帰ってこない。
だからか、大体何年かに一回は若者が村を出ていくのが恒例になってる。
僕と同い年の奴もついこの間、行商のおじさんたちと一緒に出ていってしまった。
そいつの親父さんはちょっと元気を無くしてしまったけれど、下の子供たちのためにと今まで以上に張り切っている。
父さんに外への興味はあるかと聞かれたけど、僕は村での生活に不満はない。
農作業はとても大変だけど、村を出ていった連中みたいに耐えられないと泣くほど苦に思うほどじゃないし。
正直言うと、村の外に興味はあるけれど、それ以上に怖いんだよね。出ていって帰ってこないということは、父さんや母さん、弟たちに二度と会えないってことだ。
それが嫌だ。
あとは、まぁ、その、僕には将来結婚して、所帯を持ちたいって思う人がいるんだ。
村で同年代の、カルテっていう女の子。
元気で、笑顔がお日様みたいにあったかくて、一緒にいると力が湧いてくるんだ。
村の皆は全員顔見知りだけど、僕の父さんとカルテの父さんは昔から兄弟のように仲が良くて、お互いに息子と娘が生まれたら結婚させようと決めていたらしい。
だから僕とカルテは幼い頃から一緒にいて、お互いに結婚するんだって思ってて、それが当たり前だった。
僕も、カルテも、この村でずっと暮らしていくと決めていた。
彼女も都会に興味はあるけれど、都会の暮らしぶりを聞いて疲れそうなんて、苦い薬を飲んだ時のような顔をしていた。
僕は農作業をしたり、力仕事をしたり、あとは村の用心棒──旅をしていたけれど、この村が気に入ったからと定住するようになった自称武闘家のおっちゃん──にちょっとした護身術? を習ったりした。
カルテは女衆と一緒に炊事洗濯をしたり藁を編んで縄を作ったり、村の薬師のお婆ちゃんに傷薬なんかの作り方を教わったりした。
それで……忙しい合間を縫って、二人で会った。
村の中だと見つかれば冷やかされたりするから、村に隣接する森の方に行って、お互いになにをした、何を覚えた、とか話して。カルテが作ってくれたお弁当を食べて……好奇心に駆られて父さん母さんが夜にやっていることをしてみたり。
僕らは、このままずっと一緒にいるんだと、疑わなかった。
それが変わったのは、僕らが十四歳の時だった。
あと一年で成人したと認められて、僕とカルテは結婚して新しい家に住む。
お互いがその未来を当たり前だと思っていた。
村の人たちも、カルテも、僕も。
「控えろ! この方はダリフズマン教が教皇、アブストロニクサ十六世猊下が授けられし神託によって選ばれし、救世者様であらせられる! 全員、跪いて頭を垂れよ!」
突然やっってきたのは、ダリフズマン教とかいう集団の名前を語る集団だった。
布を何枚も巻き付けたような真っ白くて動きにくそうな服を着たおじさんたちが何人も馬に乗っている。
目が痛くなるような飾りの付いた馬車が何台もあって、その中の一際豪華な馬車から降りてきたのは──。
「やあ、初めまして。この度、救世者として救世の行を行うことになったので、僕のことは絶対に忘れないでね」
こちらも白い服に白い布を何枚も重ねたような服を着た、女の子だった。
いや、話によると男だそうだ。
馬に乗っていた男たちが言うには、この女に見える男は救世者というとても凄い人で、皆がこの人のために動かなければならないそうだ。
この人を怒らせると、罰が下るから気を付けろと。
村人全員が集められてそんなことを言われた。
皆、驚いた。
だってそんなことを言われたってどうしろって言うのか。
村長が、
「こんな田舎じゃ大したことはできんし、無理じゃて。あんたらはこんな吹けば飛ぶような所に何を求めるんさ?」
なんて聞いたら、
「黙って従え。あと今日はこの村に泊まらせてもらう。食事と寝床を準備せよ。もちろん最高級品をだ」
そう言った後は、馬に乗っていた男たちは村の中に入っていって、
「ここがマシか」
僕とカルテのために皆が建ててくれている家を見た。
そこを救世者とやらの宿にすると決められて、思わず抗議しようとしたら皆に止められた。
「バカ! どうせ明日になったら出ていくんだろうから、今日は大人しくしてろ!」
「あいつらが出ていったら綺麗にしてやっから、我慢な!」
旅人に一夜の宿を貸すなど、当たり前にやってきたことだ。
規模は大きいけど、一晩我慢すればいいだけの話だった。
そう思っていた。
僕とカルテのために建てられた家は救世者とやらが一人で使って、他の連中は村の広場に集まって、それでも入らないほどの大人数は村の周囲にテントを張っていた。
迷惑としか思わなかったけれど、怒らせても損しかないからと歓迎の意味を込めて女衆が飯を作ったけれど、あの偉そうな男が毒見と言ってつまみ食いをして、
「こんな粗末なものを救世者様に召し上がってもらおうなどとお前らは何様のつもりだ!」
おいしいのにオキ芋。
ふかすだけでいいんだよ?
それなのに男たちは村の子供でもしないような駄々をこねて、拗ねてどっかへ行ってしまった。
もういいとか言っていたから、自分たちでやるんだろう、ということで纏まった。
何台も続く馬車には綺麗に着飾った女の子たちが乗っていたので、皆で食事を作るのだろう。
ということでせっかく作ったふかしオキ芋は皆で食べることになった。
おいしー。
頬張っていたら、カルテがオキ芋に手をつけずに遠くを見ていた。
その方向にあるのは、僕とカルテの新居。
今は周囲に人が大勢いて騒がしくなっている。
「カルテ」
「! ……レイル? おどかさないで」
オキ芋を一個、渡そうとしたら断られた。
「僕らの家、使われちゃったね」
「そうね」
「みんながね、あとで綺麗にしてくれるって」
「そうね」
「オキ芋美味しいよ?」
「そうね」
「カルテ?」
「そうね」
カルテはずっと見ていた。
僕らのために建てられた新居を。
救世者がいる場所を。
不安に思った僕はカルテに話しかけた。
僕の方を向いてほしい。
僕を見てほしい。
でも、カルテは、
「レイル、うるさい!」
叱られてしまった。
オキ芋を食べていた皆もびっくりして僕らを見ていて、僕はカルテを見て、でも彼女は、じっと家を見ていて。
「……!」
「カルテ!?」
彼女は突然動き出した。
出来上がったふかしオキ芋を入れた籠を掴むと、一直線に走っていった。
救世者のいる家へ。
慌てて追いかける。
皆もついてくる。
カルテは家の前にいる見張りに話しかけていた。
「これ、おいしいオキ芋です! あの、あの人に食べてもらいたくて!」
「そんなもの、あの方の口には合わん。帰れ」
「本当においしいんです! 一個でいいから!」
「帰れ」
自分よりも長い棒を持っている見張りは冷たい態度でカルテを追い返そうとする。
食って掛かった僕が言える立場じゃないけれど、明日には出ていくんだ。このまま何事もなく朝まで放っておけばいいって村の皆で決めたのに。
女衆が止めようとしたけど怒鳴って。
男衆が止めようとしたら噛みついて。
僕が止めようとしたら熱々の芋を投げつけられた。
カルテは必死だった。
絶対に食べてもらいたいって叫んでいた。
今まで見たことのないカルテがそこにいた。
「……ねぇ、うるさい」
騒いでいたら、中から救世者が出てきた。
まだ動きにくそうな服を着たままだ。
「救世者様! これおいしいので食べてみて!」
救世者が出てきたら、カルテがすごい笑顔でふかしオキ芋を付きだす。
慌てた見張りが止めようとしたけど、救世者は芋を見て、カルテを見て、
「じゃあ中に入って」
笑顔でそう言った!
慌てた僕はすぐにカルテに声をかけたけれど、彼女は聞こえていないように、嬉しそうに救世者に返事をして中に入っていってしまった!?
「カルテ!」
「さっさと帰れ!」
「嫌だ! カルテ!」
「ええい、不敬だぞ!」
信じられなかった。
カルテが何を考えているのか解らなかった。
どうして僕を無視して、救世者なんていきなり来た奴の所に行くのか。
カルテと話をしたいだけなのに、なんで僕が棒で叩かれなきゃいけないんだ!
村の皆に引きずられて家にまで戻された僕は、叩かれて赤くなった部分に薬師のお婆ちゃん特性の貼り薬を貼られてベッドに倒れこんだ。
「大人しくしておれ。若いと言ってもすぐには治らんからな」
「鍛えていてよかったな。打撲だけで済んだ。元気になったらもうちょっとキツイのに変えるからな」
薬師のお婆ちゃんと用心棒の武闘家のおっちゃんからそう言われて、大人しくすることにした。
カルテをすぐに連れ戻したいけれど、二人を怒らせると怖くて、叩かれた所が熱くて、念のためと飲まされた飲み薬が効いたのか、すぐに眠くなって、僕は明日になったら元通りになっていてくれと願いながら眠った。
◇◇◇◇◇
救世者を名乗る奴は、ダリフズマン教という宗教の教皇という偉い人が認めたとてもすごい人だという。
それで、その凄さを皆に報せるために仲間を引き連れて集落を一つ残らず全部訪れて、救世者の凄さをじっくりと教えるのが目的だそうだ。
村によく来る行商のおじさんたちがそう教えてくれた。
「まぁなんだ。いきなりやって来て、よく分からねぇ奴を崇めろって言われても困っちまうよなぁ……」
村長の家でお酒を飲みながら、行商のおじさんはぼやいた。
それを聞いて僕も含めた全員がため息を吐いた。
この村に救世者達が来てから七日経った。
あの日からずっと大人数が村に居座っていて、僕らはすごく迷惑だった。
村の広場や周囲にテントが張られ続け、朝から晩まで村の生活は邪魔され続けた。
朝から騒がしく、人で溢れているから畑に行くにも一苦労だし、中には収穫前のものを勝手に獲られてしまう。文句を言っても知らんぷりだ。
洗濯しようとしても川にも人が溢れていつまでたっても順番が来ない。
飯を作る薪も乱獲されるし、森の恵みも根こそぎ奪われる。
連中は好き勝手動き回って、中には勝手に家のなかに入り込む奴もいた。追い出せば何故かこっちが悪者扱いだ。
夜も遅くまで焚き火を囲んで騒いで、酔っぱらって暴れるので眠ることもできない。
この村だけじゃなく、他の場所でも同じ事をやって来たらしい。
「んで、この村じゃ、カルテちゃんか」
「……もうあの子は、親の言葉も聞かなくなっちまったよ。本当に、すまんな、レイル」
「……もう、いいよおじさん」
泣きそうなおじさんに、僕はそう返すしかない。
あの連中が立ち寄った場所では、若い女が救世者のためにと住んでいる場所から飛び出して仲間入りするのだという。
最低でも一人。多くて十人。
それが馬車に乗ってずっと救世者にくっついて来てるんだ。
……誰もが、救世者の女だってさ。
あの日からカルテはずっと救世者に付きっきりだ。
芋を持って救世者のいる家に入っていってから、カルテは朝どころか昼くらいまで出てこなかったって聞いた。
僕は熱が出て養生をしていたから見ていなかったけど、おじさんやおばさんが怒って、僕に謝れと言ったら、
「あんな奴よりあの人の方が格好いい! レイルより救世者様と結婚したい!」
大声だったからね。
家の壁を超えて聞こえてたよ。
カルテは叱るおじさんやおばさんよりも大声で叫んだ。
救世者様の方が格好いい。
救世者様の方が優しい。
救世者様と一緒に暮らした方が幸せになれる。
救世者様もわたしの事を好きって言ってくれた。
救世者様の方が気持ちよかった。
全部聞こえた。
動けない僕はただ聞くしか出来なかった。
情けなくて、苦しくて、悲しくて、泣いた。
どんなに叱られてもカルテは聞かなくて、救世者の所にずっといるという。
皆が言うには、奴の顔は女にとっては一目見ただけで入れ込むぐらいに格好いいそうだ。カルテは奴の顔を見てすぐに囚われたんだって。
一目惚れしたんだってさ。
僕との今までの関係より、奴の顔の方がカルテにとっては大切になってしまった。
でも、他の女衆はカルテと同じようにはなっていないのは何でだろう?
動けるようになってすぐにカルテに会いに行ったら、見張りに止められて、それでも騒いでもカルテは出てこなくて。
僕と彼女の新居なのに、カルテは別の男と一緒に住んで。
その家に別の女も何人も入っていって。
僕とカルテのための家なのに、もう救世者の奴の家になっていた。
何が救世者だ。
ただの疫病神じゃないか!
あれからずっとカルテと会っていない。
見張りが増えてあの家に近づけない。
邪魔者が多くて生活がしづらい。
なのに救世者を敬えと言う白い服の男たち。
名前はすごいのに、女を連れ込んで家に籠っているだけの奴。
……顔が良ければいいだけの女たち。
「いつになったら出ていくのかな?」
僕の言った事に皆が驚いて、だけど同じ気持ちだって言ってくれた。
次の日の朝、男衆全員で追い出すことを言いに行くことにした。
もちろん僕もついていく。
一番偉いのは救世者らしいので次に偉いのは誰だと聞けば髭を生やした白い服の男が出てきた。
「で? なんだ?」
「迷惑だからもう出ていってくれ。お前らが邪魔でしょうがない」
村長が言えば、髭男はすぐに怒った。
「不敬だぞお前ら。俺たちを誰だと思っている?」
「疫病神」
「なぁにぃ!?」
怒った髭男は僕を睨む。
疫病神と言ったのは僕だ。
こいつらが来たからこんな事になっているんだ。
「お前ら、救世者様に逆らうのか!?」
「やんのかこら!?」
白い服の男たちは長い棒を構えたけど、僕らは斧や鉈を構える。
もう我慢の限界だ。
僕らの勢いに、白い服の男たちは一歩下がった。
「なにしてるの?」
睨みあっていたら、呑気な救世者が家から出てきた。
女を引き連れて、いいご身分だ。
家の前でこんなことになっているのに、慌ててない。
なんなんだこいつ?
「救世者様、こいつらが村から出ていけなどと!」
「あ、そうなんだ。じゃあ帰ろうよ。ここ何にもないから飽きたし」
…………。
「そうだ! この娘も僕のになったから。よろしく」
「は、はい」
救世者は、カルテの肩を抱いていた。
僕のに、と言われて、本当に、嬉しそうだ。
「……カルテ」
「? ああ、レイル、いたの?」
久しぶりに会った彼女は、僕を見て、嫌そうな顔をした。
そっか。
そんなに僕が嫌か。
そんなにそいつがいいのか。
「ねぇカルテ、誰?」
「あ、あの、わたしに付きまとっていた男です」
「ふ~ん。この娘、僕のだからね」
女みたいな顔で、筋肉がついていないから細い体。光っている金の髪。翡翠みたいな目。
僕らの村にはいない特徴の男。
刃物を持っている僕らを見ても、笑っているだけ。
気持ちが悪い。
「ほら、ご挨拶して」
「はい!」
元気いっぱいだね、カルテ。
「ごめんね、レイル。わたし、救世者様の所へ行くことに決めたの」
笑顔で彼女が言う。
「すまないね。レイル……君? 彼女は僕のだから忘れてね」
彼女の肩を抱きながら笑顔で彼が言う。
「ちょっと、救世者様に返事はどうしたの!?」
「教育がなっていませんね。早急に救世者様の偉大さを教育さでるよう手配しなければ」
「そうですねぇ~。救世者様への敬意が全くないなんて~、ありえません~」
呆然とする僕に、複数の女の子たちが文句を言う。
なんだこれ。
なんで僕が文句を言われるんだ?
「ふざけるな! カルテを物扱いして! お前が来てから皆迷惑してんだ! なにが救世者だ! 疫病神じゃないか!」
思わず怒鳴ってしまう。
皆からは我慢しろなんて言われたけど、無理だよ。
「なんてこと言うの!? 謝って!」
「カルテはどっちの味方なんだ!? 僕と結婚するって言ってたじゃないか!」
「え、やだ! あんたより救世者様の方がいい!」
泣きそうになった。
「あんたみたいなブサイクより、救世者様の方がいいに決まってるじゃない! ああやだやだ!」
カルテは救世者に抱きついて、頬にキスした。
……そうかよ。
「なら、さっさと出ていけ」
「なによその言い方!」
あれだけ一緒にいたいと思っていたのに、今じゃもうそこまで思えない。
行商のおじさんが言うには、『百年の恋も冷めた』らしい。
男でも女でも、酷いことをされれば恋も愛もなくなってしまうのが当たり前だって。
僕がおかしい訳じゃないって分かって、安心した。
なんか騒いでる女たちを無視していると、急に救世者が、
「お前、生意気」
なんて言い出した。
生意気? お前が言うのかそんなこと。
「ほら、早く謝って! 救世者様はね、とっても強いんだからね!」
「そうよ! あんたんて一発よ!」
「不敬な上に身の程知らずだなんて」
「やっぱり~田舎者はダメですね~」
うるさいなぁ。
「僕はさ、彼ら神官戦士たちと戦っても負けたことないんだ。彼らも強いんだけど、僕はそれ以上なんだ」
救世者が何か言いながら白い服の男から棒を奪う。
なんだ。やるのか。
今の僕は暴れたくて仕方ないんだぞ。
「い、いけません救世者様!」
「なに? 僕に逆らうの?」
「い、いえ滅相もない!」
「じゃあみててよ。君たちと同じように、すぐ倒して終わりだから」
救世者は笑いながら棒を構えた。
「ほら、おいで」
それで、僕は、切れた。
「ふざけんなぁっ!」
棒が突き出されるけど知ったことか!
こいつを一発殴ってやらなきゃ気が済まない!
棒の先が腹に当たる。
痛いけど痛くない!
棒を掴んで思いっきり引っ張ったら、救世者の奴が棒を手放した。
僕も棒を放り捨てる。
殴るって決めた。
だから殴る!
棒を離した手を見てる。
僕を見ようともしない。
余裕じゃないか!
そのツラ、
「凹めぇ!」
「ぶべぇ──!」
思いっきり横っ面を殴ってやった。
何か吐き出しながら吹っ飛ぶ救世者。
手が熱い。
でも、強いんだからこのままじゃ終わらない。
すぐに蹴ってやろうかと思ったけど、倒れたまま奴は起きてこない。
武闘家のおっちゃんがよく使う、『やられたフリ』だ。
騙されるもんか!
倒れたままの、無防備な腹に爪先を叩き込もうとして、白い服の男たちが棒を突きだしてきた。
「救世者様を守れ!」
僕とこいつの喧嘩だぞ!
「おめぇら、叩っころせ!」
「「「おっしゃぁ!」」」
男衆が白い服の男たちに襲いかかる。
白い服の男たちはすぐに殴られて、蹴られて、倒れていった。
誰も起き上がらない。
皆、鬱憤が溜まっているから容赦がない。
「……いぶぁい」
「ん?」
「いぶぁい……いぶぁいよぅ」
変な声が聞こえた。
救世者だ。
地面に倒れたまま何か言ってる。
……こいつ強いって言ってたけど、何してるんだ?
強いならあの程度の一発なんて何ともないだろ。
「おい」
「ひ、ひぎぃっ!」
「あ、救世者様ぁっ!?」
……あいつ強いって自分で言ってたのに、僕なんかに殴られた程度で、泣いて逃げていった!?
四つん這いのまま村の入り口へ這って行ったと思えば、馬車に乗ってしまった。
「だじぇ! はやぐ!」
「え、あ、はいぃっ!」
あいつ、逃げやがった!?
救世者の命令で馬車が一台だけで走り出す。
「え? あれ?」
「は?」
「え~?」
僕らだけじゃなく、救世者の仲間たちも信じられないみたいで、口を開けたまま馬車が走り去っていった方を見ている。
「……なんじゃ。追いかけんでええのか? お前ら、あやつが大事なんじゃろ?」
薬師のお婆ちゃんの一言で、救世者の仲間たちは大慌てだ。
「撤収ー! 撤収ー!」
「急いで準備しろー! 救世者様を追うんだー!」
殴られた奴等も、それを見ていただけの奴等も、荷物をかき集めて馬車に乗って、土煙を上げて走り去っていく。
「村長、綺麗に消えたね」
「だなぁ」
あれだけ迷惑だった奴等が、一発殴っただけでいなくなった。
何だったんだ?
本当になんだったんだ?
◇◇◇◇◇
あの騒動からあっという間に一月が経った。
邪魔な連中がいなくなったお陰で畑にも川にも森にも自由に行くことができるし、夜はゆっくりと休むことができる。
いつもの村に戻ったんだ。
完全に元通りとはいかなかったけど。
森の恵みや薪、端正込めて育てた作物なんかが勝手に獲られてしまったが、もう害獣にやられたのだと思うようにした。
あとは、僕が住む予定だった家は燃やした。
あの野郎、好き勝手してくれたようで床や壁に何かの染みや乾いた何かがこびりついてるし、変な臭いがついてるし、わざわざ造ってくれたベッドもめちゃくちゃで……解体する気も起きなかった。
あとはまぁ、僕の結婚の予定がなくなった。
あの日、逃げた救世者を追って連中が出ていった時、カルテもついていったようだ。
もしかしたらと思って隠れられそうな所は手分けして探したけれど、見つからなかったから、あの騒動の時に便乗したんだろうって。
……あれだけ大切に想ってたのに、今じゃどうでも良くなってるんだもんなぁ。
はぁ。
ああそう言えば、村の女衆にカルテみたいにあの野郎に惚れ込んだ娘がいないかと聞いた所、いなかった。
好みじゃないんだとさ。
しなびた根菜みたいに細いから力仕事出来そうにない。
見るからに頼りなさそう。
男なら筋肉なきゃね。
胸毛大事!
だってさ。
またしばらくして行商のおじさんが来たとき、あの連中がどうなったか教えてくれた。
救世者っていうのは教皇さんとやらが勝手に決めたらしく、あのなんとか教の人たちからも文句が出ていたそうだ。
勝手に変な奴を変な役職につけて、好き放題させたんだから、そりゃあ、ね。
それで、女たちを何十人も連れて帰って嫁だと言ったら怒られて、教皇さんと救世者は役を降ろされてしまったそうだ。
そんで女たちは修道女? とかいうのになったらしい。
都会のそういうのってよくわかんないな。
「ま、勝手に出ていったのに遠く離れた場所から帰ってくるなんて無理だな。レイルには悪いが、あの嬢ちゃんは諦めな」
うん。
村から出ていったら戻って来ないのはわかってる。
きっと都会で好きに生きていくんだろう。
行商のおじさんと別れて、僕は畑に向かった。
・レイル
主人公。何の変哲もない農民。
カルテと結婚するのだと思っていたが、救世者とか名乗る男に寝取られた。
都会に住んでいたら教皇だのなんだのの情報を聞けば尻込みしただろうが、世情に疎い田舎者な彼にとって仰々しい肩書きもなんのその。
ぶん殴ったら全部終わった。
その後、村の別の女の子と結婚して農民ライフを続行。
・カルテ
レイルと結婚する予定だったが、救世者に乗り換えた。
その本質は良くも悪くも田舎者。この村で一生を終えるのだと思っていたけれど、心の奥では都会への憧れがある。そのせいで都会の洗練された、田舎にはいない美形を一目見て心奪われた。
火に誘われる虫の如くイケメンの所に突撃しておいしくいただかれた。
イケメンに優しくされてのぼせ上がって、レイルを捨てたけど、救世者が殴られて泣いて逃げたどさくさに紛れて一行に着いていったけど、救世者とかが没落した結果、ツテもコネもない見知らぬ街で一人ぼっちに。
その後、人拐いからの娼館ルートへ。
・救世者(笑)
教皇によって選ばれた、救世の聖人。
とは名ばかりで、結局の所は教皇が人気取りしようとして勝手に作った張りぼて。任務はその綺麗な顔で愛想を振り撒き、人気と金を集めて教皇に献上させる事。
でも本人は顔がいいだけの、体は大人頭脳はクソガキ。甘ったれでチヤホヤされるのが大好き。あと下半身直結。
魅了だとかそんな特殊能力はない。
強いとか本編で言っているが、怪我させると教皇とかが怖いので接待でやられて称賛されていたに過ぎない。子供が三人くらいで飛びかかれば無力化できる。
レイルに殴られてギャン泣きして逃げ帰ったら、好き勝手してたのを反教皇派に突き上げられて教皇が失脚、後ろ楯を失って放逐されることに。
こいつに引っ付いて甘い汁を啜っていた連中の逆恨みで暗殺されて終了。
・取り巻き
救世者の部下たちは本拠地に戻ったら教皇も救世者もいなくて、どうしようかと悩んでいたら実権を握った新教皇派によって捕縛されて奴隷堕ち。
救世者の嫁たちは全員、着の身着のままで故郷を遠く離れた街で放り出され、泣きわめいてもどうにもならない現実に絶望して、拐われて娼館、奴隷堕ち、臓器ブローカーの所でパーツ取りなどなど悲惨な末路に。