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オーバーズ!  作者: 米方立十
第一章
8/13

007 星の散った国


 ◇ ◇ ◇




「ところで、37人って言ったよな?」

「うん?」

「殺すのはこの国のお偉い方と、この世界に一緒に来た37人って言ったよな?」

「ああ、言ったね」


 この世界に来たのは生徒38人と先生2人、そしてバスの運転手さんを合わせた計41人だ。そこから俺と、目の前で俺のベッドに腰掛けている危吹銃火(つつほ)と、その双子の姉である危吹刃太刀(はたち)の3人を引くと、38人。


「つまり協力者をもう一人見繕っていて、刃太刀はそっちの勧誘に行ってるってことか?」

「鋭いねえ、大正解だよ。誰だか分かるかな?」

「大人なんじゃないか? 目谷先生か、湖先生か、名前は覚えてないけど運転手さんか」

「ぶっぶー」


 違うのか。大人がいた方が何かと都合がいいとは思うんだが。でも考えてみれば説得が桁違いに難しいよな。担任の目谷先生とか、この計画を教えたら怒るどころか泣いちゃうぞ。

 それに、考えてみれば大人にこだわる理由も特に無い。この世界では俺も危吹姉妹も既に大人と呼ばれる年齢なのだし。


「じゃあ、そうだな。誰だろう?」

「はい残念時間切れー。正解は……すうちゃんでした!」

「ふうん、結車ゆぐるまか。意外だな」


 結車芻。

 彼女を一言で表すと、委員長風女子だ。

 成績はクラスで常にトップ3に入り、何か問題を起こして先生の仕事を増やすこともない。模範的授業態度、無遅刻無欠席、成績優秀と語呂は悪いが三拍子揃っている真面目なクラスメイトだ。

 髪は胸元まで真っ直ぐに伸ばした黒色で、自己主張を一切しない黒縁の眼鏡をかけており、制服には着崩すという文化が1ミリも取り込まれていなかった。狙ってか無自覚にか如何にも学級委員長のような雰囲気を出しつつ、実際にはその肩書はない。だから委員長風女子だ。


 でも危吹と結車って仲良かったっけ?

 教室で話してる姿とか見たことないけど。


「結車にも俺にやったみたいに会話予知して従わせてんの?」

「いやいや、あんな方法で()()になってくれるのは千蜜くんぐらいだよ」

「そんなことはないと思うが……」


 知らん世界に飛ばされるという特殊な経験をしてはいるが、しかし俺自身が特殊な人間というわけでは――ないこともないけど。


「芻ちゃんにはね、私がやろうとしていることはこんなにも素晴らしいことなんだよーって感じで説得中だよ」

「宗教的だな」

「宗教に失礼だよ」


 それもそうか。

 ……そうなのか?


 宗教といえば、ここノースター王国では白神教という宗教が100パーセントの業界シェアを占めているらしい。その陰で弾圧された信仰があったり、あるいは神の存在を信じない者もいるのかもしれないけれど、少なくとも表向きはこの国の全国民が白神ハノレルートを崇め奉っている。

 俺達をこの世界に送り込んだあの声の主だ。


 神様なんて信じていなかった俺にはこうして第二の人生が与えられたわけだが、果たしてこの国の敬虔けいけんな信者たちに白神様は何をしてあげているのだろうか。魔族との戦争は苦戦を強いられているようだけど……ああ、だから俺達が召喚されたんだっけ。

 圧倒的な基本スペックと反則的な成長速度を兼ね備えた俺達は、単純な戦力としては確かに申し分ないだろう。何を供物に捧げたのかは知らないが、神様が商売をしてるとするなら赤字必至の大サービスだろう。

 しかしその中から裏切り者が出てるんだからハノレルートも詰めが甘い。


 いや、銃火は白神ハノレルートとは別の神様に会ったんだっけ? 

 ということは一つの可能性として、その神様は白神教によって淘汰された他の宗教の神様なのかもしれない。銃火に革命を頼んだのは白神教に、あるいはハノレルートに対する復讐か、反逆か。


 まあ何にせよ。

 王様にせよ神様にせよ、侵略戦争にせよ宗教戦争にせよ、どいつもこいつも身勝手なものだ。こちとらまだどこにでもいる普通の高校生という感覚が消えていないというのに、数日後には戦場に送り出されそうな勢いだ。

 そんな笑えない現実を受け入れつつある自分が怖いし、完全に受け入れて寧ろワクワクしているクラスメイトを見ると、背筋に魔物の体液を垂らされたようなおぞましさを感じる。


 こういう感覚は、目の前の彼女にもあるのだろうか。

 考え込むうちに下に沈んでいた視線を銃火に戻す。それに気付いた彼女は、何故か少し興奮気味に笑みを浮かべた。


「おおっ、芻ちゃんも協力してくれるってよ。いやー、よかったよかった。これで万全の体制で革命に挑めるよ」

「へぇ、そいつはおめでとう」


 脈絡も何もないが、急にどうした。

 もしかして――


「お前ら姉妹ってさあ」

「うん?」

「テレパシーでも使えんの?」


 電波でも拾ったみたいに突然姉の方の状況を語りだした。双子ならではのそういう何かがあるのだろうか?

 ……ご機嫌な銃火の表情を見るに、どうやら正解らしい。


「テレパシー、というよりは意識の共有って感じかな。他人の倍の容量の脳みそで2人分の体を扱っている、と言うと分かりやすいかな?」

「なるほどね」


 俺に披露した未来予測も、その2倍の脳で導きだしたってことか。

 ……いや、2倍あろうが20倍あろうがあれほど正確な予測ができるだろうか? 人間にそこまでのポテンシャルは有るだろうか? よくよく考えてみると最先端の人工知能にだって難しいはずだ、会話の予測なんて。

 しかし嘘は吐いていないようだし、脳が一つしかない俺には想像もつかない手を使ったのだろう。


「やけにあっさり納得するねえ」

「ん?」

「普通はその特殊な仕様は神様から貰ったのか、とか聞きそうなものだけどね。まさか全ての双子にこのシステムが標準装備されているだなんて思ってないだろうし」


 あっ、この展開は不味いかもしれない。うっかりしていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()せいで、あまりに自然に受け入れすぎてしまった。

 不自然なほど、自然に。


「えっと、その特別な仕様は神様から貰ったのか?」

「ところで私はこうして秘密を打ち明けたわけだけど、次は千蜜くんの秘密を教えてほしいなあ」


 ああ、こいつもう気付いてるわ。俺もある意味同類だって気付いてるわ。銃火と刃太刀の判別ができるって時点で疑ってはいたんだろうが。


 しかし俺としては絶対に言いたくない。言ったら間違いなく引かれる。

 ちくしょう、銃火が男だったらまだネタにできるのに。ただ危吹姉妹がもし危吹兄弟だったなら、恐らくそもそも判別できていなかった。たらればの話をしても仕方ないが、とにかく嫌だ。絶対引かれる。


 とはいえ協力すると決めた以上、こいつには教えておいた方がいい。というか、教えるべきではあるんだよなあ。


「ん? ん? 千蜜くんにはどんな特異体質チートがあるのかな? どうやって私たち姉妹を見分けてるのかな?」


 ああやだなあ。

 もうやだなあ。

 …………はぁ。


「見分けてはない」

「というと?」

「嗅ぎ分けてる」


 こてんと首を傾げる銃火。しかし俺には視覚からだけでなく、嗅覚からも彼女が疑問を感じていることが窺える。


「その可能性は考えてたけど、でも香水使ったときも、午前と午後で服を入れ換えたときも、普通に区別できたよね? ブラフ?」

「確かに服の入れ換えはかなり戸惑ったけど、なんでそんなことしてるのって意味でも戸惑ったけど、中身は変わってないわけだし……」


 少しずつ訝しげな表情に変わってきた。まさかこの時点で答えが推測できたのか? 不信感と警戒心の尖った匂いが漂ってくる。流石は常人の2倍の脳みそだ。是非その卓越した思考回路で『これ以上追及しない』という選択肢を選んでほしいのだが、そんな願いは残念ながら届かない。

 じりじりと追い詰められていく。


「DNAレベルで同じで、生活習慣もほとんど一致してるんだけど、なんで?」

「それはその……ほら、びっくりそっくり瓜二つのお前らも、あれは違うじゃん?」


 銃火の眉間に皺が寄る。変質者を見るような視線、さっきより更に刺々しい臭い。これもう答え確信してるだろ。ならこれ以上続けるのは互いに何の利益もないって分かるよな? な?


「つまり?」


 おい嘘だろ。言わせんのかよ。


「えっと、だから、ほら、女の子的な、あの、周期とか、その、な?」

「……」

「……」


 視線が痛い。

 沈黙も痛い。


「生理ってこと?」

「折角濁してたのになんではっきり言っちゃうんだよ」

「……」

「…………」

「………………」


 視線が辛い。

 沈黙が辛い。


「……気持ち悪っ!」

「ぐはっ!」




 ◇ ◇ ◇




 自分の嗅覚が周囲のそれとは一線を画すものだと気付いたのは、小学校3年生か4年生の時だ。これといった切っ掛けがあったわけではない。ただ他の人は何も感じていないのに俺だけはその臭いに気付くということが何度もあり、次第に自分の鼻が優れていることを自覚していった。


 以前は人より少し敏感程度だったのだが、それがいつの間にか臭いで人を判別できるようになり、体調が分かるようになり、今では大まかな感情を読み取ったり嘘を見破ることもできるようになった。

 ここまでくると本当に嗅覚だけでできるのかと我ながら疑問に思うが、病院に行って「お前の鼻は異常だ!」と言われても面倒なので検査等はしていない。家族にも言っていない。

 それは危吹姉妹も同じなのではなかろうか。意識の共有なんて特異体質、そうそう人に話せるものではない。俺に打ち明けたのは彼女たちなりの信頼の証か、あるいは俺の秘密を聞き出すための必要経費だろう。


 さて。ここで気になるのは危吹姉妹が声をかけたもう一人、結車芻である。彼女にもまた俺や危吹姉妹のように秘密があるのか。

 というわけで本人に直接尋ねてみた。


「結車は、何か特別な体質とかあったりするのか?」

「……は?」


 嗅ぎとれたのは不審と嫌悪、そして全く同じものが表情からも見てとれた。心当たりがなきゃ、そりゃそうなるわな。

 ただ動揺した様子はなかったので恐らくこいつは普通の人間だ。異世界に来てる時点でやっぱり普通とは言えないが。


 ちなみに『異世界』という言葉は危吹に教えてもらった。現実世界の人間が別の世界に行ったとき、そこを異世界というらしい。そんな経験滅多に無いだろと思ったが、ネット小説などでよく出てくる言葉だとか。

 危吹姉妹には何故そんなことも知らないんだと驚かれたが、言葉なんてのは存外そんなものだろう。出会うまでは、自分が知らないことにすら気付かないのだ。


 そんなこんなで新しい知識を得たり、日々の訓練では新しい技術を得たりしながら時は過ぎ、異世界生活12日目の夜。俺は結車とともに双子姉妹の姉の方、危吹刃太刀の部屋に来ていた。


「それじゃあ最後に作戦をおさらいするよ」


 俺は椅子に腰掛け、銃火と結車はベッドに座り、一人だけ立っている刃太刀の言葉に意識を向ける。


「まず私たちの同族、共にこの世界に来た37人は夕食で毒殺する。これは昼の段階で芻ちゃんに仕込んでもらう。いいね?」

「はい」


 結車は危吹姉妹に対して何故か敬語だった。信用とか信頼とか、そういうプラスの感情があるようだが、勧誘したときに何を話したんだろうか? ちなみに俺に対しては不信感バリバリのタメ口だ。なんでだよ。別にいいけど。

 そんなことより明日のことだ。


 危吹姉妹が用意した毒。これは刃太刀のスキルが薬物調合なので自作した物かと思いきや、そうではなかった。


 プレゼントフロム神様だそうだ。

 解毒薬もセットなのだと。


 この()()は俺が会ったハノレルートとは別の、銃火だけが会ったという正体不明の()()だ。神様って時点で十分に正体不明だけど。


 それにしてもいつの間に貰ったんだよ準備が良過ぎるだろと思ったが、詳細を尋ねてもこの双子は気味の悪い笑みを浮かべるだけだった。

 まさか神様と初めて会ったその時から、今回の計画は始動していたのだろうか。37人の同族とそれ以上の現地人を殺そうと、この世界に降り立つ前からそんな物騒なことを考えていたのだろうか。

 おっそろしー。


「毒は摂取から6時間後に作用する。夜、皆が寝静まったら本格的に動くよ」


 俺達の、というより危吹姉妹の目標は、この世界で二度と異世界召喚をさせないことだ。俺達みたいな存在を、俺達で最後にすることだ。

 別の世界で死んだ人間を戦争の道具にするために呼び出すだなんて、そんなの神様にだって許されない、命に対する冒涜だ――銃火はそう言っていた。だから異世界召喚に関する資料を処分し、知識を持つ人間を殺す。


「私と芻ちゃんは食糧庫に火をつけて、銃火と千蜜くんは地下牢の罪人を解き放って、城内を混乱させる。そしたら私たちは異世界召喚に関する資料を燃やして、銃火たちは王様とか召喚を実行した魔法使いとか、とにかく手当たり次第に殺していって」


 俺の短剣スキルはレベルIIIとなり、教官役である騎士団長とも互角に戦えるほどになった。


 異世界人の成長速度は異常だと言われたが、確かに異常だ。剣を持ってまだ2週間も経っていない俺が、30年以上研鑽を続けた玄人と張り合うのだ。誰がどう見たって異常だろう。


 こんな反則的チートな奴らは、この世界にいるべきじゃない。


「私と銃火がいるから合流は問題ないはずけど、万が一はぐれたら昨日訓練で行った洞窟の入り口で落ち合おう」


 俺と結車が無言で頷く。銃火はただただ穏やかな表情をしていた。

 こうして最後の作戦会議は終了し、明日に備え各自の部屋で目を閉じた。




 ◇ ◇ ◇




 夜が明けて、異世界生活13日目。

 午前中は怪しまれないよう、いつも通りに訓練をこなす。今ここで一緒に過ごしている連中が夜には死ぬと考えると――いや、やめよう。考えても意味のないことだ。


 午後になって夕食前に結車を見かけたが、不安や焦燥といった負の感情は匂わなかった。仕込みはうまくいったのだろう。


 そしていざ夕食。俺には毒の香りがはっきり分かるんだが、周りの奴らはいつも通り食べている。これが、最後の晩餐になるとも知らずに。




 ◇ ◇ ◇




 日が沈んで、どれほど経っただろうか。

 俺の目の前には一人の男子がベッドで横になっている。


 束台たばだい雅雄がお

 同じ近接戦闘組で、騎士団長に特に褒められていた俺が羨ましいのか妬ましいのか、やけに突っかかって来ていた。その彼が眠っている。

 覚めることのない眠りに、身を委ねている。


 どうやら毒はきちんと効いたらしい。

 そして、解毒剤も。


「満足かい?」

「ああ。時間とらせちまって悪かったな」

「別にいいよ。私も本当に効くか、ちょっと不安だったし」

「そうか」


 脈を確認していた手を離し、冷たい彼に背を向けた。

 本来の作戦では態々ここに来る予定は無かったが、俺の希望を銃火が汲んでくれた。この夜が終われば二度と顔も見れないと考えると、誰でもいいから見ておきたかったのだ。クラスメイトの顔を。その死に顔を。

 生産性も合理性もないことは分かっていたけれど、ただどうしてか無性にそうしたかったのだ。それは義務感にも似た感覚だった。


 そして今、実際に見てみて。

 人の死に触れてみて。


 揺るぎない覚悟ができた。

 人を殺す覚悟が。


 覚悟というよりは、スイッチと言った方が正確かもしれない。

 倫理観とか道徳観とか、そういうものを切り替えたのだ。


「じゃあ始めよっか」

「ああ」


 俺と銃火は地下牢へと走った。




 ◇ ◇ ◇




 俺の嗅覚があれば誰にも見つからないよう城を進むのは簡単だった。この国は戦争中だったはずだが、それにしては警備が薄い。まあ、ここまで攻め込まれたら負け確定か。

 そういえば騎士団長や魔術師団長は戦場にも行かず毎日訓練を見てくれていた。戦況は芳しくないと言っていたが、そこまで切羽詰まっているわけでもないのかもしれない。


「ストップ」

「ん」


 小さな声で銃火を止め、柱の陰に隠れる。

 この先の階段を降りれば地下牢がある。そこから血気盛んな罪人を解き放ってこの城に混乱を呼び、それに乗じて王様とその仲間たちを殺してやろうという作戦だったのだが、はてさてこれはどうしたものか。


「なあ銃火、地下に捕らえられている連中にはお前が期待していたような元気はなさそうだぞ?」


 それは碌に食事を与えられていないことが窺える不健康な匂いだった。換気も満足にされていない不衛生な環境で、そこに収容されている人は死んでも構わないという扱いだった。牢屋の檻を壊したとて、城内で暴れてくれるような活力はなさそうだ。


「うーん、やっぱりそうだよね」


 んだよ想定内かよ。

 予想していたのなら先に教えてほしかったぞ。

 しかし文句を言うよりも他にまだ報告すべきことがあった。


「それと人間以外もいるみたいなんだよな」

「それってもしかして?」

「ああ、魔族だろうな」


 嗅いだことのない匂いではあるが、間違いないだろう。訓練で対峙した魔物に近いが、それ以上に鋭く洗練された匂いだ。


「何人?」

「一人だな」

「暴れてくれそう?」

「分からん。俺にとっては新ジャンルの匂いなんでな」

「そっか。とりあえず行くだけ行ってみよう。向こうも準備できたし」


 意識を地下牢から食糧庫の方に向けると、微かに焦げ臭い匂いが漂ってきた。刃太刀と結車が上手くやったようだ。城の兵士も火に気付いたようで、ガランガランと大きな鐘の音が夜の城内に響いた。

 地下からは見張りの兵士の動揺が嗅いでとれる。

 さて、行くか。


 柱の影から出て階段を駆け下りる。足音が予想以上に大きく鳴ったが、気にせず突き進む。ここからは時間との勝負だ。すぐに地下牢の入り口と見張り番が見える。しかし階段はまだ下に続いていて、魔族の匂いはその先からしていた。


「なっ、何者だ!」

「余所者だよ」


 短剣で兵士の首を掻っ捌く。そのまま足を止めずにより地下に潜る。


「お見事な手際だね。まるで熟練の殺し屋だ」

「うるせえ」


 人を殺したことに今更心が波打つことはない。それくらいの覚悟はしてきた。ただ人が死ぬ瞬間の恐怖が、悲壮が、絶望が、強烈な匂いとなって脳を突くのは、精神的に中々重たいものがあった。

 茶化すような銃火の言葉はそんな俺の内情を察してか、それともただ単に茶化しただけか。なんであれお陰で少し気が楽になった。


 勢いそのまま体感でマンション5階分くらいを駆け下りて、ノースター城の最深部に到達した。屈強な番人が待ち構えていたが、騎士団長と比肩する異常チートな俺の敵ではない。


「たっのもしー!」

「うるせえ」


 牢屋番の後ろにはこれまた頑丈そうな鉄の扉が聳えていた。向こう側の匂いがしっかりと嗅ぎ取れるので密閉性は低いようだが、人が通り抜けられるような隙間はないし、当然施錠もされている。鍵なら牢屋番が持っていそうなものだが、残念ながらそれらしい匂いがない。この鉄扉が相手では、神様に貰ったチートとはいえ短剣を振り回すだけではどうにもできないだろう。

 というわけでここは銃火の出番だ。


「あらよっと」


 金属加工のスキルにより重厚な扉がまるでスライムみたいにぐにゃぐにゃと形を変え、ぽっかりと大きな穴が開いた。吸い込むだけで病気になりそうな淀んだ空気に思わず眉を顰める。


 ああ、なんと強烈な匂いだろうか。

 この空気も、この男も。


 鉄格子の向こうでは頭に角の生えた男が何十もの鎖で何重にも縛られていた。

 俺達を睨みつけるその双眸は、黄金に輝いていた。


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