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オーバーズ!  作者: 米方立十
第一章
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006 星の降った国


 ◇ ◇ ◇




 とっぷり日が暮れたというのに灯りも点けず、俺はベッドに寝転がっていた。目を閉じて、ここ1週間のことを思い起こす。


 1週間前、俺は死んだ。


 俺だけじゃない。

 38人の修学旅行生と2人の先生、そして運転手さんの計41人を乗せたバスは、スキー場に向かう道中で事故に遭った。路面か車両か、はたまたドライバーか。どこに原因があったのかは知らないが、道を外れたバスは雪に覆われた斜面を転げ落ちた。


 その瞬間は突然の事態にただただ混乱するばかりで、まるで洗濯機に放り込まれたようだとか、そんな比喩が浮かぶ余裕もなかった。


 そして一度意識が途切れた。

 感覚が戻ってきたとき目に映ったのは、共にバスに乗っていた40人が俺と同じように辺りをキョロキョロと見渡している姿、そしてその向こうに果てしなく続く白だった。誰もが混乱から抜け出せず「え?」以外の言葉を発せない中、その声は上から降ってきた。


「皆さんこんにちは。私はハノレルート、神様です」


 視線をどんなに上げても目に入るのは白ばかりで、その声の主は見当たらなかった。神様とやらはこちらの反応など気にする様子もなく淡々と続けた。俺達が置かれている状況と、これからどうなるのかを。


 それによると俺達はどうやら一度死んだそうで、その魂を救済して別の世界に送ってあげるとかなんとか。しかもその際特別に特別な力も与えちゃうから異世界ライフを満喫してねとかなんとか。


 正直何言ってんだって感じでその時は全く意味が分からなかったし、今思い返してもやっぱり意味が分からない。ハノレルートは最後に「さようなら」と丁寧に別れを告げて、それっきり消えてしまった。そもそも無かった姿に加え、声まで無くなってしまった。


 すると次の瞬間、再び世界が変わった。今度は一度意識が途切れるようなこともなく、テレビのチャンネルを変えたみたいにパッと変わった。


 そこは大きな建物の中だった。広さは学校の体育館ほどだが壁には黄金色の装飾がこれでもかと並び、天井には子供を抱えた女性が描かれており、目を臥せて静かに微笑んでいた。まるで教会のようだ――行ったことないけど。


「ようこそ勇者諸君。私はベガレート・ラッツ・ノースター。この国の王であり、人類の救世主だ」


 豪奢なステンドグラスを背にそんな自己紹介をしてくれたのは、これまた豪奢な衣装に身を包んだ恰幅の良い男だった。

 神様より偉そうな王様だった。


 そしてこの王様も、こちらが混乱していることなどお構いなしに話を始めた。


「現在我が王国は魔族と戦争中でな、戦況はあまり芳しくない。そこで君達にはその異世界の力をもって、魔族を、魔王を、そして魔神を倒してほしいのだ。なあに案ずるな。いきなり戦場に放り出したりはせぬ。我が王国が誇る近衛騎士団、魔術師団に戦い方の指導をさせよう。よろしく頼むぞ」


 とか、なんか、そんな感じで。


 細かいことも細かくないことも担任の目谷めや先生が代表として話をつけて、なんだかんだで俺たちはこの場所――後に大きな城郭の中だと分かった――でお世話になり、王様が言った魔神討伐を目指すことになった。


 生徒が危険な目に遭うことは想像に難くないが、だからといって他に採れる選択肢もない。この展開の責任を先生に問うのは酷ってもんだろう。自分が前に立つことで生徒の不安を少しでも取り除こうとしていたのだ。いい先生じゃないか。

 そんな先生の頑張りもあってか、俺たちの扱いはそう悪いものではなかった。寧ろ今までに経験がないほどの厚遇だった。


 まずステータスとやらの見方を教えてもらった。「ステータス」と唱えると目の前にプロジェクションマッピングのように、と言うと大仰なんだけど、あれは一体なんと呼べばいいのか。とにかく実体のないディスプレイに、自分の性能が数値で表されるのだ。それだけでなくスキルというものも見られる。ここでは自分に何の才能があるのかが分かるらしく、それぞれ異なるスキルが一人に一つずつ記されていた。どうやら神様が言っていた『特別な力』のようだ。

 長剣Iとか、火魔法Iとかあるらしい。


 この世界に来た二日目からは、このスキルを基に近接戦闘組や攻撃魔法組などに分かれ、城の人に鍛えてもらっている。


 食事は一日三食しっかりといただき、寝床はなんと一人に一部屋与えられている。風呂とトイレは共用だがベッドとデスクが備えられた八畳ほどの部屋で、経験はないが恐らく寮というものに近い。


 この部屋で過ごして1週間。俺の部屋、という意識が日に日に強くなる。

 それに気付くと自分がこの世界に適応しているようで、馴染んでいるようで、自分の知らない自分になってしまったようで――薄ら寒い恐怖を感じた。


 回想を終え、目を開ける。

 ベッドに預けていた体をぐいっと起こす。

 すると見計らったようなタイミングでドアがノックされた。いや、タイミングを見計らったのは俺の方なんだが、しかしまさか俺に用があるとは思わなかったので部屋の前で足を止められた時は驚いてしまった。

 ドアの前に立っているのは、()()()だろうか? さすがに扉一枚挟んでいては判別が難しい。


 部屋の灯りを点け、ドアを開ける。

 外の空気が人懐っこい犬みたいにじゃれてくる。

 そこに立っていたのは――妹の方か。


「よう、銃火つつほ。こんな時間にどうしたんだ?」

「やあ、千蜜ちみつくん。こんな時間にお邪魔するよ」


 クラスメイトの危吹きぶき銃火つつほが俺の横をすり抜け、遠慮なく部屋に入ってきた。


「お邪魔されても困るんだが」

「いいじゃんいいじゃん。こんな美少女とこんな夜に、二人っきりでお話ができるんだよ?」

「俺はお前と話したいことは別にないんだが」


 銃火は十秒前まで俺が寝転んでいたベッドに腰掛け、俺には顎でくいくいと椅子に座るよう促した。俺の部屋なのに主導権を握られてるなと思いつつ大人しく従う。そうすると銃火は満足したようににんまりと笑う。


 その顔は自己申告通り美少女と言えなくもないが、あくまで『言えなくもない』レベルだ。そこそこの美少女、と言ったところか。さして外見が優れているわけでもない俺が偉そうに言えたことではないが。


「うん? そんなにじろじろ顔を見られても、どこかが少しずつ変化しているとかそんなことはないよ?」

「脳トレかよ。どっから生まれるんだその発想は」

「ああ、ただただ見蕩れてたんだね」

「見蕩れてねえよ」

「見惚れてたんだね」

「見惚れてねえよ」


 そこそこの美少女とはいえほぼ毎日学校で見ていたわけで、言ってしまえば見慣れている。今更顔見たくらいでドキドキすることもない。美人は三日で飽きると言うが、多分そういうのだ。

 ……これは今回に限っては流石に嘘だ。部屋着なのだろうか、普段は見ないラフな格好をしている。恋愛感情はこれっぽっちも抱いてはいないけれど、いつもより魅力的だと言わざるを得ない。恋愛感情はこれっぽっちもないけれど。


「何の用だよ。まさかただ雑談をしに来たってわけでもないだろう? こんな夜中に一人で来といて」


 一人で。

 これは男の部屋に女の子が一人で、という意味ではない。そんな色のある話ではない。いつも姉と二人で動いている銃火が珍しく一人で、という意味だ。


 危吹銃火の双子の姉、危吹きぶき刃太刀はたち

 この字面の恐ろしい姉妹は一卵性の双子で、もしやクローンかと言いたくなるほど瓜二つだ。さらに髪型や服装、身に付けるアクセサリ、果ては使っている筆記具や携帯まで全く同じに揃えている。そうやって、わざわざ見分けがつかないようにしている。


 その目的がなんなのかと言えば、周囲を揶揄からかっているだけだろう。偶に授業毎に席を入れ替わっていたりする。テストの時に入れ替わっていることもあった。入れ替わったところでこの双子は全科目で全く同じ点数を取っているので本当に意味がない。


 初めてその入れ替わりに気付いた時、俺は見抜いているぞとアピールしたくなってついつい「さっきの授業、お前ら入れ替わってたな」なんて声をかけてしまった。それ以来この双子には興味を持たれてしまったようで、なぜ分かったのかとしつこく聞かれている。

 そのからくりはとても言えたものではないので、毎度適当にはぐらかしている。一時の自己顕示欲のために鬱陶しいことこの上ない展開になってしまったわけだ。


 そんな俺の苦しみ――完全なる自業自得――を知ってか知らずか、銃火は緊張感のない表情で用件を告げた。


「協力してほしいことがあってね」

「協力?」

「うん」


 一つ呼吸をおき、ずいっと身を乗り出して来た。

 他の誰にも聞かれないように、これが秘すべき話だと伝えるように、その言葉を小さく、しかしはっきりと紡いだ。


「一緒に革命を起こさないかい?」




 ◇ ◇ ◇




 一通り話を聞き終えた俺の中にあるのは、残念ながら否定的な印象だった。


 銃火が、俺が見た――見えてないけど――ハノレルートとは別の神様に会ったとか、その神様にある使命を託されたとか、まあそれは構わない。()()()()()()()()()()()()()()()()し。

 しかしいくらそれが真実とはいえ「この世界に一緒に来た37人と、私たちを呼び出したこの国の中枢を皆殺しにしたい」と言われても、そう易々とは頷けない。


 訓練の中で命を奪ったことはあるにはあるが、人間を、それも知らない間柄でもない相手を殺せって……そういうのは頭のネジが外れた狂人に頼んでほしい。


「千蜜くんが断っても私がやることは変わらないよ? ああ、殺す相手が一人増えはするかな」


 そんな風に脅してくるが――


「お前に負けるとは思えないぞ?」


 俺のスキルは短剣術II。近接戦闘組で唯一のレベルIIだ。対して危吹姉妹は揃って生産系のスキルだったはず。控えめに言っても負ける要素がない。


「うん、確かに私じゃ千蜜くんには勝てないかもね。だからもし君が私の誘い断るなら、そうだね、その時は他の人に声をかけるとしようか。束台たばだいくんとかどうだろう? 千蜜くんに対する嫉妬心を刺激してやれば、うまく動いてくれそうだよね」

「……」


 束台は大剣Ⅰのスキルを保有している。スキルレベルは俺の方が上だが、リーチに差がありすぎる。勝てたとしても快勝とはいくまい。

 ……まさかクラスメイトとの殺し合いを想像する日が来るとはね。


「どうかな? 協力する気になったかな?」

「いや」


 首を横に振る。束台相手なら快勝はできなくとも辛勝くらいはできる。銃火の脅しは残念ながらさほどの効果はない。

 それに銃火の話は彼女自身の都合ばかりだ。こんな大それたお願いをするなら、提示すべきものがあるだろう。


「お前に協力したとして、俺にはどんなメリットがあるんだ? 褒美は、報酬は、何が用意されているんだ?」


 そう尋ねると、銃火はその質問を待っていたとでも言いたげに口角を上げた。


「もし千蜜くんが協力してくれるというなら」

「というなら?」

「私のおっぱい触らせてあげる」

「……へえ」


 ムカつく。

 発言の内容も、にやにやしてるその顔も、「思春期男子はこれでイチコロだろ?」と揶揄からかわれているようで非常にムカつく。しかしついつい唾をごくりと飲み込んでしまう自分がいた。ついつい銃火の胸元に視線が行ってしまう自分がいた。悲しい。

 銃火相手に恋愛感情なんてこれっぽっちもないのに。


 しかし幸か不幸か俺には嘘を吐いていないことが分かってしまうのだ。男子高校生がそんなことを言われたら、な? 仕方ないだろ?

 とはいえそんな思春期の情動に身を任せることは勿論ない。


「俺は捻くれ者なんでね。そんなこれ見よがしなご褒美を提示されても、ホイホイと釣られたりはしねえよ」

「そっかそっか」


 俺の言葉など予想通りとでも言いたげに、銃火はくつくつと笑う。


「メインの報酬については後々教えるよ。ただそれは私の胸なんかよりよっぽど価値があるし、私以外からは手に入らない。それだけは断言しておこう」


 嘘ではないようだ。

 しかしそうは言われても俺は殺人狂でもないし、倫理観もあるし――いやまあ場合によっては俺が殺される可能性もあるこの状況で倫理も何もあったもんじゃないけど。


「まだ迷っているようだね」

「そりゃまあな……なあ、考える時間を――」

「そんな君の背中を押してやろう」


 くれないか、まで言わせてもらえなかった。

 言葉を被せてきた銃火は、ゆったりしたズボンのポケットから一枚の紙を取り出し、俺に差し出してきた。


「なにこれ?」

「開いてみて」


 四つ折りにされたB5サイズのそれを開くと、そこには文字がびっしりと書いてあった。



  「よう、銃火――「やあ、千蜜――「お邪魔――美少女と夜に――見蕩れて――見惚れて――一緒にテロを――――――――殺す――負ける――束台くん――協力――おっぱい――ご褒美――ようだね」――考える時間を」――押してやろう」



 そこには銃火が俺の部屋に来てからこの紙を渡すまでに行われた会話が、()()()()()()()記録されていた。記録というよりは台本と言うべきだろうか。

 つまり彼女は俺にバレないようここまでの議事録をつけていたか、そうでないなら――()()()()()()()()()()()()()のだ。


 …………いやいやいやいや。そんなバカな。

 銃火のスキルは金属加工だったはずだ。念写でも未来予知でも、俺の発言を誘導できるような催眠の類でもない。それなのに、いったいどうやって?


 たとえば「好きなお肉の部位はどこですか?」という質問に「カルビです」と答えられ、その答えを予測していましたと言ってカルビと書かれた紙を取り出す、それくらいなら簡単だ。あらかじめ全ての回答パターンの紙を仕込んでおき、答えを聞いたあとでその紙を選べばいい。


 しかし10分近い会話の内容をとなると、この方法は使えない。

 いつも一緒にいるのにこの場にはいない姉の刃太刀が何かしたのか? 何かって、いったい何を? あいつのスキルは薬物調合だったはずだ。


 タネも仕掛けも分からない俺に、銃火はお手本のようなドヤ顔を見せた。


「自称捻くれ者の千蜜くんにはこういう方法が一番効果的だと思ったんだけど、どうかな?」

「……は?」

「君みたいなタイプは一度負けを認めたら素直に従ってくれると分析したんだけど、どうかな?」

「……」


 癪に障るがその分析は正しい。俺は既に、銃火に協力するという結論に手を伸ばしている。抵抗する気を根こそぎ奪い取るような敗北感だ。

 しかしまだ降参ではない。負けても仕方がないと思える理由があれば、この敗北感は幾らかぬぐえるだろう。


「これは神様に貰った特別な能力でやったのか?」

「いやいや。神様に会ってなくても、これくらいの未来予測ならできるんだよ」


 嘘は――ついてない。


 ははっ、こいつは笑うしかねえな。

 いつのまにか土俵に立たされて、いいように弄ばれて、気付いたときには負けていた。見苦しい悪足掻きはこんなにもあっさりと潰された。それも神様に貰った特別な能力(チート)も使わずにだ。

 これはもう、認めるしかない。


「参ったよ、完敗だ。降参だ。協力してやるよ。お前が言う、その革命とやらに」

「それは重畳」


 俺の協力を取り付けたことは銃火にとっては計画のほんの一部、数ある通過点の一つに過ぎないようだった。そう感じさせる余裕のある笑みを見せてくれた。


 しかし俺にとってこれは大きな一歩だ。

 人殺しになることを了承するというとんでもない一歩なのだ。


 俺は半ば背中を押されるかたちで、人の道を踏み外した。


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