004 磔
◇ ◇ ◇
シグルエの街から馬車で二週間。
テリエラの街に着いた僕たちを太陽は真上から睨み付けていた。
今日は雲も風もなく陽炎でも見えそうな暑さだが、精霊外套のおかげで不快感はない。尤もそれは体感の話であり、長旅の疲れもあってか気分は曇天模様だった。傷や病気は魔法で治せるのだが、こういう気分の悪さはどうしようもない。
「うう、だるい……」
しかし可愛い奴隷たちはご主人様の介抱をするでもなく、宿の部屋をとるなりショッピングに出てしまった。そりゃあこの国一番の商業都市にテンション上がるのも分かりますけどね? ちょっと薄情すぎやしませんかい?
しかしまあ、馬車の中から既にワクワク気分だった彼女たちを見送るのも、それはそれで嫌な気分でもなかった。寂しい気持ちもやっぱりあるんだけどね……。
しばらく部屋でごろごろしたけれど、それで気分が回復するでもなかったので僕も外に出ることにした。女の子達のショッピングに合流しても余計に疲れそうだし……軽く散策でもするかな。
街のすぐ外には森が広がっている。強いモンスターが出るような場所でもないし、もし出てきても返り討ちにできる。森林浴と洒落込もうじゃないか。
のんびりと歩いていると気分も晴れてくる、気がする。森に入って半刻程進んだところで良さげな岩があったので腰掛けた。
最近はみんなとずっと一緒だったので、こうやって一人の時間を過ごすのは久々だ。心地好い森の空気に浸っていると、色々と思い出してしまう。
神様によってこの世界に送られた時のこと。フィネに出逢った時のこと。アクシルに出逢った時のこと。ネイテスに出逢った時のこと。ニーシァに出逢った時のこと。
思い返せば濃い半年だった。
こんな僕を好きだと言ってくれる彼女たち。
彼女たちに相応しい男でいられるよう、精進しないといけないと思う。強く思う。ステータスに見えるものだけでなく、人間性みたいなものも磨いていかなくちゃ。
そういえば最近ステータスを確認していなかったな。ちょっと確認しておくか。
「ステータスオープン」
名前】ハルタ・ノノグチ
【 族】人間種
【種 ル】653124141
【レベ 9760321/9760322
【体力】 502371/80502371
【魔力】80 世界言語Lv.9 体力回復Lv.9 魔力
【スキル】異 ル強奪Lv.8 鑑定Lv.8 超感覚Lv
回復Lv.9 スキ 水魔法Lv.8 風魔法Lv.8 土魔
.8 火魔法Lv.8 闇魔法Lv.6 時空魔法Lv.4
法Lv.8 光魔法Lv.7 法Lv.4 生活魔法Lv.9 精神
精神魔法Lv.6 古代魔 耐性Lv.8
異常耐性Lv.8 物理異常 の加護、造物神クリエ
【加護】幸福神ハピネシア シアの加護、運命神
シアの加護、闘争神ファイテ イフェシアの加護
ディステシアの加護、生命神ラ ン、アクシル、
【奴隷】ハルフィネル・トルレイ ・リエーラ
ネイテス・ホールゥト、ニーシァ
ふむふむ。新しく増えたスキルはないけど、時空魔法と古代魔法のレベルが一つずつ上がってるな。あ、あと光魔法も。古代魔法は使う機会少なすぎて中々上がらないなあ。火魔法なんか一日で1から5まで上がったのに。あと生活魔法は大分前からLv.9だけど、いつになったら10になるんだろう。一番使ってるのに。
……。
…………うん。
えっと……なんだこれ?
前見たときは無かったよな、こんな斜めの……なんだろう、空白の帯?
まるで剣でスパッと斬ったような――え?
「ぐっ――――ぁぁぁあああああ!」
「ステータスなんてものに意味はない、というのは私の敬愛する先輩の言葉なのですが、まったくもってその通りだと思いませんか? だって現にほら、貴方はどうせ索敵のスキルが使えるのでしょうけれど、私の接近を許しているじゃないですか。レベルも体力も一般人とは桁違いでしょうに、私の一振りで貴方はもうそうやって足掻いて藻掻くしかできなくなっている。尤も、それに関しては私の実力というより武器の性能と言うべきですが。この剣、名を《不知肉》と言いましてね。ステータスを斬ることができるんですよ。しかもステータスに記されたいかなるスキルも無効化できるという吃驚性能です。確か貴方がたの言葉では、チートと言うんでしたっけ。ただ貴方がたにも通じる武器なだけあって欠点もありましてね。この剣の所有権を獲得した時点で、私は『ステータスを斬る』以外の攻撃手段を放棄しなくてはならないんです。ですから自分でステータスを開かないそこいらの虫でさえ、それがたとえ子供に石を投げつけられただけで事切れてしまうような雑魚だったとしても、私は殺すことができないんです。とはいえ所有権を放棄するというわけにも……おや、もう死んでしまったのですか? まだ私が話している途中でしょうが、まったく――」
「ステータスを斬られたくらいで死ぬなんて、異世界族は情けないですねえ」
◆ ◆ ◆
ステータスは人や物を写す鏡のようなものだ。しかしそれは虚像というわけではなく、紛れもなくそれ自身なのだ。生物が、人間がステータスを斬られるというのは自分を斬られるのと同じことであり、端的に言えば死ぬ。
だから斬って死んだからといって、それは別に情けないとか、そういう問題ではないんだけど……。
それにしても特殊な攻撃しか許されず、それも多くても年に二回程しか機会がないという話だが、そんなの戦闘狂でなくても『物足りない』と感じてしまうだろう。よくもまあ涼しい顔して鞘に収められるものだ。
剣をしまって、息の無い少年を担いで――
「あのー、ベイデルさん?」
「どうかしましたか?」
「私の仕事は、今回は無しですか?」
今回の異世界族が私にとって初めてのターゲット、つまり初めてのお仕事だったわけで、そりゃあ初回は見学だけってのも分からなくはないけど、これでお終い?
ベイデルさんには理解できない感情だろうけど――物足りない。
「いえいえ、私たちが狩るべきは異世界族だけではないですよ」
「というと?」
「リクエラさんには、異世界族に毒されてしまった哀れな取り巻きの方々を始末してもらいます」
取り巻きというのは、そもそもはこの世界の住人なわけだけど……
「放っておいちゃ、ダメなんですか?」
「ダメですよ。強大な力を得て、自らもチートと呼ばれるレベルになった彼女達は既に世界の悪であり、我々の敵です」
「なるほど」
話していると街の方から迫ってくる4つの強い気配を感じた。噂をすれば影が差す。異世界族の取り巻きだろう。
「彼のステータスを斬ったことで奴隷契約も切れましたから、異変を感じてこちらに向かって来ましたね。この場所が分かったのは……どうせチートな何かでしょう」
「4人を、私一人でですか?」
「彼女達が戦闘中に呑気にステータスを見ると思うのなら、私も参戦しましょう」
「あ、そうですよね。すいません」
そうだよなあ。《不知肉》って、不意打ちしかできないもんなあ。一撃必殺ではあるけれど、随分と不便な代物だ。
「ではリクエラさん。初陣、頑張ってください」
「はーい」
背中に担いでいた剣に手を伸ばす。これもまたお嬢の作った一級品ではあるが《神威物》ではなく、普通に分類される剣だ。
「んじゃ、やりますか」
「貴様ぁぁぁぁああああああ!」
「死ねぇぇぇぇええええええ!」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
「■■■■■■■■■■■■!」
拳と大剣と槍と斧が襲ってきた。
その全てが、直撃する。
衝撃で辺りの木々が吹き飛ぶ。
しかし――
「痛いなあ」
「「「!?」」」「ぐはっ!」
その一つ一つが即死級の四撃をしっかりと受けとめ、それと同時に、拳を振るった少女の心臓を右手の剣で掻き斬る。
「逆上してる奴の相手は楽でいいなあ」
崩れ落ちるニーシァ。回復役を担っていた彼は、もういない。
彼女たちが全員接近戦を仕掛けてきたのは、異世界族のタクキが後方支援を一手に担っていたからだ。魔法に長けた後衛がいると前衛も多少の無茶ができるので相手をするのは厳しいが、そのフォーメーションは既に潰した。下調べに抜かりはない。
残った3人は、4人の全力の攻撃が確かに決まったにも関わらず傷一つ付けられなかったことに、また4人の中で一番の実力者だったニーシァが逆に一撃でやられたことに激しく動揺していた。まあそのために毒まで使ってこの娘を最初に殺ったんだけどね。
ニーシァは苦しそうに悶えたあと、遂に動かなくなった。
「そっちから来ないならこっちから行くよ」
私は大剣を構える少女、アクシルに向かって踏み出す。
彼女は動揺しつつも己の愛剣を、重さを感じさせない速度で振るう。お見事だね。そして今度も、その大剣は私の細い首を捉える。
一瞬遅れて、背中にも鋭い突きを感じる。槍使いのハルフィネルだろう。これもまた見事な死角からの一撃だ。
しかし――
「痛いなあ」
血が流れることはなく、体勢が崩れることもなく、私はアクシルの懐に悠々と入り込む。いかに速く振れようとも、小回りの利かない大剣には不利な間合いだ。慌てて距離を取ろうとしているが、遅い。
「はい、二人目」
「がはっ!」
アクシルの胸を貫く。
そしてそのまま手近な木に磔にしてやる。抜くのも面倒なので彼女の大剣を借りる。
「うらあっ!」
そんな唸り声と共に後ろから、遠心力を活かした槍の横薙ぎが来る。それをやはり、受け止める。
「痛いなあ」
まるでダメージのない私を、絶望に染まった瞳で見てくる。今のが君の全力だったのかなー?
「ふふっ」
そのまま立ち竦んでしまった彼女に、重量を活かして大剣を振り下ろす。
それは脳天に直撃して、どばどばぐしゃぐしゃと、液体が飛び散る。
「あと一人」
と、周りを見渡してみると――
「あれ? 誰もいない」
私が殺したのは三人で、取り巻きは四人だったはず。ふむ、どうやら最後の一人はベイデルさんの方に行ったようだ。
大丈夫かな?
木々が不自然に踏み折れている方にしばらく足を進めてみると、いた。
いたんだけど……
「えっと、ベイデルさん?」
「貴女が一人逃がすから、うっかり私が死にかけたじゃないですか」
「いや、逃しちゃったのは申し訳ないですけど、死にかけてはないですよね。むしろそいつの方が――死にかけてますよね」
汗一つかいていないベイデルさんの後ろには、私が大剣使いの少女をそうしたように、磔にされた少女がいた。
しかし私が剣一つで固定したのとは対称的に、この斧使いのネイテスは矢の一斉掃射を浴びたかように全身から木の枝が生えていて、それにより木と一体化しているようだった。
「ベイデルさんって、ステータスを斬る以外の攻撃はできないんじゃなかったでしたっけ?」
「そうですね」
「じゃあ、これは?」
人の体に木の枝を突き刺すことを、まさか攻撃ではないと宣うつもりかな? と思ったら違った。
「確かに私自身が攻撃することはできませんが、勝手に傷ついてもらうことは可能ですよ。相手の動きを誘導すればこれくらいできるでしょう?」
できないよ。
どういう誘導をしたらセルフ串刺しとセルフ磔ができるのよ。
ただベイデルさんがあまりにも平然としていて、まるでそこに疑問を持つ私の方がおかしいとでも言いたげなので、それ以上追及できなかった。
「ところで初陣はどうでした? 私は途中から見れていませんが、まさか他にも逃がしたりしてませんか?」
「それはない……はず」
不安になってきたので急いで戻る。
うん、普通に三人とも死んでた。
「ふむふむ。あまり綺麗な殺し方ではありませんが、まあ初めてにしては上出来でしょう」
「ありがとうございます」
怖い先輩だったら嫌だなあと思っていたけれど、幸いにもベイデルさんは褒めて伸ばすタイプの教育係らしかった。
「《神威物》も問題無さそうですね。《不止痛》でしたっけ」
「ええ、すごいですねこれ。肌剥き出しの首とかでもちゃんと効果ありますよ」
私が着ている外套ベイデルさんが持つ《不知肉》と同様、異世界族に対抗するための超常の品《神威物》だ。
ダメージを痛みに変える外套《不止痛》。
取り巻きによる打撃も斬撃も突撃も、物理的なダメージは一切なく、ただただ痛い。
そしてそういう攻撃をされていなくても、風が吹いただけで全身に釘を打たれるし、一歩地を踏む度に脚を鰐に食われる。服が擦れれば肌は鑢に削られ、言葉を発するだけで喉には熱湯を注ぎ込まれる。
ベイデルさんにステータスを斬られた異世界族の少年、野々口陽太もあの悶えようを見ると相当痛みを感じていたのだろうが、それでも私の足元にも及ばないだろう。
もし《不止痛》の痛みを味わえば、いくら悪質なチートを持つ異世界族といえど一瞬も耐え切れず発狂して死ぬだろう。服屋なんかで待ち伏せて、店員の振りをして試着を勧めたり。
しかし残念ながらそれはできない。
というのもこの外套は既に私を所有者としており、これを他人が着たところでその人が感じる痛みは私のもとに来るのだ。
つまり正確に言うと《不止痛》は、着用者が受けたダメージを所有者の痛みに変換する外套なのだ。
ちなみにこれは材料があまり良くなかったらしく、『攻撃を避けてはならない』というおまけ付きだ。そんな欠陥品をこうやって扱えてしまうのだから、我ながら狂っている。
空の青さも、鳥のさえずりも、腹を裂かれる激痛も、私にとっては同じレベル。
気付いた時には、そういう生き物になっていた。
痛みが痛みとして作用しない。
私も《不止痛》と同じ欠陥品で――不良品だ。
「ではそろそろ戻りましょうか。私が仕留めた異世界族はユネさんのと違って、普通に腐っていきますから」
「はーい。取り巻きはどうするんですか? 放っておきます?」
「森の動物が処理してくれるでしょう。それに、誰かに見つかったところで私達は困りません」
「そうですね。じゃあ行きましょうか」
大剣使いのアクシルを磔ていた自前の剣を回収し、ベイデルさんの後ろを街へと歩く。
森には四つの死体が残った。そのうち三つは私の仕業だ。
私は痛覚が麻痺しているだけで人間性まで壊れているわけではない。罪のない人に剣を向けようとは思わないし、敵でもない人を躊躇なく斬ることもできないだろう。
しかし彼女たちは異世界族に味方するという大罪を犯し、分不相応な力を得ることで世界に敵対した。
死んで当然、殺されて当然。
だから当然――心は少しも痛くなかった。