表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オーバーズ!  作者: 米方立十
第一章
3/13

002 山山羊


 ◇ ◇ ◇




 身分証の発行が済むとマニュアルなのか親切心なのか、冒険者組合について説明しましょうかと提案してくれたが、これはハレットが遠慮した。


「それは私から言っておくから大丈夫。他にも教えなきゃいけないことたくさんあるみたいだし」


 というわけで俺とハレットは冒険者組合を出て、とあるレストランに来ていた。昼には遅く晩には早い時間のためか、客はあまり多くなかった。ハレットは山山羊やまやぎのステーキセットを頼み、メニューの読めない俺も同じものを注文した。

 それから料理が来るまで、ハレットから冒険者組合のことについて話を聞いた。基本的には依頼を受けて、仕事をして、報酬をもらうといった感じのようだ。イメージ通りだ。


 しばらくして料理が運ばれてきた。ステーキからはスパイスが鋭く香り、食欲を掻き立てる。それに恐らく味のほとんどしないであろうシンプルなパンが2個と、芋のスープが付いてきた。

 何か異世界特有の作法でもあるのかと向かいに座るハレットを見るが、特に何もなく普通に食べ始めたので俺も小さく「いただきます」と呟き、ステーキにかじり付く。


「んう!」


 その瞬間、溢れ出る肉汁に乗ってスパイスの強い香りが口に鼻に広がった。ぶっちゃけスパイスの主張が激しくて、山山羊とやらの味は分からない。肉の食感でスパイスを食べてるみたいだ。

 しかしそれが不快ということはなく、むしろ病み付きになる。


「いい食べっぷりね」

「ああ。このスパイスの香りが凄いな。びっくりしたわ」

「びっくりする程は使われてはないはずだけど、フウキの故郷では薄味が主流だったのかしらね」

「かもしれん」


 そんな会話も挟みつつ、俺もハレットもぺろりと平らげた。最初見たときはこんなに食べられるか不安だったが、この味ならいくらでもいけそうだ。するとハレットにはそんな俺が物足りなさげに見えたのかもう一枚頼むかと聞かれ、最初は遠慮したが結局ありがたく甘えることにした。

 追加の肉もあっという間に胃袋に納める。

 うむ、満足満足。


 ちなみにハレットいわく「銀貨一枚あれば、このセットが20人前は食える」とのことだった。分かりやすいような、そうでもないような。お代は彼女が「ここは出しといてやるから、一人前になったら返しに来な」と言ってくれた。男前だ。


 食事を終え、冒険者組合についても粗方教えてもらったところで店を出た。


「次はどこに行くんだ?」

「なにその言い方。デートじゃないんだから」


 そんなつもりはなかったし、振り返ってみてもやはりそんな言い方にはなっていないはずだが、ふふっと笑われてしまった。


「そうね、それじゃあ……服を見に行きましょう。今のフウキの格好は珍妙だからね。どうしても目立ちたいというなら、そのままでもいいけど?」


 異世界から転生してきたイレギュラーだろうがなんだろうが、根は小市民なので衆目も注目も集めたくはない。


「いや、行くよ。服を見に行こう」


 ハレットが変なことを言うものだから自分の台詞が、まるでデートみたいだなと思ってしまった。体感で言えば死んでからまだ半日も経ってないというのに、我ながら随分とまあ呑気なものだ。


「ははっ」


 自然と笑ってしまった。




 ◆ ◆ ◆




「ふふっ」


 自然と笑ってしまった。


 バールナハルの冒険者組合でサンドウィッチを摘まんでいたら、見慣れない服装をした見慣れない男が見知った女に連れられて来た。いかにもおのぼりさんといった様子で落ち着きがなく、隣のテーブルで仕事の打ち合わせをしていた男たちも彼を見て鼻で笑っていた。

 尤も彼は笑われたことに気づいていないようだったし、私のことも『女性が一人で優雅に食事をしている』くらいにしか見ていないのだろう。


 しかし私は見ている。

 それはもう、ばっちりと。


 何を材料にしてるのか見当もつかない奇怪な服。オクセン・フウキという風変わりな名前。歳は17と聞こえたが、身分証は持っていない。見たところ武器の一つも持っていない。

 その姿はまるで遠く離れた場所から来たかのような、ここでない別の世界から来たかのような――()()()()()来たかのような、そんな姿だ。


 ここで与太者に絡まれたり、ついでに女の子を助けたり、そういうイベント体質が確認できれば完璧だったんだけど、まあ条件としては十分でしょう。


 今は一応休暇中なんだけど、どうしようかな。

 報告に留めるか、それともやっちゃうか。


 さすがに一人だと大変なんだけど、でもまあなんとかなるかな。折角見つけたんだし、うん、やっちゃおう。お嬢には事後報告すれば問題ないでしょ。


「ごちそーさまでしたっと」


 素早く皿を空にして席を立ち、レストランに行くと言っていた先程の二人を気付かれないよう気取られないよう、静かに追った。




 ◇ ◇ ◇




 異世界生活一日目。

 目が覚めたら川にいて、ハレットに会って、森を抜けて街に着いて、冒険者組合に行って身分証を貰って、食事をして服を買って街を案内してもらって、自衛のためにと剣を買ってもらって――教会堂には行かなかったけど、それにしても詰め込みすぎではなかろうか。

 今俺はハレットに紹介してもらった宿の一室で、ベッドに横になっている。


「知らない天井だ……」


 そりゃそうだ。初めて来た部屋なんだから。


「腹いてえ……」


 ググの実――ゲゲの実だっけ?――の果汁は腹痛を催すこともあると言っていたが、それがどうやら来たようだ。あるいは山山羊のステージを食べ過ぎたのか。どちらにせよ、なんでこんな時間差で仕掛けてくるんだよ。


「……腹いてぇ」


 トイレは共用なのでのそのそと部屋を出る。上の階では各部屋に付いているらしいが、ハレットも泊まっているそこは長期の客用だ。

 そもそも借金状態の俺は余計な金をハレットに使わせるつもりもなく――ステーキおかわりしちゃったけど――2階の安い部屋をとってもらった。ただ部屋は2階でもトイレは1階なんだよなあ......。変な造りの宿だ。


 うう、うう、と腹に手を当て下に降りると女性に声をかけられた。この宿の従業員だ。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ。多分」


 トイレのドアをすっと開けてくれる従業員さん。ありがとうございますと言おうと思ったのだが、その一瞬先に「ごゆっくり」と言われてしまった。

 いやいや、そんなくつろぐような場所でもないだろ。予想外の言葉にちょっと驚いてしまい「どうも」と、俺もまたよく分からない返事をしてしまった。




 ◇ ◇ ◇




 気分の悪さはまだ拭い取れないが、体は少し軽くなった気がする。さて部屋に戻ろうかと階段に足をかけようとしたところで、「お客様」と声をかけられた。顔を向けると、そこには先程の従業員さんが、なにやらコップを抱えて立っていた。


「こちら、胃の調子を整える薬酒です。よろしければどうぞ」


 そう言って差し出されたそれは、仄暗いこの廊下では分かりにくいが、赤みを帯びているようだ。


 素直に受け取ろうとして、少し考える。

 これはもしかして口をつけたが最後、高額な代金を要求されるパターンかもしれないぞ?


 ハレットが薦めてくれた宿ではあるが、そういう商売がこの世界では当たり前なのかもしれないし、だとしたら自分の身は自分で守るべきだ。

 と、そんな俺の逡巡を見抜いたのか、「お金はとりませんよ」と優しく笑んでくれた。ハレットといいこの人といい、滅茶苦茶親切だな。ありがたい話だ。


 というわけでご厚意に甘えてその薬酒とやらを受け取る。こっちの世界に来てから甘えてばっかだな、俺。


「いただきます」

「味は良いとは言えませんが、良薬口に苦しと言いますからね。効果は抜群ですよ」


 暗い赤色にそっと口をつける。

 なるほど、確かに美味しいとは言えない。むしろ不味い。なんというかこれは、なんだろうか。言うなれば、口の中を殴られたような不味さだ。とはいえ折角貰ったものを残すのも失礼だ。ぐっと一息で飲み干した。


「うう、変な味ぃ……」


 空になったコップを返す。


「明日の朝には調子も戻っていると思いますよ」


 ふふっと笑う彼女。

 あれ? この人どこかで――


「あの、以前どこかでお会いしましたっけ?」


 何かに引っ掛かった俺は、無意識のうちにそう尋ねていた。その結果として、彼女に困ったような表情をさせてしまう。


 違うんだ!

 決してナンパとかではないんだ!


「うーん、すいません。ちょっと思い浮かびませんね」

「あ、いえ、こっちこそ急に変なこと聞いちゃって、すいません」


 まったく、何を聞いてるんだ俺は。この世界に来てまだ一日も経ってないんだぞ。知り合いがいるわけないだろ。


「ふふっ。では、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」


 階段を上り、部屋に向かう。

 部屋に入り、ベッドに飛び込む。


 めまぐるしい一日に疲れた体は、目を閉じると5分も経たないうちに、深い眠りへと沈んでいった。




 ◇ ◆ ◇




「朝起きたらおはよう、昼に会ったらこんにちは、陽が傾いたらこんばんは。じゃあ、夢の中での挨拶はなんだろうね」


 その声は寝る前に聞いたものと同じ声だった。薬酒をくれた宿の人。


 顔を上げて前を見る。

 その声の持ち主がにやにやと、厭らしい笑みを浮かべている。


「はじめまして、って言うのもおかしいよね。君にとっては二度目まして、あるいは三度目ましてだし、私にとっては四度目ましてかな?」


 足元を見る。


 これは川だ。

 俺がこの世界で目覚めた時に浸かっていた、名前は忘れてしまったが、あの川だ。


 だが、ここは川ではない。

 水の流れる音がない。木々のざわめきが聞こえない。ひんやりとした空気も、降り注ぐ陽光の暖かさもない。


 だからこれはあの場所だけど、ここはあの場所ではない。


「尤もこれが何度目ましてだろうと、次がないことだけは確かだね。君は終わるけど、私は続く。あるいはその逆かな? どちらにせよ、うん、そうだね。それじゃあこういう挨拶をさせてもらおうか」


 顔を上げる。


 彼女の言葉が、耳に入る。

 脳に、届く。


「死に目まして、奥旋風騎くん」


 そんな訳の分からない挨拶が、頭に響く。死に目? 何を言ってるんだ。それじゃあまるで――俺がここで死ぬみたいじゃないか。一度死んだと思ったら知らない世界に飛ばされ、そして一日も経たずまた死ぬのか?


「……お前、何なんだ?」

「その質問は無意味だね。私が何者かなんて、そんなのどうだっていいことだろ? だから君はこう訊くべきなんだよ。何をした、とね」

「じゃあそう訊いてやる。俺に何をした」

「目をつけた。あたりをつけた。肉をつけて血をつけて、そして最後に首輪をつけた」

「…………は?」


 用意されていたようなその返答は、しかし全く意味が分からない。

 何を言ってるんだ。何を笑ってるんだ。



「冒険者組合で君に目をつけた。この世界にまるで馴染んでない君に目をつけて、異世界族ではないかとあたりをつけた」

「……異世界族?」

「君みたいにこことは別の世界から来る人間のことさ。人間というより人外かな。あるいは人災……は、ちょっと意味が違うけど」

「どういう意味だよ」

「そういう意味だよ。君たち異世界族は毎度毎度反則的な能力でもってこの世界を蹂躙しやがる。この世界はてめーらの遊び場じゃねーんだよ」

「っ!」


 その瞬間、こちらを馬鹿にするような笑みは消え、鋭い視線に心臓が凍える。冷や汗が吹き出る。足がすくむ。


「だから殺そうと思った。てゆーかそれが私の使命だし」

「使命......?」

「とは言え反則級能力チートスキルを持ってるてめーらには普通に挑んでも敵わねえからな。普通じゃねえ私と普通じゃねえこいつで、お前を狩る」


 こいつと言って彼女は自分の首を指した。それは真っ黒な首輪だった。


「体を乗っとる首輪《不拘箱ドッグハウス》。ここでは私が付けてるけど、現実では部屋で眠ってるお前の体に付いてる――巻き付いている」

「そいつで、俺の体を乗っ取ろうってわけか」

「ああ。ただ反則チート万歳の異世界族相手にも使えるぶっ飛び性能だから、その分発動条件が面倒でね」

「発動条件?」

「自分の血肉を一定量、相手に摂取してもらわなきゃならないんだよ」

「…………は?」


 それはつまり、こいつは自分の身を削って、寝ている俺の口に流し込んだってことか?


「そんな馬鹿な推理があるかよ。少なくとも血に関してはお前が寝る前に飲んだあれだって気付けよ」

「えっ?」


 そういえば、こいつがあの不味い飲み物を持ってきたんだった。あの味は、口の中を殴られたような……血の味?


「――っ!」


 急激に吐き気が込み上げる。だがここが夢の中だからなのか口からは何も出てこず、胃酸が逆流してくるひりひりとした感覚だけが喉を駆け上り、鼻を抜ける。


「それから肉は、お前が冒険者組合を出てすぐに向かった店で食べた山山羊のステーキ、あれだよ」


 こいつ、何を言って――


「お前が感じた腹痛も、ググの実じゃなくてヒトの肉に当たったんじゃねーの?」


 何を、言って――


「相当スパイス重ねて味誤魔化したり、量食わせなきゃならねえから軽く中毒性のある薬混ぜたり、さして広くない厨房に潜り込んだり。お前に私の肉を食わせるのは苦労苦労の連続だよ。ははっ」


 自分の肉を食わせて、

          笑うなんて。

    気持ちが悪い。

          気味が悪い。


 そんなの、想像しただけで――自分の、肉?

 ばっと顔を上げ改めて彼女を見る。

 相手の空気に呑まれぬよう、冷静になって、呼吸を整えて。

 その姿は――


「そ、そう言うわりには、お前、普通に立ってるじゃねえか。五体満足で――立ってるじゃねえか」


 そうだ、俺が彼女の肉を食ったというなら、彼女の体には食わせた部分が――食わせて無くなった部分があるはず。俺が食った山山羊の(実際は人間の)ステーキの量から考えても、平然としているのはおかしい。

 つまりこれは俺を動揺させるための嘘だ。きっとここでパニックになったら、その瞬間体を乗っ取られるんだ。


 そう考えた俺に、しかし彼女は


「ああ、それならほら」


 と、服をべろんと捲りあげた。

 そこには――


「ひいっ!」


 彼女の腰は、右側が、鮫にでも喰われたように、ばっくりごっそり抉れていた。


「な、な、なな、なんで、なんでそれで普通に立ってんだよ!」

「普通にというより、普通ではなく立っている、かな。言ったろ? 首輪こいつも私も、普通じゃねえって」

「く、狂ってる……」

異世界族てめーらに言われたかねーよ」


 ふふっ、と笑って。


「じゃ、そろそろ時間だから」


 ははっ、と笑って。


「さようなら風騎くん。今日からは私が、奥旋風騎だ」


 揺れて、揺らいで、揺らめいて。

 彼女は姿を消した。


 とは言え姿が消えたのはこの夢の中での話であって、現実での肉体はちゃんと残ってるんだけどね。

 そう、ここは夢の世界。

 だから体が削れてるように見えなくても、削れた体で何事もなく立っているのも、ここが夢の中だからってことで解決できる問題じゃないのかねえ。頭働いてなかったのかねえ。


 なにはともあれ、乗っ取りは完了したわけだし私も――いや、俺もそろそろ目を覚まして、新しい体のチューニングといこう。反則級チートな異世界族の肉体だ。きっと相当なじゃじゃ馬だろう。


 考えるより先に、勝手に動いてくれるなよ?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ