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オーバーズ!  作者: 米方立十
第一章
10/13

009 氷

 ◇ ◇ ◇




「この教室にこの37人が揃ったことは、それはもうとんでもない奇跡なんだよ。誰か1人でも欠けていれば、こんなに良いクラスにはならなかった」


 小学校の卒業式の日、担任の先生がそんなことを言っていた。それが彼のオリジナルなのか、それともどこかで見つけてきた台詞なのかは分からない。どちらにせよ、「そうだろう?」と同意を求めたあの先生は、生徒たちを感動させたかったのだろう。

 しかし私の心が揺さぶられるということはなく、ついつい考えてしまった。


 ひょっとするとこの37人というのは、38人から誰かが欠けた状態なのかもしれない。例えばパラレルワールドなんてものがあったとして、そこではその誰かが欠けることなく38人が揃った教室があるのかもしれない。

 あるいはそこから結車芻わたしが欠けた37人の前でこの先生が同じ言葉を吐くという、そんな世界もあるのかもしれない。


 全ては仮定の話で、有体に言えばただの妄想だ。しかしその日、私は気付いてしまったのだ。


 私には何の特別性も無いのだと。

 自分がいくらでも代替可能な、実にありふれた存在なのだと。


 勿論それはほとんどの人に当てはまることで、私だけが際立って没個性だったわけではない。しかし当時の私にとって、私が私である意味が無いというのは震えるほどに恐ろしい現実だった。


 自分の居場所を何時か誰かに奪われるんじゃないかという恐怖。

 これを何とか払拭せねばなるまいと、中学生になった私は自分が特別になれるフィールドを求め、色々なことに手を出した。


 走った。跳んだ。投げた。打った。蹴った。放った。振った。掴んだ。泳いだ。

 学校にあった運動部には一通り参加した。


 奏でた。歌った。描いた。書いた。彫った。切った。貼った。削った。磨いた。

 芸術と呼ばれるものには一通り挑戦した。


 登った。潜った。飛んだ。焼いた。指した。狩った。抜いた。育てた。遊んだ。

 興味が湧かないものでも一通り経験した。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()けれど、所詮はある程度止まりだった。全てが中途半端なままに終わってしまい、私は何者にもなれないまま中学校を卒業した。私の秘められた才能はどうやら随分な照れ性のようで、その顔を見せてはくれなかった。

 もしもこの三年間を何か一つのことに集中していれば違った結末になったのかもしれないけれど、私が選んだのは数撃ちゃ当たる戦法だった。中学校に入学する時点で「継続は力なり」という言葉を知らなかったことが悔やまれる。


 高校に入学する頃には、流石にもう自分が特別な人間でないことに怯えることも嘆くこともなかったけれど、何かしら特別な人間になりたいという願望は変わらずにあった。

 だからこの世界に召喚されたとき、私に不安や絶望はなかった。むしろ高揚したし興奮した。この世界では私は異世界から来た特別な存在で、しかも神様から貰った物凄い(チート)スキルまであるのだ。元の世界に帰りたいとは、これっぽっちも思わなかった。


 しかしこの転生には一つ不満があった。

 41人って、これはちょっと多すぎるでしょ。こんなにいたんじゃ折角手に入れた私の()()も薄れてしまう。だからと言って何か行動を起こせるわけもなく、二週間ほど経った頃だっただろうか。


「一緒に革命を起こさないかい?」


 そう誘ってくれたのはクラスメイトの危吹きぶき刃太刀はたちさんだった。本人がそう名乗っていただけで、ひょっとすると妹の銃火つつほさんだったのかもしれない。私には今でもこの双子は判別できない。

 話を聞くと革命というかただのテロだったけど、私はこれに協力することにした。協力しないと殺されるというのもあったけどそれ以上に、彼女に付いて行けば私はもっと特別な存在になれるような、そんな気がしたのだ。


 まさかメイド服を着せられて「お嬢様」と呼ばされることになるとは思わなかったけど。まあ、慣れてしまえばなんてことはない。


「芻ちゃんは神様とか信じてたタイプ?」

「いえ全く」

「だよねー」


 交通都市メナメナ『北の貴族区』の一画、ハッシェルン子爵邸の一室。

 先程までいた狭者はさみじゃ君は別室で休んでいて、フェートさんはまた新たな指令を受けて出て行った。だから今は私とお嬢様の2人きりだ。


「それにしても、千蜜ちみつくんはどうしてあんなに怯えてたんだろう? 別に攻撃されたわけでもないのに」

「過去の映像の人物と目があったら、そりゃあ怖いでしょう」

「もっとずっと怖いことを経験してるはずなんだけどね」

「それもそうですね」


 狭者千蜜。

 彼のことはあまり好きではない、というか気に食わない。


 挟者君には人並み外れた異常な嗅覚がある。その特異体質のおかげか、姉妹間での意識共有という特異体質をもつお嬢様から随分と厚い信頼を得ている。私が知らないお嬢様の秘密も知っている。


 私にだって特異体質――お嬢様が言うところのステータスに載らないスキルは見つかった。ずっと求めていた揺るぎない特別を手に入れることができたし、そのお陰でこうしてお嬢様の懐刀を任されている。

 だけど狭者君の方がなんというか、切り札みたいに扱われている気がするのだ。お嬢様の言葉の端々から、彼だけは代えが利かない存在だと、そんな風に思っていることが伝わってくるのだ。


 率直に言おう。羨ましい。

 フェートさんはお嬢様と四六時中一緒にいる私に嫉妬しているようだけど、私は狭者君に嫉妬している。


 お嬢様からの信頼度を示す例を一つ。

 フェートさんは忠誠心からお嬢様の脳内は覗かないようにしているみたいだけど、私はお嬢様の脳内が()()()()()()()()ことを知っている。しかしその理由まで知っているのは狭者君だけなのだ。


 彼の脳内を覗けばその秘密を知ることはできる。私が白神ハノレルートから貰ったスキルは『侵入』。レベルが上がりきった現在では人の心にだって侵入できる。しかしお嬢様が私に言わないことをスキルで勝手に暴くことは、やはりどうにもはばかられる。なんだか試されているような気もするし。


「何か聞きたいことでもあるのかな?」

「えっ?」

「そういう顔をしていたから」


 たとえそんな顔をしていたとしても、私はお嬢様の後ろに立っているのだから見えていないはずだ。それなのに図星を指されたのは、お嬢様の脳内を覗かなくても――覗けなくても分かる簡単な理屈だ。

 お嬢様は今、椅子に座ってある資料に目を通している。それはフェートさんが過去視から再現した『異世界族の召喚に関する資料』だ。そんなものを傍で黙って読まれれば、そりゃあ聞きたいことの一つや二つ出てくる。

 だからこの機会に「どうしてお嬢様の心は覗けないのですか?」と聞いてもいいのだけれど、今はお嬢様が期待している方の質問をする。


「本当に、神様と事を構えるおつもりで?」


 お嬢様のことは信用も信頼もしているけれど、盲信しているわけじゃない。彼女の言動に疑問を感じることもある。


 神様を材料に神様殺しの武器を作るというのは、それだけなら恐らく可能だ。お嬢様も言っていた通り《神威物オーバーズ》を作ったという実績がある。ただ疑問なのは、問題なのは、その材料を得るまでの過程だ。

 神様が「どうぞ私をご自由にお使いください」とでも言ってくれない限り、戦闘は避けられないだろう。死んだはずの人間を別の世界に転生させることができる神様に、一体どんな策が通じるというのか。

 それにそもそもの問題として、どうやって神様に――ハノレルートに会うつもりなのだろう。狭者君とフェートさんが見たのは8年も前の映像だ。今現在のハノレルートの居場所はさっぱり分からないけれど、その資料には何か手掛かりが記されているのだろうか?


「ねえ芻ちゃん」

「はい、なんでしょう」

「どうして《神威物オーバーズ》なんてものが作れるんだと思う?」


 お嬢様は私の質問には答えず、逆にそんな問いを投げてきた。神様とはあまり関係のなさそうな話題だが、大人しく乗っかる。


「それは、お嬢様が薬物調合と金属加工のスキルを組み合わせて――」

「ああ、うん。そうなんだけど、そうじゃなくてね。ごめんごめん、言い方を変えるね。どうして異世界族からは《神威物オーバーズ》が作れて、この世界の人からは作れないんだろう?」

「それは……」


 それは4年ほど前に実験していた。

 異世界族によってこの世界が乱されないようにと活動している私達なので、材料には消えても問題ない人間を適当な監獄から持ってきて、そこから《神威物オーバーズ》かそれに類する物が作れないか試したのだ。何回か挑戦して、結果は全て失敗だった。

 びくともしなかったとお嬢様は言っていたけれど、《神威物オーバーズ》を作ったこともない見ているだけの私には、その感覚は分からない。ただこの世界の人間からは武器も防具も作れないことだけは理解した。私はそれ以上の考察はしなかったけれど、お嬢様はやはり考えていたらしい。


「ここに一つ氷がある」


 そう言ってお嬢様は手元に2センチ四方のサイコロ型の氷を作った。

 意識共有を持つお嬢様は姉妹間でスキルの授受を出来るそうだが、そうは言ってもあるのは植物調合と金属加工だけのはずだ。それなのにこんな綺麗に氷が作れてしまうのだから、なんともまあ不思議チートなものだ。


「この氷を雪山に持って行ったらどうなるかな?」

「周りに雪が付くかもしれませんが、氷自体はそのままでしょうね」

「そうだね。じゃあ砂漠に持って行ったら?」

「融けますね」

「そうだね」


 これは一体何の問答だろう?

 お嬢様の掌の上で、氷がじわじわと融けていく。


「暑くなれば氷は融けるし鉄は膨張するし人は汗をかく。寒くなれば水は凍るし鉄は縮むし人は震える。なぜならその方が()()するから」

「それはまあ、そうですね」

「鉄が錆びるのも、食塩が水に溶けるのも、雷が落ちるのも、地震が起こるのも、全てはその方が安定だから」

「……この世界での異世界族は《神威物オーバーズ》であることが一番の安定した状態で、だからこそ《神威物オーバーズ》が作れると?」

「そゆこと」


 言われてみればそれは十分に有り得そうな仮説だ。そしてここまで聞けばどうしてお嬢様がこの話をしたのか分かる。つまり――


「相手が神様だとしても、安定して存在できない場所に連れて行けば《神威物オーバーズ》と同じようにできると?」

「さすが芻ちゃん。理解が早いね」


 お褒めいただき光栄だけれど、正直な気持ちとしてはそれだけの策で神様に挑むのは控えていただきたい。不確定な部分が多すぎる。

 しかしそんな私の心配は、お嬢様には不要だったらしい。


「仮説とは言ったけれど、私として粗粗ほぼほぼ間違いないと思っている。既に幾つかの検証も済ませてるんだ」

「検証、ですか」


 何をどうやって検証したのか気になるところだけど、そこは触れられたくない箇所だったのか、お嬢様は話を進める。


「それに芻ちゃんもフェートちゃんも十分に育ったし、時期的にはハイジちゃんも良い頃だ。ああ、今はハイジくんだったかな?」


 フェートさんが長期任務に出てなくて、ハイジさんが異世界族の体を持っていることを考えると、確かに良いタイミングなのかもしれない。なにかと制約の多い《神威物オーバーズ》を使っていながら、二人とも異世界族並みの万能性を有している。神様に挑むのであればどちらも手札に入れておきたい。

 いやしかし――


「ハイジさんが今の体にいられるのは、あとひと月もないですよね。遠征組は待たないんですか?」


 こことは別の、もう一つの大陸にも異世界族を狩っている仲間たちがいる。彼らが帰ってくるのはまだ半年以上先なのだが、そこまでは待てないのだろうか。手札は多い方がいいと思うのだけれど。

 しかしお嬢様は首を横に振る。


「私達は、もう8年間も異世界族を殺し続けているんだよ?」

「そうですね」

「こちらの存在に気付いた一部の異世界族が密かに徒党を組んでいてもおかしくない。というか、絶対にいるはずなんだよ。十数人で監視できるほど、この世界は狭くないんだから」

「なるほど。だからそいつらが手を出してくる前に終わらせてしまいたいと」

「そゆこと」


 8年という長い時間の中でそれは勿論色々なことがあったけれど、異世界族が徒党を組んで攻めてきたことなど一度も無かった。そしてそんなことはこれからも起こり得ない――なんてことは有り得ない。

 敵はいつか、必ず現れる。

 お嬢様が《神様殺し》を急ぐのは、そのいつかに備えるためか。


「というか既に手を出されている可能性もあるんだよね」

「どういうことですか?」

「カルナイクが消えた」


 ハイジさんと組んでいるあの砂漠の民(ケルフ)の少年か。寿命を補充しに第三魔王さんの所に行っていたはずだけれど、確かにもう戻って来てもいい頃だ。彼が魔族領にとどまる理由も無いし、人族領にいるならここに来ないのは不自然だ。


「異世界族に襲われたと?」

「分からない。ただ、可能性はゼロじゃない」

「相手が組織的に動いているのであれば厄介ですね。ユネさんとフェートさん、リクエラさんとベイデルさん、それとハイジさんは今一人でいるはずですけど、大丈夫でしょうか?」

「フェートちゃんとハイジくんは万能タイプだからね。もし襲われても逃げるくらいできるはずだよ。リクエラちゃんは一人と言っても屋敷ここで休んでるだけだし」

「ああ、そうでしたね。ユネさんは?」

「愚問だね。《神威物オーバーズ》無しで異世界族を殺した天才だよ?」

「そうでした。となると残りはベイデルさんですが」

「そこがちょっと心配なんだよね」


 ベイデルさんは今、異世界族がいないかこの街を見回りしている。見回りと言っても基本は噂話を拾って情報収集するだけなのだが。


「ベイデルくんも間違いなく天才なんだけど、異世界族に勝つには才能がありゃいいってもんでもないんだよね。だからこその《神威物オーバーズ》なんだけど、彼に持たせた《不知肉ピュアブラッド》は戦闘になったらまるで使えないからなあ」

「あれは縛りが厳しいですからね」

「そゆこと。芻ちゃん、一応彼の様子見てくれる?」

「かしこまりました」


 探索魔法()()()()()()で彼の居場所を割り出し、千里眼()()()()()で様子を見てみると、特に変わった様子はなかった。一応頭の中も覗いておくかと侵入スキルを発動させる。


「あっ」


 いけないいけない。スキルは無効化されるんだった。気を取り直してテレパシー()()()()()()で彼の心を覗く。

 すると、おやおや。


「お嬢様」

「どうした芻ちゃん」

「ビンゴです」


 土産か何かを持ったベイデルさんが、異世界族に尾行されていた。




 ◇ ◇ ◇




 『東の商業区』にはたくさんの店がある。店と道以外何もないほどだ。

 人も物も秒単位で移動するこのエリアでは、店もまた長くは続かない。それは東に行くほど――交通都市メナメナの端に近付くほど顕著で、朝には獣の毛皮を売っていた場所で夕方には珍しい石を売っている、なんてことがしょっちゅうだ。

 逆に街の中心に近くなると、いくらか落ち着いた雰囲気になる。まず店としての建物がある。そして店主がこの街にきちんと腰を据えている。


 内では買い手が『また来るよ』と言い、外では売り手が『また来るよ』と言う。

 そんな商業区のちょうど真ん中辺りに僕の店はある。


 タグシの道具屋。

 嵩丈かさだけ太倶仕たぐしがやってる道具屋。そのまんまである。

 店はそう広くないが、それなりに繁盛してる。これは僕の神授スキル『錬金術』のお陰だ。やろうと思えば硬堅結晶すら豆腐のように斬れる剣も作れるが、下手に目立ちたくはないので程々の物を程々の値段で売っている。


「ありがとうございましたー」


 またひとつ、竜を模した置物が売れた。売っといてなんだが、あんなものどこに飾るんだろうか。僕には部屋に何かを飾るという習慣がないからよく分からない。

 満足気なお客さんの背中を見送ると、入れ替わるようにまたお客さんが入って来た。


「いらっ……しゃいませー」


 その男は身長が180センチ程と長身で腰には一振りの長剣を携えそれを扱うのであろう両腕には程よく筋肉がついており細マッチョという印象を受けるとかそんなことよりなんだこいつは――!


 一目見たところなんとなく只者ではない雰囲気があったが、一応いつも通り挨拶をしようとした。

 しかしやはり只者ではない雰囲気だったのでこっそり鑑定してみたのだが――この男、()()()()()()()()()()()


 驚きに一瞬言葉が詰まり変な間が空いてしまったが、それどころではない。

 まさかと思って索敵魔法を使ったが、それすら引っ掛かからない。


 こいつ……幽霊か何かか?


 できることなら関わりたくないのだが、唯一の従業員である僕が裏に引っ込むわけにもいかない。

 男は店内をきょろきょろと見渡して、僕と目が合うと「こんにちは」と言った。ただそれだけのことなのに、どうしてかびりびりと悪寒がする。


「……何か、お探しで?」

「いえ、場所の割にはちゃんとした店構えだったものですから、少し気になりましてね。置いてある商品も中々の物です。これは全て貴方が?」

「ええ、まあ」


 そんな普通の会話をしながら、僕は戦々恐々としていた。

 彼の言葉に虚実判別のスキルや感情を読み取るスキルを使っても、まるで暖簾に腕押ししたように反応がないのだ。こんなことは初めてだ。


「いやあ、素晴らしい腕前ですね。国王への献上品だと言われても不思議じゃないですよ」

「いえいえ、そんな大した物ではありませんよ」

「特にこれとか――あっ」

「あっ」


 男は3連の燭台を手に取った。

 そして、落ちた。

 床と金属との甲高い衝突音が店内に響いた。


「ああっ! 申し訳ありません!」


 慌てて謝る彼の右手にはしっかりと燭台が握られている。しかし3灯用だったはずのそれは、彼の手元で単灯用になっていた。両脇に生えていた部分が、ぽっきりぽっかり無くなっていた。それは彼の足元に転がっていた。


 見た目重視の燭台だったから、確かにそこは簡単に折れてしまう細さだった。だからこそ入念に補強しておいた。神授スキルを使って、100メートルの高さから落としたって壊れないくらい頑丈にした。

 それなのに――


「買い取らせてください。手持ちはこれだけなのですが、お幾らですか?」


 そう言って彼が懐から出したのは、燭台の価格――この店での最高金額――のさらに倍の額だった。だから僕はそのうちの半分を貰ったけれど、金などどうでもよかった。

 神様から貰った絶対的チートなスキルに、僕がこの世界で生きる為の支柱に、初めて罅が入ったのだ。いや、罅どころか燭台同様完全に折れているかもしれない。あの男の恐らくスキルを無効化する能力は、信じられないことに神授スキルすら凌駕したのだ。


 男は壊れた燭台と残ったお金を持って、肩を落として店を出て行った。その後ろ姿を見ながら、僕は3か月前のことを思い出す。


 まさかこんな展開になるとは。

 まさか()()()こんな展開になるとは。


『もし君の神授スキルが通じない相手が現れたら、戦わないことに全力を注ぐんだ。その相手は十中八九異世界族殺しのプロだよ。絶対に、一人で挑もうとしちゃダメだ』


 店の奥、階段を上り2階の自室へ。


『僕のペットを2羽渡しておく。青い方は尾行役、赤い方は連絡役だ。その場を凌いだらこの子たちに合図を出してくれ。すぐに僕の仲間を出動させよう。複数でかかればこちらにも勝算はある。なんてったって、僕らは特別チートな存在だからね』


 鳥籠を開け、窓も開ける。

 通りに先程の男の後ろ姿が見えた。

 右手の人差し指を立てて自分の口に当てる。静かに、のポーズから、指を前にすっと倒して男に向ける。それが合図だ。


 青と赤が飛び立った。


「まさか本当に『異世界族殺し』に会うとは……いや、遭うとは、かな」


 その場によろよろと腰をおろし、静かに深呼吸をする。

 異世界族を殺そうとする人がいて、僕は異世界族だ。しかし大人しく殺されてやる気はない。だから、戦うしかない。


 体が、ぶるりと震えた。


 武者震いではない。

 それは恐怖から来る震えだった。


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