7月4日 明治通り
‘もう、だめだ、もう、限界だ’
ぼくのなかの、なにかがこわれた
ホントはね、遺書のヒトツぐらい、書きたかったんだけど、書こうとしたんだけど、どうしても書けなかったんだ
書けなかった理由?それは、ぼくが○○だからだよ
別にね、今日、特別な何かが起きたわけじゃないの
なんていうのかな、なんかね、もう、やりきれなくなってしまったの
だいたいさ、ぼくはひねくれてるし、尋常じゃない程に嫉妬深いし、‘だいたいのにんげん’が苦手だし、ほかにも、いっぱい、いっぱい、解決できない問題がありすぎるんだ
このセカイはね‘そんなぼく’が生きていけるセカイじゃないんだ
だから、もう、このセカイから、消えようとおもうの
それに、偶然にも今日は、〇月△日、消えるには、ぴったりの日だから
来世は、どうか、愛されるしあわせなねこになれますように
……………
7月4日 午後23時、明治通り
降り続けていた雨も止み、辺りは静まり返っている
そんな人通りの少ない明治通り、若い二人の男女が歩いていた
「あれぇ、あそこ、何かいる、なんだろぉ」
道路の真ん中で、ゆらゆらと微動している黒い物体に彼女が気付いた
「ん?なんだろ。生き物だよな?猫とかならあんな道路の真ん中で危ないな、ちょっと見てくる」
そう言って、彼は、その‘何か’に近寄っていった
黒い、猫だった
怪我してるわけでもなさそうなのに、道路の真ん中から、動こうとしない
「どうした、お前、危ないぞ、夜の散歩するなら、もっと安全な場所選びな」
猫好きな彼は、黒猫を抱き抱えて、そう言った
「ノブくん、やっぱり猫だったのねぇ、でも、よかった、怪我とかしてるわけじゃなさそうね、あっ、これ、食べるかなぁ、さっきわたしが食べてたみるく飴」
彼女もやってきて、猫の頭を撫でている
「おい、奈々、猫は飴食べないよ、ってか、喉につまらせたら大変だからあげちゃだめだよ、まったく」
そう言いながら、彼は左手で優しく奈々の頭をぽんと叩いた
「あっ、そっか、えへ」
そんなどこにでもある恋人同士のやりとりをしていると、黒猫はすっと、ノブの腕から降り、そしてこちらを見て「にゃぁ」と鳴くと、今度はしっかりとした足で、歩道へ向かい、そのまま消えた
「あっ、行っちゃったぁ」
「今度は道路の真ん中に出るんじゃないぞ~」
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…さようなら
…こんど、生まれ変わったら、無条件で愛される、可愛い、可愛い、ねこになれますように
7月4日 午後23時、明治通り
ぼくは、道路の真ん中で、大型の車が通るのを待っていた
飛び出して轢かれれば、きっと、助からない
そんなぼくのそばに、ひとりの‘にんげんのおにいさん’がやってきた
「どうした、お前、危ないぞ、夜の散歩するなら、もっと安全な場所選びな」
そういって、おにいさんはぼくを抱きかかえた
「ノブくん、やっぱり猫だったのねぇ、でも、よかった、怪我とかしてるわけじゃなさそうね、あっ、これ、食べるかなぁ、さっきわたしが食べてたみるく飴」
今度は、‘にんげんのおねえさん’もやってきた
「おい、奈々、飴は猫は食べないよ、ってか、喉につまらせたら大変だからあげちゃだめだよ、まったく」
「あっ、そっか、えへ」
ぼくはもっとこの場に居たい気もしたけど、なんとなく、ここにはいちゃいけない気がして、立ち去った
こうして、ぼくの行う予定の「とびこみじさつ」はとりあえず、失敗してしまったけど、不思議と穏やかな気持ちになっていた
べつに、きょう、きえなくてもいいかな
きえるのは、いつだって、できるさ
おにいさん、おねえさん
おにいさんとおねえさんみたいなにんげんなら、ぼく、きらいじゃないよ
また、いつか、あえたらいいな
…なんてね
……………………………
にんげんも、ねこも、いぬも、みんな、こころがあって、きずついたり、かなしかったりする
嫉妬だってするし、さびしくだってなる
そして「じさつみすい」をかんがえてしまうのは、にんげんだけなのか、果たしてそれは、わからないけれど
……………………………
7月4日 午後23時30分
わたしも、ぼくも、きみも
とりあえず、とりあえず、いのちをうしなわずに、すこしでも、やりすごして生きれますように