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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第一章
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17 「祭囃子」

 夏休みが始まってすぐ強制労働に駆り出された出来事から、しばらくして八月に入り、この頃から特に理由もなく、私達は「ネジ飛び姫」に呼び出されては集まってを繰り返していました。

 ある時はテレビ番組で流行っていた「スプーンまげ」をみんなで試す集い、またある時は、何処から聞きつけたのか、近隣に完成した巨大プールのこれまた巨大滑り台を滑りに、そして、またある時は懲りずに「肝試し大会」をやろう等々・・・・。ザリガニを釣りに行ったり、駄菓子屋巡りなんて事もやりました。

 これらの話は、また別の機会にでもするとしまして、今日はその夏休みの終わり頃に起こりました「祭り」の話です。


 私事の話になりますが、私の幼なじみに、丁度私と同い年の女の子がおります。名前を「ナミ」と申しまして、少女時代は結構可愛い子でした。

 ナミは小学校の高学年に入る寸前に引越をしてしまいまして、それっきりになっていたのですが、親同士はその後もずっと交流を続けていたらしく、その関係で、このナミが夏休みの終わり頃にちょうど我が家に遊びに来まして、流石にこの時期は相手をしてやらなければと、数年ぶりにちょっと変わった地元を案内したり、新しくできた遊び場に連れて行ったりしておりました。

 勿論、ナミは小さい頃から兄弟同然に育った幼なじみでして、恋愛感情や異性的な目で見るよりは、どちらかというと妹に近いような存在で、実際、ナミもそう思っていたと思います。まあ、仲が良かったといえば良かったですし、何せ年頃の女子ですから、連れて歩いている私もちょっとだけ鼻が高くなる思いでしたが。


 そんな我が家の都合など関係無しに、例の姫様から電話があったのは、近々学校の校庭を使った、町会合同の夏祭りが行われる頃の事でした。祭りといえば、大抵は夏の早い時期に行うものですが、ここらの祭りは大体、八月の中~下旬頃に行われる様で、この時もそうでした。


 「明日、私の家にみんな集合だから!」


 (相変わらず、脈絡無く自分の用件だけを仰るヤツだ・・・。俺以外が電話に出た時、どうするつもりだろう・・・。)


 「悪いな。 俺、ちょっと用があって出れん。」


 「何の用事よ? 嘘言ってると殺すわよ!」


 「いやいや、今回はマジなんだって。親戚(みたいなものだよな?)が来てるんだよ。だから、当分は動けないと思う。すまんね。」


 「ふ~ん・・・。」


 「ああ、悪いね。」


 「ねえ、あんた・・・、祭りは大丈夫なの?みんなで一緒に行く約束でしょ。」


 「うーん、すまん、親戚の相手しないといけないから、ちょっと行けそうにないかも。」


 「そう・・・。じゃあ仕方ないわね。また今度で良いわ。じゃあね。」


 「ああ、すまんね。またな。」


 と、どうやら納得してくれたらしい様子で、早々に電話を切りました。

 正直、嘘をついたつもりは無かったのですが、たぶん祭りもナミを連れていくことになるでしょうし、何となく後ろめたいという気持ちと、私が行かなくても他の連中は集まるんだろうか?などが気になりまして、なんだかすっかりエリ達のペースに染まっている自分に、少々身震いするのでした。


 それから何日か経った頃、いよいよ夏祭りの日が来ました。

 祭りは計二日間の開催で、いくつかの町会が合同で開催・・・といっても、所詮は学校の校庭を使う程度ですので、それ程大掛かりなものではないのですが、それでも出店は結構な数が集まりますし、それなりに賑やかなものでした。そんな話を聞きつけたナミが、懐かしさから「私も行きたい!」となるのは当然なのですが、私はどうも、エリの事が引っかかっていました。とはいえ、二日間もある祭りの適当に広い会場で、しかも僅かな時間の間に流石に偶然出会う事もないだろうと楽観的に考えていた自分を、私は後々、大変後悔する事になります・・・。


 夕方の日暮れ頃、祭り開始の花火が鳴ったところで早速、私とナミは学校に向かう事になります。ナミは私の父が買い与えた浴衣に着替えており、成る程これは見栄えがするものだと思いました。

 その行き道の事。私が住んでいた所は、それ程田舎というわけではありませんでしたが、それでも当時は、所々外灯のない暗い道があり、恐がりのナミは、私の手を取っていました。これは何となく、悪い気もしませんので、そのまま手をつないだまま、学校の祭り会場に向かいます。

 会場には既に多くの人達が賑わっており、その中に知った顔もチラホラと居ます。

 正直、この頃には楽しさが優って、エリの事などすっかり抜け落ちていました。なので、二人で一つのたこ焼きをつついている時に鷲尾に出くわしたのには、少々動揺したものです・・・。

 鷲尾はいつもの様に金丸と一緒で、私を見つけるなり惚けた様な顔をしてこちらを見ています。まるで見ちゃいけないものでも見つけたような雰囲気でしたが、私も祭りという事で気が大きくなってきたのでしょう。鷲尾がすかさず近づいて、「その人、誰?」と耳打ちした時に、素直に「ただの幼なじみだよ」といわず、男の見栄全開に「ちょっとね」などと答えたものですから、「ふうん」と冷たい表情になった鷲尾が何を考えているのか、正直計りかねていました。一応、それとなく「エリ達は?」と尋ねてみましたが、「誘ったけど来なかったよ。まあ、来ないと思ったけどね・・・。」と、これまた素っ気ない答えでした・・・。


 (何だろう、この気まずい空気は・・・。)


 結局、私はそんな事は脇にほっぽって、鷲尾達と別れた後は、また元通りに祭りに没頭していました。その後一時間ほど居たでしょうか。祭りが佳境に入り、祭囃子につられて人の足も多くなったところで私達は早々と引き上げました。


 それから程なくして、ナミも我が家を去っていき、夏休みも終わりを告げていました。




 という訳で、久々の登校日。

 いつもの様に教室に入り、それぞれが真っ黒くなっていた以外は、休み前と何も変わらない雰囲気を感じていたのですが、一人だけ、全く違うヤツが居ました・・・。

 私が教室でエーちゃんらとふざけあっていると、そこにエリとリョウコがペアがご出勤です。私がいつもの様に挨拶をすると、リョウコはいつも通りでしたが、エリは私の事を睨み付けると、そのまま大袈裟に顔を横に向けて、席に早々と着いてしまいました。正直、私は祭りの事なんてすっかり忘れていましたから、お姫様、今日はエライご機嫌斜めだな・・・等と、人ごとの様にのんきにしていました。



 どうやら、エリが私の事を怒っているらしいと気がついたのは、それから数日経った時でした。いつもであれば、放課後に無理矢理引っ張って行かれたり、休みの日におかしな提案をされたりと、とにかく人を振り回すのが趣味のヤツが、まったく大人しく、しかも口も聴かないというのは明らかに気持ちが悪く、ついでに露骨に機嫌が悪いのは、私の側にいる時だけという状態でしたので・・・。

 仕方なく、このお姫様が何を怒っているのか、「保護者」にお聞きした方が早いと、私はリョウコをコッソリと呼び出し、エリが何を怒っているのか聞き出す事にしました。


 「ホントに心当たり無いの?」


 「いや、まったく。」


 「・・・・夏祭り、渡辺行ったんだって?」


 リョウコは少々呆れ顔で私に聞いてきます。


 「あれか! つまり、あいつは俺がその数日前に、親戚が居るから忙しいと言って自分の誘いを断ったのにも関わらず、約束していた夏祭りに行った事が気に入らないという事か!」


 「ふぅ・・・・。あんた、本当に何にも分かってないんだね。まあ渡辺だから仕方ないか・・・。でも、もう少し自分で考えなよ。私は知らないから。」


 そう、いつもの様に微笑みながら・・・でしたが、しかし明らかに冷たくあしらわれていました・・・。

 こんな事を、他の誰かに言われたのであれば「バカにしやがって!」と怒るところですが、リョウコに言われると、少し別の意味を持ちます。

 つまり、リョウコも何かしらに対して、私に「怒っている」・・・という事です・・・。


 いよいよ深刻な事態になったと感じた私は、恐らくその原因を作ったであろう人物を呼び出して尋問する事にしました。


 「言ったよ。あんたが可愛い女子と二人だけで祭りに来て、仲良くたこ焼き突いてたって。」


 「これか!・・・・。 まったく余計な事を・・・。」


 「仕方ないよ、あたしはエリの味方だもの。 今回はあんたが非道すぎるよ」


 「いえいえ、鷲尾さん、それは大きな誤解でしてね。彼女は俺の幼なじみで、もう兄妹みたいなもんなんですよ・・・。だから急にとは言え訪ねてきたら放っておけないでしょう!?」


 「そんな事、あたし知らないよ。 自業自得だろ、馬鹿。」


 それだけを言い残し・・・、鷲尾はサッサと戻っていきました。


 (いや・・・、馬鹿って・・・。 何なんだ、いったい・・・。そりゃあ、最初の約束を守らなかったのは悪いけど、これは仕方ないことじゃないかよ。)


 とっても自分が情けない気分です・・・。何故こんなに必死になって言い訳しているのだろうと。

 

 要するに、エリは自分の用事をすっぽかして、克つ女連れで祭りに行った事に怒っているという訳です。

 しかし、あいつが私に嫉妬する事なんて無いだろうし、そもそも、どの辺が地雷なのかが普通の人とは違っていて、まったく分からない訳で、そんなものをどうしろというのかと、何だか逆ギレに近い感じで腹が立ってきました。

 そもそも、よく考えてみれば、私は何も嘘を言っていないし、勝手にぶち切れてふて腐れているのはエリの方です。私はもう呆れて、そのままエリの事は放置する事にしました。


 それから冷戦状態が二週間目に突入し・・・・、流石に学級委員の仕事にも支障をきたす様になった頃、私は根負けした様に、もう一度リョウコにすがる事にしました・・・。

 我ながら情けない・・・。


 私は今まで独自に調査した結果と、自分自身の分析とを加え、それをリョウコに説明してお伺いを立てます・・・。


 「ふ~ん・・・。でもさ、それ、私に言っても意味ないんじゃないかな?」


 両手を後に回して廊下の壁に寄りかかったリョウコがうつむき、右足の上履きで床に「の」の字を書きながら続けて言います。


 「エリはね、あの日、あんたがお祭りに行けないと思って、何だか私達だけ楽しむのは悪いよねって、家で大人しくする事に決めてたの。」


 それを聞いて、私は意外と思うほかありませんでした。アイツは人の事なんて全然何も考えていない人種だと、私の中では思っていたものですから。

 いえ、普通に考えれば「そんなのはアイツの勝手で、俺の知った事じゃないし、それで俺に文句を言うのは筋違いだろ!」と言いたいところですが、人のために自分が我慢をする、それも私のためにそれをしたなど、リョウコからでなければ、にわかには信じられない事でしたので、それだけに・・・、エリの気持ちが、何となく流れ込んでくるようで、少し切ない気持ちと、申し訳ない後ろめたさを感じてしまいました・・・。


 「エリね、この間まで、別の所で暮らしていたの。お父さんの事情で、今の家に戻ってきたんだけど・・・お母さんも今居ないのよ。詳しくは話さないね。でも、分かってね。あの子にとって、「友達」って特別なの。ちょっと色々と理解されづらい所があるけれど・・・、あんたはそれを理解してくれる人だって、私は信じてる。きっと、エリもそう思っていると思うよ。」


 正直、衝撃的な告白でした。単に「頭のネジが飛んだワガママ娘」と思っていたエリの難解な性格が、どの様に形成されたのかなど今まで考えた事もありませんでしたが、リョウコの話によって、あいつの本来の性格では無いのではないか? という疑問が、少しだけ首をもたげてきます。

 無論、これで全てが分かる訳でありませんが、理解するキッカケと、私に何となく「理解してあげなければいけないのだ」という義務感が強く芽生えた瞬間でした。それと同時に、私は今回の軽率な行動を深く深く後悔する事になります・・・・。

 いや、本当なら私が一方的に悪いわけじゃないとも思うのですが、この時はエリに対して、なにかひどく悪い事をした気分になっていました。


 「リョウコ、俺、あいつに謝る事にするよ・・・。 ただ、今のまんまじゃ口もきいてくれないから、お膳立てだけ頼めないか?」


 「・・・分かった。でも、今回だけだよ。エリのこと、お願いね。」


 ふぅ、と溜息をついた後、私の顔を正面から見据えたリョウコは、そういって、いつもの様に笑顔を見せてくれると、エリのいる教室へと戻っていきました。


 その日の放課後、リョウコからエリの家まで来る様に言われ、早速、私はその足でエリの所に向かいます。玄関でリョウコに案内されると、エリが部屋の真ん中で、腕を組みながら、あぐらをかいて座っていました。

 「いやそれ、パンツ見えてるぞ」というツッコミは場違いな程、真面目な雰囲気でしたので、私は黙ってエリの対面に腰を降ろし、まず一言、今回の件を詫び、なるべく言い訳にならない様にナミの事や祭りに行った経緯を簡単に説明しました。その後、もう一度心から詫びました。

 しばらく、エリは私の顔を睨みおろしていましたが、一言・・・、


「一発叩かせて。それで全部チャラにするから。」


 私は致し方なしと、左頬を差し出して目をつぶりました。

 すぅ~というエリの深呼吸が聞こえて来たと同時に、左頬に尋常じゃない衝撃が加わり、私は情けない事に、そのまま後ろに吹っ飛んでしまいました。


 (ぐふっ!!! 一発って、「グー」ですか!!!)


 左頬を押さえながら、まるで殴られた映画女優のように、顔だけを向けてエリを見ますと、そのまま右手の平をヒラヒラと振りながら満面の笑みで


 「あ~っ!スッキリした! 良いわ、今回は許してあげる! でも、次は殺すからね!」


 (ああ・・・、今までは冗談の様に聞いていたお決まりのこのセリフも、こいつだったらホントにやるかもね・・・。)


 などと、私はどくどく左頬から流れる血の味を、口の中一杯に噛みしめながら考えるのでした。


 すっかり機嫌を取り戻したエリは、上機嫌の笑みを私に向けて


「せっかくだから一緒にご飯食べていきなさいよ! 今支度するから!」


 と、言いながら台所に消えていきました。リョウコを見てみると、私の顔を見ながらニコニコと微笑み、エリの後を追う様に台所へと消えていきました。とりあえず私はエリに電話を借りて、家に飯はいらない事を伝え、二人の支度が終わるのを、左頬の血をちり紙で止めながら待っていました。


 (良いパンチだったぜ、エリ。 いや、ホントに・・・。)


 しばらくして運ばれてきた料理は、エリらしくハムエッグとご飯、味噌汁というシンプルなものでした。目玉焼きは私の分だけ大皿に二つ乗っており、一つは他と同じように綺麗に焼けて、もう一つは黄身が少し破れて崩れていました。多分、綺麗な方がリョウコが見本で作ったもので、この崩れている方がエリの作ったものなのでしょう。しかし、これをきっと一生懸命、私のために作ってくれたのだろう姿を想像しますと、なんだか微笑ましく、私は喜んでこのご馳走を頂くのでした。この時の味は、頬の痛みと血の味と共に忘れる事は無いでしょう。


 そして、この頃から私は、「もしかしたら俺は、コイツの事が好きなのかもしれない」と気がつき始めるのでした。


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