本編未投稿44.5 「嫉妬の炎」
昨今、未成年の突発的な凶悪犯罪が増えており、それの原因は所謂「キレやすい」事が原因・・・などと言われております。
最近の子ども達が、実際にどれぐらいキレやすいのか分かりませんが、単に「キレやすい」だけでしたら、私達の時代にもキレやすい者は結構おりまして、幸い犯罪に繋がるような事はありませんでしたが、やはりトラブルの原因になる事は多々ありました。
私達のクラスに「西本」という男子がおりまして、どうもこいつは、私達が小学校六年生の時に隣のクラスだったらしいのですが、ちょっと変わっていると申しますか、所謂「キレやすい」ヤツだったそうな・・・。
いくつかの事件を、当時耳にしておりました。
その一
からかわれた男子に対し、いきなり机と椅子を投げつけ、大騒ぎを起こした。
その二
授業中にからかわれた事に腹を立て、突然、自分の教科書とノートをびりびりに破いた。
と、私が聞いた噂はこんな感じですが、実は同じクラスになってからは、個人的に結構喋る事もあり、別段「おかしな行動」はしなかったもので、私はただの噂だろうと思っていました。
ただ、確かに癖の強いヤツでして、自分の思った行動を、周囲の反応も見ずにそのまま起こしてしまう事が多くありまして、その辺りが小学生時代にはもどかしさとなり、キレやすい行動に繋がっていたのかもしれません。
たしかに会話をしていると、若干イラッと来る事もあったのですが、そこは何と言っても「癖の強さじゃ学校イチ!」だった姫様に慣らされていた私ですから、特に問題はありませんでした。
そんなある日のこと・・・。
私達は化学の授業を受けるため、理科室に移動しており、ワイワイと授業を受け、いよいよ教室に戻る頃・・・・
「あれ? エーちゃんもう帰ったのか? 早ええな・・・。」
「渡辺、何やってんの? 早く戻りましょうよ。」
「ああ、そうだな。 それにしても、お前こういう実験とか好きだよな・・・。顔が活き活きしてるぞ。 将来、爆弾とか作んなよな・・・。」
「何それ、遠回しに喧嘩売ってんの!?」
「いえ、滅相もありません・・・。」
「うふふ。渡辺は一言余計なんだよ~。 エリに構って欲しいからって。」
「はあ!? ちょ、ちょっと、リョウコ! 何言ってんのよ!」
「いや、そこは俺が赤くなる所だって・・・。 お前が赤くなってどうする・・・。」
「あはは!」
そんなやり取りをしつつ、教室の前に戻りますと・・・・
「てめえのそういう所がムカツクんだよ!!!!!」
と、どこかで聞いた事のある怒鳴り声が、遠くの廊下まで響き渡るのでした。
私は「なんだ・・・。騒がしいな。」と、教室の引き戸を開けてみると・・・。
そこには、鬼の形相で西本の胸ぐらを掴み、一方的に殴るエーちゃんの姿があるのでした。
「なんだこれ・・・。この短時間に何があったんだ? しかも、何でエーちゃんと西本!? 訳分からん・・・。」
「何ニヤニヤ笑ってんだコノヤロウ!!! ナメんなコラ!!!」
正直、状況が良く分からず・・・。
まあ、エーちゃんがキレる事はさして珍しい事では無いのですが、理不尽な事はしないヤツでしたので、ここまで本気で怒るには、恐らく何かそれなりの理由があるのだろうと、私は放っておこうと考えていました。
しかし、どうもそんな私の煮え切らない態度を不服に思ったのか、私の背中をツンツンとつつく人がおりまして・・・。
「ん? リョウコ、どうした? 」
「止めなくて良いの?(コソコソ)」
「ん~。 良いんじゃねえか? 好きにやらせておけば。 アイツがあんなに怒るのも珍しいし、何かあったんだろ? きっと。(コソコソ)」
―ギュゥゥ~
「いっ痛ててて!!!! 」
「のんき・・・。」
「わっ分かったよ・・・。 (まったく・・・。 リョウコさんには敵わねえなあ・・・。)」
「ちょっと渡辺! これじゃみんなの迷惑だから、先生来ないうちに何とかしなさいよ! ほら、タカコ達も困ってるでしょ!?」
「分かったっての!」
「ムカッ! なんか反抗的で生意気! サッサと何とかしなさいよ! 兼末止められんの、あんたぐらいなんだから! たまには役に立ちなさいよね!」
「(くそ、腹立つ! エーちゃんと西本のせいで不愉快極まりないな!)
こら、おめえら! いい加減にしろコノヤロウ!!!」
「・・・。」
「この大バカヤロウが! 喧嘩すんなら、屋上か外でやれ、ドアホ!!!! 迷惑千万だぞ、コンチクショウ!!! 」
「・・・。 なんで、お前がキレてんの?」
「うっせ馬鹿! 元はと言えば、お前のせいだ、コノヤロウ!!! 」
「???」
突然ぶち切れながら乱入した私のせいで、エーちゃんは、訳が分からずにキョトンとしていましたが、とにかく気分が白けたらしく・・・。西本との喧嘩は、それで収まるのでした。
そして、その日の昼休みの事・・・。
「で、結局何が原因だったんよ? 」
「・・・。 大した事じゃねえよ。 アイツ、前から気に入らなかったんだ。」
「ふ~ん・・・。 (コイツが隠すとなると、アイツ絡みしか無いわな・・・。 なるほど、本気で怒った訳も納得行くわ。)」
「・・・。」
「まあいいや。でも、あんまり派手な事は控えろよ。ただでさえ、俺たち目立ってるからな。」
「ああ、分かってんよ・・・。 それより、お前こそさっき、何でキレてたんだ!?」
「何でもねえ・・・。 お前らのとばっちり受けただけだ。」
「??? ・・・。 まあ、いいや。」
そんな訳で、この件はこれで一端は納まったのですが・・・。
「結局、タカコにも原因は分かんないみたい。 タカコは関係無いんじゃないの?」
「う~ん、俺のカンが外れたかな? 絶対に鷲尾がらみだと思ったんだけどなあ。」
「まあ、別に良いじゃない。 兼末が喧嘩するなんて、珍しい事じゃないでしょ?」
「いやまあ、そうなんだけど・・・。 喧嘩はしても、あんなに本気で怒る事は珍しいんだよな。 まあ、あれから何も無いから、別に良いんだけどさ。」
「ふ~ん・・・。 ユキも兼末の事になると、なんだか一生懸命なんだね。」
「なんでお前がフテ腐れんだよ・・・。 お前だって、リョウコに何かあったら一生懸命になるだろ? 同じだよ。」
「ふ~ん・・・。」
(女って、男にも嫉妬すんだな・・・。 それとも、コイツは特別なんかな?)
それからしばらく経った、ある日の事。
その間に、私が足を骨折したり何だりと、いろいろあった訳ですが・・・。
その日、私はエーちゃんやエリ達を交えて、つい先ごろあったラブレター事件の顛末を話し合っていました。
「結局、こないだのあれ、どうなったんよ?」
「ああ~、あれな! いや、俺も詳しくは知らねえけど、結局全部ダメだったみたいだぞ。」
「だいたいよ、下手な鉄炮は数撃っても当たらねえっての・・・。 アイツのああいう所、昔から良く分からねえなあ。」
「そもそも、アイツの場合、どこまでが真面目で、どこからがフザけてんのか、全然わからねえんだよな。お陰でこっちはエライ迷惑したってのによ。」
「なんなの、なんか私が悪いみたい言わないでよね。だいたい、あんたらがコソコソとやってるのが悪いんだからね。」
「それにしても、お前はちょっと渡辺のする事、気にしすぎじゃねえのか?」
(良く言った、エーちゃん!)
「はあ!? なんであんたにそんな事言われなきゃならないのよ! だいたい、あんたが悪いんだからね!」
― ボスッ!
「ぐふっ! って、なんで俺が殴られんだよ! 」
「あはは! あんたら、何だかんだ言って仲良いよね~!」
「人ごとみたいに良いやがって・・・。 鷲尾はどうなんだよ!? エーちゃんの事で心配になるような事ねえのかよ!?」
「ぜ~んぜん。 エーちゃんはあんたと違うもん。 あたしは信じてるから。」
「ほら見なさい!」
「あはは! 渡辺、どうしてだろうね~? なんかいい加減な人に見られちゃうんだよね~。 損な子だよね~。 あはは!」
「りょっリョウコさん、そりゃあ無いでしょう・・・。」
「それもこれも、普段のおこないよ、おこない! ば~か!」
(俺が信用無くす事してるみたいに言うな! あくまでもイメージだろ、イメージ! っていうか、赤くなってるエーちゃんの顔みるのも腹が立つ・・・。
それもこれも、全部アイツのせいだ。 くそ、犬飼め!)
そんな私のイライラ感が飛び火したのか、その日、ちょっとした事件が起こるのでした。
それは、昼休みのこと・・・。
「さてと・・・。 それじゃエリ、俺の弁当おくれ。」
「あっ、ごめ~ん。 今日はユキの弁当無いよ。」
「なっ!!! お前が作ってくるって言ったから、持ってこなかったんだぞ! お前、ハメやがったな!」
「うっふっふっふ。 じゃあ、仕方ないから私のお弁当の予備を分けてあげる!」
「・・・。 なんだよ、あるんじゃねえか、結局・・・。」
「はあ!? 違うわよ! ユキに作ってきたんじゃなくて、私の予備をあげるんだからね! 全然違うでしょ!?」
「はいはい・・・。 何でも良いです・・・。 もう感謝しますから・・・。 (この子、ホントめんどくさい。) 」
「何か腹立つけど、まあ良いわ・・・。 はい。」
「サンキュー。まあなんだ、何にせよ嬉しいよ、ホント。 心していただきます。」
「あはは! 感謝して、米粒一つ残さずに食べてね。」
そんな具合に、私たちがエリの作った弁当を満喫していると、教室の方からギャアギャアと騒ぎ声が聞こえるのでした。
「あれ、なんか教室の方が喧しいな? うちらのクラスか?」
「どうせまた、犬飼のアホが暴れてるんでしょ? ほっときなさいよ。」
「ああ、そうか。 って、ちょっと様子が違うな・・・。」
「渡辺!!! 早く来て! 兼末と西本くんが!」
「どうした、リョウコ!?」
「とにかく、早く!」
そんな訳で、楽しい弁当を泣く泣く後にして、私達が教室に向かいますと・・・。
「コノヤロウ!!! 今日こそはぶっ殺してやんよ!!!」
「・・・。(ニヤニヤ)」
「あれー、またかよ。 しっかし、西本も懲りねえなあ・・・。 なんでまた、よりによってエーちゃんに二度も喧嘩売ってんだ!? 」
「そっそれが、全然分からないのよ! 私達がお弁当食べていたら、西本くんが来て・・・。 それで、タカちゃんとちょっと話していたら、兼末がいきなり!」
「ん~??? なんだそりゃ? 何か良く分からないけど、藤本が止めに入ってるみたいだし、大丈夫じゃねえかな? 足折れてる俺が入るより。」
「あんたも、こう言う時は大概のんきね~・・・。」
「ホントよ! とにかく止めて!」
「(まったく・・・。) ほらオメエら! いい加減にしろって! エーちゃんも落ちつけ! 」
「うるせえ! 渡辺には関係ねえんだ! アッチ行ってろ!」
「・・・・。 だって。」
「なんでそこで引き下がんのよ! 情けない!」
「いや~、だって本人が望んでねえし・・・。」
「良いから! とにかく何とかしなさいよ!」
「(まったく・・・。) エーちゃん、いい加減にしろって。 だいたい、一方的じゃねえか。 お前らしくねえぞ。」
「そうだエーちゃん! とりあえず落ちつけ!」
「くそっ!」
そう言うと、渋々ですが、エーちゃんはようやく西本を解放するのでした。
その感も、西本はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ・・・。なるほど、これはある意味挑発とも取れる訳ですが・・・。
「藤本、西本を頼むわ。エーちゃんは俺たちが連れてく。 一緒にすると、またややこしくなるからな。」
「分かった、頼むな。」
そう言って、私がエーちゃんを引っ張って行こうと腕を掴んだところ、どうも怒りが収まっていないのか、それを勢いよく振り払って、大きな声でのたまうのでした。
「西本! お前にコイツの何が分かんだよ!!! 知ったふうな事、言ってんじゃねえよ!!!」
正直、エーちゃんが捨てぜりふの様に吐いたこの言葉が、いったい何を意味するのか、全然分からなかった訳ですが・・・。 恐らく、それは「鷲尾の事を指しているんだろうか?」などと考えていると・・・。
「ふっふっふ・・・。 うおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
「なっ! 西本!!!」
先程まで薄ら笑いを浮かべていた西本が、笑みを消した途端、凄まじい形相になって、エーちゃんに飛びかかるのでした。
「まさに瞬間湯沸かし器だな!」
その時は、西本がいったい、何に突然キレて暴れ出したのか、まったく検討も付かない事でした・・・。
「きゃあ!!! エーちゃん、もう止めて!!! 渡辺! 何とかして!」
「ちょっと渡辺! 火に油注いじゃってんじゃないの!!! 早く何とかしなさいよ!!!」
「いや、何とかって・・・。 こう本格的に始まっちゃなあ・・・。」
藤本も私と同じ事を考えているようで、今度は止める事もせず、二人が殴り合う姿を呆然と見ているだけでした。
結局、先生に見つかると何かと厄介と判断した私達は、必死の思いで二人を引きはがし、ようやく事を収める事が出来るのでした・・・。
そして、その放課後・・・。
「・・・。」
「まったくよう・・・。 お前のお陰で、弁当食い損ねたぞ・・・。 (せっかく、エリに作ってもらったってのに・・・。)」
「・・・。」
「で、何が原因だったんだよ? ここまで大袈裟にして、みんな巻き込んだんだ。 今度は黙りじゃ済まさねえぞ。」
「・・・。 言いたくねえ・・・。」
「エーちゃん・・・。」
「やれやれ・・・。 鷲尾、お前、エーちゃんが飛びかかる前に、西本と何話してたんだ?」
「えっ? ん~・・・。 何だろう・・・。 別に大した話はしてないんだけど・・・。」
「たしか、タカちゃんの事をからかう様な内容だったと思う・・・。」
「金丸、なにか覚えてんのか?」
「うっ、うん・・・。 でも、ホントに悪気があるような事じゃないと思う・・・。西本くん、いつもの事だし。 タカちゃんだって、いつも気にして無いし。 ね?」
「あ、うん・・・。 たしかに、西本とは良くふざけるけど・・・。」
「なんだそりゃ? そんなの、西本じゃなくたって、誰とでもすんだろうよ。俺だって体と命張って、虎を相手する気持ちでじゃれ合うし。鷲尾はある意味、人気もんなんだし。動物園の猛獣的な意味で。」
「お前、こんな場じゃ無かったら、ホントに歯を全部抜くよ。ペンチで一本ずつネジ取ってあげるから。ねっ、渡辺。(コソコソ)」
「げふげふ!(だから耳元で冷たくささやくの止めて!) まっ、まあ、とにかくだ! 良くある事だし、お前、なんであんなに切れてたの!?」
「・・・。」
「もう良いわよ。 みんな、帰りましょ。兼末の事は、タカコに任せれば良いって。」
「え? ああ・・・。 まあいっか。」
結局、その場は真相は分からずじまいのまま、エリの一言でお開きとなるのでした。
その帰り、私は食べ残した弁当を改めて食べるため、エリの部屋へ寄る事に・・・。
「美味いよこれ! (まあ・・・、見た目は悪いけど・・・。)」
「そう!? 良かった! あはは!」
「ところでさ、さっきのなんだけどさ。」
「え? 何が?」
「ほら、エーちゃんの事だよ。 お前にしては珍しく、早めに切り上げたじゃねえか。 ああいうトラブルが大好きなのに。俺はてっきり、根ほり葉ほり聞くのかと思った。」
「なんか人聞き悪いわね・・・。 あのまま聞き続けたって、兼末は絶対に何も言わないわよ。」
「ふ~ん・・・。 お前、何か知ってんの? 」
「全然。 けど、今日の事で何となく分かった。」
「え!? 何が!? 」
「まあ、ユキじゃ百年経っても分かんないわよ・・・。」
「なんだよそれ。 教えろよ。」
「多分・・・。 西本はタカコの事が好きなのよ。それも結構真剣に・・・。」
「ええっ!!!」
「ほら、気がつかなかったでしょ? それで、兼末も敏感に察して、あんなに怒ったんじゃないかな・・・。」
「つまり、エーちゃんが嫉妬したって事か!? 何かそう考えると、西本の方が可哀想だな・・・。報われない上に殴られて、踏んだり蹴ったりだな。」
「そうなんだけど・・・。 私は、西本の気持ちも、兼末の気持ちも、何となくだけど、分かる・・・。 だから、あんまり私達がとやかく言う事じゃないよ。」
「そっか・・・。 お前が言うんだから、きっとそうなんだろな・・・。」
「でもさ。 ちょっと良かったよね、兼末。」
「なにが?」
「だって、(お前にコイツの何が分かんだよ!!!)だって! きゃあ~! あははは! きっと西本が冗談かなんかでタカコの悪口言ったんだろうけど、それが兼末には許せなかったんだね。でも、みんなの前で言っちゃうんだもん。」
「ばっか! 俺だってその場になりゃあ・・・。」
「その場になれば?」
「いや・・・。 多分、言わねえな。」
「なんでよ、このヘタレ、変態!」
「変態は関係ねえだろうが! いや、そうじゃねえって・・・。
俺の場合、それが嬉しくなっちゃうと思うんだよなあ。 ああ、分かってねえなあって。お前の事を理解してるのって、俺しかいねえんだなあって。」
私の言葉が恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にした姫様は、真顔で私の事を見つめ・・・。
「・・・。 ふ~ん・・・。 ねえユキ、ちょっと立ってみて。」
「ん? なんだよ? はいよ。」
「ふ~ん・・・。」
「なっ、何だよ・・・。」
― ボスッ
「ぐおっ!久々のミゾオチ!って、何しやがる! このアホ女!!! 」
「自惚れんな! この馬鹿!」
「なんでだよ! 食ったものがでちまうじゃねえか!」
「あははは!」
そう言って笑うエリの顔は、お人形さんのような顔を一段と美しく輝かせ・・・。それを見た私は、全ての事が細かく思え、何でも許してしまえるのでした。




