アフターストーリー11 「乗る」
以前、突然私の部屋に住み着いた、とても賢い猫「ネジ飛び丸」の想い出話をさせていただきましたが、私がこの寮生活で猫と一緒に暮らした経験は、実は二度ほどありました。 今回は、その二度目のお話です。
「と言う訳で、お願いしますよ、渡辺さ~ん・・・。」
そんな感じで唐突に私にお願い事をしてきたのは、ユリと同期で入社した、川合タエコという女子社員でした。
「いや~、つってもなあ・・・。 一応、うちの寮って動物禁止なんだぞ?」
「だから、ズッとじゃ無くて良いんですって! 新しい飼い主は私が探しますから! もう心当たりはあるんです! だから二ヶ月・・・いえ、一ヶ月で良いんです!」
「う~ん・・・。一ヶ月か~・・・。 それでもなあ・・・。」
「だって、渡辺さん、前に猫飼ってたらしいじゃないですか! とりあえず抱いてみて下さいよ、ほら、ほら、ほら~!!!」
『うっ・・・。 たったしかに可愛い子猫達だな・・・。』
「ねっ! 渡辺さ~ん、良いでしょ? お願いします! 餌代はこっちで持ちますから!」
「しっ仕方ねえなあ・・・。 じゃ、一ヶ月だけだぞ! 幸い、トイレとかは前飼ってた猫のが残ってるから!」
「うわぁ! ホントに有難うございます! それじゃよろしくお願いしますね!」
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「って、具合でさ・・・。」
「ふ~ん・・・。 それで、この子猫ちゃん二匹預かっちゃったんだ・・・。」
「いっ、いやあ・・・、何か見たら可愛くて、放っておけなくなっちゃってさあ・・・。」
ネジ飛び丸と離ればなれになって以来、動物なぞ飼おうとも思わなかった私ですが、どういう縁か、突然会社の後輩の女の子から、二匹の子猫を託されてしまうのでした・・・。
「ふ~ん。 どっちが? この猫ちゃん達? それともタエ?」
「いっいや、この猫達に決まってんべな・・・。 ホントだって!」
「あはは、冗談だよ。 でも、二匹も大変だよね・・・。 お正月はどうするの?」
「そうだなあ・・・。 ユリも実家に帰るし、俺も今年は帰ってこいってうるせえからなあ・・・。 仕方ねえから、実家に連れて帰るよ。」
「そうだねえ・・・。 置いていく訳にもいかないもんね・・・。」
そんな訳で、それから数日が過ぎた頃、私は仕事納めと同時に、そのまま数年ぶりの実家へと帰省を果たすのでした。
そして年末も終わり、年が明け、その間に私は、大変懐かしい人達と再会を果たすことが出来・・・・、心の中にわだかまっていた滓を綺麗に洗い流したような気持ちで、慌ただしい年末年始を終えますと、ようやく懐かしの「寮」へと帰宅するのでした。
「ただいま~、ユキ~。 お土産いっぱい持ってきたよ~! ほら、地元のお酒! 重かったんだから~!」
「おお、ユリ! お帰り。 のんびり出来たか?」
「うんうん、やっぱり実家は良いねえ~。 まあ、今は何となくもの足りなくなっちゃったけどね・・・。 やっぱり、ここが一番良いかな? あはは。」
「嬉しい事言ってくれるじゃねえか~。 こっちも数年ぶりに帰ってノンビリ出来たよ。 俺の物は、家から一切無くなってたけどな・・・。」
「えっ? 捨てられちゃったの?」
「そう、捨てられちゃったの・・・。 まあ、元々そう言う適当な家族だからよ・・・。 置いてきたぐらいだから、大したもんは無かったんだけどなあ・・・。」
「そう言えば、猫ちゃんどうだった?」
「いや、それがさ! ・・・・くくく、思い出しても笑えるんだ、これが!・・・。」
内緒で猫たちと帰宅した私でしたが、案の定、動物嫌いな家族からは非難ごうごうでした。と言って、連れてきたものを追い出す訳にもいかず、家族も渋々了解したのですが、その夜の事・・・。
「ん~・・・。 ん? あれ!? あいつらがいねえ!」
一緒に布団の中に入っていた子猫達は、いつの間にか布団から出てしまい、何処かへ居なくなっていました・・・。
「まあ、いっか・・・。 家から出られる訳じゃねえから、明日探そう・・・。」
なんて、のんきに考えていたのですが、その行き先は、どうも私の父の所、そして兄の所だったらしく・・・。 つまり、我が家で動物嫌いの二人の布団に、別々にもぐり込んだのでした。
「そしたらさ、それが一日だけじゃなくて、実家に泊まってる間ずっとだったんだよ! 動物が嫌いなオヤジと兄貴も、いつの間にかコイツらの虜になってよ!
最後に別れる時なんて、なかなかダッコして離さないぐらいだったんだぞ!
いや、もうビックリだったよ、うはははは!」
「へえ~! あははは! きっと懐かれてるうちに、可愛くて仕方なくなっちゃったんだねえ~! あははは!」
「しかし、こいつらも上手いよなあ! きっとさ、この家の誰に媚びると良いのかとか、本能で分かっちゃうんだろうな~。」
もっとも、この二匹の子猫ちゃん達は、以前一緒に暮らしていたネジ飛び丸と比べると、ある意味普通の猫なのですが、もうとにかく手が付けられませんでした・・・。
「ほらっ! 大人しくしろっての!!! ぐあああっ! 噛みついて引っ掻くな!!!」
という具合に、ネジ飛び丸の時はまったく暴れる様子もなく、大人しくされるがままだった風呂入れとドライヤーも、とにかく暴れる暴れる・・・。 特にドライヤーには敵意剥き出しで、目の色を変えて反抗するのでした・・・。
「あれっ!!! こんな所にションベンしちゃったのか!!! よりによって布団の上なんて・・・しかも、くさっ!!!!!」
実は、ネジ飛び丸と一緒だった時は、本当に行儀の良い猫だったため、トイレはきちんと設置した場所に、教えもしないのに間違わずにちゃんとしていたのですが、この二匹は、とにかくトイレの躾が最初とても大変で、覚えた後も、思わず寝小便をしてしまう様な事もたまにありました・・・。
それがまた、猫の小便の臭い事臭い事・・・。子猫でこれなのですから、成猫は大変な事でしょう・・・。
「な~んか・・・。 渡辺、疲れ切ってるけど、大丈夫?・・・。 ユリちゃん、何かあったの?」
「それがその・・・。 去年の暮れから、子猫を預かってて・・・。 それが大変なんです・・・。」
「え~っ! また猫飼ってんの? あんたも好きだねえ・・・。」
「いや、畑田さん、今回は不可抗力でして・・・。 もう仕方無いんすよ。 それも、後ちょっとの辛抱なんで・・・。」
「ユキ、タエ・・・川合さんに頼まれたみたいなんですよ。 それで、もう少しで飼い主が見つかるみたいで。」
「へえ~・・・。 まあ、色々大変そうだけど、頑張ってね・・・。 ごめん、それしか言えないや。 あははは・・・。」
「ははは・・・。(う~ん・・・。 ネジが如何に大人しくて賢かったのか、今になって良く分かった・・・。甘かったな、こりゃあ・・・。)」
結局、そんな苦労も、大体約束の一月が過ぎた頃に、終わりを迎えます・・・。
「渡辺さん、本当に有難うございました! 飼い主が見つかりましたんで! 」
「ホントか! そりゃ助かった! いや、ほんと良かった!」
それから数日して、二匹の子猫ちゃん達は、無事に新しい飼い主に引き取られて行きました・・・。
「ふう・・・。せいせいしたな・・・。 布団にションベン臭せえのが残ってるけど・・・。」
「でも、あれだけ騒がしかったから、居なくなっちゃうと寂しいんじゃない?」
「まあ、少しはなあ・・・。 けど、あれじゃずっとは飼えないからなあ・・・。 良い飼い主が見つかって、ホント良かったよ。」
「そうだね~。 新しい飼い主さんも、ホントに優しくていい人みたいだし。」
「そうそう、ホントな。 まあ、とにかく、これで一件落着だな~。」
それから数日が経ったある日の事・・・。
その日、私は珍しく所用で市街に出るために、一人電車を待っておりました。
電車と申しましても、このしがない田舎に走っている路線ですから、通勤時間外は、僅か二両編成のうえに、駅員さえ常駐していないという、実に小規模なローカル鉄道なのですが、それでも、この周辺に暮らす私達にとりましては、貴重な足でした。
もっとも・・・、この辺りの住人は、車の移動がもっぱらで、利用客はあまり居ないのですが・・・。
そんな状態ですから、当然、一時間あたりの本数も大変少ない訳でして・・・。
『くっそ~・・・。 大草の馬鹿がトロトロしてやがったから、乗り遅れちまった・・・。 次の電車まで二十分か。仕方がない、線路脇の雑草でも数えるか・・・。』
私はこの持て余している時間を、すっかり染まってしまった田舎の人間特有のノンビリさで紛らわせようとしておりました。
そんな時・・・。
『あれ・・・。 アイツ、何してんだろ?・・・。』
その時までは誰も居ないホームに、突然現れたのは、一匹の野良猫でした。
その猫は、まるでこれからやってくる電車を待っているかの様に・・・、ポツンと一匹、行儀良く座っておりました・・・。
『まさか・・・、忠犬ハチ公みたいに、飼い主の帰りでも待ってんのか?
うはは・・・、そんな訳無いか・・・。
いや、でもネジみたいな頭の良い猫も居るからなあ・・・。 そういや、しばらく様子見に行って無いけど、ネジもこれぐらい大きくなっただろうなあ・・・。人格変わっちゃって俺の事なんて知らんぷりだけど、たまには会いに行ってやるか・・・。』
そんな事を考えながら、ボンヤリと猫を見ていた私でしたが、いつの間にか時間は過ぎ、待ちかねていた電車がホームへと到着します。
『やっとか・・・。 車がねえと、市街に出るのも一苦労だな・・・。』
思わずこの土地の不便さを愚痴りながら、電車に乗り込んだ私でしたが、次の瞬間、思わず驚いてしまう光景を目にします・・・。
― にゃ~・・・。
『なっなんだ、この猫! 電車に乗ってるぞ! おもしれえ! どこ行くつもりだ!? うははは!』
そう、なんとこの猫、そのまま私と一緒に電車に乗り込みまして、そのままドア付近に、先程のホームと同じように行儀良く座り込んでしまうのでした。
そのまま・・・、私とこの不思議な猫を乗せた電車は、市街地へと向かって走り出します。
― 次は~、○○台~、○○台~。
そうアナウンスが流れて駅に到着すると、その猫は、まるで本当に電車を利用したかの様に・・・、極自然に、そのまま降り去っていきました・・・。
『ホントに変な猫だなあ・・・。 うはは、帰ったらユリに教えてやろう! 信じるかな? アイツ。 信じねえだろうな、きっと。うはは。』
それからしばらくして、私も目的地の市街に到着し、そのまま所用を済ませますと、時間も丁度良い頃になり・・・。
その日は平日だった事もあり、流石のローカル線も、帰宅時には大変混み合いますので、その前にと、早々に引き上げる事にしました。時間はちょうど、五時ちょっと前だったでしょうか。
『そういや、あの猫どうしたかな? 元々どこの猫なんだろう・・・。 ああやって、色んな所を渡り歩いてたりして。 ホントのフウテンの寅さんだな、こりゃ。うはは。』
なんていう馬鹿な事を考えている私の目に、信じられない光景が映りましたのは、それからしばらく後の事でした・・・。
― 次は~、○○台~、○○台~。
『ええ~っ!!!! うっそだろ!? なんだ、アイツ!!!』
― にゃ~・・・。
何とその猫は、私の帰る時間に偶然、再び電車に乗り込んできたのでした・・・。
『いっいや・・・。 電車に乗るだけなら、ありそうなもんだからビックリはしたけど、それ程不思議には思わなかったんだが・・・。 流石に通勤する猫となりゃあ、そりゃあ別物だぞ・・・。』
その後、私は最寄り駅に着くまで、このおかしな猫をしげしげと眺めておりましたが、別段・・・、普通の猫と変わりはなく・・・。
『もしかして、元の駅でちゃんと降りるんだろうか・・・。 まさかなあ・・・。』
などという私の心配なぞ、どこ吹く風といった感じに、その猫は、当然の様に、私と同じ駅で下車するのでした・・・。
その後、まあ当たり前と言えば当たり前ですが、その猫は人間と違って改札なぞは通らず・・・、線路脇の草むらの中に、姿を消してしまいました・・・。
そして、帰宅後の事・・・。
「うっそだあ~!」
「いや、ホントなんだって!」
「また冗談ばっかり・・・。 どうせまた、私の事だまそうと思ってるんでしょ?」
「いや、ホントに猫が電車使ってたんだって!」
「もう良いって・・・。 それより、お腹空いたから、ご飯食べよ?」
「くそっ、やっぱり信じねえか・・・。 まあいいや・・・。」
そして、それからしばらくした後の事・・・。
私は再び、所用で一人、市街に出る用事があり・・・、前回と同じぐらいの時間帯に、ローカル線を利用したのですが・・・。
『あっ! あの猫、また居るよ! くっそ~!ユリも一緒に居ればなあ!』
しかし、残念ながら・・・、この日は帰りに、この猫に会う事は出来ませんでした・・・。
そして、再びその夜の事・・・。
「へえ~・・・。 そこまでしつこく言うのなら、ホントっぽく聞こえるね・・・。」
「だからホントなんだって! 毎回会える訳じゃねえんだけど・・・。」
「ふ~ん・・・。 じゃ、次は私も時間作って一緒に行くよ。 その時にこの目で見たら、信じてあげる!」
「いや、だから人の話聞いてます?・・・。 毎回居る訳じゃねえんだって・・・。」
「いなかったら、何してもらおうかな~。 あっ! そうだ! 帰りに何か食べていこうよ!」
「・・・。(全然信じてねえな・・・。 頼むぞ、電車猫・・・。)」
そして、更にそれから数ヶ月後の事・・・。
「ほ~ら・・・、全然いないじゃないの・・・。」
「あっれ~・・・。 今日は来てねえのか・・・。」
「ねえねえ、何食べる? 夜ご飯! 思いっきり豪華にしようよ!」
「お前、つまんない事は良く覚えてるなあ・・・。 ダメだって、夕方に会うかもしれねえだろ? 昼飯おごってやるから、それで我慢しろよ。」
「ふ~ん・・・。 まだ諦めて無いんだ・・・。 ホントにいるんだね、その猫。 ちょっと見てみたいかも。」
『やっぱり信じてねえのか。 っていうか、俺ってどんだけ信用ねえんだ・・・。』
さて、その後、市街に出て所用と罰則のユリさん昼食ご招待を済ませた私達は、再び電車に乗って帰路についた訳ですが、その時、ついに私の目撃談が本当だった事が証明されるのでした。
「え~っ! うっそ~! ホントに乗ってきたよ! かっわいい~! あはは!」
「ホラ見ろ! だから言ったろうが!(良いぞ~、電車猫!)」
この猫について、私の仲間内では全然知られていない様でしたが、恐らく、この鉄道利用者の間では、きっと有名だったんじゃないかと思います。
何せ、鉄道を利用する猫なんてのは、前代未聞でして・・・。
ところで、この後、たまたま間宵さんと呑んでいた時に、この話になりまして・・・。
「へえ~、そんな猫がいたんだ~。」
「そうなんですよ! ホント可愛いんです! でも、猫って頭良いんですね~、びっくりしました!」
「ホントホント。 まさか通勤する猫がいるなんてなあ・・・。」
「うん、いるんじゃないの!? だって、猿だって反省する世の中だもん。 すいませ~ん! 生中もう一つ!」
『ええ~っ! そんなもん!? っていうか、反応薄!』
どうも、普段不思議に接しすぎてマヒしてしまった間宵さんには、猫が電車で通勤するぐらいでは、普通すぎて何でもない事のよう・・・・
『な訳、無いよね!? 普通は!』




