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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
番外編 (アフターストーリー/ほか)
76/85

アフターストーリー08 「飼う」

 これは、私がまだ間宵さんと知り合う少し前の話になります。

 それは私が社会に出て初めて迎えた、寒い寒い冬のある日のこと・・・。



 「今日の社食の晩飯、唐揚げが三つだぞ・・・。 あれじゃ腹減んの当たり前だよな~。」


 「まあ、お前は身体がデカイからな。 俺も足らねえんだ、さぞ辛いだろ。」


 ―くちゃくちゃ・・・


 「・・・。 お前、さっきから一人で何食ってんの?」


 「これか? 魚肉ソーセージだよ、魚肉ソーセージ。 なんか俺、昔からこれが好きでさあ。大草も食うか?」


 「いや・・・。 っていうか、それって生で食えんだ・・・。」


 「何言ってんだ、お前。 これはこうやって生でかじるもんだろ?」


 「へえ~・・・。 俺は帰ってカップメンでも食うわ・・・。」


 「へえー、魚肉ソーセージ嫌いなヤツ、初めて見たわ。珍しいな、お前。」


 「そんなもん、好きなヤツが初めて見たわ・・・。 じゃあまた明日な。腹痛起こして休むなよ。」


 「ちょっと何言ってるのか分からねえけど、ああっ、また明日な。 って、んん!? あれ・・・。」


 ― にゃ~・・・。


 大草と馬鹿話をしながら帰った私を、庭先の私専用玄関で出迎えてくれたのは、小さな小さな子猫でした。その子猫は、毛並みの良い真っ黒な猫で、しっぽがありませんでした。


 「子猫か・・・。 可哀想に、こんなにプルプル震えちゃって。ほら、魚肉ソーセージ食うか? 美味いだろ?」


 ― にゃ~・・・。


 「そっか・・・。 このエアコンの室外機の下を屋根替わりに寒さを凌いでたのか・・・。飼ってやりたいけど、うちの寮はペット禁止だからなあ・・・。

 いま暖房入れるから、そしたら室外機もちょっと熱持つだろ。 それで勘弁してくれな。」


 ― にゃ~・・・。


 しかし、どうもこの「魚肉ソーセージ」を食わしてしまったのが問題だったようで・・・。


 それから部屋に入った私は、風呂で身体を温め、一人熱燗を付けて、ヌクヌクと暖かさを満喫しておりました。

 そのお陰で、外の猫のことなぞ、すっかりと忘れてしまったのでした・・・。

 そして、時間も頃合いとなり、そろそろ寝ようと電気を消し、ついでにエアコンまで切ってしまった訳ですが、これが外の子猫には拷問だったようで・・・。


 私が寝入ってから、しばらくした頃の事・・・。


 ― にゃ~・・・。


 「・・・・。」


 ―にゃ~・・・。


 「・・・・。」


 ― にゃ~・・・。


 『いや、そんなに鳴かれても入れてやれねえぞ・・・。 こういうのは一回入れると癖になるからな・・・。』


 しかしどうやら、子猫には私が魚肉ソーセージをくれる良い人・・・とインプットされたようでして。


 ― にゃ~・・・。 にゃ~・・・。


 と、段々と鳴き声は激しさを増し、ついには・・・。


 ― ドッカン!  ・・・。 にゃ~・・。 ドッカン! にゃ~・・・。


 と、何故か二段になっている引き戸の上の段のガラスに、猫の鳴き声と共に、何かが激しくぶつかる音が鳴り響くのでした。


 『いっいったい何事だ!? これじゃ、隣の先輩が起きちまう!』


 そう慌てた私がカーテンを引くと、なんとも驚いた光景が目の前に飛び込んできます・・・。

 先程の猫が、どうやったのかエアコンの室外機の上に昇り・・・、そこから斜め上にある扉のガラスに向かって、体当たりを繰り返しているのでした・・・。

 実はこの子猫、本当に頭の良い猫でして、普通であれば、何とか頑張れば背の届く下のガラスを叩く、引っ掻くぐらいだと思うのですが、まさかこのアクションは予想外でした。


 「なっ、なんて猫だ! とっ、とりあえず、うるせえから入れねえと!」


 急いでその猫を部屋に向かい入れたのですが、どうやら本当に弱っていた様で・・・、先程までの超人的なアタックが嘘の様に、入り口の段差をなかなかあがれずに、プルプルと震えておりました。

 仕方なく、私が後ろからお尻を持ち上げてやると、何とか部屋に入る事ができ・・・。安心したのか、その場に埋まってしまうのでした・・・。

 ちなみに、この時に気がついたのですが、この猫はしっぽが無いのではなく、良く見ると異常に短い、まるでウサギのしっぽの様なピコピコ動くしっぽがついておりました。


 『それにしても、変わった猫だなあ・・・。

 だいたい、この辺りは子猫一匹でこれるような所じゃねえのに、どうやってきたんだろ?

 まあ、考えてみたら、こんな小さな猫が一人ぼっちで可哀想だよな・・・。

 これも何かの縁だ・・・。うちで面倒見てやるか。 ばれた時はその時だ!』


 そう決心した私は、とりあえず再び暖房のスイッチを入れ、冷蔵庫から牛乳を出してやると、火に掛けて温めに暖めてやり、それを飲ませてやりました。

 流石に魚肉ソーセージだけじゃ腹が減っていたのか、その子猫は美味そうに牛乳を飲み干し、ようやく身体が温まったのか、見違える様に元気になっていきました。


 ― にゃ~・・・。


 「う~ん、仕方ねえ・・・。 寝床を作ってやるか。」


 とりあえず、私は部屋にある適当な箱にタオルを敷き詰め、そこに子猫を乗せてやりました。 猫もそこが自分の居場所と分かったようで、大人しく丸くなるのでした。


 「やれやれ・・・。 さて、今度こそ本当に寝るか・・・。」


 そう思って電気を消してしばらくすると・・・。


 ― にゃ~・・・。


 と、いつの間にか、私のベッドにもぐり込んで、ちゃっかりゴロゴロと居座ってしまうのでした。


 「かっ可愛いじゃねえか・・・。 俺も暖かいし、このままで良いか。」



 そして、その翌日・・・。

 私は若干寝不足の顔で、朝食のために食堂へ足を運んでいました。


 「なんだ渡辺、やっぱり腹痛か?」


 「ちげえよ、バカヤロウ・・・。 実は昨日、子猫ちゃんが迷いこんできちゃってよ・・・。」


 「はあっ!? なんだそりゃおい!」


 「なんだって・・・。何興奮してんだ、お前。 だから子猫だよ、子猫。」


 「お前!!! 女っけねえと思ってたのに、どういう具合にそんな事になったんだよ!? 誰だ、それ! 俺が知ってる子か!?」


 「・・・。 何言ってんだ、お前・・・。 子猫っつったら、子猫だっつうの・・・。 女の事じゃなく、正真正銘の猫だよ、猫・・・。」


 「な~んだ・・・。 やっぱりなあ。 お前に限って、それはねえと思ってたぞ!」


 「なんか・・・、その通りなんだけど、物凄い腹が立つな、なんでだと思う? このゴリラ。」


 「うっははは! まあ気にすんなよ! うっはっはは!」


 「とりあえず、その鮭よこせ!」


 「あっ、てめ!!!」



 そんなやりとりもありつつ、私たちは午前の職務をこなし、丁度、社食で飯を食っている時の事。

 私はたまたま相席をした四年先輩の畑田さんと、昨日の猫の話をしていました。


 「ふ~ん・・・。 で、その猫ちゃん、結局、渡辺の所に居座っちゃったの?」


 「いや、まあ・・・。 といっても畑田さん、流石にあの寒い中放りだすってのは、どうも可哀想で・・・。」


 「野良猫なんて、放っておけば良いのに。 まあ、渡辺らしいっていえば渡辺らしいねえ~。」


 「いや、畑田さんも一回見てみて下さいよ。 ホント可愛いんすから!」


 「へえ~・・・。 ねえ、そう言えばさ。 その猫、昨日転がり込んできたんでしょ?」


 「そうっすよ。 昨日の夜、突然。」


 「じゃあさ、渡辺の部屋って、猫用品、何にも無いんだよね?」


 「ああ、そう言えばそうっすね・・・。 今日にでも買いに行かねえと・・・。 餌とか、餌入れとか。」


 「そうじゃなくてさ。 どうしてるんだろうね?」


 「へっ? 何がっすか?」


 「何がじゃ無いでしょうよ? 生き物なら当然必要なもの、あるでしょ? トイレよトイレ。 ご飯食べながら言うのも何だけどさ。」


 「トイレ? ・・・。 トイレ・・・。 ・・・・。 とっトイレ!!!! あれ!!!!! ホントだ!!!! アイツ、クソとかションベンとか、どうしてんだろ!!!!」


 「ちょっ、ちょっと、もうバカ! 声が大きいよ!!! ここ社食だよ!!!」


 「あっ、すんません、皆さん・・・。(やべえ・・・。 便所の事なんて、まったく考えて無かった・・・。)」


 畑田さんの思わぬ言葉で、肝心な事に気がついた私は、もう気が気ではなく・・・。 と言って、仕事をほっぽり出して部屋に戻る訳も行きませんので、とりあえず、就業時間が終わるのを、戦々恐々として待ち続けるのでした・・・。


 『俺の部屋・・・、クソだらけにしないでくれよ・・・。』


 そんな訳で、その日は定時にタイムカードを押した私は、急いで部屋に帰るのでした。


 「おい渡辺! 飯食わねえのか!?」


 「おお、大草!!! 良かったら俺の分も食ってくれ!!! 今日はそれどころじゃねえから!!!」


 「えっ!!! 良いのか!? サンキュー! じゃあ朝の鮭はチャラでいいぞ!」


 「根に持ってたのか! デカいくせにセコイぞ! お前!」


 「言ってろ! まあ、なんかわからねえけど、気をつけてな!」


 「おうよ!」


 そんな無駄話をしてる時間も惜しかった私は、大草との会話を早々に切り上げて、全速力で部屋まで帰るのでした!



 部屋に戻った私は、「頼むぞ猫ー!」と祈りながら、急いで大窓をガラガラとあけると・・・。


 ― にゃ~・・・。


 「あれ!? 何だお前、お出迎えしてくれんのか!? 可愛いヤツだなあ~・・・って、そんな事に感激してる場合じゃねえ! どこにやっちまったんだ~!? やっぱり見えない所か!?」


 私は、視覚と嗅覚を頼りに、部屋中の隅々を探し廻りましたが・・・。


 「あれ~? おっかしいな! どこにもしてねえな!? まさか、今まで我慢してたって事はねえよな・・・。 お前、便所しなくて良い猫なのか?」


 そんな馬鹿な事を、人の言葉が解る訳が無い猫にしてみた私ですが、その答えをまるで示す様に・・・、この子猫ちゃんは、びっくりする行動にでるのでした・・・。

 なんとこの子猫ちゃん、おもむろに私の部屋にあった事務机によじ登ると、その机と壁の間に置いてあった業務用の大きなゴミ箱にまたがり・・・、なんと、そのゴミ箱の中に排泄行為をしたのです。


 「なんだってー! お前!!! めちゃくちゃ頭良いな!!!

 ここが唯一しても良い場所だって、分かってたのか!? 凄いな! 凄い猫だな、お前!

 それに、何となくだけどアイツに似てるなあ、お前!

 うん、そうだ! お前の名前は、今日から「ネジ飛び丸」にしよう!

 よし、待ってろよ、ネジ飛び丸! 今餌とか用具とか、色々揃えてきてやるからな!」


 正直、この頃の私はとても強い孤独感を毎日感じていました・・・。

 中学時代の出来事で深い傷を負い、それが原因で、どうも人と・・・、特に異性と今一歩踏み込んだ付き合いが出来ない性格になっていました。

 そんな私の寂しい心を癒す様に、良いタイミングで、このネジ飛び丸は現れてくれました。

 私は内心、この猫の事を大変喜び、そして何より愛おしく思うのでした・・・。


 それから、私達の同棲生活が始まります。


 ちなみに、ネジ飛び丸は雌猫でした。

 一応、出会った段階では野良猫だったのですが、私の部屋に住み着いて以降は、何故か外に出るのを嫌がり、扉を開けっ放しにしていても、一切表には出ようとしませんでした。

 また、お気に入りの場所はテレビの上で、そこにある物は全部たたき落として、テレビがついている間中、その上で丸くなって寝ていました。夜は必ず、私の布団の中に頭の方から入りまして、中でくるっと回って、人間の様に頭だけ私の横にちょこんと出して寝ます。猫ですから、本来は夜型なのでしょうが、とにかく生活のペースは私に合わせてくれた様で、就寝時間はピッタリと同じになりました。


 また、朝は腹が減るのか、毎日決まった時間・・・丁度目覚ましが鳴る五分前なのですが、その時間になると、爪を隠した前足で私のほっぺたを突き、起こしてくれます。

 一度、ずっと寝たふりをしたらどうなるだろう? と惚けて寝たふりを決め込みましたら、ベッドの棚によじ登り、顔の上にダイブをされました・・・。


 好物は、毎週一度だけ食べさせる高級な缶詰で(ホントに、人が食べても美味そうな缶詰でした・・・。)、その時だけは分かっているのか、朝からソワソワが止まりませんでした。

 その他にも、煮干しが大好きなのですが、何故か煮干しを渡すと、パシパシと前足で叩いて遊び始め、最後はベッドの下に放り込んでしまい・・・、それでも欲しいのか、新しい煮干しをオネダリします。

 ちなみに、このベッドの下の煮干しなのですが・・・。


 「あれ・・・。 お前、ベッドの上で何バリバリ食ってるんだ?・・・ あれ!? 煮干しじゃねえか!!! ぐあっ! ベッドが煮干しのカスだらけに!!!!」


 なんて事はしょっちゅうでして、一度などは、てっきり煮干しかと思ったら・・・。


 「またバリバリ美味そうに食ってるなあ・・・。 まだ煮干し、残ってたのか? ん・・・・ あの、ネジさん・・・、その黒い物体はもしかして・・・。 ごっゴキブリじゃねえか!!! どっから持ってきたんだ、そんなもん!!!」


 な~んて、事もありました。


 しかし困らせるような事はこれぐらいでして、後はまるで人間の言葉が解る様に、言う事はキチンと聞きますし、まるで犬のように、待て!や、お手!なども理解出来ていました。

 物の本では、猫は犬と同じぐらい賢いとありますが、私がこのネジ飛び丸と生活した感想も、まったく同じで、場合によっては、犬よりも賢いのでは?と思えるほどでした。


 特に驚いたのが、私が体調を崩して寝込んだ時など、その枕元にちょこんと座り・・・、時折、額に前足を乗せて、まるで熱でも測る様にしながら、ずっと看病をしてくれました・・・。

 その間は、いつもの様に餌をねだる事も無く、ただただ黙って、私の元を一歩も離れずに付き添ってくれるのでした。これは実際に見た人間じゃなければ信じられない光景でして、動物と人間も、ちゃんと心が通じるのだという体験でした。


 とにかく、毎日が猫中心で、私の生活に、このネジ飛び丸が居ない事などは考えられないほどになっていました。



 「ねえ、渡辺。 あんた、最近明るくなったね?」


 「あれ・・・。 今までは暗かったっすかね?・・・。」


 「そうじゃないけど、う~ん、やっぱり猫のお陰なんだろうねえ・・・。」


 畑田さんから、そんな風に言われてみると、なるほどそうなのかも知れないと、素直に納得できるのでした。

 たしかに、ネジ飛び丸のお陰で・・・、私はだいぶん心にゆとりを持てる様になったのだと思います。

 そう、そんな気持ちの変化があったからこそ、私はあの時の佐藤さんの申し出を受けたのだと思います。


      ・

      ・

      ・


 「とりあえず、今度の休みに、女の子いっぱい呼んで飲み会やるから。 お前も来いよ! 俺の知り合いばっかりだから、気楽で良いぞ!」


 「はっはあ・・・。」


      ・

      ・

      ・


 そして、この飲み会で、私は人生の転機とも言える、間宵さんに出会う事ができた訳ですが・・・。

 ところが、この間宵さんとの出会いの直後、私は突然、どうしてもこのネジ飛び丸を手放さなければならなくなってしまいました・・・。


 『くそ・・・。 今までそんな話は一度もなかったのに、今後は寮の点検を定期的に行うだって!? しかも、就業時間中に抜き打ちって・・・。 プライベートもクソもねえな・・・。』


 と言って、会社の決定だけにどうにも出来ず、下手をしたら、ネジ飛び丸は上司によって処分されかねません。

 私は仕方なく、このネジ飛び丸の第二のねぐらを探す事になったのですが・・・。


 「あら~! うちの娘が丁度猫飼いたいって言ってたから、それじゃ家で引き取るわよ!」


 と、事務で特に良くして貰っていたオバチャンが、快く引き取ってくれるのでした。

 これも、実にタイミングの良い話でした。このオバチャンなら信用出来ますし、何よりも、いつでも会いに行く事ができるのですから。


 いよいよ、ネジ飛び丸を引き取って貰うとなった時は、流石に別れが非常に物悲しく・・・、最後に力無く泣き続けるネジ飛び丸の声を聞いた時は、不覚にも涙を流してしまうのでした・・・。

 その夜は、一人でベッドに寝る事が、こんなに寂しいのかと思い知らされる様でした・・・。



 そんな訳で、ネジ飛び丸はこのオバチャンの娘さんに引き取られ、その家で第二の人生を送る事にななったのですが、その数日後の事・・・。


 「ちょっと渡辺くん!!! あの猫のどこが大人しくて頭の良い猫なのよ!!! もう暴れるだけ暴れて、押入の唐紙から襖は全部破っちゃうし、言う事は聞かないし、餌は食べ散らかすし、散々よ!!!」


 「ええっ!!! あのネジがですか!? いや、信じられないっす・・・。」


 「まったく、娘は喜んでるけど、家族は大迷惑よー。」


 「あれ~??? 何かスイマセン・・・。 とっとにかく、今日でも様子を見に行って良いっすかね?・・・。」


 「そうねえ・・・。 渡辺くんに会えば、ちょっとは大人しくなるかもしれないし・・・。」


 『もしかして、俺が手放したから捨てられたと思って、グレちゃったのかな・・・。 猫にもそういうの、あるんだろうか・・・。』


 そんな訳で、私はオバチャン宅へ、五日ほどぶりにネジ飛び丸の顔を拝みに言った訳ですが・・・。


 ― にゃ~おん!


 「あれ・・・・。」


 「どうしたの? 渡辺くん?」


 「あれ・・・、ネジですよね?・・・。」


 「何言ってんのよ。先週、渡辺くんから直に貰ってきたじゃないの?」


 「いっいや・・・。見た目はたしかに似てるんすけど・・・。 こう雰囲気がまったく違うというか・・・。」


 そうなのでした・・・。

 もし本当にネジ飛び丸であれば、たとえ五日程度離れていようとも、私の姿を見れば、可愛らしく鳴いて真っ先に駆け寄って来るはずなのですが・・・、そこにいる「ネジ飛び丸らしき」猫は、その辺にいる普通の野良猫の様に・・・、私などにはまったく目も触れず、自由気ままに遊んでいるのでした・・・。


 「たしかに・・・、あんなに懐いていたのに、変ねえ・・・。 連れてくる途中に、頭でも打って、記憶が無くなっちゃったのかねえ?・・・。」


 幸いな事に、このネジ飛び丸らしき猫は、この家の娘さんにはそこそこ懐いている様で、とりあえず、暴れ猫ではあるが、約束通り飼い続けてくれるという事で落着しました。



 それにしても・・・・、猫の気持ちは変わりやすいという事なのでしょうか・・・。

 私はこの出来事に軽いショックを覚え・・・。 今は幻となってしまった、在りし日のネジ飛び丸との愛しい愛しい同棲生活を、とても懐かしむのでした・・・。


 「ネジ・・・。 元気でな・・・。」


 ちなみに、おかしな事に、寮の定期点検は、たった一度実施された後に、取りやめとなってしまいました・・・。

 それを聞いた後、私はオバチャンに悪い事をしたという気持ちもあり、もう一度、ネジ飛び丸を引き取ろうと申し出たのですが・・・。


 「まあ、確かにバカ猫なんだけどねえ。 娘が気に入っちゃってね。 そのまま家で飼うわよ。」


 との事でしたので、私は無理に戻す事は無いと、そのままお任せする事にしました。


 こうして、私の何とも楽しかった猫との同棲生活は、幕を下ろすのでした・・・。



 そして、それからしばらく時が流れ、私はユリという女性と久々にお付き合いをすることになった訳ですが、そんなある日の事。

 私たちは例の佐藤さんの飲み会、通称「佐藤会」で間宵さんとお会いした時、何とはなしに、このネジ飛び丸の話題を持ち出していました。


 「ってな感じの猫でしてね。ホントに頭が良くて懐いてたんですけどねえ~。」


 「へえ~、ユキ、そんな猫飼ってたの? 全然知らなかった。」


 「そりゃそうだよ。 お前が入ってくる三年も前の話だもん。」


 「そうなんだー! 私も見てみたかったなあ。」


 「いや、まだ生きてるから、事務のオバチャンちに遊びに行けば会えるよ。

 でもなあ~、なんかもうホントに別の猫なんだよ・・・。ちょっと寂しくてさあ。」


 「あはは! ねえ、ユキちゃん。ホントに分かってないの!?」


 「何がっすか!?」


 「だって、キミ。何か感じたから、その猫に、その名前付けたんでしょ?」


 「え!?」


 「そういう事でしょ? 全部、キミのためでしょ?」


 「えっ!? 間宵さん、どういう事ですか!? ネジちゃんって名前に、何か意味あるんですか!?」


 「あっ! あーーっと!!! ユリ!!! ユリちゃん、ちょっと、あれだ! 熱燗頼んできてくれるかな!あと二合ぐらい!」


 「えっ!? まだ残ってるでしょ!? ユキ、飲みすぎだよー。」


 「これほら、間宵さんも飲むし、もう無くなるから! 頼むよ!」


 「もう、仕方ないなあ・・・。」


 そういって渋々席を立って店員さんを探すユリを尻目に、間宵さんに向き直りますと、小声で問いかけるのでした。


 「つまり、あの猫はアイツの影響で、うちに来たってことですか!?」


 「本人がそう言ってるんだから、そうじゃないの? だって、キミはそのお陰で私に会うことができたんでしょ? あはは。」


 「なっ、なんという・・・!」


 その言葉を信じるとすると、何とも恐ろしいと感じると共に、あの時、猫と暮らした時に感じた、何とも言えない癒される暖かい時間を思い出し・・・、私の心も、酒の影響もあるのかもしれませんが、心の底からしみじみと・・・じんわり温まるのでした。


 『そっか・・・。 ありがとうな、エリ・・・。』


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