アフターストーリー03 「来る」
それは、ある事件から始まります・・・。
私達の職場は、男女共に社員のほとんどが寮住まいとなっており、寮は古い順に第一寮から第四寮まであり・・・というお話はさせていただきましたが、その中の第二寮に、私の同期である「山下」という男が入っておりまして、本来、私達の同期は皆、私と同じ、新しい第三寮へ入寮していたのですが、どういう訳か、この山下だけが運悪く第二寮へ強制的に入寮させられるのでした・・・。
そのような事情もありつつ、とある日の事。
「今度の飲み会、どうするよ?」
そう私に意見を求めてきた男は、同じく同期の「大草」と申しまして、彼は身長が190cm近い、筋骨隆々の大男でした。特に気の合うヤツでして、私と彼は、良くツルんでおりました。
「そうだな~。 やっぱり騒げるところが良いんじゃねえか?」
この頃、私達は月に一度、同期のもの達でお互いの部屋に集まって、ささやかな交流会を開いていました。交流会といっても、単に呑んで馬鹿騒ぎするだけなのですが、何せ娯楽の少ない田舎の事。やる事と言えば、酒を呑むぐらいでして・・・。
「つうと、やっぱり山下の所か。 あそこなら隣も上も下も空き部屋だからな。」
「そうだな。 山下の所でやんべ。」
「隣が女子寮だし、上手くやりゃあ、誰か誘えるかもしれねえぞ!」
「そりゃあ良いね。 よし、ついでに上手くいったら、お前の彼女に報告してやんよ。」
「なっ! コノヤロ!」
「贅沢いってんな、このあほんだら!」
そして、それから何日かした休日前の夜。
私達は第二寮の山下の部屋に集合し、ドンチャン騒ぎを始める訳ですが・・・。
その数日後・・・。
「なっなんだこれ・・・。 気持ち悪りいな・・・。」
「うわっ・・・。 絶対やばいって、これ!・・・。」
「間違いねえ・・・。 これはやばい。 なんかそう呟く声が聞こえんぞ・・・。 【気を付けろ】って・・・・。」
「馬鹿、辞めろよ渡辺!・・・。 シャレになんねえって!・・・。」
そう・・・。まさか、あんな出来事が起ころうとは!・・・・。
それからしばらく後の事・・・。
「渡辺~。 また今度、この間のメンツで飲み会あんだけど、行かねえか? なんかさ、何人かお前のこと気に入ったみてえだぞ~。」
「へえ~。 あっ!・・・。 佐藤さん! という事は、間宵さんも来るんすかね?」
「来る来る。 なんだお前、間宵さんに目つけたのか?」
「あ、いや・・・。 そう言う訳じゃないんすけど・・・。」
「なんだよ、穏やかじゃねえなー。今回のお前のこと指名したのも、実は間宵さんだしよ。 女が苦手なんて言って、お前もやるこたあ、しっかりやってんな、おい!」
「もう勘弁して下さいよ・・・。 いや、ホントにそんなんじゃないっすから!」
「まあいいや。 間宵さん、今フリーみたいだからな。」
「いや、ホント、そう言うんじゃないんで・・・。 勘弁して下さい・・・。」
そして、その数日後に私は佐藤さんの飲み会にお邪魔したのでした。
「おう、来た来た! 待ってました、間宵さん!」
「ごめんごめん! また遅くなっちゃって!」
「あっ・・・、先日はありがとうございました。(コソコソ)」
「いえいえ。 どう? その後は。(コソコソ)」
「いや、特に変わり無いんですけど・・・。 実は、ちょっと相談が・・・。(コソコソ)」
「へえ? 何?(コソコソ)」
「実は・・・。 その、間宵さんの得意分野の話でして・・・。(コソコソ)」
「な~んだよ! 渡辺!!! さっきから間宵さんとコソコソと!」
「あっ! いや、別に!・・・。」
「あはは! 佐藤さん、ヤキモチ焼いちゃ駄目よ~! ユキエだって若い方が良いに決まってんだから~!」
「あはは・・・。 分かった。 それじゃ、飲み会終わった後にでも・・・ね?(コソコソ)」
「はあ、お願いします・・・。(コソコソ)」
そして、飲み会終了後の事・・・。
私は、間宵さんを送る事を口実に、今回の件を相談するのでした。
「・・・という訳でして。」
「へえ~・・・。 それはちょっとヤバそうね。」
「うぐっ! やっぱり、そうですか?」
「まあ、キミは問題無いだろけどね。 そのお友達は気になるね。」
「いや、実は、そん時の部屋に住んでるヤツが、一番気にしてるみたいなんすよ。」
「ん~・・・、分かった。 それじゃ、明日にでもお邪魔するよ、キミの所に。お休みでしょ?」
「ええっ!? そんないきなりで大丈夫なんすか!?」
「これも何かの縁だからね。」
「いや、なんかホント、ありがとうございます! 何せ、こういう事は間宵さん以外に相談できないもんで・・・。」
「あはは! 気にしなくて良いよ。 キミはもう、他人じゃないんだし。それに、佐藤さん達とは何回も会ってるけど、キミたちの寮へはお邪魔した事ないし。」
『良い人だ~・・・。 これだけ美人で良い人なのに、彼氏が居ないなんてなあ~。 好みがうるせえのかな?』
そんな訳で、その翌日・・・。
私は、間宵さんを駅までチャリンコで迎えに行きます。
「この坂道を上がると、うちらの寮なんで。」
「流石にキツイでしょ? 歩くから、ここまでで良いよ。」
「いや大丈夫ですけど・・・、そうですか? いや、どうも。
(ホントに良い人だ~・・・。 一時でも霊感商法の勧誘なんて疑ったのが恥ずかしい・・・。)」
「もうちょっと上がったとこ、あそこに見える横道の先なんですよ、うちのりょ・・・。」
そう説明をしようとする私の言葉を急に遮り、間宵さんが唐突に声をあげます。
「ねえ、この道ってさ。 結構事故多い?」
「うがあるのって、え? いや、確かに、事故って程じゃないですけど、軽い接触なんかはしょっちゅうですよ。 結構道幅あるし、直線で見通し良い所なんすけどね~・・・。 って、なんでですか?」
「ん~・・・。 さっきからさ。 車の運転する格好した人が、何度も何度も、上ったり下りたりしてんだよね。 ほら、こういう風に、ハンドル握ってるみたいに。」
「えっ・・・?」
「しかもね、その人。」
「・・・・。」
「腰から下が無いのよ。 たぶん、事故死した人じゃないかな?」
「うえっ・・・。(ああ・・・。 これか~、この人に彼氏が出来ない理由って・・・。 お気の毒に・・・。)」
そんなトラブルもありながら、とりあえずは移動疲れを癒すために、間宵さんを私の部屋にご招待します。
「へえ~! 男の子の部屋にしては、ずいぶんと綺麗じゃないの~。」
「はあ。 物が無いだけってのもありますけど・・・。」
「でもさ、ここ、凄いね。」
「えっ・・・。 何がっすか?・・・。(やだなあ、聞きたくないなあ・・・、怖いなあ・・・。)」
「ここってさ、自殺した人居ない?・・・。首吊って。」
「えっ・・・!」
この間宵さんの一言には、心底ビックリでした・・・。
と、申しますのは、この数ヶ月前のこと・・・・。
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その日、私と上司である川崎部長は、会社の敷地内にある森林を散策しておりました・・・。
「部長~。 なんでこんな林の中ばっかり探してるんすか? しかも、目線が上なのも気になるんすけど・・・。」
「いや~。 もしかしたらさ、ぶら下がってんじゃないかと思ってね~。」
「えっ・・・・!」
この日から三日前のこと、私と同期入社した河野という男が、いきなり失踪するという出来事がありました。
うちの会社は特別環境がきついという事はないのですが、何せほとんどの人間が寮生活を送る関係で、社員同士の密接度が高いと申しますか、食事も食堂で共同で摂りますし、若干コミュニケーション能力が必要とされます。
その辺が苦手な人間には、恐らく地獄のような環境だったのでしょう。
そんな訳で、会社としても当然放っておけないと思ったのでしょう。 一応、親元への連絡などをして、居所が分からない事から、いよいよ散策となった訳ですが・・・。
「やっやめて下さいよ・・・。 シャレにならないっすよ・・・。」
「いやいや、冗談じゃなくてね~。 昔にもあったんだよ、こんな事が。
あ、これ言っちゃいけなかったんだったなあ・・・。しまったしまった・・・。
渡辺くん、聞かなかった事にしといてね。 はははは。」
「はははは・・・。 またまた~! 部長ったら~!(って、それ笑うとこ!? それ、何処で吊ったんですか!? 無茶苦茶気になるんですけど!)」
結局、河野の件は、警察へ任せるという段になって、両親が匿っていた事が発覚し・・・、そのまま、河野は会社を去っていた訳ですが・・・。
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「いや、なんか・・・、そんな噂はチラッと聞いた事あったんすけど・・・。 まさか、冗談っすよね!? ホントは、佐藤さんとかから聞いて、からかってんでしょ!?」
「え? 知らないよ。 でも、居るよ、そこに。」
「そっそこって?・・・。」
「この部屋の、直ぐ隣。 そこ、元々林だったでしょ?」
「いぃぃぃやぁぁぁぁ!!!! きっ聞きたくねえぇぇぇ!!!! っていうか、今そこ、俺の自家栽培の畑になってるんですけど!!!! なんか、やたら野菜の成長が良いのは、そのせいなんですか!?」
ちなみに、私の部屋は一階の一番端だったため、面倒なので建物内部を通過しないといけない玄関は使わず、いつも庭側の大窓から出入りをし、鍵はかけていませんでした。その前に広がる庭を個人的に占有し、畑を作って、食費の足しにしていたのですが・・・。 たしかに、この辺は寮を建てる以前、林だったそうで・・・。
「う~ん。 でもさ、これだけ色々居たら、なんか変な現象とか起こらなかった?」
― ピキッ バキッ・・・。
「あ、ほら。 こういうラップ音とか。」
「えっ! いやいやいやいや!!!!
これ、建物が手抜きで軋んでるだけでしょ? ホントはそうなんでしょ? だって、こんなのしょっちゅう鳴ってますよ!」
― ピキッ バキッ バキッ・・・。
「・・・・・。いっ、いやだなあ、間宵さん! またまた脅かそうして! ホントは冗談なんでしょ?」
― ピキッ バキッ バキッ バキッ バキッ・・・。
「・・・・・・・・。 いやぁぁぁ! じょっ冗談だって言ってぇぇぇぇ!」
「別に、キミがそんなに怖がる事ないでしょ? キミには強い味方が憑いてるんだし。」
「いや、憑いてるって・・・。 そういう問題じゃないっすよ! なんか、もう一緒に幽霊と同居してる時点で、普通じゃ居られないですって!・・・。」
「同居してるって、そもそもキミの場合は、元々そうでしょ? まあ、あんまり気にしない方が良いよ。 霊なんて、そこら中に居るんだから。 それにしても、この辺は多いけど・・・。」
「(なんてこったい! 俺、なんちゅう所に住んでんだよ! なまじ間宵さんの事が信用できるもんだから、半端無く怖ええ!!!)
いや、なんか正直、変だなとは思ってたんすよ!!!
やたら金縛りとかあるし、そん時に夢なのか何なのか、天井に怒ってるオッサンの顔とか、泣いてる赤ん坊の顔とか、笑ってる赤ん坊の顔とか・・・! 特にこう、笑ってる赤ん坊なんて「ケテケテケテケテ・・・」って!!!
あっ、最近、疲れてんのかな、俺。 ぐらいにしか考えて無かったんですけど!!!」
「ああ、ちゃんと色々起こってるんじゃん。」
「ああ、もう無理無理!!! ホント引越してえ!!!
間宵さん、何とかならないんすか!? 悪霊退散とか、除霊とか何とか!!!
良くあるでしょ!? ホラ!!!!」
「でもさ、例えば、キミを守ってくれている彼女みたいな霊も居る訳だから。それを怖いとは思わないでしょ?」
「そっそんなの、比べ物にならないですって!!! 一緒にしないで下さいって!!!
っていうか、もうむしろこんな時は姿を現して、気を紛れさせて欲しいっす!!!(ガタガタ)」
「あはは。 ああ、でも、キミももう少し、霊についてお勉強した方が良いかもね。」
「いや、それいらないですから! 全然、必要無いですから!」
「まあ、そう言わずに。 彼女の事を、理解する事にもなるんだから。」
「はっはあ・・・。」
という訳で、間宵さんによる「心霊講座」が始まるのでした・・・。
「まずね、私の経験からになるんだけど、分かり易く言えば、霊っていうのは、大きく分けて二種類居るの。」
「はあ・・・。」
「一つは、私達と同じように、生きてる人間とまったく同じ思考回路を持っている霊。これは本当に変わらないから、ちゃんと会話が成立するし、霊の方も自由に動けるみたい。 彼女なんかは、そのタイプね。」
そう言いながら、私の事を指さし・・・。 それにつられ、私も思わず後ろを向きます・・・。
「もう一つは、単一の思考回路しか持たない霊。これは色々なパターンがあるんだけど、大抵は同じ事を延々と繰り返している場合が多いわね。 例えば、さっきここで来る途中で見た、上半身だけのドライバーとか、その隣の首吊った人とか。」
「えっ・・・。」
「感情で言うとね、前者は喜怒哀楽をちゃんと持って使い分けられるんだけど、後者は、例えば怒だけだったりとか、哀と怒だけだったりとか、ちょっと欠落した印象になるの。 こっちのタイプは、話が通じない事が多いのね。 人間にも居るでしょ? 会話が成立しないタイプ。 まあ、まったく同じなんだけどね。」
「つっつまり・・・。 その後者の方が、悪さをする霊って事ですか?・・・。」
「そうとも限らないんだけどね。ただ、確かに思考が単一の霊の方が、所謂 ”悪霊” って言われるものになるかもね。良く言われる、浮遊霊だとか、地縛霊だとか。私はそういう分類はしないけど、アレなんかは単一思考の霊の典型だと思うよ。」
『えーなにこれ、もう怖すぎるんですけど!』
「もう一つは、これは私だけが見えるイメージかもしれないけど、霊にはそれぞれ色があってね。」
「えっ、色!?(っていうか、霊自体があなたしか見えませんよ! 間宵さん!)」
「そうそう。 例えば、黄色とか白とかは、とても力が強くて性格的にも穏やかな霊が多いのよ。 逆に、青だとかはあんまり良くない事が多かった。 特に、赤なんてのは最悪ね。」
「へっへえ・・・。 そっそういえば、昔撮った心霊写真は、なんか赤とか青でしたよ・・・。 ちっちなみに、アイツは何色なんすかね?・・・。」
「彼女は金色ね。」
「きっ金色!?・・・。 まっまあ、昔から何かと目立つ事が好きなヤツでしたけど・・・。」
「とても強い意思を持ってるのよ。 要するにね、私が思うに、これって生きていた時の ”意志の強さ” に関係してると思うの。 意志が強ければ強い程、鮮明に霊として残るけど、中途半端な意思や、偏った意思の場合は、単一思考になりやすいみたい。」
「ちなみに、意思が弱いと、どうなるんすかね?・・・。」
「よくいう ”成仏” って事になるわね。 あれって、結局意思の力が潰えて、完全に消滅した状態だって、私は思ってる。」
「なんか、急に成仏がおっかなくなってきたっすよ・・・。」
「なんで? 思い残す事が無くなって、無に帰るのも、悪くないんじゃない? あはは!」
「(もはや悟りの境地だな・・・。 霊の話を含めて、俺には理解できん・・・。)
とっところで、肝心な相談事なんですけど・・・。」
「ああ、ごめんごめん。 そうだったね。 で、どれ?」
「この写真なんすけど・・・。」
それは、私達の同期交流会で撮った、山下の部屋の写真でした。 全部で十数枚の写真を撮ったと思うのですが、その中の五枚程・・・、訳の分からないものが写っていました。
その五枚は、私達が呑んでいる風景を、同じ角度から撮ったものなのですが、一枚目の写真には、二つの小さな光の玉が写り込んでおり、これだけなら何も問題がないのですが、二枚目でそれが大きくなり・・・、三枚目では、ついにそれが何なのかがハッキリと写っています・・・。 つまりそれは、車のフロントライトでして、三枚目には、バンパーやフロントガラスまでもが写り込んでいました・・・。
更に、四枚目では、そのフロントライトの中央・・・、つまり、バンパーの前辺りに、謎の人影・・・恐らく女性ではないかと思うのですが・・・、それが写り込んでおり、五枚目の写真が一番恐ろしいのですが・・・、そこには・・・、恐らく「猫」の目と思われるものが、写真いっぱいに写り込んでいるのでした・・・。
ちなみに、この全ての写真が、山下の部屋で行われた飲み会の風景に重なって写っておりまして、その時使用したカメラは、開けたばかりの所謂「使い捨てカメラ」を使用しまして、もちろん今の様に合成技術などは手軽に出来ない時代でしたから、それが写った事に説明がつかず・・・。 しかも、あんまりにも鮮明に写っていたもので、皆が震え上がってしまったという訳です・・・。
「これは想像以上に凄いね・・・。 たぶん、そこで撮ったんでしょ?」
そう言って、彼女が指さした方角は、まさに第二寮の方角でした・・・。
「やっぱり・・・、何か凄いんですかね?・・・。 あそこの第二寮は、結構古いみたいっすけど・・・。」
「凄いね。 赤やらオレンジやらの霊がウジャウジャ居るよ。」
「・・・・。(あーなんだろう・・・、怖いのって極限過ぎると違う考えが浮かんでくるんだなあ。あー、から揚げ食いたい・・・。)」
結局、この写真は間宵さんの手により処分され・・・、残念ながら第二寮の方は、次から次へと霊が溢れて、手のつけようがないという事でした。
山下には、早急に引っ越す様にとの事でしたが・・・、それも出来そうにないんじゃないかと告げますと・・・。
「じゃあ、本人には何も教えない方が良いかもね。写真もただの写り込みって事にしておいた方が良いよ。 こう言うのは、気の持ち様だから。
何にもないって思わせた方が良いよ。知らない方が、まだ安全だと思う。」
と、意外とアバウトな意見をいただくのでした・・・・。
『って、それなら、俺にも上半身だけのドライバーとか、首吊った人とか、幽霊の詳しい話とか・・・・。その情報、いらなくね? っていうか、俺にも何にも教えない方が良くね?・・・・。』




