アフターストーリー02 「視る」
初めて佐藤さんの飲み会に参加した私は、どうもおかしな人に目をつけられてしまい、困惑しておりました。
そして、そのおかしな人である間宵さんという女性の言葉に、どうも後味の悪い様な、嫌な気分が頭を離れませんでした・・・。
『くそ・・・。 あの間宵って人に会ってから、どうも変な気分だ・・・。まるで、昔のどん底の気分に戻った様だ。
あれから・・・・、もう何年も経ったのか・・・。 それでも、未だに何も変わらずに引きずっているって事か・・・。まったくだらしない話だな。』
それからしばらくして、間宵さんとの約束の日がやってきました・・・。
『何となく・・・・、気が重いんだよな・・・。
けど、何でだろう?・・・。 今日だけは、絶対に行かなきゃいけねえ気がする・・・。』
そう・・・。私は何故か、とても強い義務的な何かを感じながら、間宵さんの待つ喫茶店へと急ぐのでした・・・。
到着した喫茶店は、どことなくレトロな雰囲気の漂う喫茶店で、良い色に時代を重ねた重厚な扉を開くと、カランカランと、あの懐かしい呼び鈴の音が鳴り響きます。
『この音を聞くのも久々だな・・・。 懐かしい・・・。』
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― あれ! これ美味いなあ! 何で俺、こんな美味いもの、今まで飲まなかったんだろう!?
― あはは! ユキ、良かったね。 これでやっとオトナになれたじゃん!
― くそっ・・・。 お前に言われると無性に悔しいな・・・。
― あははは! なんで~? 喜んであげてるんだよ? あははは!
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「・・・。」
そんな懐かしさに囚われている私に、元気な声が掛かります。
「ああ、渡辺くん! こっちこっち。」
そこには、既に先に来て、だいぶん持て余すような様子の間宵さんが、私を見つけてホッとした様な表情を浮かべています。
「ああ、すいません。 早く来たつもりだったんですけど・・・。待ちました?」
「ううん、ちょっと用事があって早く出ちゃったからさ、気にしないで。
なに飲む? え~っと・・・。 ああ、紅茶が良いのかな?」
「え? ええ・・・。」
「すいませ~ん、紅茶ひとつ~。」
「あの・・・・。 で、今日の話というのは・・・。」
「ああ、それなんだけどね。 う~ん・・・、何から話したら良いんだろ。」
「・・・。」
「渡辺くん、幽霊って、本当に信じてない?」
「え? ・・・・。 いえ、信じてないというか、実際に見た事がないもんで・・・。」
「ふ~ん・・・。 おかしいなあ・・・。 何も感じない?」
「え?・・・。(本当に、何が言いたいんだ? この人は・・・。 わざわざ呼び出して、人をからかってんのか?)」
この時まで、私は彼女が何を言いたいのか、まったく理解出来ませんでした。
しかし、その後の彼女の話を聞き・・・・、私は、驚きを隠せませんでした・・・・。
「あのさ・・・。 幽霊を信じないあなたに言っても仕方無いのかもしれないけど・・・、本人の希望だから、伝えるね。」
「は? はあ・・・。」
「簡単に言うとね、あなたに霊が一人憑いてんのよ。」
「?・・・・。え?・・・・。・・・・・。
なっなんですと!!!!!
つっつまり、俺、祟られちゃってるって事ですか!!!!?????」
「う~ん、どちらかというと祟られてるんじゃなくて、守られてるのかな。とても強くね。
気がつかなかった?」
「いっいや・・・、全然。 守られてるって事は、良く言う「守護霊」みたいなもんですか?」
「そうだね、そんな感じ。」
「(なっなんですかこれ!? いきなり呼び出しておいて、トンでもねえ話だな!? この人、頭大丈夫か!?・・・。)
で・・・・。 いったい、どこのどなた様が憑いてるんですか?・・・俺に・・・。」
「うん、そこなんだよポイントは。 これを説明すれば、多分信じて貰えるかな。 本人もそう言ってるから。」
「本人って・・・。 間宵さん、幽霊と会話が出来るんですか?・・・。」
「そう。 私の能力なのかな。 会話も出来るし、姿を視る事も出来るの。」
「(駄目だこりゃ・・・。 完全にイッちゃってるよ、あっちの世界に。
どうなってんだ、俺の周りは・・・。 もうそんなの、アイツだけで充分お腹いっぱいだって。)
で、その俺の守護霊様は、何て言ってんですか?・・・。」
「まあまあ、まずは、あなたに憑いている霊の説明からね。」
『かっ帰りてえ・・・。はっ!もしかして、これが噂の「霊感商法」の勧誘ってヤツか!?』
「あなたに憑いている霊はね、そうねえ・・・。年は十代・・・。 ああ、十五歳ね。黒髪の長い、瞳が大きな、とても綺麗な女の子。」
「え?・・・。」
「名前は・・・・、 ”エリ” ね。」
私はその話を聞いて、絶句という状態をまさに身をもって体験したのです。
驚きよりも恐怖しかありませんでした。
真っ先に頭に浮かんだのは、今でいう「ストーカー行為」のようなものではないかと。
「どう? 信じた?」
「なんで・・・。 なんで知ってるんですか?・・・。」
「ん? 本人が言ってるから。」
この言葉で、私の中の冷静な気持ちは完全に消滅してしまいます。
「ふざけんな!!!!!!」
そう怒鳴ろうとした瞬間、不思議と私の頭の中の何かが弾けて・・・、急に冷静になりました・・・。
『考えてみれば、この人が知ってる訳がない・・・。
今まで俺とは何の接点も無かったし、そもそも、アイツの事はここじゃあ誰も知らねえ・・・。
もしかして、ホントにそうなのか?・・・。 いや、まさか・・・。』
「ん~。 まだ信じてない?」
「いや、信じろと言われても・・・。どうにも、頭が混乱してます・・・。」
「そうそう、あなた、コーヒー飲めないんでしょ? これも彼女からさっき聞いたんだけど。」
「はあ・・・。たしかに。(これだけなら、会社に知ってる人も多いから、聞いた可能性があるな・・・。)」
私は彼女の言葉を真剣に検証する事にしました。何が狙いなのか。どういう目的があるのか。何より、彼女の事をどうして知りえたのか。
「・・・・。 へえ、デートで二回吐いたんだって? あははは!」
「!!!!・・・・。(間違いない! 本当にアイツが居るのか!? この事は、俺とアイツしか知らない・・・。 ちくしょう! どうなってやがる!)」
「どう? 少しは信じた?」
「正直・・・。 まだ混乱してます・・・。 でも、間宵さんがアイツの事を知っている事だけは、理解出来ました・・・。」
「うん、取り合えず、それでも良いよ。 私の伝える、彼女の言葉を信じて貰えればOKだから。」
「・・・・。」
「まずね。 いい加減、私のした事で悲しむのは辞めてくれって。」
「・・・・。」
「私がこうなった事は、あなたが悪いんじゃないからって。」
「・・・・。 納得がいきません・・・。」
「え? やっぱり、信用出来ない? 私の言う事。」
「いえ、そうじゃなくて・・・。
仮に、今言った話が本当だったとして・・・。俺は・・・、アイツがなんで死ななくちゃいけなかったのか・・・。その理由をまったく知らないんです・・・。
もしかしたら、俺たちは・・・・、俺は、アイツを助けられたかもしれないんです・・・。
それだけで、俺は自分に罪があるんじゃないかって・・・、そう思ってます・・・。」
「・・・・。」
「それを、俺のせいじゃないとだけ言われても、全然納得できないですよ・・・。」
「・・・・。 なるほどね・・・。
分かった。 それなら今から、あなたと彼女が別れた後の真相を、あなたに伝えるね・・・。」
「え?・・・。」
「いい?」
「お願いします・・・。 聞かせて下さい・・・。」
そして、彼女の口を通して、私の「心の重荷」を作った真相が語られ・・・、それは予想もしなかったもので、私は色々な意味でショックを受けます・・・。
「まあ、大体こういう話みたい。 思い当たる事、ある?」
「あります・・・。」
「そう・・・。」
「でも・・・、それじゃ、全然俺が無関係って事にならないじゃないか!!!
やっぱり、俺のせいだったんじゃないか!!! なんてこった・・・。」
「う~ん、それってさ。」
「え?・・・。」
「それって、キミの自惚れじゃない?」
「・・・・。」
「それじゃ逆に聞くけど、彼女には選択権が無かったわけ? 私は、キミの気持ちは良く分からないけど。 けど、彼女がそうした気持ちは、良く分かるつもりだよ。」
「だからって、死ぬ事なんて無いのに・・・。」
「それは、人それぞれじゃないかな。 別に、生きる事と死ぬ事と、そんなに大きな違いは無いでしょ? 短い人生が、長い人生に劣る訳じゃないんだし。」
「そんな事、納得出来ないですよ・・・。 自分で勝手に命を絶って良いはずが無いじゃないですか・・・。」
「まあ、そこは私も、人として認める訳にはいかないけどね。
けど、キミのそれ、自分を責めている様で、実は彼女を責めてる事と一緒じゃない?」
「え?・・・。」
「たしかに、キミに相談もせずに、勝手に死んでしまった事は、彼女もとても後悔してるみたいだよ。
それによって、キミや彼女の周りの人間を悲しませちゃった訳だし。とても反省してる。だからもう、キミも許してあげなよ。」
「許すも許さないも・・・。 ただ・・・、俺は申し訳無いだけです・・・。」
「何が?」
「まだたった十五才ですよ? まだこれからだったのに・・・・。
これからたくさん楽しいことだってあっただろうに・・・。それにアイツは・・・、俺しか男を知りません・・・。 最初で最後が俺だったなんて・・・。
アイツだったら、もっと良い人と巡り会う事だって出来ただろうに・・・。
俺と会ったばっかりに・・・、未熟な愛情で、アイツの人生を台無しにしちまったんじゃないかって・・・・。」
「【そんな事、ユキには関係ないでしょ。 勝手な事言って、一人で悩んでんじゃないわよ!】・・・だって。」
「え?・・・。」
「【私は、ユキだけで、もう充分。 一生分の愛情を貰ったよ。本当に短い間かもしれないけど、でもね、本当にもう充分満足したのよ。 ユキ、本当にありがとうね。私は充分に幸せだから。だからもう、ユキも悲しむのは辞めて・・・。】・・・って言ってるけどね。」
「え・・・り?・・・。」
「だって。 彼女がそう言ってるよ。」
「驚いた・・・。 アイツのしゃべり方そっくりだったんで・・・。」
「そう? 似てた? あはは。」
「ええ・・・、ホントに・・・。」
「こうも言ってるよ。もう、立ち止まるのは辞めてって。これから、自分の人生を生きて欲しいって。彼女は、これからもずっと、あなたが一生を終えるまで、しっかりと見守ってるからって。」
「・・・・。」
「本当に良い子ね・・・。 それにキミ、彼女に本当に愛されてるんだね・・・。」
「はい・・・。」
「それにね、ハッキリ言って、彼女は本当に強力よ。キミは本当に守られてる。」
「アイツ、昔から幽霊やら何やらが大好きだったんですよ・・・。 きっと、間宵さんとも話が合うんじゃないっすかね・・・。」
「うんうん、ホントに気が合うよ。 あはは。」
「そっか・・・。お前は、幽霊が好きだったからな・・・。 それで、自分が幽霊になって・・・、俺を守ってくれてたのか・・・。」
「そうだね、とても強く、キミを守ってるよ。 霊魂って言うのはね、思いの強さだからね。」
「間宵さん・・・。」
「ん? なに?」
「今ここで、思いっきり泣いても良いですか?・・・。」
「うん、良いよ。 見なかった事にしてあげるから、思いっきり、気の済むまで泣きなよ。 お客も、他に誰も居ないから・・・。」
「あっ有り難うございます・・・。 うっううううううっうううっ・・・・・。」
私は正直、この時に全てが納得できた訳ではありませんでした・・・。
それでも、これがキッカケとなり、私はその心の重荷を遥かに軽くする事が出来たことは、紛れもない事実でした。
果たして、この世に本当に霊魂が存在するのか、その様な世界があるのかは、そんな事は私には分かりませんし、肯定も否定も出来ませんが、そういうもので救われる心があるのなら・・・、それもまた良いのではないか。
私がそう考える様になりましたのも、これがキッカケだった様に思います。
そして、気の済むまで一頻り泣き濡れた私は、今まで、まるで霞がかった空が晴れ渡る様に、あの出来事以来訪れなかった様な晴れやかさを経験していました。
「そろそろ、行きましょうか?」
「はい・・・。」
そして、その帰り道、私は近くの駅まで、間宵さんを自転車の荷台に乗せて送ります。
「どう? 少しはスッキリした?」
「はい・・・。 正直、何かが解決したわけじゃないんですけど・・・。
ただ、今まで感じた事が無いぐらい、スッキリしてます。」
「それは良かった。 来た甲斐があったよ。」
「なんか、ホントにありがとうございます・・・。」
「彼女も喜んでるよ。 ようやく、キミに笑顔が戻ったって。」
「そうっすか・・・。 ・・・・。 間宵さん。」
「ん?」
「俺、頭が悪いんで、正直間宵さんの話の半分も理解出来てないです・・・。
未だに幽霊を信じてるかって言われたら、見た事が無いので何とも言えないですし・・・。
昔、不思議な体験をちょっとだけした事があるんですけど・・・。それでも、幽霊がいるかってなると・・・。」
「あはは、まあ、そりゃあそうだよ。」
「けど、今日の話は信じます・・・。 アイツの姿が見える訳じゃ無いけど、実は、何となく感じているものがありました・・・。ずっと勘違いだと思ってたけど・・・・、それがスッキリ納得いきました・・・。
もう一回、色々とやり直してみるつもりです・・・。」
「そう。 がんばりなね。」
「はい・・・。 それと、こんなこと言うと、間宵さんの今までの話を全部否定するみたいになるんですけど・・・。」
「ん? なになに? どんと来なさいよ、ほれ。」
「あっいや・・・。 これはたぶん、虚しい希望なんですけど。 俺はどっかでまだ、あいつが生きているような気がしてならないんですよ。きっと認めたくないんでしょうね・・・。」
「そっか・・・。」
「きっと、あいつの墓でも見たら、諦めがつくんでしょうけど、その度胸はまだ無くてですね・・・。」
「まあ、良いんじゃないかな、それで。 ただ、これだけは確かなことなんだけど。」
「はい?」
「その子の意思は、常にキミと共にあるんだよ。それは間違いない事だから、分かってあげてね?」
「はい・・・。 不思議な感じですけど、なんか心強い気持ちもします。」
「ん。 そうそう・・・。 もう一つ伝えて欲しいって。」
「はい? なんでしょう?」
「う~ん、何だかね、【いつの日か、叶うように。約束だけは忘れないでね】って。なんの事?」
「ああ、いや、それは・・・。 内緒です。 ははは。」
「ふ~ん・・・。まあ、何でも良いけどさ。でも気になるな。内緒なの?」
「内緒ですよ。」
「そうなの? どうしても?」
「どうしてもです。」
「つまんないのー。 まあ、キミが元気になるなら、何でも良いけどさ。」
この間宵さんとの出会いが、私の心の霞を振り払い、重荷を軽くしてくれた事は、私にとって大変大きな意味を持ちました。
それで全ての重荷が消え去った訳ではありませんが、暗中模索を繰り返す、出口の見えない迷路の中、ほんの小さな、とても小さいけれど、差し伸べられた灯火は、私にとって大きな道しるべとなったのです。
それがキッカケとなり、この数ヶ月後、私は数年ぶりに恋をする事になります。
そして、それからしばらく後・・・、石崎リョウコ、和泉エリと、偶然の再会を果たす事になるのですが・・・。
もう一つ、この「間宵さん」との出会いによって、私の中に、目に見えない大きな変化が訪れます・・・。そう、それはまさに「変化」としか言いようのない事でして・・・。
果たして、それは幸運だったのか、不運だったのか・・・。




