66 「その後のこと・・・ 第三話」
新しい一歩を踏み出すべく、和泉との恋を始めた私でしたが、果たして、その事に罪悪感を抱いてしまったのか・・・。
二人の初デートで、私は「ネジ飛び姫」の幻の声を聞いてしまうのでした・・・。
そんな幻聴に悩まされながらも、私達二人は、その後も・・・恐らくは・・・順調に交際を続けていきました。
「うん、このミニオムレツ、美味いよ。 あれ、三つとも中身が違うのか? 凝ってるな~。 大変だったろ?」
「いえいえ。 本当はね、手抜きして前の晩に作ったの。 あはは!」
「いやいや~、そんなの手抜きにならねえって。大したもんだよ。 うちのお袋だって、前の日の残り物を詰めて作ってくれんだから。」
「あはは、それは仕方無いよ。お母さんに感謝しないと! でも、そう言って貰えると、ホント嬉しいよ。 正直、私こういうの初めてだったからさ。」
「ん? 料理を人に食わせる事がか?」
「そうそう、あはは。」
「意外だな~。 それこそ、昔の彼氏には作ってやらなかったのか? お前ぐらい可愛ければ、彼氏ぐらい居ただろ?」
「う~ん。 彼氏って言っても、中学の時に付き合ってた子は、ホントに子供のお付き合いみたいなものだったから、料理を作ってあげようなんて思わなかったよ。 自信だって無かったし。」
「そっか。 でも、和泉は料理のセンスあるよ。 昔のクラスメイトにさ、すげえ料理が上手い女子が居たんだけど、それに匹敵するね、こりゃあ!」
「へえ~。 もしかして、それってユキちゃんの前の彼女?」
「ええっ! まさかまさか! うはは! そいつは石崎って言うんだけど、とても俺なんかが相手をして貰える様なヤツじゃなかったよ。 う~ん、言うなれば、クラスのマドンナだな!」
「じゃあ、可愛かったんだ、その人!?」
「ああ! すげえ美人だった! この学校にも、俺の古い友達が何人か入ったけど、そいつらもみんな、石崎に惚れてたよ。ははは! もちろん、俺も憧れたさ~。」
「へえ~、そんなに綺麗な子なんだ。」
「何言ってんだよ。 お前だって、その石崎に匹敵するぐらい美人だぞ? っていうか、未だにお前が、なんで俺なんかと付き合おうと思ったのか、この世の七不思議だよ、ホント・・・。」
「あはは! また上手いね~、ユキちゃん! あはは!」
「いやいや、ホントだっての・・・。まあ、変に自分に自信があるヤツよりかは、お前ぐらい謙虚な方が良いのかもね・・・。」
「それにしても、ユキちゃんって、昔の話すると楽しそうだね~。 何か良いよ、凄く・・・。 あはは。」
「何だそりゃ・・・。 でもそうかな?・・・。 気がつかなかった。」
「うんうん。 昔の話しているの、今日初めて見たけど。 ねえ・・・、そう言えば、ユキちゃんは昔、付き合ってた人居なかったの?」
「・・・。 居たよ・・・。 一人だけ・・・。」
「へえ! ねえ! どんな人だったの!?」
「・・・。 悪りい、和泉・・・。 実はさ、ソイツにはこっぴどいフラレ方しちまってさ・・・。 もう、人間不信になるくらい! まあ、元々こんな具合にモテねえ男だから、仕方ねえんだけど、ちょっと悲しい過去なんだよ・・・。 ははは。」
「そうなの? そっか・・・。 ゴメンね、変な事聞いちゃって・・・。 でもさ、実は私も、前の彼氏にはフラれたんだよ。 もう、一方的に!」
「へえ! お前をフルなんて、そりゃ凄いモテ男だったんか!?」
「どうなんだろ!? 頭来るから、あんまり思い出したくないけど、そんなにカッコ良く無かったよ、多分! あはは!」
「って事は和泉は、あんまりモテないカッコ良くない男が好きって事か? マニアックだな・・・。」
「あっヒドイ! そんな事無いって! それに、あんまりモテないモテないって自分で言わないでよ。 何かそれじゃ、付き合ってる私が可哀想じゃない?」
「そりゃそうだな、ははは。 でも仕方ねえよ。 お前、変わってんもん。」
「ちょっと、何それ、ホントにヒドくない!?」
「うははは!」
「あははは!」
この頃の私は、本当に彼女の献身的な明るい笑顔に救われ続け、少しずつですが、荒んだ心は回復し、心から笑いあえる程になっていました。
彼女が何故、私を選び必要としたのか、正直、理解できませんでしたが、この時の私が彼女を必要としていた事は、間違いのない事でした。
「う~ん・・・。」
「どうしたの?」
「いや、さっき返ってきた英語の小テストがボロボロでさ・・・。 このまんまじゃ、期末もやべえな・・・。 何か、英語って苦手なんだよな~。 これさえなけりゃあ、もっと気楽なのに・・・。」
「あはは! ・・・。 あっ! じゃあ、丁度良いわ!」
「何が?」
「今週末、うちに来て勉強会やらない? 期末テストに向けて! 私が英語得意だから、ユキちゃんに教えてあげる! その代わり、私に数学を教えてよ!」
「ええ!? そりゃ構わねえけど、迷惑じゃねえか? 家の人だって居るんだろ?」
「ううん・・・。 その日は私以外、誰も居ないから・・・。」
「そっか・・・。分かった・・・。 それじゃ、お邪魔するよ・・・。」
そしてその週末の土曜日・・・。 半日の授業を終えた私達は、和泉の家に向かうべく、昇降口を出ます。
「あれ!? 渡辺!!!」
「ん? げっ!・・・。 犬飼バカップルじゃねえか・・・。」
「あれあれ~!? 誰だ? その子!?」
「なんだよ、お前ら。 こんな所ウロウロしてねえで、とっとと帰れば良かったのに。」
「なんだよ、冷めてえな。 で、その子は!?」
「(チッ! 誤魔化せねえか・・・。)コイツはクラスメイトの和泉って言うんだ。 コイツは俺の小学校からの悪友で犬飼。 こっちは彼女のジュンコちゃんだ。」
「こんにちは~。 宜しくね!」
「和泉ちゃん、もしかして、渡辺と付き合ってんの!?」
「え? うっうん・・・まあ。」
「へえ! 何だよ、渡辺、可愛い子じゃねえか! どうなってんだ、お前って、昔から!」
「犬飼、頼むから余計な事は言うなよ・・・。(コソコソ)」
「分かってる、分かってるって!(コソコソ)」
「ほら、お前が余計な事言うから、ジュンコちゃんが睨んでるぞ。」
「あっ! いや、違うんだって! 俺は渡辺に彼女が出来た事を喜んでるだけだって!」
「ふ~ん・・・。 あっそう・・・。」
「いや、まあ・・・、渡辺! 今度ゆっくり聞くから!!! それじゃあな! 渡辺、和泉ちゃん! 行こう、ジュンコ!」
「・・・・。」
「あはは、何だか賑やかで楽しい人だね。」
「昔っから、ああなんだよ・・・。 うるさいというか、鬱陶しいというか、胡散臭いというか・・・。」
「そうなの?」
「ホントホント。 そういや、「存在が嘘臭い」なんて言ったヤツもいたな・・・。 ・・・・。 まあ、悪いヤツじゃねえんだけどな。 何か憎めないんだよ。」
「あはは。 ・・・でも、なんか安心したよ。」
「なにが?」
「ユキちゃんにも、ああやって良い友達が居るんだね。 ほら、いつもクラスでは、みんなの事避けてるじゃない?」
「ああ・・・。 そうだな・・・。 なんだか、俺は和泉には心配かけっぱなしなんだなあ・・・。」
「あはは、手が掛かる子ほど、可愛いって事だよ。」
「なんだそりゃ・・・。 あんまり嬉しくねえ・・・。」
「あはは!」
そんな出来事もありながら、私は和泉の自宅まで案内を受けます。
到着した和泉の自宅は、大きめのマンションの一部屋で、間取りは一軒家の我が家よりも広く、案内された和泉の部屋も、広々としていました。
『女子の部屋に入るのは、エリの部屋以来か・・・。 可愛らしくて綺麗に整頓されてるな。几帳面な和泉らしい・・・。』
「適当に座ってて、いま飲み物持ってくるから。 何が良いかな?」
「ああ、あんまり気、使わないでくれよ、俺なんだし。和泉と同じもので良いよ。 っと、すまん、俺コーヒー飲めないの、言ったっけ?」
「あはは、大丈夫だよ、ちゃんと知ってるから!」
それから二人で始めた勉強会は、真面目な和泉の性格もあってか、なかなか捗っていきました。
「あ、そろそろ休憩して、ご飯にしようか。 お昼も食べてなかったから、お腹減っちゃったね。」
「そういや、すっかり忘れてたな・・・。 どっか食いに行くか?」
「ううん、折角だから、私が作るよ。 実は昨日のうちから、少しだけ用意してたんだ。 えへへ。」
「なんだ、悪かったなあ・・・。 でも、楽しみだよ。」
「あはは、あんまり期待しないでよ。 失敗したらショックだから。 あはは。」
そう言いながらも和泉の作ってくれたスパゲッティーとサラダのセットは、なかなか見事な出来映えで、私は大変満足して頂きました。
食事を済ませた後、私達は直ぐに勉強に戻らず、しばらく雑談をしていました。
「あの映画、丁度見たいと思ってたんだよ!」
「そりゃ良かった。 じゃあ、早速試験が終わったら行くか? お疲れ様会でさ。」
「あはは、良いね~! 行こう行こう!」
そして・・・。
「・・・・。」
「・・・・。(この雰囲気を察せなかったら、もう男じゃねえな・・・。)」
そう感じた私は、積極的に和泉を抱き寄せ、し切り直す気持ちで、和泉の唇に自分の唇を近づけます・・・。
― ユキ・・・・。
『・・・またか・・・。 すまん、エリ。 俺だけがここに止まる訳にはいかねえんだ・・・。 分かってくれ・・・。』
― ・・・・・
「ユキちゃん・・・・。」
ようやくキスを済ませた私達は、お互いを確かめ合う様に抱擁を続け・・・、しかし、私は和泉の肩越しに、信じられないものを見てしまいます・・・。
― ユキ・・・・。
「えっエリ!!!!」
「あはは、やっと名前で呼んでくれたね・・・。」
『馬鹿な!!! なんでエリの姿が見える!? ついに、ついに俺は、本当に頭がおかしくなりやがった!!!・・・。』
幻のエリを見た私は、たとえ幻でもその姿を見ることができた嬉しさと、彼女を目の前で裏切ってしまった罪悪感とで、知らずに頬を涙がつたっていました。
「え!? え!? ユキちゃん、どうして泣いてるの!?」
「ごめん、和泉・・・。」
「ええ?なんで謝るの!? もしかして、ユキちゃん、初めてだったの?・・・。」
「あ、いや・・・。」
「あはは・・・。 なんだ、そうだったんだ・・・。」
そう言いながら、和泉は私を強く抱きしめてくれました・・・。
『俺は最低だ・・・・。和泉に嘘をついた上に・・・、和泉を抱きしめながら、その先に幻のエリまで見ている・・・。 しかも俺は・・・俺は、そんな幻の姿でも、もう一度エリに会えた事で涙を流して喜んでる・・・。 最低だ・・・。 俺は本当に最低だ・・・。
それにしてもエリ・・・。なんて顔してやがる・・・。 そんな顔するな・・・。幻だって、お前のそんな顔、俺は見たくねえ・・・。』
「ごっごめん、和泉・・・。 なんか、今日はもう気持ちが一杯で・・・。 悪いけど俺、これで帰るよ・・・。」
「えっえ!?・・・。 そう・・・。 うん、分かった・・・。」
「有り難うな、和泉・・・。」
「うっうん・・・。 ユキちゃんも気を付けてね・・・。」
その帰り道・・・・。
「もう一度、出てきてくれないか? エリ・・・。 幻でも良いから・・・。」
― ユキ・・・。
朧気ながら・・・、私の視線の先に、先ほどと同じように、エリの幻が現れます。
おそらく、自分で強く望むあまりに、自分自身で幻を作り出してしまったのでしょう・・・。
それぐらい、私の精神状態は限界だったのかもしれません・・・。
「ははは・・・。 俺、本当に頭がおかしくなったんだな・・・。 こんなに鮮明な幻が、寝てもいないのに見えるんだから・・・。」
― ユキ・・・・、ごめんね・・・。
「何でお前が謝るんだよ・・・。 俺が全部悪いんだ・・・。 俺のせいだ・・・。 だけど、何で、何で一人で・・・。 言ってくれれば、俺だって・・・。」
― ごめんね・・・。
「まて、消えるな!!! エリ!!!! 幻でも幽霊でも何でもいいからさあ・・・ずっとずっと、そばにいてくれよ・・・・。一緒になろうって、約束したじゃんか!・・・。」
そんな願いも虚しく・・・、エリの幻は掻き消えたまま、姿を現すことはありませんでした・・・。
『本当に最低だ・・・、俺は・・・。
幻のエリを作りだして、そのエリに謝らせる事で自分の罪の意識を軽くしようとしてやがる・・・。 いつからこんな卑怯になっちまったんだ・・・。
それでも、それでも・・・・。 もう一度会えて嬉しかった・・・。 自分の作った幻でも・・・。 本当に、最低だな・・・。』
私は暗い夜道を一人、幻のエリの姿を追う様に、止まらない涙を拭いながら、帰路につくのでした・・・。
ついに末期症状として・・・、エリの幻影まで見てしまった私は・・・、和泉との恋を始めたつもりで、その実、結局はエリの事が忘れられないという事を、嫌と言う程、思い知らされる事になります。
しかし、私は自分自身にケジメをつける事も出来ず・・・。 時は流れ、和泉との交際は、半年になろうとしていました・・・。
「ここ、やっぱり冬は寒いね・・・。 ユキちゃん、去年もずっとここで食べてたの?」
「ああ・・・。 とりあえず、雨風は凌げるから。 大丈夫か? 別に無理する事無いんだぞ、和泉。 何だったら、他の所に行くか?」
「ううん、大丈夫だよ・・・。 それより・・・、ねえ、私達が付き合って、もう半年だね・・・。」
「ああ、もうそんなになるのか~。 早いな・・・。」
「それなのに、まだ ”和泉” のままなんだね・・・。」
「ああ・・・。 そうだな・・・。 ごめんな、何か照れ臭くてさ・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「ねえ、ユキちゃん・・・。」
「ん?・・・。」
「ホントはさ・・・。 私に何か隠してない?・・・。」
「いや、何も隠してないよ・・・。」
「ホントに? 信じて良い?」
「ああ・・・。(すまん・・・、和泉・・・。)」
こんな中途半端な心持ちで、関係が上手く行く訳が無く・・・。
私達の仲は、次第にギクシャクしたものになっていきました・・・。
結局は、全てが私の責任でした。和泉には万に一つも悪い所などはなく、全てが私に原因のある事でした・・・。
それでも、この時、唯一の心の拠り所である彼女を、私はどうしても失う事が出来ませんでした。その私の和泉に対する甘えが・・・、彼女を深く深く傷つけてしまう事になります・・・。




