65 「その後のこと・・・ 第二話」
「ネジ飛び姫」を失ってから、その傷を広げない様に、私は最愛の仲間達から大きく距離を置く選択をし、そのまま時は過ぎました。
そして、ついにそれぞれがバラバラの道を歩む様になってから、一年以上の月日が過ぎます。
その間、私の荒んだ心に光がさす事も無く・・・。しかし、ここに来て、少しの変化が生じます。
そんなある日・・・。
いつもの様に、無為な時間を過ごし、早々に学校を出た後の事。
その日は、いつもの様に、一年以上通り続けた帰り道を走っていると・・・。
「ん? あれ? どうした和泉、こんな所でチャリンコ押して。 ずいぶんノンビリだな。」
「あっ! 渡辺くん! それがね~、自転車のタイヤがパンクしちゃって・・・。」
「そりゃ気の毒だな・・・。 なら、俺のチャリンコと交換すんべ。 和泉、俺のチャリンコ乗って帰れよ。」
「でも、それじゃ・・・。 渡辺くんはどうするの?」
「俺は平気だよ。 こっから少し行った所にチャリンコ屋があるから、そこで直してから帰るよ。」
「それじゃ、私もそこ行くよ! 連れてってくれる?」
「いや~、でも結構距離あるぞ? 女にゃキツイんじゃねえかな・・・。」
「大丈夫よ! ダイエットにもなるしね~。 あはは。」
「ダイエットって・・・、お前、落とす肉あんのか?・・・。(あるとしたらあれか、胸か?)」
結局、私達はチャリンコを押しながら、二人並んで自転車屋を目指します。
「和泉も帰り道、こっちの方だったのか・・・。 知らなかったな。」
「そうだよ~。 だって渡辺くん、私なんかに興味無さそうだもんね?」
「いや、そんな事ねえよ。 いつも昼飯のおかず貰ってるしな。」
「な~んか、それもヒドくない?」
「いっいや、すまん、深い意味は無いんだけどな!」
「あはは! ・・・。ねっ、渡辺くんが、そんなに笑ってるの、初めて見た気がする・・・。 あはは・・・。」
「え?・・・。(そうかもしれない・・・。 そういえば、あのことがあってから、ずいぶん長い間、こんなに楽しい気持ちになった事、無かったかもな・・・。)」
それからしばらく話をして歩いているうちに、目的地に到着し・・・、和泉のチャリンコは無事に修理され、私達はそれぞれの帰路につきました。
そして、その翌日・・・。
私がいつもの様に、隠れ家で弁当を広げて食べようとした時、これもまた、いつものように、和泉がやってきました。
「よっ! ・・・。」
「よう。 昨日は無事に帰れたみたいで、良かったな。」
「うん、お陰様で。 本当にありがとうね・・・。」
「気にすんなよ。 困った時はお互い様なんだろ? いつもおかず貰ってんだから。」
「あはは・・・。」
「なんだ、どうした? 何か元気無さそうだな? 何かあったのか?」
「ううん・・・。 これ、新しいのにチャレンジしてみたんだ。 食べてみてくれる?」
「おっ、いつも悪いなあ。 美味そうだな。」
「・・・。 あのね・・・。 いきなりなんだけどさ・・・。」
「ん? どうした?」
「ん~・・・。 渡辺くんって、例えば、今、彼女とかいるの?・・・」
「なんだ急に? 彼女か・・・。 俺がそんなにモテる様に見えるか~? 居る訳ねえだろ。 それにしても、ホントにいきなりだな。」
「あのね・・・。」
「ん?」
「あのね・・・。 ああ、もうどうしよう!・・・。」
「なんだ? 言いたい事があるなら、スッパリ言っちまえよ。 頼み事か?」
「うん・・・。 あのね・・・。 もし良かったらでいいんだけどね・・・。 渡辺くん、私と付き合ってくれないかな・・・。」
「付き合うって、何処へ? 別に構わねえよ。 お前には世話になってるし。 行きたいところがあるなら言えよ。」
「そうじゃなくて! ああ、もう! だから、そう言うのじゃなくて・・・。」
「・・・。 ええっ!!! 付き合うって、つまりその・・・。 えっ!? 俺と!?」
「駄目かな・・・。」
「いや、駄目って言うか・・・。」
「やっぱり・・・。 ゴメンね・・・。 迷惑だったよね・・・。」
「いや・・・。 お前に言われて、迷惑なヤツはあんまり居ないんじゃねえかな・・・。」
「あっ、あははは! ごめん! ホントごめん! 変なこと言ったよね! 忘れて! ホント、忘れてね! あはは!・・・。」
「分かった・・・。 俺なんかで良ければ・・・、いや、宜しくお願いします・・・。」
「えっ、ホントに!? あっありがとう! うっうっ・・・・ううぅう゛う゛ぅ!・・・」
「ええっ! ちょっと! 何も泣く事はねえだろ! なんか、俺が変な事したみたいになってんじゃんか! っていうか、むしろ喜んで泣くのは俺の方だって! とりあえず、落ちつけって! 流石に隠れ家のここでも、周りに聞こえるって!」
「うっ、うっ・・・、ホントにありがとう・・・。」
「いや、こちらこそ・・・。 なんか、ありがとう、ホント・・・。(もう、良いよな、エリ・・・。 許してくれるか?・・・。 ごめんな・・・。)」
こうして私は、和泉のありがたい気持ちに答えるべく。
そして、恐らく本心では・・・、エリとの想い出を忘れるために・・・、新しい一歩を力強く踏み出す決心をしました。
しかし、果たしてこの決心は、本当に和泉に対して、真剣に、そして真摯に答えたものだったのか・・・。私はその事を、この後、存分に思い知らされる事になります・・・。
私が和泉と付き合う事になって、しばらくした後、私達は初めてのデートをする事になり、その計画を立てていました。
「ねえ、何処が良いかな? やっぱり遊園地とかが良い?」
「そうだな・・・。 俺は何処でも構わないよ。」
「なんか、渡辺くん、あんまり乗り気じゃない?・・・。」
「いや、そんな事はないよ。 やっぱり近場の方が良いんじゃねえかな。移動で時間取られない分、たくさん楽しめるし。」
「なら、○○遊園地はどうかな!? 私、行った事無いんだ!」
― あんたさ、○○遊園地って、知ってる?
私さ、行った事無いんだよね。
そう? じゃあそうしましょう! 今から!
「エリ・・・。」
「え? 何?」
「あ、いや・・・。 和泉、すまん・・・。 ○○遊園地は勘弁してくれないか。 あそこは、あんまり良い想い出がねえんだ・・・。」
「あ・・・、そうなんだ・・・。 良いよ、もちろん! なら、他の所にしようよ。 そうだ! じゃあ、夢の国の遊園地は!?」
― そう? でも、ユキはあんまり似合ってないね。なんだか妖怪みたいだよ!? あははは。
― 二人で食べれば、何でも美味しく感じるよ・・・。きっと、これは世界で一番美味しいポテトだよ。
「・・・。」
「あっ! 嫌なら無理にする事無いんだよ? どうせ行くなら、二人とも楽しめる所が良いし・・・。」
「いや、行こう。夢の国の遊園地。
(これだけ和泉に気を使わせて、俺は何してんだ・・・。先に進もう。立ち止まってたら、何にも解決しねえ・・・。)」
「ホントに!? 凄く楽しみ・・・。 ねえ、何乗るのかも調べておこうよ!」
「ああ・・・。 目一杯楽しもう・・・。」
そして、その数日後の週末。 私達は夢の国の遊園地に来ていました。
私はそこかしこに残るエリとの想い出が、どうしても思い出されてしまい・・・、それを和泉に悟られまいとする事で、必死になっていました。
そんな状態で、素直にこの状況を楽しめる訳が無く、となりで無邪気に喜ぶ和泉との温度差が、少しずつ広がっていくのを、感じざるを得ませんでした・・・。
そんな違和感を感じながらも、それでも時間が経つにつれ、私に対して精一杯の気遣いを見せてくれる、和泉の楽しそうな笑顔もあってか、段々と私も楽しめるようになり・・・、いつの間にか昼飯の時間になりました。
「お弁当の持ち込みがOKなら、作ってきたんだけどねえ~。」
「そういえば、今更だけどさ、和泉って料理上手いけど、やっぱり好きなの?」
「料理? うん、好きだよ~。 ・・・・な~んてね・・・。 ホント言うとね、渡辺くんが食べてくれる様になってからなんだ、いろいろ勉強する様になったの・・・。 あはは・・・。」
「・・・。 なあ、もう一つ聞いて良いかな・・・。 なんで、俺なんかを選んでくれたんだ? 和泉は可愛いし、モテるだろ? 俺なんかじゃなくて、もっと良い男、いろいろ選べたろうに。」
「あはは、そんなにモテないよー。 何でだろうね・・・。 何かね、実は一年の時から、ずっと気になってたんだよ・・・。 けど、渡辺くん、何となく近寄りがたい雰囲気があったから・・・。」
「そっか・・・。」
「これでもさ、最初に話しかけた時には、ホントに緊張して勇気いったんだよ~、あはは!」
「いや、有り難う・・・。 なんだか、すげえ感謝してるよ。
(もう一度、気力を取り戻せるキッカケを貰えた気がする・・・。)」
「そんなこと!・・・。 もう辞めようよ、こんな話!」
「そうだな、照れ臭くなってきたしな。」
正直な話、何故こんな器量よしの和泉が、大した付き合いもなかった私に興味を示してくれたのか・・・、未だに理解できませんが、当時の私は、本当に運が良かったのでしょう。
実際に、和泉の存在は、この時期抱えていた私の孤独感を完全に消し去り・・・、大きな安らぎを与えてくれました。そして私は、その和泉の優しさに、甘えきってしまう事になります。
「ちょっと待ってて、口紅だけ直してくるから!」
「ああ・・・。」
― ちょっと待ってて、口紅だけ直してくるから!
― ああ・・・。
・・・・。 今日で本当に最後になっちまうのか・・・。 全然実感が湧かねえ・・・。
― あっ! ミッキーにミニーじゃない!!!! あはは!
ユキも一緒に踊りましょうよ! ほらほら!
― ええっ!? 俺もかよ! 俺、踊りなんて出来ないぞ!
― 良いから良いから! ほら、早く! あははは!
「エリ・・・・。」
「お待たせ! ゴメンね~。 ・・・。 渡辺くん、どうしたの?・・・。」
「あ、いや、ごめんごめん。なんかボーっとしちまった。
どうも、いつもの癖でさ。 暇があるとボーっとしちまうんだよ。」
「もう、やだ~。 こんな時まで! あははは!」
そして、一通りのアトラクションを楽しみ、園内の雰囲気も充分に楽しんだ頃、空を見ると日はだいぶん落ち、薄暗い中、あちこちに綺麗な灯りがともり始めます。
私達は静かな一角を見つけ、適当なベンチに腰を降ろします。
「今日は一日、ホントに楽しかったね・・・。 渡辺くん、ホントは無理矢理付き合わせちゃったんじゃないかな?・・・。」
「いや、そんな事無いよ。
実は俺、高校入ってから今まで、ずっとつまんねえ思いして過ごしてたんだ。あんま、楽しいと思える事無くてさ。
和泉のお陰で、ホントに久々に楽しめた。 有り難うな。」
「あはは・・・。 そんな風に言って貰えると、何か嬉しいよ・・・。」
そう言って、和泉は私の肩に頭を乗せ、寄り添います・・・。 私もその上に頭を乗せ返し・・・。
『なんだか、こんな気分になるのも久々だな・・・。 すまん、エリ。 俺、このまま新しい恋が出来そうだよ・・・。』
「ねえ、やっぱりさ、付き合ってて和泉じゃ、何か変じゃない? 渡辺くん、たまに私の事「エリ」って呼んでくれるでしょ? 出来れば、ずっとそう呼んで欲しいな・・・。」
「え・・・。」
― ユキ・・・。
「ごっごめん・・・。 なんか、まだ照れ臭せえや・・・。 もう暫く、和泉のままで良いかな?・・・。」
「あはは、ごめんね。 そうだよね・・・。 もちろん、渡辺くんが慣れてからで良いよ。 でも、出来れば名前で呼んで欲しいな・・・。」
「そうだよな・・・。すまん、なるべく努力するよ・・・。」
「私も、名前で呼んで良い? 例えば、ユキヒコとか、ユキとか・・・、ユキちゃんとか!? あはは、ユキちゃんは可愛すぎる? あはは!」
― ユキ・・・。
『どうした・・・。 なんでエリの声が聞こえる?・・・。 頭がおかしくなっちまったか・・・。』
「渡辺くん?・・・。」
「あ、ごめん・・・。 そうだな、和泉の好きなように呼んでくれよ。」
「じゃあ、『ユキちゃん』で良い? 女の子の名前みたいで嫌がるかと思ったんだけど、あはは!」
「ああ、それで構わねえよ。」
「じゃあ、今からユキちゃんね・・・。 改めて宜しくね、ユキちゃん・・・。」
「ああ、これからも宜しく。」
「それじゃ、これからは学校でもユキちゃんって呼ぶよ!?」
「ええっ!? そりゃ、何かちょっと照れ臭せえな!・・・。」
「あはは! 駄目だよ!」
「なるべく、こっそりな。(有り難う、和泉・・・。 ホントに元気貰えるよ・・・。)」
「ユキちゃん、も一つ、お願いしても良い?・・・。」
「ん? なんだ?・・・。」
「キス・・・して・・・」
「・・・。 和泉・・・。」
― ユキ・・・・。
「!!!・・・。すまん、和泉・・・。 もう少し待ってくれるかな・・・。 いい加減にしたくねえんだ・・・。」
「え?・・・。 うっうん・・・、分かった・・・。 なんか、逆にゴメンね・・・。 何焦ってるんだろうね、私・・・。 あはは・・・。」
『すまん、和泉・・・。 どうしたんだ、俺は・・・。ホントに頭がおかしくなっちまったのか・・・。』
そして私達は、ライトアップされた美しい園内を惜しむ様に・・・、その場を後にしました。
私は何となく、和泉に対して申し訳なさが残り・・・、せっかく勇気を振り絞ってくれた筈の彼女に、恥をかかせてしまったのではないかと、しばらく気に病む事になります・・・。




