表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
最終章
60/85

61 「渡された日記」

 「少し・・・、落ち着いた?」


 「ああ、ありがとう。 もう大丈夫だから・・・。」


 リョウコと話し終えた私は、既にものが考えられない状態でした。

 喪失感・・・・。

 ただただ、自分の大切なものを失ったことで、全ての目的を・・・息をする事すらも無意味に思えるような、そんな喪失感が心の全てを支配していました。


 ふと、頭が冷静になってから隣のリョウコを見ると、リョウコは俯きながら震えていました・・・。

 この時、何故自分だけが悲しいと思っていたのだろうと、もしかしたら私よりも辛い感情を抱いているかもしれない存在を、私は気遣う事すらも出来ず・・・、逆に全身全霊で慰められている事に、馬鹿で無力な自分に対して、惨めな怒りしか感じませんでした。

 しかし、だからといって、やはり私にはリョウコに掛ける言葉も、その余裕もありませんでした・・・。


 「リョウコ、ありがとう・・・。 俺、もう行くわ・・・。」


 「うん・・・、わかった。」


 ベンチを後にしようとした私を、リョウコは特に見上げることもせず、ただただ、俯いていました。

 私もかける言葉も思いつかず・・・、ただ、もう一刻も早く、この場から消え去りたい・・・。そんな思いだけが足を突き動かしていました。

 いよいよ歩き出した私に、突然声が掛かります。


 「渡辺、待って!」


 無言で振り返る私に、リョウコは急いで追いつき、こう告げるのでした。


 「待って、私、渡辺に渡さなきゃいけないものがあるの。エリに頼まれてたの。

 本当は、二学期が始まってから渡そうと思ってたんだけど・・・。でも、分からないけど、今の方がいい気がする。

 ちょっと、ここで待ってて!」


 そう告げると、リョウコは急いで家の方へ掛けだしていました。

 私はそれに特に応えるわけでもなく、ただベンチへ座り直し、木陰の中から照り付く太陽を不抜けた視線で眺めるだけでした。


 どれぐらい時間が経ったでしょうか。

 多分、数分のことだったと思います。ただ、私には本当に長い時間に感じました。まるで、時間が止まってしまったかのように、蝉の音も、周囲の喧噪も、何もかも耳には届きませんでした。


 「渡辺!」


 その声にようやく現実に引き戻された私は、声の発生源を無気力に眺めます。


 「これ、エリが渡辺に渡してって。」


 リョウコから手渡されたのは、一冊の分厚い大学ノートでした。


 「読んでみて。エリの気持ちが・・・、渡辺に伝えたいものが、そこに書いてあるから・・・。読んでみて・・・。」


 「そうか・・・。 ありがとう・・・。」


 正直、いまさらそれを知って、どうなるのだろうという気持ちもありました。

 ただ、それを無気力に受け取った私に対して、リョウコは少し怒りを感じたのかも知れません。

 リョウコは私の両腕をつかむと、力を込めて叱咤するのでした。


 「渡辺、しっかりして!!! エリが何のために泣かないで渡辺と最後を過ごしたのか、それを考えてよ!!! お願いだから・・・お願いだから、エリの気持ちを台無しにしないでよ・・・。」


 リョウコの涙を見て、私はまた、自分の愚かさを思い知らされます。

 自分だけが不幸のどん底のような顔して、何をやってるのかと。今渡されたノートの大切さにまったく気がつかない自分は何と愚かなのだろうと・・・。

 そして、私は何故全部を諦めているのだろうかと気がつくのでした。


 『まだ、一生逢えなくなったわけじゃない・・・。』


 このころの私たちは、目に見える今がすべてでした。

 将来についても、漠然としたものはあったかもしれませんが、それは自分たちで考えるよりも、周りの大人たちがそういうのだから、そういうものなのだろうという、その程度の認識しかありませんでした。

 この時代の恋が、そこに生きる私たちのすべてで、その出逢いは一生のもので永遠に続くのだと、青臭い感情しか持たない私たちは、本気でそう信じていたのです。


 だからこそ、その別れは永遠を意味しているという、そんな幻想に囚われてしまったのです。


 『でも実際はそうじゃない。』


 もしかしたら、高校を卒業するころには、あるいは成人した時には・・・。

 何年かかるか分かりませんし、どうなるのかもわかりません。

 けれども、まだまだ永遠に逢えなくなるわけではないと、そこに気が付いたのです。

 エリは私を永遠に愛すると言ってくれました。なら、私も彼女を思い続け、再会の時まで待ち続ければ良い。

 頑張れば連絡だってとれるかもしれない。まだインターネットも携帯もポケベルも一般的ではなかった時代ですから、簡単なことではありませんでしたが・・・待つことも、連絡を取る手段を考えることも、それがどれだけ大変なことかなど、その時は関係がありませんでした。

 それしかないと、そう思ったのです。


 「リョウコ、ごめんな、本当にありがとう。 しっかりしないとな。アイツの負けず嫌いを見習わないとな!

 なんていうか、俺は本当にダメだな。リョウコには本当にいつも迷惑をかけてばっかりだ。」


 「あはは。 それが渡辺だから仕方ないよ。」


 そう泣き笑いの顔で見上げるリョウコを見て、私はまだ折れるわけには行かないと、決心を固めるのでした。





 家に帰り着いた私は、リョウコから渡されたエリのノートに向き合います。

 表紙には、エリの字で「日記」と書かれていました。

 私はその文字を・・・、何故かとても愛おしく感じ・・・、何度も何度も指でなぞるのでした。

 そして、私はその愛おしい気持ちを保ちながら、ノートを開きます・・・。








■3月○日

 戻ってこれた。

 折角だから、記念に日記を書こう。

 私は強い。だから弱音はいわない。

 弱音は全部、日記に書こう。


 正直、あの男は私が邪魔なんだろう。

 けど、ママにはもう、ママの幸せがある・・・。私が居たら邪魔になる・・・。

 もう、ここしか私の居場所はない・・・。

 リョウコのお父さん、お母さんには本当に感謝しかない。あの人達が居なかったら、私がこの家で一人で住む事なんて、許されなかった、きっと。

 中学だけは、こっちで卒業したい。けど、あの男は、きっと私を早く帰したいだろう。

 幸い、新しい女の所で暮らしているから、私は自由だ。

 大丈夫、隣にはリョウコもいる・・・。リョウコのお父さん、お母さんだって優しい。

 それに、私は強い・・・。大丈夫、私は強い。

 ひとりだって、全然大丈夫・・・。


■4月○日

 無事に入学式終了。

 良かった、リョウコと同じクラスになれた。心強い・・・、本当に心強い・・・。


 それに、ユキちゃんが居た!

 驚いた、あのユキちゃんだ。

 机の名札を見たとき、もしかしたらと思ってた。

 これは運命なのかもしれない。ユキちゃんは、私がつらいと、いつも助けてくれる・・・。

 ユキちゃんは、当たり前だけど、大きくなっていた。たくましくなっていた。

 顔も・・・、正直好みとは違ったけど、けど、少しカッコイイと思う。

 リョウコは普通じゃないかなと言っていた。そうかもしれない。思い出のぶんだけ、よく見えるのかも?

 でも・・・、ショックな事もある・・・。

 ユキちゃんは、私のことをまったくおぼえてない・・・。

 たぶん、あの約束も忘れちゃってるんだろうな・・・。


■4月○日

 たぶん、私は渡辺に嫌われてるのかもしれない。

 無理矢理、学級委員にしたせい?

 でも、私だってなったんだから、おあいこじゃないか。

 別に、私も異性として見てほしいわけじゃない。でも、友達にはなりたい・・・。

 一人はイヤだから・・・。

 一人は寂しから・・・。


■4月○日

 渡辺の好みは、私よりもリョウコみたいだ。

 なんか、腹が立つ。

 約束もおぼえてないし、昔とは全然違うかもしれない。

 あの滑り台で助けてくれたユキちゃんは、本当に私のヒーローだった。

 当時、いじめられて一人でいた私を、守って、強くしてくれた。


 でも、もうあの時のユキちゃんと渡辺は別人なんだろうな・・・。


■4月○日

 何人かの友達が出来た。

 鷲尾タカコと金丸シズカ。

 二人とも、可愛くて優しい。

 男子にも仲良くできそうな子がいる。

 特に藤本という男子は、気兼ねなく話してくれる。

 ちょっとなれなれしいけど・・・。

 きっと、仲良くなれる。

 もう、私は一人じゃない。


■5月○日

 今日行ったお城跡、広くて景色がきれいで良いところだった。

 みんなでご飯を食べるのは、やっぱり楽しいね。

 いつか、みんなでこの桜を見に行こう・・・。

 そう出来るようにがんばろう・・・。


■5月〇日

 週末、渡辺を呼んで三人でご飯を食べることにした。

 服はどうしよう・・・。

 部屋は金曜に家政婦さんが来てくれる。

 料理もお願いしたいけど、リョウコに頼んだ方が美味しいから、それはいいか。

 ちょっと怖い・・・けど、やっぱり楽しみ。


■5月〇日

 本当に楽しい一日・・・。

 こんな日が毎日だったら、どんなに幸せだろう・・・。

 私はもっと積極的にならなければいけないのかも。

 次は、ほかのみんなも呼んでみよう。

 人数は多ければ多いほど楽しい。

 そうやって、私のさびしさなんて、分からなくしてしまえ。

 私はだいじょうぶ。私は強い。

 今だって、さびしくない。さっきまでを思い出せば、さびしくない・・・。





 「うっうっううう・・・、なっ、なんだよこれ・・・・、エリ・・・・エリ・・・。」


 そこに書かれていたのは、私が見てきた彼女とは全く違う・・・・ひたすら孤独と戦う、ただのか弱いひとりの少女の姿でした・・・。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ