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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
最終章
58/85

59 「約束・・・守ってね」

 時の流れが速いという事をまったく考えもしなかったこの時代・・・。

 私達は、自分たちの幸せな生活に終わりがあると言う事を想像も出来ませんでした。

 いや、あるいは、その苦しみや悲しさを、ただ一人だけが知り、心に封じ込め、あがき、もがき続けていたのかもしれません・・・。

 そして、その運命に抗うには、私達はあまりにも幼く・・・無力でした・・・・。





 一学期も残りわずかとなり、もう夏休みが目前となった頃、私はエリから呼び出しを受けていました。


 「今日・・・、大事な話があるの。 うちに来てくれる。」


 思えば、昨年の修学旅行より帰った頃から、エリの様子は何となく変でした。

 みんなと一緒にいる時はいつも通りなのですが、ふと会話が途切れたり、教室で一人の時など、その顔は何となく憂鬱そうで、寂しげでした。それに気がついた私が問いかけても、「何でもない!」と、いつものお人形さんの様な笑顔ではぐらかされてしまいます。


 『何か、悩んでるんだろうか・・・。』


 そう思っていた矢先、私はエリから二人だけで話がしたいとの相談を受けるのでした。

 そして、エリの部屋でいつものようにベッドに腰を降ろした私の隣で、エリは信じられない言葉を口にします・・・・。


 「ユキ・・・。 私、引っ越す事になったから・・・。」


 「は? 引っ越す? 冗談だろ? 三年のこの時期にか?」


 「うん・・・。 冗談じゃなくホントの話。 もう、学校の手続きは全部済んでる・・・。」


 「どこに引っ越す? いつの事だ?」


 「遠いところ・・・・。 私がここを離れるのは、多分来月の二十日になると思う・・・。」


 「二十日って・・・、あとひと月足らずじゃないか!!!! 何で急に!!! どういう事だよ!!!」


 「仕方がないのよ・・・。」


 「俺たちは? 俺たちはどうなるんだ? それで終わりなのか?」


 「たぶん・・・。 もう会えなくなる・・・・。」


 「そんな事・・・・そんな事、納得できるか!!!!」


 「私だって・・・・、私がこんな事、納得していると思う?」


 その時のエリの表情は・・・・とても忘れる事が出来ない程、苦悩と悲しみに充ちていました・・・・。


 『当たり前だ・・・。少し考えれば分かる事だった・・・。 コイツを責めてみても仕方がない・・・。俺だって、もし明日にでも何処かに引っ越すとなれば、反対なんか出来る訳がない・・・。それは俺たちが親の禄を食む身分だからであり、未成年だからだ・・・。

 そもそも、コイツが辛くない訳がない・・・・。今なら自惚れじゃなく断言できる。コイツは俺と離れる事がどんな事よりも辛いはずだ・・・。俺だってそうだから・・・。

 それだけじゃない。

 他の仲間達とだって・・・。リョウコとだって、鷲尾とだって、金丸とだって・・・・エーちゃんや藤本、新しく加わった内山や山口とだって離れたくないはずだ・・・。

 そんな仲間のために、本気で怒って、泣いて、傷付いてきたコイツが、アッサリとそういうものを捨てて、この街を出ていける訳がない・・・。誰にも相談できず、たった一人で苦しんで悩んだ末に出した結論なんだろ・・・。』


 「ユキ・・・。これを私の最後のワガママだと思って聞いて・・・。 私を、気持ちよく送り出してほしいの・・・。」


 『・・・。なんで、コイツはこんなに苦しむ必要がある。

 コイツの親は何考えてやがるんだ!!! いつもいつもいつもいつも、こいつをひとりぼっちにして、散々寂しい思いをさせて、その上、大切な仲間まで奪うのか!? 親って言うのは、子供の幸せを一番に考えるもんじゃねえのかよ!!!!』


 「ユキ・・・・。 お願い・・・。」


 「分かった・・・。 正直、お前がいなくなった後の事なんて想像出来ない・・・。 俺自身、どうなっちまうのかも分からない・・・。 けれど、お前が今いるこの時間は、お前がいなくなるその時までは・・・・、最高の想い出になるように頑張るよ・・・。」


 「有り難う・・・。」


 「・・・・。」


 「ユキ・・・。」


 「なんだ?・・・・」


 「好きだよ、ユキ・・・。 私はユキの事が大好きだよ・・・。」


 私は、この悲しい姫様を、抱き締めずにはいられませんでした・・・・。


 『すまん、エリ・・・・、俺は何の力にもなってやれない・・・・。』


 「エリ、引っ越しまでの間に時間が取れるか? 特に引っ越しのギリギリの日はどうだ?」


 「多分大丈夫だと思う・・・。」


 「よし! それじゃ、その日はデートしよう! 今までに無いようなトビッキリの日にしよう!

 そうだ、夢の国の遊園地はどうだ!? 朝から一日、楽しく凄そう!!!

 だいぶん遅いけど、二回目の誕生会だ! きっと楽しいぞ~!!!」


 「面白そう! 分かった! 絶対に行こう! 約束だからね! もしやぶったら、殺すからね!」


 その帰り道・・・・、私は涙が止まりませんでした・・・・。


 『これは夢なんじゃないか・・・・明日になったら、アイツは冗談だって笑ってくれないだろうか・・・。』


 そして、茫然自失の時間は過ぎ、一学期も終わりを告げ、夏休みを何だかんだと忙しく過ごした間にエリとの最後の日がやってきました・・・。

 その間、毎年のようなエリからの呼び出しは全く無く、私は本当に久々に、エリと会うことが出来ました。

 この日、朝早く駅で待ち合わせた私は、エリの姿を見た瞬間、心を奪われました・・・。 エリはうっすらと化粧をし、いつも以上にオシャレな服装で私の前に立っていました・・・。


 「かっ可愛いな・・・、ホントに綺麗だ・・・。 驚いた・・・。」


 「ば~か! ねえ、早く行こ!」


 早朝から現地に到着した私達は、開園の時間を待っていました。

 当日は夏なのに気温がとても過ごしやすく、私達は互いの手を握りながらピッタリと寄り添ってその時間を待っていた事を思い出します。

 そして、開園と同時に園内に入った私達は、今までの遊園地とはまったく違って見えるその世界に、非常に心を躍らせます・・・。


 「すご~い!!! 見て!!! あれがお姫様のお城じゃない!?」


 「ああ・・・・。それにしても、広いなあ・・・・。」


 現在とは料金体系が変わってしまいましたが、この施設が出来て間もない頃は、入場チケットとアトラクション券は別々になっており、チケットはそれぞれ「Aチケット」、「Bチケット」、「Cチケット」、「Dチケット」の四種類に分かれておりました。

 それぞれ、利用できるアトラクションが決まっていましたので、私達は限りある時間とチケットを有効に使うため、案内図を見ながらアトラクションを吟味した事が思い出されます。


 最初に乗ったアトラクションは、「空飛ぶぞうさん」でした。

 選んだ理由は大したことはなく、たしか「一番空いていたから」とか、そんな理由だったと思います。


 「あれ!!! なんだこれ!!! 下がったまま上にあがらねえぞ!!!」


 「ホントだ! あははは! 私達だけ一番低いよ! ユキ、こんな時までクジ運悪いわねえ! あははは!」


 「って、俺のせいかよ!!!」


 その後、 私達は「おもちゃの国」の列に並びました。 順番が来て乗ったボートで、私達はオモチャの国に旅立ちます・・・。


 「見て見て! 可愛い~・・・。 凄いね! ほら、あっちも!」


 「これは・・・何だか不思議な気分だな・・・・。 こう言うのを「幻想的」って言うのかな・・・。うん、なんだか良い気分だ!」


 アトラクションを幾つか回った私達は、その園内の雰囲気を堪能するため、しばらく二人で手を繋ぎながら歩きます。

 エリはしきりに写真を取り、私もエリの姿を写真に納めてやります。途中、すれ違う人に頼んで、二人で撮って貰ったりもしました。

 ただ、残念ながら・・・・、私はこの写真を見る事はありませんでした・・・・。

 その時、すれ違う人、すれ違う人が、あの例のネズミさんの耳がついた帽子を被っており・・・・。


 「ねえ、あれ、どこに売ってるんだろうね!?」


 「その辺のお土産屋にあるんじゃねえかな・・・。 う~ん、ここが一番近いな。 行ってみるか?」


 当時、園内では紙製の帽子にプラスチックで出来た耳のついたこの「耳付帽子」が定番のお土産になっていたようで、私達も早速、紺色と赤色の二色を購入します。 すると、その場でミシンの名入れをしてくれました。

 エリはいつも以上に可愛らしい笑みを浮かべながら、嬉しそうにその帽子を被っていました。


 「似合ってるぞ。 凄く可愛いよ。」


 「そう? でも、ユキはあんまり似合ってないね。 なんだか妖怪みたいだよ!? あははは。」


 「妖怪って・・・。 食うぞ! コノヤロウ!!!」


 「あははは!」


 そんな事をしているうちに、あっという間に昼の時間になりました。時の流れとは速いものです・・・。

 実はこの施設は当時の遊園地には珍しく「食べ物の持ち込み一切禁止」という触れ込みで非常に話題になっていました。

 なので、私達も素直に、園内にある食事処で食べる事にしました。


 「あれ?・・・・。 このポテト、塩味がついてないな・・・。」


 「たぶん、このケチャップで食べるんじゃない?」


 「う~ん・・・。 何かイマイチだな・・・。 アメリカ風なのかな?」


 「うん、たしかにあまり美味しくないね・・・。 でも・・・」


 「でも?」


 「二人で食べれば、何でも美味しく感じるよ・・・。きっと、これは世界で一番美味しいポテトだよ。」


 「・・・・。(そんな事言うなよ・・・・。せっかく我慢しているのに、泣いちまうぞ・・・。)」


 「どうしたの?」


 「いや、やっぱり美味いよ、このポテト!」


 午後一番に乗ったアトラクションは「海賊船」でした。


 「ぶっひゃああ!!! つっ冷めてええ!!!」 


 「あははは! 先頭だから思い切りだね! あははは!」


 最後のチケットで入ったアトラクションは、エリの大好きなホラー系「幽霊マンション」でした。

 アトラクション内に入った私達は、まず大広間に通されます。その扉が閉まると、壁と一体化し、出口が無くなったように見える寸法です。


 『雰囲気あるな・・・。』


 その時、まるでブレーカーが落ちたように、園内が真っ暗になります。

 最初は演出かと思ったのですが、どうやらそうではないらしく、トラブルでも起きたようでした。

 エリはそれが怖かったのか、私に抱きついていました。

 私も、暗闇の混雑の中、エリを見失わない様、しっかりと抱きしめます。

 しばらくして、「その場で今しばらくお待ちください」との放送が入り、ようやく灯りが戻りました。


 「エリ、もう大丈夫だぞ。」


 「・・・。」


 「エリ・・・。」


 エリは私の胸に顔を埋めたまま、ただただ力強く、私にしがみついてついていました。

 私は自分の感情が崩壊するのも押しとどめながらも、エリが消えてしまわないように・・・、列が移動を始めるまで、しっかりと離しませんでした・・・。


 「あんまり恐くなかったねー、あはは!」


 「そっそうか、俺はまあまあ恐かったけど・・・、まあでも何か不思議な感じで面白かったな。」


 「ちょっと待ってて、トイレで口紅だけ直してくるから!」


 「ああ・・・。」


 『・・・・。 今日で本当に最後になっちまうのか・・・。 全然実感が湧かねえ・・・。』


 私は、それが本当に最後になるという実感がもてないでいました。

 今ここに、実体のある彼女に触れ、感じる実感は、確実に存在するもので・・・。

 そんな事を考えて、座っていた私は、恐らく余程の悲壮感を漂わせていたのでしょう・・・。気がつくと、いつの間にかこの施設の看板キャラクターであるネズミさんが、私を慰めてくれるつもりか・・・、目の前に立っていました。 恐らく、この辺りに彼らの出入り口があるのでしょう。

 ネズミさんは、私に話しかける仕草をすると、その反応が私から感じられなかったためか、目の前で踊り出します・・・。


 「・・・。(なんだこりゃ・・・。頼むから、ほっといてくれ・・・。)」


 すると、いつの間にか、ネズミさんの恋人?のネズミ子さんもやってきて、二人で何やら相談を始めます。

 次の瞬間、二人は手を取り合って、クルクルと踊り出し、私を励ましている様でした。


 『流石に、夢の国って言うだけあるな・・・。 徹底してるわ・・・。』


 「あっ! ネズミさんにネズミ子さんじゃない!!!! あはは!」


 化粧直しを終えて出てきた姫様は、そう無邪気に喜ぶと、二人?と一緒に踊り出すのでした。

 私は思わず・・・、その可愛くも美しく、可憐な彼女の姿を見て、姫様から預かったカメラを、無意識に向けていました。残念ながら、その写真を見る事はありませんでしたが・・・。


 「ユキも一緒に踊りましょうよ! ほらほら!」


 「ええっ!? 俺もかよ! 俺、踊りなんて出来ないぞ!」


 「良いから良いから! ほら、早く! あははは!」



 二人で過ごす時間はあっという間に過ぎ・・・・、私達は名残惜しむように、遅くまで施設入り口のショッピングモールでお土産を漁っていましたが、いよいよ帰宅となりました。

 電車内でも、今日一日の事で盛り上がりながら、楽しい時間を過ごします。

 この時の私は、以前の遊園地の帰り道で思った以上に「頼む、時間よ止まってくれ!!!」と真剣に祈っていました。

 しかし、私の願いも虚しく・・・、私達は無常にも駅に着いてしまいます・・・・。


 「送っていくよ・・・。せめて家まで。」


 「ねえ・・・。ユキの家の側に公園があったでしょ? 少し遠回りになるけど、ちょっと寄って良いかな。」


 「公園? ああ、良いけど、何にも無い小さな公園だぞ? 良いのか?」


 エリは無言で頷きます。

 私達は、少しでも長く一緒に居られるように、その時の流れを少しでも遅くするように・・・・、二人で手を繋ぎながら、ゆっくりと歩いていきました。


 目的の公園に入り、ベンチに並んで座ります。

 そこで、私達は今までの出来事を懐かしく語り合いました。

 本当なら、もう私は涙の我慢が出来ませんでした・・・。しかし、エリが笑顔で泣かない以上、私は泣く訳にはいきませんでした・・・。


 「楽しかったね・・・。」


 「ああ、楽しかった・・・。 本当に・・・。」


 「ここはね、私の大切な場所なの。」


 「え? お前、ここ知ってたのか?」


 「うん。ここでね、昔、私は一番大好きな人と約束をしたの・・・。」


 「約束?・・・。」


 「そう、約束。あの約束は、まだずっと有効だよ? だから・・・。」


 「?・・・・。」


 「だから、絶対に守ってね、ユキちゃん・・・。」


 「ユキ、ちゃん?・・・。」


 「約束・・・守ってね。」


 最初は何を言われているのか分からなかった私ですが・・・、ここに来て、ようやく思い出すことが出来るのでした・・・。


 「ここで約束? ユリちゃん?・・・。 違う・・・そうか、エリちゃん! お前、エリちゃんだ!」


 「あんな約束までしたのに、名前間違えて覚えるとか、普通ありえないからね・・・、馬鹿・・・。」


 そうなじるエリの顔は、これまで見たどんな笑顔よりも、悲しい笑顔でした・・・。


 『俺は・・・俺はなんて馬鹿だったんだ・・・・。』


 もう、私は言葉を発する事が出来ませんでした・・・。

 もし一言でも言葉を発すれば・・・、多分感情が決壊して、涙を止める事が出来なかったでしょう・・・。


 「そろそろ、行こうか。」


 それを察したように発したエリの言葉に促され、私はエリを家まで送ります。

 その間も、何も言葉を掛けられず・・・、エリもまた無言で、ただただ、お互いの手を、痛いほど握りあうだけでした・・・。

 そして、そんな時間もあっという間に過ぎます・・・。


 「ねえ、ユキ・・・。 私の最後のお願い、聞いてくれる?」


 「なんだ?・・・。」


 「私を・・・」


 「・・・・。」


 「私の事を絶対に忘れないで・・・。 もし忘れたら・・・・殺すからね!」


 そう言いながら、エリはあの美しい顔にこれ以上無い笑顔を浮かべ、私を見ていました・・・。


 「忘れるもんか・・・。 お前みたいな女、忘れたくたって忘れられねえよ・・・。 一生、忘れられるもんか・・・。」




 ― ・・・・




 それが、エリと交わした最後のキスとなりました。 悲しいキスでした・・・。


 「ユキ、愛してる、誰よりも、一番愛してる・・・。愛してる、これからもずっと、ずっと永遠に・・・。」


 「俺だってだ、俺だってお前が俺を思ってくれる以上に、凄く愛してる。 死ぬまでずっとだ!」


 「あはは、それじゃ私には勝てないわよ、ユキ!」


 「なんだそりゃ!? 勝ち負けなんてあんのかよ!?」


 「あるわよ、私は永遠だもの! ここで良いわ。 じゃあね、ユキ! 元気でね! バイバイ!」


 エリはまるで、いつも通りの明るさで、いつものデートの後のように、元気よく、私の前を去って暗闇に消えていきました・・・・。

 そしてこれが・・・・、私がエリを見た最後の姿となりました・・・。


 『あいつ・・・・。 意外とアッサリしてたな・・・。』


 エリの明るさに引っ張られたせいか、私はどうも実感が湧かず・・・、これで終わりになるなんて事は夢なんじゃないかと思い始めていました・・・・。




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