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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
最終章
55/85

57 「マニア」

 世の中には様々な趣味を嗜好する方々が居ますが、これは思春期の年代である少年、少女も違いはなく、人それぞれ、様々な趣味を有するのでした。

 この趣味も度が過ぎると、いわゆる「マニア」なんて呼ばれてしまう訳ですが、その「マニア」という言葉が頻繁に使われるようになりましたのも、丁度この頃だったように思います。


 しかし、私が思いますに、このマニアの定義のひとつであります「度が過ぎる趣味」なんてものは、みんな必ずひとつは持っているもので、それは他の人間から見ればまったく価値観の分からないものであり、「自分の理解出来ない趣味を有する人間=マニア」という考え方は、ある意味「目くそ鼻くそ」なのでは?とも思ってしまう訳です。


 例えば、身近なところで例を挙げますと、「ネジ飛び姫」は周知の通り「オカルトマニア」であり、愛読書は「某下駄をはいた少年妖怪の漫画」と恥ずかしげもなく公言する程、妖怪やら幽霊やら、魔術やら占いやらが好きな、ちょっと・・・いや、大変かわった女子でした。


 その他にも、当時の女子としては珍しくゲーム好きで、トランプや人生ゲームなどのアナログなものから、当時誰もが持っていたファ○コンなどのテレビゲームも結構好きでした。

 当時、持ち歩ける携帯ゲームが誕生したばかりの頃で、コードでつないでプレイするブロックゲーム、テ○リスが大流行でした。新しもの好きの私が苦労して手に入れると、「私もやりたい!」と、その足で中学生には大金である一万数千円をポッと払って購入してしまった事には、当時驚かされたものです・・・。

 しかもテ○リスの上手いこと上手いこと・・・。結局、私は一度も勝つことが出来ず、お陰で基本的にゲームが下手くそな私も、この時に鍛えられたせいか、テ○リスはそこそこ上手くなりました。

 そうそう、当時大人気だったドラ〇エが原因で、大喧嘩になった事もありました・・・。


 まあ、それはさておき・・・。

 その他にも、リョウコはある意味「お料理マニア」であり、そのレシピと腕前は当時から大人顔負けでした。

 リョウコの料理に対する勉強っぷりは徹底しており、例えば私達が集まって、特にやることもなくテレビなどを見ていますと、時たま五分程度の料理番組が始まったりするのですが、恐らく無意識なのでしょう。リョウコは自然とその辺にある紙やらチラシやらをとって、手元も見ずにメモを取り始めるのでした。

 それがほぼ毎度の習慣で、良くリョウコの料理ノートを見せて貰ったのですが、如何にも女子らしく綺麗に整頓されていて、リョウコの綺麗な字で見やすく色分けされており、可愛らしいイラストが添えられていたり、雑誌やら新聞の切り抜きが、これまた綺麗にスクラップされていました。

 本人曰く、「こんなふうにしてたら癖になっちゃって、気がついたら五十冊ぐらい溜まっちゃった。」との事・・・。


 エーちゃんは厳つい顔に似合わず、小学生の頃から始めた「酒瓶のフタ」集めを辞める事が出来ず、コッソリと未だに続けている「フタマニア」なのでした。

 当時は私も牛乳のフタやら酒瓶のフタを集めていましたが、小学校も高学年になると、何処へやったのかも思い出せない状態だったのですが、変なところで几帳面なエーちゃんは、それらを綺麗にコレクションして、そのまま捨てられなくなってしまったようです・・・。


 鷲尾はその男前の性格に似合わず、意外と女の子で、実は「ヌイグルミマニア」でした。

 私が以前、鷲尾宅に遊びに行った時にも、結構な量が部屋のあちこちからベッドの上まで所狭しと飾られており、その意外さにビックリしたものです。

 後でコッソリ金丸に聞いた話ですが、鷲尾はなんでも、所有しているヌイグルミ全部に名前を付けているのだとか・・・。いや、まあ、別に悪くはないのですが、鷲尾だけに・・・ねえ・・・。

 そんな趣味があるなら、普段からもっと女の子らしくしていれば、そもそも顔やスタイルは悪くないのだからとも思うのですが・・・、それはそれで、らしくなく気持ち悪いのかもしれません・・・。


 そんな金丸は「少女漫画マニア」でして、その影響で、私も普段でしたら絶対に目にする機会のない「フランスの薔薇的な物語」だとか、「ハイカラなお姉さんがまかり通りますよ的な物語」などを、この金丸経由で読む事になります。

 どうも金丸の当時の夢は「漫画家になること」だったらしく、実際に絵を描かせたらクラスの中で右に出るものは居ないぐらいでした。

 また、オリジナルの漫画も描いておりまして、私も何度か読ませて貰ったのですが、これが結構面白かった事を思い出します。

 特にネズミの盗人が主人公の「ねずちゃん」シリーズは、もう一度読みたいぐらい面白い漫画でした。


 藤本は「女マニア」という事で放っておくとして・・・・。


 新メンバーの「内山」は、所謂「鉄道マニア」でして、コイツは時刻表を小説のようにスラスラと読める特技があり、当時の私にはサッパリ分からなかった路線やら時刻などを、どこどこに行きたいと内山に相談すれば、瞬時にルートと時刻、金額、ホームの番号まで教えてくれるという、大変便利な存在でした。当時、私が姫様とデートする時に、どの様に出掛けるかをたまたま相談した事でこの事実が発覚したのですが、以後、彼のこの能力は、仲間内で大変重宝される事になります。


 とまあ、人の趣味はそれぞれでして、所謂「マニア」と呼ばれるまでに特化する人々は、意外と他人事ではなく、結構身近な存在なのでは?と思ってしまう訳です。

 勿論、その「趣味」には、人様の役に立つもの、立たないもの、若干迷惑なもの・・・・等々、それぞれな訳ですが・・・。



 私のクラスメイトに「田中ノブヤス」という男子がいました。

 身長が高く、その割には非常に軽量で、所謂「ガリガリ」の体型をしており、例の姫様に足を壊されて辞退した体育祭の組み体操では、身長から言うと土台である筈の彼の代わりに、私が土台をやらされる程、つまり「運動が苦手」のタイプでした。

 その代わり、勉強の方はなかなかのもので、それ以上にやたらと「物知り」なヤツでして、今風に言えば「雑学王」とでも言うのでしょうか。とにかくウンチクが凄い男子でした。

 そのためか、一部の男子には結構仲の良いものも居ましたが、基本的にはそのイヤミな性格から疎まれており、また、「根っからの風呂嫌い」と自ら公言するぐらい、若干不潔感のあるヤツだったために、女子からは軒並み嫌われておりました・・・。


 ところで、この当時、たしかテレビのコマーシャルで「光ってますか? 天使の輪」なんてフレーズが流行っておりましたが、我がクラスには、「二大天使の輪」と呼ばれる人物がおりました。

 その一人は、「ネジ飛び姫」で、コイツのサラサラに長いストレートの黒髪は、いつも手入れが行き届いているせいか、光沢が凄く、結んでいない時は、いつも「天使の輪」が目立っておりました。

 もう一人が田中であり、彼は男のくせに、当時珍しい長髪であり、しかも、いつも洗われていないせいでワックスの様な光沢があり、実に不自然な「天使の輪」が光っているのでした・・・。

 さしずめ、当時流行っていたお菓子になぞって、ネジ飛び姫が太陽光にてらされて黄色く光る金の輪っかを持った「金のエンゼル」だとしたら、田中はなんだか白っぽい銀の輪っかを持った「銀のエンゼル」と言ったところでしょう。

 この事をからかいを込めて話題にすると、姫様本人は大変気にしているようで、「あんなのと一緒にすんな!」と、本気で怒り出すこともしょっちゅうでした。

 まあ、金のエンゼル一枚はともかく、あんな銀のエンゼルが五枚(五人)もあったら、いくらオモチャの缶詰を貰っても困る訳ですが・・・。


 しかしそんな田中ですが、私はそれ程嫌いではなく、むしろ「いろんな事知ってんだなあ・・・。」と、変に尊敬の気持ちを持っている程でして、比較的、話をする事も多くありました。

 勿論、その性格のせいで、話していると腹の立つ事も多々あったのですが・・・。




 そんなある日の事・・・・。

 まあ、この年代の男子であれば、ほぼ全ての方が経験した事があるのではないでしょうか。 所謂、「女子に点数を付ける」という、何とも失礼千万な行為を・・・。


 当時の私達も例にもれず、似たようなことをやっていた訳ですが、その時は私たちとは別のグループの男子たちが、当時秘密の話をする定番の場所が、屋上へ向かう階段の踊り場で数人が集まり、おもむろに小声で、クラスの女子に点数を付け始めるのでした・・・。


 私はといえば、そんな事が分かれば、絶対に半狂乱になって怒り出すであろう御方と、既に深い仲になっておりましたので、下手に関わり合いにならぬよう、一刻も早く、その場を立ち去りたかったのですが、如何せん、興味本位には勝てず・・・、結局、そのグループの男子にばれないように、下から姿が見えない様な位置にコッソリと隠れるように座り、みんなの話を盗み聞きするのでした。。


 「う~ん、鷲尾なんかどうだ?」


 「あ~、あれは顔はまあまあだけどなあ・・・。デカイからなあ。 60点ってとこじゃねえか? 性格はサバサバしてるけどなあ。乱暴だし。」


 『お前ら、エーちゃんが居なくて良かったな・・・。瞬殺されてるぞ。 というか、何て失礼な会話だ・・・。本人が聞いても暴れ出すぞ。』


 「っていうか、あいつって兼末と付き合ってんだろ? あいつおっかねえから、近づかない方が良いぞ。 そういや、鷲尾といつも一緒にいる金丸は? アイツはどうだろう?」


 「金丸は少し丸っこいけど、結構可愛いほうじゃねえかな。大人しくて、いつもニコニコ愛想が良いし、70点行くだろ?」


 『妥当な評価なんだが・・・、あの仲良し二人組に点数の差がついてるだけで、なんだか怖ええ・・・。やっぱり早々に退散した方が良いな、これ・・・。』


 「成海はどうだ?」


 「ああ、あれは駄目だろ。 顔は良くても性格がヒドすぎる。 40点だな、ありゃあ。渡辺も、よくあんなのの言いなりになってるよ。俺ならいくら顔が綺麗でも、あれは嫌だな。ホントは渡辺もたいしたことねえんじゃねえの?」


 『いや、まあ、ある意味正当な評価なんだが。それにしても、アイツがコイツらから低く評価される事には、思ったより腹が立たないな。なんでだろ?

 そんな事より、馴れ馴れしくされるほど、俺はお前らのこと良く知らねえよ! 今この場で、お前を赤いドロ人形にしてやろうか!』


 「俺はやっぱり石崎が良いなあ。顔といい性格といい、完璧だろ、あれは。」


 「そりゃあ、100点だろ、絶対。」


 「ああ、間違いねえな。 90点より下がる事はねえよ。マイナス要素っていえば、いつも成海とか渡辺がくっついてることだけだろ。あいつら、ほんと邪魔だよな。」


 『さてと・・・、全部で八人か。よし、今この場で皆殺しにしよう。赤いドロ人形にかえてやろう! っていうか、少なくても俺がいなくったって、お前らには絶対に縁のない御方だからな、このタコども!』


 「田中もそう思うだろ?」


 「いや、俺は石崎なら70点だな。」


 「そっそうなんだ。」


 『田中、何様だ、お前は。 というか、その三十点は何の減点なんだ? むしろそこが興味津々だ。』


 「へえ・・・。じゃあ、山口なんてどうよ? あれも結構可愛いだろ? 俺なら80点つけるな。」


 「あ~山口? ああ、あれなら28点だろ。」


 『山口で赤点なのか・・・。アイツは男子には人気があるのかと思ってたんだが・・・。しかし田中、凄いなお前、なに? 王子様なの?』


 「なんで? 山口って可愛いじゃん、なんかエロいし。」


 「いや、俺はああいう頭の悪い軽そうな女は嫌いだな。不潔な感じがする。」


 『うん、なんか言いたいこと凄・・・なんとなーく分かるんだけど、今だったらお前、藤本に殺されるからな。あと、お前が不潔とか言うなよって突っ込みは、間違いなく女子全員から入るからな。』


 「ちなみに、お前的には、成海みたいなのはどうなの?」


 「成海? 5点じゃないか?」


 『エリ、喜べ。 田中くんから「五点」の評価をいただいたぞ。 ある意味、一番だぞ! ワーストだけどな・・・。』


 結局、この田中という人間はこういうヤツでして、自尊心が強すぎるというか、自意識過剰というか・・・。ただ、この田中が姫様に極端に低い評価を出したのには、いくつか思い当たる節がありました。



 話は少し遡ります。

 その日、私は例の如く、いつものメンバーと教室の片隅でくっちゃべっておりました。


 「まったく、あんたらが変な事を内山に吹き込むから、シズカが凄く迷惑してんのよ! 分かってんの!?」


 「変な事ってな失礼だな、おい。 俺は内山の相談に乗ってやっただけだっての。

 なあ、エーちゃん?」


 「そうそう。 大体、今時こんなもの普通だろうよ。 別に背中に昇り龍背負わせた訳じゃねえんだし。」


 「はあ!? あんたら下品コンビと内山を一緒にしないでよね!」


 「くそ、なんでシャツ一枚にここまで言われなくちゃならねえんだ・・・。」


 「成海、違うんだって、俺が渡辺達に頼んだんだよ。」


 「エリちゃん、もう良いよ。 それに、内山くん、結構似合ってるし・・・。」


 「そっそう? いやあ・・・!」


 「・・・・・。(わーっなに、この何でもプラスに変換しちゃうステキカップルは。)

 まあ、とにかくそう言う訳だから。 お前が騒ぐ程じゃねえだろ? むしろ良くやったねえ~って、褒めて欲しいもんだ。」


 「調子にのんな! この馬鹿!!!」


 「いてててっ! 耳ひっぱんなって!!!」


 「わっはっはっは!」


 「うおっ!!!!! 田中! お前、いつの間に!」


 この田中という男、どうも偏屈の割には寂しがり屋なのか、意外と周りの雰囲気とお構いなしに、いつの間にか会話に紛れている事が良くありました。まあ、ある意味もう一人クラスのはみ出し者だった清原(※「古都のしらべ」参照)と比べると、積極的な分、孤立はしなかったのですが・・・。

 しかし特に今回の様に、男子と女子が会話に交じるような場合は、高い確率で割り込んでくる訳ですが、どうもそれが姫様のカンに障ったようでして・・・。


 「あんた、なに勝手に盗み聞きしてんのよ!」


 「べっ、別に盗み聞きなんてしてないが・・・」


 「だいたいね、あんた女子に嫌われてるって自覚あんの!?」


 『うわっ・・・、何言い出すんだ、コイツ・・・。』


 「みんなに少しでも気に入られたいんなら、お風呂ぐらい毎日入りなさいよね! それと、髪の毛も毎日洗いなさい! あんたみたいな不潔な男が一番嫌われるのよ、分かってんの!?」


 『うわ~・・・、直球ストレート、まったくオブラート無しだよ・・・。 まあ、これで田中も、「触らぬ神に祟りなし」という諺を身をもって知っただろう・・・・。』


 これには流石の田中も恥をかいたと思ったのか、顔を真っ赤にして早々にその場を立ち去るのでした・・・。


 「お前、ホントにキッツイなあ・・・。 もうちょっと言い方があるだろうがよ。」


 「なんで? ハッキリ言ってあげるだけ、私は親切のつもりよ。」


 「はあ、そうですか・・・。 いや、まあそうかもね・・・。(しかし、俺がもし同じ事を言われたら、当分立ち直れないわな・・・。)」


 そうそう、そう言えばこんな事もありました。

 それはまた、別のある時の会話・・・。


 「この前よ、初めてビールって呑んでみたんだけど、ありゃ大して美味いもんじゃないな・・・。」


 「そうそう、俺もなめたけど、イマイチだったな・・・。」


 「お前らガキだなあ、あれぐらいで・・・。 俺なんざ、毎晩のように呑んでるぞ。まあ、最初は美味くない様に感じるけど、酒の味が分からないと大人になれねえな。」


 『チッ、このホラ吹き犬飼め・・・。「ホラ吹き」と書いて犬飼と読むんじゃねえか?』


 「ねえ、何の話してんの?」


 「ああ、良いところに来た、酒豪さん。」


 「しゅごう? しゅごうって何よ?」


 「大酒呑みの事だよ。」


 「はあ!? 誰が大酒呑みよ! この馬鹿!!!」


 「ぷっ! くっくっく。」


 「渡辺、あんた余計な事言ったんでしょ! ホント殺すわよ!!!」


 「いや~、俺はなんも言ってねえよ、ホント。っていうか、ここにいるやつは、みんな知ってるだろうよ。」


 「・・・・、ぷっ!」


 「あんたら、ホント殺すからね!!!!」


 「やあ、何の話してるんだい?」


 「おお、田中か。 いや、未成年にとって、酒は大して美味いもんじゃないなあって話だよ。」


 「へえ~・・・。 まあ、俺も酒は結構呑むけどね。 ジンとかウォッカとか。」


 「なんだそれ? ジン? ウォッカ? 犬飼、知ってるか?」


 「ああ、あれな! 知ってる知ってる! アレって美味いよなあ・・・。」


 『知らねえな・・・、絶対。』


 「なにそれ。 あんた、もしかして、『俺って酒が強い~。男らしい~』って自慢してんの!?」


 「へっへえ・・・。ジンとかって強い酒なんだ。 それにしても、お前、言い方きついぞ。もうちょっと柔らかく言ってやれよ・・・。(コソコソ)」


 「なんか、聞いてるだけで腹立ってくるのよ・・・。(コソコソ)」


 「べっ別に自慢なんて!・・・。 まっまあね。アルコール度数が高いんだよ。 大人の酒だな、あれは。それを割らないでストレートで呑むんだ、俺はね。」


 「ふ~ん・・・。(・・・っていうか、子供の酒ってあるのか?・・・。)」


 「バッカじゃないの! そんなの呑めたって全然カッコ良く無いわよ! くだらない自慢してカッコつける暇あったら、もっと違うところに気を遣いなさいよ!」


 『うわ~・・・・。もう露骨に毛嫌いしてんなあ・・・。 まさに水と油だな・・・。』




 そんなやり取りがあったもので、田中が姫様に低い評価を下すのは分かるのですが、それにしても、他の女子に対しても随分と辛口な評価です。

 ま、照れ隠しという理由も考えられるのですが、どうも田中の場合はそうではなく・・・・、かといって女子に興味がないかと言えば、その行動を見ても明らかなように、決して嫌いという訳では無さそうです。


 その原因を知る事になったのは、私がどういう経緯か、たまたま田中宅へ遊びに行ったときの事・・・。

 私は田中の部屋に一歩足を踏み入れて、その景色に度肝を抜かれるのでした・・・。

 そこは私が今まで見た事のないような空間で、壁や天井には、まるで少女漫画のヒロインの様な絵が描かれたポスターが所狭しと張られており、部屋一面にある本棚には、見事に漫画がギッチリとつまっておりました。ちなみに、私が産まれて初めて「コンピュータ」を直に見たのも、この田中の部屋ででした。


 『いや・・・、凄いなこれは。 何だろう、俺には無関係なのに、何故か俺が恥ずかしい気持ちになってきた・・・・。』


 そして、田中はその本棚から何冊かの漫画を取り出すと、私にそれを差し出し・・・


 「どうだ? 読んでみるか?」


 「ん? 何これ? 面白いの?」


 特別隠している訳でもなく、普通に本棚からとりだしたそれを見て、私は更に度肝を抜かれる事になります・・・。

 それはつまり、かなりエッチな漫画なのでした。


 「なっなんだこれ! お前、ただのエロ本じゃねえか!」


 「気に入ったら貸してやるぞ。 一冊100円で。」


 「しかも金とんのかよ! まっまあ、これは遠慮しておくわ・・・。

 そういえばお前、この間クラス女子の品評会やってたろ? あの時、こっそり盗み聞きしてたんだけど、みんなに辛口な点数付けてたよな、まさかのリョウコにも。

 でも、これ見ると、別に女に興味が無いわけじゃないんだな・・・。」


 「ああ、石崎は人間の女では、かなり点数高い方だよ。」


 「人間のって・・・・。 人間以外の女ってなんじゃらほい。(しかも、なんで上から目線で喋ってんだよ・・・。)」


 「ほら、このポスターの子とか。○○ちゃんとか、○○ちゃんとか。 現実の女よりも遥かに可愛いだろ?」


 「!?・・・。 いっいやいや!? 少なくても、リョウコの方が絶対良いだろ? というか、お前、大丈夫か?・・・。」


 「だって、石崎は人間だから、トイレにも入るだろ?」


 「はあ!? いや、まあ・・・、え!? そういうとこなの!? だって、お前これ絵じゃ一緒に遊びにも行けねえし、リョウコならご飯だって作ってくれるぞ!?」


 「何を言ってるんだ、渡辺・・・。」


 『あれー!? なんか俺が変なこと言ったみたいになってるんだけど、違うよね!? 違うよね!?』


 所謂、今風に言うと「二次元コンプレックス」とでも言うのでしょうか。

 この田中くんは時代を先取りしているようで、それ以上に驚いたのは、こういうちょっと人に言うのは恥ずかしい趣味を、まったく家族に隠そうとしない田中の思考は、私にはまったく理解不能の世界でした・・・。

 少なくても、当時の私達にとって「エッチな本」といえば隠すべき存在であり、仲間内でコッソリと回し読むような事はあっても、こんなに大っぴらにしているヤツを初めて見る訳でして・・・。

 しかも、この田中には年の離れた二人の妹までおり・・・、このやり取りの間にも、この妹たちはお客の私が珍しいのか、普通に田中の部屋を頻繁に出入りしているうえに、その同じ本棚から普通に漫画(普通の漫画と信じたい・・・)を持って行っちゃうぐらいで、教育上絶対に宜しくない事は明らかでした。


 とにかく、全てがカルチャーショックの連続で、私は軽いめまいを覚えながら家路についた事を思い出します・・・。




 それから数日後、姫様宅でタムロした時の事・・・。


 「エーちゃん、この前さ・・・、田中の家に遊びに行ったんだけどさ・・・。」


 「なんだ~? 田中? お前もなんだか付き合うヤツの幅が広いな~・・・。」


 「いや、アイツ凄えわ・・・。 実はこれこれこういう訳でさ・・・。」


 「うわっ、それは凄げえな・・・。 というか、見たまんま、暗いなあ・・・。」


 「っていうか、俺おかしくないよな!? 俺の考えのが普通だよな!?」


 「いや、そこに疑問持つなよ・・・。 どんだけお人好しなんだよ、お前・・・。」


 「いや、あの空間に居ると、自分を見失うんだよ・・・。エーちゃんも一回体験してみろ。」


 「ねえ、何話してんの?」


 「(しまった!・・・) いや、何でもねえ・・・。気にすんな・・・。」


 「なによ、気になるじゃない。 言いなさいよ!」


 「いや、ホントに何でもねえから、気にすんなって・・・。」


 「ふ~ん・・・。」


 そう納得して諦めたと思いきや、姫様は私の耳元で・・・


 「ユキ。あんた、言わないと”あの事”みんなにバラすわよ。(コソコソ)」


 「えっ、あの事!? あの事って!? (うわっ、なんだか分からないのに心当たりが多すぎて逆らえねえ!!!)」


 「せ~のっ!」


 「まった!!!! 言うから!!! 全部言いますから!!!!」


 という訳で、ヘタレな私は姫様の策略にまんまとハマり、クラスメイトの性癖を、洗いざらいぶちまけてしまうのでした・・・。


 「・・・・。何それ、気持ち悪い・・・。 その子たち、可哀想。私にそんなお兄ちゃん居たら、殺してるわ、絶対。」


 「殺すって・・・。いや、ホントにお前なら埋めそうだな・・・。」


 「最低・・・。」


 「えっ!(うわっ! リョウコが人に嫌悪感もつとこ、初めて見た! あれ? 俺、結構ヒドイ事したのかな?)」


 「ねえねえ、田中って、あのフケだらけのやつ!? あいつって外見だけじゃなくて中身も気持ち悪いの!?」


 「(わあー、28点の山口、お前の田中の認識ってそんな感じなのか。)そっそうな。気持ち悪いかは分からんけど、まあ、趣味は何て言うか、変わってるな・・・。」


 「ふーん、面白いこと聞いちゃったなあ・・・。うふふふ!」


 『山口・・・。 お前、エリと仲直りして恐いもの無くなったせいか、最近恐いな。 なんか魔女っぽいぞ・・・。』



 その帰り道の事・・・。


 「渡辺さあ・・・。」


 「ん? なんだ、鷲尾?」


 「あんたさ、ホントに友達選んだ方が良いよ・・・。 誰とでも仲良くなっちゃうのは、まあ、あんたの良いところなのかもしんないけどさ・・・。 だけどなあ・・・。 あんたは良くても、エリが可哀想だよ、ホント。」


 「あっ・・・うん、そうね。 気をつけるよ・・・。」


 そんな感じで、唐突にも真面目な顔で説教をされるのでした・・・。


 この後、この噂がどう広まったのか、田中はクラスの女子から一層嫌われていったそうな・・・。

 いや、噂の発生源は何となくわかるのですが、もとをただせば私に原因があるわけで、すこーしだけ、罪悪感を覚えるのでした・・・。


 『でもウソは言ってないんだよね・・・。だから良いって訳でも無いかもだけどさ・・・。』



 それにしても、人の「趣味」というものも理解しがたいものがありますが、まあなんにしても、ほどほどと言う事と、何よりひと様に迷惑をかけない(特に幼い妹たちに悪影響を与えるとかね!)。これが大事なんじゃないかと、その時の私は思うのでした・・・。


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