52 「プレイボール!/大ドッチボール大会」
〈プレイボール!〉
中学も最高学年となりますと、本来は受験戦争の真っ只中、まだ春と言っても、進学校希望の将来有望な方々は、すでに一分一秒も無駄にできないところなのでしょうが・・・。
元々底辺の成績を彷徨いつつ、それなりの心構えしかしていない私達は・・・と言っても、ごく一部なのですが・・・、結構のんきな気持ちで春休みを迎えていました。
そんな春休みも終わりが見えてきたころの事・・・。
「なあエリ、お前って野球に興味あったっけ?」
「野球? まあ、そこそこには知ってるわよ。 なんで?」
そう言いながら、エリはバッターの真似をして腕を振り・・・、そのまま右手を額にかざして遠くを嬉しそうに見ています。
「(ああ、ホームランを打ったんだ・・・。 っていうか、お前の場合シャレじゃなくて本当にやりそうだけど。)いや、やる方じゃなくて、見る方は?」
「え?」
「いや、たまたまドームでやる巨○戦のチケットが手に入ってさ。 自由席なんだけど、どうだ? 今度のデートに野球観戦なんて。」
「ええっ!!! 行く行く!!! いつ!!!???」
『本当に嬉しそうな顔するな、お前は・・・。 なんとなく、喜ぶことをしてやりたくなっちゃうんだから、得な性格だよ、ホント。』
私の家の隣には、たまたま新聞配達所がありまして、その関係でご近所づきあいがあり、また我が家が熱心な野球ファンということを知って、たまーに野球のチケットを優先的に回してもらっていました。
今回は、一度エリを野球に連れて行ってやりたいと思いまして、私のほうで無理に頼んで用意してもらったチケットでした。
という訳で、私達は早速、球場へと足を運びます。
ちなみにこの球場は、以前私達が初めてのデートで訪れた遊園地の直ぐ隣にありまして、私達は球場に向かいながら、その時の事を思い出しておりました。
「あれ・・・、もう結構並んでるな。 早めに来て良かったな。」
「これぐらいなら、きっとまだ大丈夫じゃない? 座れるわよ。」
「おまえ、野球見に来た事あるのか?」
「全然。 初めてよ。 テレビだってロクに見た事無いわ。」
「ええっ! じゃあ、見てもつまらないかな?・・・」
「そんな事無いわよ、きっと。 だって、今だって楽しいもの!」
そう言いながら、満面の笑みでエリは微笑むのでした。
そうでした。 結局、この頃の私達は、場所がどこなんて事は些細な問題だったのでしょう。 二人一緒に出掛けられれば、それだけで満足だったのだと思います。
そして、待つ事しばらく後・・・。
「あっ! ゲートが開いたわよ! 急がないと!」
「あわてんな、あわてんな! あわてる何とかはもらいが少ないって言うだろ?
ほら、メガホン持ったオッサンも言ってるだろ? 「走らないでクダサイ」って。
こう言うときはお前、ノンビリ行くもんだよ。」
「え~・・・。 何わけの分からない事言ってんの?・・・。 ユキ、あんた結構呑気ね・・・。」
まあ、結果的にこれはエリが正しく・・・・、私達が呑気に観客席に到着した時は、見事に自由席はありませんでした・・・。
「ほらみなさい、この馬鹿!!!! だから急ごうって言ったでしょ!!! ユキの責任だからね!!! あんた何とかしなさいよ!!!」
「まっまあ、落ちつけよ。 いや、立ち見も言いもんだぞ~。 なんかこう、風情があってさ! まっまあ、ジュースでも飲みながらノンビリ見んべよ!」
「はあ!? あんた、ホントに殺すわよ!!!」
結局・・・、私達はしばらく立ち見を強要される事になり・・・・。 しかも背の低いエリには、どうも試合の様子までは良く見えないようで、野球なぞはハナから見ずに、ずっと不機嫌な顔を私に向け続けるのでした・・・。
『胃が痛くなりそう・・・。』
それからしばらくして、偶然にも早めに帰る客が出て、私達は運良く二席を確保する事が出来るのでした。
『よっ良かった・・・。』
「ユキ!!! あんたのお陰で私は疲れちゃったの。
お弁当とジュースは、ユキが買ってきなさいよね。 喉乾いてるから、急ぎなさいよ!」
「へいへい・・・。(くそ・・・、ジュースの中に鼻くそ入れてやりてえ・・・。)」
その後、正直野球に詳しくない私達は、得点ボードの結果で、なんとな~くどっちが勝っているが分かる程度で、後は何が何だか分からない状態だったのを、とにかく周りの勢いで一緒に盛り上がりつつ、その日一日を存分に過ごすのでした。
『もっもう、野球は指定席以外は辞めよう・・・・。身体に悪過ぎる・・・。』
〈大ドッチボール大会〉
それは、惰眠をむさぼるにはちょうど良すぎる春休みも終わり近いある日のこと・・・。
私達が例によって、「ネジ飛び姫」の家にタムロしておりますと・・・
「あ~~っ!!!! なんかアンタら、いつもいつもゴロゴロしていて、若さがぜんっぜん無いのよね!!!」
「若さつったって・・・。 やる事もねえんだから、仕方ねえべな。 なんか陽気もちょうどいいしなあ・・・。ふあぁぁうふん・・・。(そもそも、用事もねえのに呼び出してる、お前のせいだろが・・・。)」
「そうだ! 今から公園に行って、みんなでカラダを動かしましょう!」
「へえ、それは面白そうじゃん。 で、何やるんの? 成海。」
「そうねえ・・・。 なら、ドッチボールなんてどう!?」
という訳で、私達は例の如く、突然思いついたようなワガママ姫の一言により、このハルウララかな日差しの中、「大ドッチボール大会(姫様命名)」を開催する事になりました!
「成海、悪いけどさ、チームわけはちゃんと考えてやろうよ。 いつもみたいに仲の良いペア中心だと、絶対に偏るから。」
「いや、内山、それはもっともな意見だ。 この間のビーチバレーは非道すぎたからな・・・。」
「ふ~ん・・・、それもそうねえ・・・。 たまには良いかもね。」
という訳で、私達の慎重な話し合いの結果、戦力を均等に分散した、以下の二チームが結成されました。
第一チーム
・姫様、リョウコ、エーちゃん、内山
第二チーム
・渡辺、藤本、鷲尾、金丸
『なるほど・・・。 一応、男は二人ずつで、鷲尾はパワーが勝る分、エリとリョウコが向こうなのか・・・。 あれ? でもこれ、なにげにパワーじゃこっちが圧倒的に有利じゃねえか? エーちゃん封じ込めれば、もう楽勝だろ!』
そして、それぞれがまるで、普段は言えないお互いの不満を吐き出すような、おかしな殺気の中・・・、プレーが開始されるのでした・・・。
ちなみに、この時のルールは・・・、
元外野が一人、内野は三人。
元外野は「命」を持っているので、外野人数が二人以上の時は、好きなときに内野に戻って良し。普通の外野は、敵内野を仕留めた時のみ、内野復帰可能。
ただし、内野が全滅した場合は、チームの負け・・・
というような感じだったと思います。
それぞれのチームから、藤本と内山が外野に出ます。
私達は敵主力を仕留めるべく、外野にも重点を置いて、藤本と私、鷲尾で、エーちゃんを殲滅する作戦に出るのでした。
そして、ジャンケンに勝利した私達の先行で勝負が始まります・・・。
「悪く思うなエーちゃん! 大人しく成仏しろや!!!!」
「うっうお、あぶねえ!!!」
私の投げた全力の球を紙一重で交わしたエーちゃんでしたが、バランスを崩した所を、後ろに控えていた藤本の流れるような一投には逆らえず、敢え無く当たってしまいます。
ところが!
『げえっ!!!!! なんだ、アイツ!!!!』
なんと、エーちゃんに当たってはじいた球を、いつの間にか現れたエリが、物凄い運動神経で華麗にダイビングキャッチ!
「たっ助かった、成海・・・、サンキューな!」
「へへん! そんなに甘くないわよ、渡辺えぇ~!」
『くっくそっ! あの天狗ザルめ!・・・、いまいましい!』
エリの放った球は、女子とは思えない普通に速い球で・・・、アッサリと金丸が撃沈するのでした・・・。
「駄目だこりゃ・・・。 エーちゃんとエリに構ってると、こっちがアブねえ。 鷲尾、まずは数を減らそう。 リョウコには悪いが・・・、先に死んで貰おう。」
「分かった、任せる!」
『すまん、リョウコ! 天国に行って、本物の天使になってくれ!・・・って、あれ!!! なんでそんな目で俺をお見つめなさるんですか!? リョウコさん!!!』
リョウコの懇願するように潤んだ悲しそうな瞳で見つめられた私は、思わず力が緩み・・・・、「へぇあぁ~っ」と変な声を出しながら放った気の抜けた球は放物線を描き、リョウコの前にゆったり割り込んだエーちゃんに、アッサリ取られてしまうのでした。
「死ねっ!!!! 渡辺!!!!」
「ぐえっ!!!」
「言った通りでしょ! あのスケベ馬鹿には、泣き落としが一番よ! さっさと外野に出なさいよ、ば~か!!!」
『あっ、あのヤロウ・・・・! 流石に何でもお見通しじゃねえか・・・。』
「お前! ホントに馬鹿だろ!!! エリに代わって、あたしが地獄に送ってやろうか!!!」
「うぇっ、ごっごめんなさい!」
喜んでるんだか怒ってるんだか分からない表情でエリに睨まれながら、マジ切れお怒り大魔神の鷲尾に罵倒されつつ・・・、悔しさ満点の私は、渋々外野に移動します・・・。
「藤本、後は頼んだぞ!・・・。」
「任せとけって!」
そう、威勢良く戻った藤本も・・・、天狗のように避けるエリを捉える事が出来ず、結局はエーちゃんの餌食となり、あっという間に外野に戻るのでした・・・。
「何しに戻ったんだ!!! お前!!!」
「いや、わりぃ・・・。面目ねえ・・・。」
結局、最後の砦となった鷲尾も、ついにはエリの速球に力尽き、私達のチームは強大な戦力を有しながらも、わりとあっさり虚しく惨敗しまうのでした・・・。
試合が終わった後は、もう全員汗だく状態で、敗者チームが買い出ししてきたジュースをみんなで公園で飲む頃には、スッカリ日は傾き、少し肌寒いほどの涼しい風が吹いておりました。
私は、満面の笑顔で勝利のジュースを味わう姫様のキラキラした顔を眺めつつ、この「遊びの天才」のお陰で充分楽しめたひと時を、ちょっぴり悔しさが混じった自前のジュースで乾杯するのでした。




