32 「いざ鎌倉へ!」
これは私たちがまだ中学一年の頃、例の「姫様痴漢撃退事件」や、「けざわひがし騒動」のすぐ後の事・・・。
ところで、私達メンバーは、大抵はいつも一緒に行動していた訳ですが、それでも学校内では常に一緒という訳ではなく、例えば昼休みなどは、男子は男子、女子は女子同士で別れて行動する事が殆どでした。特に私とエーちゃんは、この時は隣のクラスだった例の騒がしい犬飼や、爽やかイケメンの広瀬とも仲が良く、飯を食うのも、大抵はこのメンツでした。
それでも、メンバー全員が揃わないまでも、何人かはやはり一緒に行動する機会も多く、例えば移動教室であったり、昼休みも飯が食い終わった雑談中であったり等々・・・。何だかんだと言いながらも、結局は私とエリが一緒にいる時間も多かった訳なのですが・・・。
そんなある日の事・・・。
この日は、珍しくいつものメンバーが全員揃って昼休みを過ごしたものですから、私の記憶にも特に残っております。
「何の雑誌だ、そりゃ?」
「いや、俺も良く分かんねえんだけど、下駄箱に置いてあったから、思わず拾ってきちまった。」
「なんか、凄く貧乏くさいわよ・・・、あんた・・・。」
「うっせーよ! そう言われると急に恥ずかしくなるだろ!」
「ちょっと見せてよ。 へえ~? 日帰り旅行特集だってさ。 都内近郊でも、結構いろいろ遊べる所って、あるんだねえ~。」
「へえ、どれどれ・・・。 鷲尾、これじゃ、じいさんばあさん向けじゃねえの?・・・。」
「そんな事無いだろ。 例えば好きな人と二人で出かければ・・・、きっと楽しいと思うし・・・。」
そう言うと、鷲尾はエーちゃんに目を向け、二人で顔を真っ赤に染めています。
『お~い・・・。見てるこっちが恥ずかしいぞ、お前ら。』
「ちょっちょっと渡辺、俺にも見せろよ!」
「エーちゃん、お前が風情ある小旅行ってガラかよ・・・。」
「バッカ! ちげえよ! そんなんじゃねえって!」
「っていうか、あんたには言われたくないわ! 渡辺のくせに!」
「あははは! そうよ、渡辺のくせに~! あはは! おまけに変態だしね! あははは!」
『渡辺のくせにって・・・。いや、鷲尾に余計な事を言うとシャレにならないからな・・・。逆らうのは辞めよう。 っていうか、それよりもエリの馬鹿笑いの方が腹が立つ・・・。変態変態うるせえっての! ・・・それにしても、この二人はホントにお熱いねえ・・・。羨ましいわ。』
「おっ! 鎌倉だって、懐かしいな~。」
「そういや、小学校の時の校外学習って、鎌倉だったっけなあ。 正直、あんまり覚えてねえけど・・・。」
「あははは、渡辺らしいね! 紫陽花の季節だったから、とっても綺麗だったじゃない。 覚えてないの?」
「う~ん・・・。 小学校の時はリョウコと違うクラスだったからなあ・・・。俺、リョウコのこと全然知らないぐらい接点無かったじゃん? 一緒だったら覚えてたかもな。そうすりゃ、教えてくれただろうから印象にも残ったろうなあ、きっと。」
「あはは。 でもきっと、渡辺は花より団子だよねえ~。 あはは。」
「りょ、リョウコもひでえなあ!・・・。 あれ?・・・。 何だかさっきから大人しいじゃねえか、エリ。」
「別に~・・・。」
「何だ? 珍しいな。 具合でも悪いのか?」
「何でもないわよ、うるさいわね・・・。」
そう言うと、エリはサッサと教室を出てしまうのでした。
「あれ・・・。 俺なんか気に障る事言ったかな?・・・。」
「う~ん・・・。 渡辺、とにかく行ってあげて。」
「あっ、ああ、分かった。」
私はリョウコに促されるまま、姫様を追いかけ、教室を出ます。
「どうした? 何かカンに障る事でもあったか? もしかして、俺のせいか?・・・。」
「そんなんじゃ無いわよ・・・。」
「じゃあ、どうしたんだよ? らしくないなあ・・・。言ってみろよ。」
「・・・。 私さ、中学からこっちに戻ってきたでしょ・・・。 小学校も途中で転校しちゃったから、何も知らないし。 それで、なんとなくね・・・。」
「ああ・・・、そうか・・・。」
「・・・。」
「・・・。(コイツは本当に、人一倍寂しがりやなんだなあ・・・。) そうだ! なら今度さ、一緒に鎌倉に行くべよ! ちょっと紫陽花の季節には早いけど、どうよ!?」
「えっ?・・・。」
「鎌倉ならそんなに遠くないし、俺たちだけでも大丈夫だろ? 折角だから、みんなと一緒に!・・・行った方が楽しいか、やっぱり。 いや、俺としては、二人だけが良いかなあ・・・なんて・・・。」
「うん! 行こう! 二人で!」
先程までの憂鬱な表情はすっかり吹き飛び、エリはいつものお人形さんの様な顔いっぱいに本当に嬉しそうな笑みを浮かべて喜ぶのでした。
『ホント良い顔するなあ。こんな顔見たら、思わず何でもしてやりたくなっちまうよ。』
という訳で、私は先程の雑誌を活用しつつ、「鎌倉小旅行」の計画をノートに書きながら、着々と練っていきました。
そんな様子を、いつの間にかのぞき見ているものがいまして・・・。
「へえ、渡辺。 鎌倉に行くの?」
「げっ、鷲尾! いっいや、まあね・・・。」
「ふうん・・・。 エリと?」
「(コイツに隠しても仕方ねえか・・・。) いや、まあな・・・。 ほら、アイツって中学から引っ越してきたろ? だから、鎌倉も行ってないみたいでさ。」
それを聞いた鷲尾は、何を思ったのか私の背中を勢いよく「バンッ」と叩き。
「あんたさ、何だかんだ言って、結局良い男だよな! まあ、あたしは嫌いだけどな!」
「えっ! お前って俺のこと嫌いだったの!?(っていうか、そういう事、こういう所で急に言うの止めて! 俺だって凄く傷つくんですけど!)」
「だって、あんた居ると、エーちゃん、あんたとばっかり遊ぶんだもん。正直、排除してやりたいって、いつも思ってたよ。」
「とんでもねえ爆弾発言飛び出ちゃったよ! なんなの、お前! 考え方が独裁者だよ! あと恐ええよ!」
「あはは、冗談だよ! いや、半分はホントだけど。」
「(もう許してあげて!) っていうか、今は良いじゃんかよ!」
「そうそう、結局はさ、あんたのお陰でもあるからね。 まあ、頑張れよ、親友! エリのこと、頼んだからな!」
そう言いながら、鷲尾は右手を挙げてひらひらさせながら、颯爽と去っていくのでした。
『なんだあいつ、格好いいな・・・。』
そして、春休みに入って直ぐの事。私達は鎌倉小旅行へと出発します。
早朝からの出発となったその日は、少々慌ただしかった事もあり、朝食はエリの用意した手作りおにぎりを電車内にて食べる事になりました。
「美味いよ、これ! お前もなかなかやるじゃねえか!」
私のその言葉を聞いたエリは、大変満足そうに微笑んでいます。
「あれ・・・。 でも、お前これ、今日の朝作ったんだろ?」
「そうよ。何で? 固くなってないでしょ?」
「いや、そうじゃなくて・・・。 今日の待ち合わせ、あんなに早かったのに。 お前、それじゃ今日は相当早く起きたんじゃないのか? 昨日は殆ど寝て無いだろ。」
「そんなの全然平気よ。 大丈夫。」
「なんか、悪かったな・・・。 ホント、有り難うな。」
「別に良いわよ・・・。 あんたのためだけに作った訳じゃないもの・・・。」
「そうか・・・。それでも嬉しいよ、やっぱりさ。 そうだエリ、鎌倉着くまでちょっと寝ておけよ。まだ時間あるから、着いたら起こしてやるよ。」
「良いわよ、勿体ないじゃない! それよりも、ねえ! 今日は何処まわるの?」
「ああ、そうだな。 最初に行くのは・・・・」
それからしばらくして、私達は鎌倉の地へ降り立つのでした。
「へえ・・・。 ここが鎌倉? 意外と普通ね・・・。」
「まあ、駅前はこんなもんだろ? まずは、鶴岡八幡宮だな。 歩いて直ぐだから、こっちだな。」
そして、私達が鶴岡八幡宮に差しかかった頃、偶然にも花嫁行列に遭遇します。 花嫁衣装に身をまとった美しい女性が、本物の馬に腰掛けて進む風景は、まるでタイムスリップしてしまった様な錯覚を起こさせます。
「綺麗ねえ・・・。」
「ああ・・・。 ここで結婚式を挙げるのかな?」
思わず二人で立ち止まって見取れてしまいましたが、姫様は特に・・・、うっとりとした眼差しで、いつまでも花嫁を見つめていました。
「やっぱり、憧れるもんか? ああいうのに。」
「そりゃあ・・・、憧れるわよ、やっぱり・・・。」
「そうか、そうだよな。」
「私ね、もう結婚の約束した人、いるんだ。」
「えっ!? なにそれ! 初耳なんですけど!!!」
「あはは。小さい頃にね、約束したの。」
「なんだ、子供の頃の約束かよ、脅かしやがって。 もうそんなの、相手も忘れてるだろ?」
「そう・・・みたいね。 まあ、馬鹿だったからね、仕方ないわ。」
「ああ、そりゃ止めておけ、馬鹿はダメだ、馬鹿は。 なんなら、あれだ。まあ、なんだ。たとえば、まだ俺とかのが良いんじゃねえの。たとえばだけど。」
「ぷっ! くっ! あっはははは!」
『えっなに!? 今の笑うとこだったの!?』
「まあ、考えてあげても良いわよ! あははは!」
『なんで上からなんだよ! まあ別に良いけどよ!』
そんな軽口を叩きながらも、私は思わず、この姫様の花嫁姿を想像してしまい、その美しい姿に溜息を覚えつつ、その隣に並ぶであろう将来の婿に、少しの嫉妬も覚え・・・、そして、この時はまだ、口で言うほど、その隣に自分の姿を思い浮かべる自信を持つことが出来ないでいました。
「それにしても、広い境内だなあ・・・。」
「ホントねえ~。 あっ、ラムネ売ってる! ねえ、ラムネ飲もうよ!」
その後、私達は、この風情ある古都の街並みを、分からないなりにも楽しんでいきました。
「へえ・・・。これが有名な鎌倉の大仏か・・・。 たしかにデカイな・・・。」
「でも、雨ざらしで、なんか可哀想ね・・・。」
「そういやそうだな・・・。」
そんなこんなで時間は過ぎまして、気がつくとすっかり昼時となっており、私達は適当に良さそうな食事処を見つけて入る事になりました。
「さて、なに食うかな。お前はどうする?」
「ねえ、折角だから別々のものを頼んで、半分ずつ食べようよ。」
「じゃあそうするか。 すいませ~ん!」
「は~い。」
「このすき焼き定食ってのをお願いします。」
「ああ、ごめんなさい、それ今日終わっちゃったんですよ。」
「あれま、残念だな・・・。じゃあ、この天ぷら定食で。」
「ごめんなさい、それも終わっちゃいまして・・・。」
「・・・。」
「じゃあ、この焼き魚定食は?」
「それも申し訳ありません。」
「(何だ、そりゃ・・・。 何にもねえじゃん・・・。)じゃあ、何なら出来るんです?」
「実はご飯が無くなっちゃいましてね。それ以外でしたら大丈夫なんですけど・・・。」
『飯が切れるって、なんじゃそりゃ! こんな早い時間に飯がないって、初めて聞いたわ。 たいして混んでるようにも見えねえしなあ・・・。』
「じゃあ、私は牛すきうどん。」
「それじゃ、この天ざる一つ・・・。」
正直な話、最初の印象が悪い事もありましたが、それを差し引いても、お世辞にも美味いとは言えず・・・。
「くそっ・・・。 米がねえなんてふざけた事を言われた時に、でちまえば良かったな・・・。」
「まあ、良いじゃない。 私は結構満足してるわよ。」
「へえ~・・・。 どっちかというと、お前の方がこういう事にうるさいのにな・・・。珍しい。 俺はてっきり、真っ先に文句言うかと思って、ヒヤヒヤしてたよ。」
「どういう意味よ・・・。 ご飯はね、雰囲気だって大事でしょ? 私は結構楽しいもの。」
そう言うと、エリは眩しい笑顔を私に向けるのでした。
『そう言われると・・・。 お前の顔見ながら食うと、美味い気がしてくるんだから、俺も単純だよな・・・。』
不本意な昼食を済ませた後は、再び名所を巡り、良い時間で駅に戻った私達は、直ぐ側の土産物屋通りをブラブラと見物しておりました。
「うわぁ! 見て!この木彫りのブローチ、ホント可愛いねぇ!」
「へえ~、鎌倉彫だって。 ・・・・。 やっぱり手作りだから結構高いなあ・・・。本当はプレゼントと行きたいところだけどなあ。すまんね・・・。」
「あはは、ば~か! 無理しなくて良いよ。 私には、まだ早いわよ・・・。」
「そんな事はねえだろ。 そうだ! 今度のお前の誕生日に、俺が手製のブローチをプレゼントするよ! もちろん、こんなには上手く作れねえけど・・・。 俺なりに、ちゃんとしたものを作ってやるよ。」
「ホントに!? それで良い!!! 絶対だよ! 嘘だったら殺すわよ!!!」
「ばっ馬鹿! 声がでけえよ! 約束するから!(そんな良い顔されたら、なにが何でも作ってやりたくなるっての。)」
ちなみに、この時の約束は、その後、何とか守る事が出来ました。材料に黒檀を使ったために、エライ苦労をする事になったのですが・・・。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ、私達は満足感と疲労感の中、帰りの電車に乗った訳ですが・・・。
「どうだった? みんなと遠足の様に楽しむ・・・って訳にはいかなかったかも知れないけど、少しは楽しめたか?」
「・・・・。」
「ん? あれ、何だ・・・。寝ちまったのか・・・。 まあ、あれだけハシャギまわって・・・、おまけに朝も早くから弁当まで用意してくれたんだ、無理もねえか・・・。」
私はエリの温もりを左肩に感じつつ・・・、今日一日の楽しさを思い返す様に、一時の幸せに浸るのでした・・・。
「・・・。
・・・。
・・・。
んあ!?
・・・。 あれ!? ここ何処だ!?
やべえ!!! 寝過ごした!!!
おいエリ、起きろ! すっかり寝過ごしちまった!!!」
「ん~・・・。 なによ~? どうしたの?・・・。まだ朝じゃないでしょ・・・。」
「だめだこりゃ、まだ寝ぼけてやがる! エリ、よだれ垂らしてる場合じゃねえって! とにかく降りるぞ! 急げ!」
「んあっ!? なっなんで!? なに!?」
結局、寝過ごしてかなりの駅をオーバーランしてしまった私達は、なかなか来ない戻りの電車を待ちながら、寝過ごした原因をお互いになすりあいつつ・・・。しかし、本音ではそれすらも楽しいと感じながら、この素晴らしい小旅行の幕を閉じるのでした。




