31 「春には出てくる、いろいろと・・・」
それは私たちがまだ一年生だった頃のこと。
季節は三月になり、暦の上では春という事になりました。
木々には若葉が芽生え、地には草花がそろそろ萌え出るであろう、そんな暖かな日差しが降り注ぐ頃・・・。
やはり陽気のせいなのか、望んでも無いものも「出始める」のでした・・・。
その日、私は珍しく、鷲尾と二人で話していると・・・。
「なんだあ・・・? 変質者が出る!?」
「そうらしいよ・・・。」
「変質者って、痴漢の事か? つまり、誰かが襲われたのか?」
「そうじゃないって。 なんでも、裸の上にコート一枚だけ羽織って、それを見せて喜んでるんだって・・・。 気持ち悪い!」
「なんだそりゃ・・・。 いや、ある意味、自信があるって事か・・・。」
「馬鹿じゃないの?・・・あんた。」
「うわっ! またお前は! どこから出てくんだよ!」
「いいでしょ、どこだって。 まあ、変態のあんたには、変態の気持ちが良く分かるのかもしれないけどね。」
「(お前・・・、でっけえ声で人から誤解を受けるような事言うなよなよ、お願いします、マジ止めて。)でも、それじゃ大した実害無いんだろ? 放っておいても良いんじゃねえの?」
「そう言う訳にはいかないだろ! 現に隣の小学生にまで被害が出てて、中には結構心に大きな傷を受けた子も居るって言うんだから。」
「まっまあ、たしかに子供がそんなもの見せられたら、変な傷が残っちまうよな・・・。」
「心配だから、あたしとシズカは、しばらくエーちゃんと一緒に帰ろうかと思うんだ。」
「え?」
「心配だから、あたしとシズカは、しばらくエーちゃんと一緒に帰ろうかと思うんだ。」
「(なぜ二回言った。) いや、お前は大丈夫だろ?」
「今この場で直ぐにでもぶっ殺されるのと、屋上からビニール紐で吊されて、切れるまでの恐怖を味わいながら死ぬのと、ねえ渡辺、どっちが良い!? 」
「何その二択! いや、ホントマジでごめんなさい・・・。」
「チッ! まあ、そういう訳だから、あたしたちはしばらくエーちゃんと帰るからな。」
「っていうか、そもそもお前らいつも一緒に帰って・・・」
「なんか、うるせえのが聞こえるけど、空耳かなーっ! なーっ!」
「いえ、何でもないです・・・。 まっまあ、それはともかく。 お前にも護衛はいるか? 何なら、今の時期は、いつもみたいに途中までじゃなくて、玄関まで一緒に帰ってやっても良いぞ?」
「別に良いわよ・・・。」
「そうかい? まあ、無理にとは言わんけどね・・・。」
「でも・・・、リョウコも居るから・・・。」
「なら、一緒に帰った方が良いのか?」
「その方が、あんたも安心でしょ?・・・。」
「そりゃ、まあな・・・。(どっちに何かあっても、大変困るよ、実際。お前が嫌だって言ったって、結局は何だかんだと口実付けてでも、一緒に帰るつもりだったけどな。)」
「ちょっ、ちょっと! タカコ、なにニヤニヤ笑ってんのよ!」
「エリってホントに可愛いなあ!」
そう言いながらエリを抱きしめて頬ずりする鷲尾を見ると・・・。
『なんか、美女が野獣に蹂躙されてるようにしか見えない図だな、これ・・・。いや、中身はどっちも野獣なんだけどさ。』
そんな訳で、学校からの指導もあり、下校はなるべく大人数でという事になりました。私はしばらく、エリ達を家まで送り・・・、その後に帰宅するという、若干遠回りのルートを強いられましたが、これはまったく苦痛ではなく、むしろ自ら望んでいた事であり、役得と喜んでいました。
ところがある日、私は職員室からの呼び出しをうけます。
本来ならば、学級委員の仕事のため、エリも呼び出される所なのですが、例の痴漢騒ぎのせいで、女子は早急に下校させる事になっているようでして、そのせいで・・・。
「すまん、今日は仕事が入ったみたいだ。 遅くなりそうだから、悪いけど二人で帰ってくれるかな? なるべく人の居る所を通って、寄り道しないで帰れよ。」
「分かった・・・。 じゃあね。」
結局、この日の用事は大したことはなく、私も程なくして帰宅する事になりました。
そして、その翌日・・・。
「なんだーっ!!! 昨日痴漢にあった!?(また、えらいピンポイントに狙ってきやがったな・・・。)」
「そっそうなの・・・。 私達が帰っていると、物陰から突然現れてね・・・。 こう、バッと・・・。」
そう言いながら、リョウコは顔を真っ赤にし、それとなく状況を話してくれました。
「私はもう、怖くて怖くて、その場で固まっちゃったんだけどね・・・。 エリが凄いの!」
そう、珍しく興奮しながら・・・。
「あっという間に、その痴漢の前に駆け寄ってね! それで・・・・。それでね・・・。うんと・・・。」
「ん? どうした!? それで、どうなったんだ?」
リョウコは顔を真っ赤にして、そのまま口をつぐんでしまいました・・・。
それと代わるようにして・・・
「私が痴漢野郎の股間を、思いっきり蹴り上げてやったのよ。」
「うげっ!・・・・。 そっそれは気の毒に・・・。」
「はあ!? 気の毒なのはこっちの方よ!!! お陰で、もう気持ち悪くて気持ち悪くて、走って逃げた後に靴も捨てて、靴下で家まで帰ったんだから!!!」
「はあ、そうですか・・・。 でも、何も靴まで捨てなくても・・・。」
「冗談でしょ! 気持ち悪い!!! だいたいね、肝心な時に居ない、あんたが悪いんだからね!!!!」
「なっ! 仕方ねえだろ!!! 文句なら先生に言えよ!」
「うるさい! この役立たず!!! ば~か! い~だ!!! ふん!」
と、散々言いたい事だけ言うと、姫様はサッサと教室を去っていくのでした・・・・。
「なんだ、あのヤロウ・・・。(くそ、なんだかアイツは言いたい放題言ってストレス発散したんだろうけど、俺は逆にストレスが溜まっちまったぞ! なんとな~く、負い目があるだけに、余計に腹が立つな・・・。)」
そして、その日の授業中の事・・・。
余談ですが、私と姫様は、比較的席が近くになる事が多くありました。もちろん、まったく離れてしまう事もありましたが、この時は、私が教室の一番左列で前から二番目、姫様は左から二番目の列で前から三番目でした。つまり、私の斜め後ろが姫様だった訳です。
「え~と、それじゃ、この続きから。 成海読んでみろ。」
「はい。」
エリは先生の指名を受け、淡々と教科書を読み始めたのですが・・・、その時、背中を突く指があり・・・。
「どうした(コソコソ)」
「ねえ、これ、何て読むの?(コソコソ)」
「(そんなの、俺に聞かないで隣のヤツに聞けばいいのに・・・。 あ、そうだ! ここはさっきの仕返しを・・・。)それはな、「けざわひがし」って読むんだよ。(コソコソ)」
「その頃、毛沢東は・・・」
「成海・・・。 それは ”けざわひがし” じゃなくて、モウタクトウだ。」
「!!!・・・・・・・。」
みるみるうちにエリの顔は真っ赤になり、私は思わず噴き出しそうになる笑いを必死に堪えていました。
それに気がついたのか、姫様は凄い形相でこちらを睨んでおります。
『ザマアミロ! たまには良い薬だっての!』
もちろん・・・・、その授業が終わった後、私は姫様に、丸めた教科書で気の済むまでぶん殴られた事は、言うまでもありません・・・・。
ちなみに、この「姫様痴漢撃退事件」の後、しばらく痴漢は出没しなくなったそうです・・・。




