49 「和解と愛のしるし」
それは、私達が修学旅行から帰って直後の事・・・。
「渡辺・・・、ちょっと良い?」
「どうした? リョウコ。」
「実はね・・・・。」
リョウコの相談は、山口の事でした。 どうやら山口が、もしかしたら一部の女子からイジメに遭っているらしいとの事・・・。
「ほら、修学旅行で山口さん、結構藤本くんと一緒に行動する事が多かったでしょ?」
「なるほどね・・・。 それで女子連中から嫉妬をかっちまったのか・・・。 ところで、藤本ってホントにそんなモテんの?」
「う~ん、藤本くんを好きな子は結構みんな本気みたいよ。逆に何とも思っていない子は、白気気味に見てるんじゃないかなあ・・・。」
「(結構辛口な論評で・・・・。)まあ、たしかに外野から見てても一部の「追っかけ」は異常だからな・・・。ちなみに、リョウコはどっち側なんだ?」
「え? 私? どうして? 渡辺、気になるの?」
リョウコがイタズラっぽく笑いながら、聞き返します。
「いや、まあ、気になるのは気になるだろ・・・やっぱり。」
「ふ~ん・・・。 うふふ。 ダメだよ、渡辺。そんな事言ってると、エリに言いつけちゃうよ。」
「いや、それ全然シャレにならないから、ホント勘弁して下さい・・・。」
「あはは。・・・・。 とにかく、渡辺もそれとなく山口さんの事、気にかけておいてね。出来れば・・・守ってあげて。 お願い。」
そう言いながら、リョウコはいつもの愛らしい笑顔で去っていくのでした・・・。
『あれ、結局どうなんだ?・・・はぐらかされたのか?・・・。』
とはいえ、正直な話、女子同士のイジメなどというものは私の中では専門ではなく・・・、山口の様子を気にしてみるも、相手はおろか、いじめられているのかどうかも分からない不甲斐なさでした・・・。
『仕方ない・・・。アイツも巻き込むか・・・。 元々、俺がアイツに余計な事を言ったのがキッカケかもしれねえし。』
という訳で、私は間接的とは言え、関係者の中でもかなり重要な位置にいる人物にも、相談する事に決めました。
思えば、コイツに相談をするなんて事は、最初で最後だったかもしれません。
「藤本、お前最近、山口とどうなんだ?」
「どうって? 普通だよ。 何回かデートしたけど。」
「なっなんですと! あれからいくらも経ってねえのに! お前、俺がそこまでこぎ着けるのに、どれだけ掛かったと思ってやがる!」
「まあ、それは良いとして・・・。 何が言いたいんだ?」
「良くねえ!!! ちっとも良くねえ!!! ・・・って、そうだった・・・。 いや、実はさ・・・・。」
「そうか・・・、気がつかなかったな・・・。 たぶん、俺のせいだな。
分かった。 渡辺、サンキューな。」
『あれ・・・。なんか最近、あいつの性格までカッコイイと思い始めている自分が憎らしい・・・。』
しかし、これがもしかしたら、事態を悪化させたようで・・・。 山口へのイジメはエスカレートしていったようです。
しかし、ここで上手いのは、どうも男子などには気付かれない様にやっているらしく、例の如く、私達は全然分かっていませんでした・・・。
そんなある日・・・。 私とエーちゃんが野暮用を終えて教室に戻る途中・・・。
― ドッカンガッシャーン!
と、教室からなにやら激しい物音が響き、私たちが急いで教室に戻ると、乱れた机と椅子の中に、いくつかの人影がありました。
「あんたら、いい加減にしなさいよ。
私ね、あんたらみたいなやり方見るのが一番腹が立つの・・・。
そんなに人に構う暇があるなら、悔しがってないで自分でなりふり構わずに何とかしなさいよ。
良いわね、無駄にする時間がある人は・・・羨ましくって殴りたくなるわ・・・。」
そこには・・・鬼の形相をして説教をするエリと、それを震えながら、うつむいて聞く女子達の姿がありました・・・。
「あんたもあんたよ、山口。 何黙ってやられてんのよ。
私に喧嘩売ってきた時の威勢は何だったのよ? 自分の事ぐらい、自分で何とかしなさいよ。
そんな中途半端な気持ちしかないくせに、人に喧嘩売ってんじゃないよ!」
『えーーっ、なに、この修羅場・・・・。 いったい何があったんですか・・・。』
エリは私の姿に気がつくと、それを避けるように・・・その場を出て行きました。
「リョウコ、あとで詳しい話教えてくれ・・・。 とりあえず、エリが気になるから行ってくる。」
「分かった・・・。宜しくね・・・・。」
私は、いつもエリがふて腐れると訪れる場所に検討をつけ、容易に姫様を見つけるのでした。
「どうした? いつにもまして大迫力じゃねえか、今日は。」
「ううん、何でもないわよ・・・。 ただ、見ていて腹が立っただけ・・・。 ホントは、あの馬鹿女の事なんて、どうでも良いのにね・・・。」
「そうかい。(うそつけ、お前は自分が関わった人間を放っておけるほど、薄情になりきれないくせに。お前らしいよ、まったく。)」
「なにニヤニヤ笑ってんのよ、気持ち悪い・・・。」
「いや、スケベな事考えてただけだよ。」
「最低・・・、この変態。」
そう言いながらも、エリには笑顔が戻っていました。
『お前は、やっぱり無駄に明るい方が似合ってる。』
それから数日後、私達は例の如く、エリの家にタムロすることになり・・・
その時、藤本がひょっこりと山口を連れてくるのでした。
「あのさ・・・。 この間は有り難う・・・。 あたしも、今度からここに来ても良いかな?・・・」
それを聞いたエリは、ブスッとふて腐れた表情をして、そっぽを向いています。
「(まったく、素直じゃないね。この姫様は。)お前も、何か言う事があるんじゃないのか?」
そう言って、私が後ろから両肩を叩くと、「分かってるわよ!」と言わんばかりに、振り向いて私の事を睨み付けます。
「別に、来たければ来れば良いじゃない・・・。 人数は多い方が楽しいんだから・・・。」
「有り難う・・・。」
私はそのやりとりに微笑ましさを感じつつ、こじれた人間二人の会話に、何ともいい知れない可笑しさを感じるのでした。
「何笑ってんのよ、渡辺!」
「いや、別に・・・。 ぷっ!」
「あんた! ほんとに殺すわよ!!!」
『お前が本当にそう望むなら、それも良いのかもな。』
私はその時、少しだけ本気で考えてしまうのでした。
もっとも、それで全てが解決するほど、女子同士の確執は簡単ではなかったようで・・・。
そんな陰湿な女子同士のイジメが解決を見せた直後のある日・・・。
その日、私は珍しく山口と二人で話をしておりました・・・。
「ねえねえ、渡辺! あんたって鳩胸!?」
「はっ鳩胸!? なんだ、それ!?」
「う~ん、あたしも良く知らないんだけどさ。 とにかく、胸板が厚くってカッコイイのよ! ナオトがそうなのよ!」
「へっへえ~・・・。 いや、俺はどうだか知らねえなあ・・・。」
「じゃあ、今ちょっと見せてよ!」
「見せてって、何を?」
「だから、上半身の服脱いで見せてって!」
「上半身の服って・・・、ええっ!!! はっ裸になれってか!? ここで!?」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし! ほら、早く!!!」
「いや、早くって、脱ぐわけねえだろ! やめろって! 変態か、お前は!」
「いいじゃん、ほらほら~!」
「いや、ホントやめて! ご無体が過ぎますよ、山口さん! いい加減に・・・」
― ゴキッ
「ぐべっ!」
「何やってんの、あんたら・・・。」
「イテテ・・・。 あっ、えっエリさ・・・ん・・・。」
「うわっ、成海、やっべ・・・・。」
「渡辺、ちょっとこっち来なさいよ!」
「ぐあっ! えっ!? 髪の毛!? イタタタタ!!!! ちょっと待った!!! 引っ張るなら他の所で充分わかるから!!! 痛てえって、ホント痛てえって!!!」
「でっ、あの馬鹿女と何話してたのよ!? ずいぶん楽しそうだったじゃない!?」
「痛てて・・・。 楽しそうって・・・。 いや、それが俺も良く分からねえんだよ・・・。 鳩胸がどうのって言ってさ。」
「はあ!? 何よ、それ!」
「いや、だからさ・・・。」
私はとにかく、姫様の怒りを解くため・・・、ひたすら、ありのままを正直に話すのでした・・・。
「なるほどね・・・。 あの馬鹿女の考えそうな事だわ。」
「えっ!? どういう事?・・・。」
「ようするに、私の男と自分の男を比べて、自分の男の方が上って事を確かめたいんでしょ。」
「へ~・・・。 つまり、俺と藤本を比べようってのか~。
・・・・。
えっ!? じゃあアイツ、それだけのために、俺をこの教室のど真ん中で素っ裸にする気だったのか!? (えーっ、どんだけ馬鹿なんだよ、山口。なんなの?)」
「そうでしょ? きっと。 別に、ユキと藤本じゃ、比べる必要なんて無いのにね。 山口も、もっと自信持てば良いのに、馬鹿ね。」
「えーっ、なんで俺、巻き込まれたうえに傷つけられてんの? 可哀想すぎない!?(それにしても、こわっ! ホント女ってこわっ!) あっあれ?・・・、でも待てよ・・・。」
「何よ?」
「いや・・・。 裸にならないと確かめられない事を、アイツ、いつ確かめたのかって・・・・あっ!・・・。」
「そう言う事でしょ、きっと。」
「いや、だって! アイツらまだ付き合って・・・っていうか、付き合ってるのかも知らねえけど、それにしても、まだ修学旅行から戻って、そんなに経ってねえんだぞ!?」
「知らないわよ、そんなの。 ば~か。」
そう一言残して・・・、姫様は早々に去っていきました・・・。
『藤本・・・。 お前ってヤツは・・・・。 ホント、どんだけ俺達の先を突き進むんだ。あと、山口の事もうちょっと管理しないと、あれ、そのうち大惨事なるぞ、絶対。』
結局、そんな小競り合いは頻繁に続いたわけで・・・、しかし不器用な人間の歩み寄りなんてものは、多分そんなものなのでしょう。
そんな事もありつつ、それからしばらくしたある日の事。
私は無性に近所の行きつけのレストランの洋食が食べたくなり、両親が不在という絶好の機会を得て、喜び勇んで洋食屋に赴くのでした。
ちなみに、この洋食屋で私が頼むメニューは毎度決まっており、大きな鉄板に、これまた大きなハンバーグを二つ乗せた「ダブルハンバーグ」というメニューをベースに、特別に作ってもらうスペシャルチーズハンバーグで、所謂常連さんが良く使う「いつもの」とお願いしますと、無条件でこのスペシャルハンバーグが出てくるほど、私はこればかりを注文していました。
このお店の特長は、とにかくそのデミグラスソースの見事さで、その後、私も銀座の名店やら、あちこちの評判の店を味わう機会がありましたが、やはり幼い頃から慣れ親しんだという事もあるのでしょう、この店の素朴なデミグラスよりも素晴らしい味には、未だに出会えずにいます。
また、もう一つの特長は、生姜がピリッと利いた付け合わせのスパゲッティーで、幼い頃はこれが辛くて嫌いでしたが、この生姜味が好きになった頃、「ああ、俺も大人になったもんだ・・・。」と、変に自信を付けた事を思い出します。
そんな具合に、私がこのハンバーグを楽しんでおりますと、一組の家族が新しく来店したようで、私がそれを気にせず食事を続けている時、思わぬ事に、その家族の一人から、私に向けて声が掛かるのでした。
「あれ~? 渡辺じゃん!」
「おっ!? なんだ、山口か! お前もここ、良く来るのか?」
「うん、たま~にね。 ふ~ん・・・。」
そう言うと、山口は私の周りを見回し・・・
「渡辺、今日は成海と一緒じゃないんだ。 あんたら、いっつも一緒なのかと思ってた。」
「ぶっぶふぁ~!!!!! 夜まで一緒な訳ねえだろ! アイツだって今頃家で飯食ってるよ!」
「あっそう・・・。 まあ、別にどっちでも良いんだけどね・・・。」
自分の家族も居る前で、サラッと爆弾発言をした山口は、早々に席に戻っていくのでした・・・。
当然のように・・・・
その翌日・・・。
「いや~、昨日、近所の洋食屋で山口とバッタリ会っちゃってさ・・・。 近所づきあいのある店でおじさんとおばさんも知ってるから、いきなりデッカイ声でエリの話を始めて、なんだか焦っちゃったよ・・・。 別に恥ずかしい事じゃないんだけど、なんとなくテレくせえからなあ・・・。」
「ああ、その気持ちは何となく分かるわ。 アイツは幼なじみだから、周りもみんな知ってるからなあ。 一緒にいるだけで直ぐに噂になってるかもな。」
「それもキツイよな・・・。下手すると、エーちゃんちと鷲尾んち、お互いの親同士で情報が筒抜けになってかもしれねえしなあ・・・。」
「お前、怖ええ事言うなよ・・・。」
「あれ? なんか親に知られちゃマズイ事でもあんのか?」
「なんだよ、ねえよ! おめえはどうなんだよ!」
「(チッ、やぶ蛇か・・・。)それにしても、あんなに慌てるんだったら、家でコンビーフでも食っときゃ良かったな・・・。」
「何を慌てんの?」
「うわっ!!! お前! また盗み聞きしてたのか!」
「しっ、失礼ね! あんたじゃないんだから、そんなイヤらしい事しないわよ。 で、何が慌てんのよ?」
「(しっかり聞いてんじゃん!・・・・。)いや、あれだ、ホラ・・・。 そう! コンビーフの美味さは慌てるぐらいだって話だよ!」
「なに、それ。」
「何それって・・・。いや、だから別にそんな大した話はしてねえんだって・・・。」
「そうじゃなくて、コンビーフって何?」
「えっ!?・・・、お前、コンビーフ知らないの!?(そっちに食いついてたのか!)」
「だから、コンビーフって何よ!? 何か、腹立つわね・・・。」
「(やばい・・・。ここは”からかいたい”所だけど、今回は穏便に済ませよう・・・。)こっコンビーフは缶詰の種類だよ! どんなのって、口で説明するのが難しいんだけど・・・、そうだ! 今度、俺が特製のコンビーフチャーハン食わせてやろう!」
「へえ! 何それ、美味しそうじゃない! じゃあ、今日作ってよ!」
「えっ! 今日ですか!」
という訳で、私は急遽、エリの家にコンビーフチャーハンを作りに行くのでした・・・。
その帰り・・・、私はエリとリョウコを連れ立って、商店に寄り、コンビーフを仕入れます。
「ほれ、これがコンビーフだ。」
「へえ! 何か変な形の缶詰ね・・・。 どうやって開けるの?」
「あ、そうか・・・。 ホラ、ここに鍵みたいのがついてるだろ? これをここん所に差し込んで、クルクル回してくんだよ。」
「へえ・・・。」
『コイツ、ホントにコンビーフ知らなかったのか・・・。 考えてみれば、コンビーフなんてホントに庶民の食いものだもんなあ・・・。 一応、大きな家に住んでるお嬢さんっぽいコイツが知らないのも、無理はないのかなあ・・・。』
そう、コンビーフは当時、結構高級な缶詰の部類でしたが、所詮は缶詰。どちらかというと雑多な庶民の食材であり、私もコンビーフといえば、やはり庶民らしい想い出しか持っておりませんでした。
私が幼少の頃、良く父親に連れられて向かう場所といえば、「パチンコ屋」が定番でした。
今のように派手なパチンコではなく、一部には手ではじく様な機械まで残っていた当時のパチンコ屋で、私は父が存分に打つ姿をひたすら待っている訳ですが、何故そんな退屈が我慢できたかと申しますと、その後に大きなご褒美があったからなのでした。
それは、所謂「半端の玉」で交換して貰える景品の数々でして、景品コーナーには様々な品物が並んでいるのですが、その中でも、この当時は缶詰類が特に充実しており、フルーツだとか鯨の大和煮だとか、あるいはコンビーフの缶詰などというものは、当時の私にとりましては、まるで宝物のように映ったものです・・・。
「どうしたのよ? ボーっとして・・・。」
「あっ、いや・・・。 コンビーフって言うとさ、良くオヤジがパチンコ屋の景品で貰ってくるような、庶民の食いものだなあって思ってさ。昔、良くオヤジにパチンコ屋に連れられた事思い出したんだよ。 ほら、そこのパチンコ屋。 そんなものだから、はたしてお前の口に合うかどうか・・・。」
「・・・・。 なんか、羨ましい・・・。そういう想い出・・・。」
「えっ? そうか!?」
「そうよ・・・、羨ましい。」
「エリ・・・。」
そういうエリの表情は、とても寂しげな笑顔で、それを見るリョウコの姿もまた、少し寂しげでした・・・。
「まっまあ良いじゃねえか! これから俺が作るコンビーフチャーハンが、お前には一生忘れられないコンビーフの想い出になるかも知れないんだし!」
「あははは、ユキ! あんた、リョウコも居るのに凄い自信ね!」
「いっいや、リョウコさん、お手柔らかにお願いします・・・。」
「あはは、大丈夫だよ~。 一生懸命作ってくれれば、きっと美味しいよ。」
という訳で、私達は早速、エリ宅の台所で調理に入ります。
「ねえ! それ、私に開けさせてよ!」
「あっ? いや、良いけど。 面白いもんじゃねえぞ、こんなの・・・。」
しかし、余程気に入ったのか、エリはキャッキャッと騒ぎながら、コンビーフを開けていました。
「(ホントに子供みたいなヤツだな・・・。)ところで、冷や飯はあるか?」
それからしばらくして、無事にコンビーフチャーハンは出来上がり、三人で試食となりました・・・。
「美味しいじゃない! これがコンビーフ!? へえ!!!」
「うん、渡辺、とっても美味しいよ!」
「いやいや、二人に褒められると、変な自信がでちまうな! どんどん食ってくれよ!」
そんな訳で、私のシェフとしての面目は、二人の姫様の喜ぶ顔で、何とか保たれるのでした。
それから数日後の事・・・。
「ねえ! 今日もまたコンビーフチャーハン作ってよ! コンビーフならいっぱいあるから!」
「なっなんだ~? まっまあ、気に入ってくれたなら嬉しいけど・・・。」
そして、その放課後、姫様宅に向かいますと・・・・
「なっなんじゃ、こりゃ!!! てか、お前、どんだけだよ!!!」
なんと、そこには既に開封された大量のコンビーフが!・・・。
その山に驚く私に、リョウコがコッソリ耳打ちします・・・。
「あはは。実はこの間の事で、エリがすっかりコンビーフを開けるの気に入っちゃってね・・・。 買い置きした分、我慢できなくて開けちゃったんだって。あははは。(コソコソ)」
『アホだコイツ・・・。 ガキよりタチ悪い・・・。』
という訳で、その日、私のコンビーフチャーハンをはじめとするコンビーフのフルコースを(チャーハン以外はリョウコ作)、思う存分、存分すぎるほど味わうのでした・・・。
『いや、もう当分コンビーフは良いかな・・・。』
それからしばらくして、私は呑気に日常を過ごしておりました。
そんなある日の事・・・
「参ったな・・・。」
「どうした?」
「いや、今日から日曜まで、うちの家族、親戚の不幸で居ねえんだよ・・・。
飯どうするかなあ・・・。」
「そりゃ難儀だな。まあ、カップラーメンでも食って凌げよ。」
「人ごとだと思いやがって・・・。 エーちゃんちでも転がり込むぞ。」
「どうしてもってんなら、別にかまわねえけどな。」
「まあ、何とかするつもりだけど・・・。」
そんな話を、いつものようにコッソリ聞いていたのか・・・。
「ねえ、渡辺、ちょっと話があるから、来てよ。」
「なんだ、エリ?」
「私がご飯作りに行くよ、ユキのうちに。」
「えっ!(ここは普通、喜ぶ所だけど・・・・コイツが一人で!? それほど腕を信用してないわけじゃねえけど、なんか怖ええ・・・。)
そっそうだなあ・・・・。 あっ! そうだ、良い機会だから、今日は外で飯食わないか!? 知り合いの洋食屋があるんだ! 凄い美味いハンバーグ食わしてくれるから!」
「へえ! 行く!」
その夕方、私達はその洋食屋で食事を摂りました。
その時にはもう、ご近所さんに彼女を見せるの恥ずかしいとか何とか、そんなことはすっかり忘れているのでした。
「美味いだろ!?」
「ホントに美味しい! もっと早く連れてきてくれれば良いのに!」
「これからいくらでも来れるだろ?」
その後、私達は自宅に移動し、姫様は初めて見るウサギ小屋の様に狭い我が家を観察しながら、とても楽しそうにしておりました。
そして、いつものようにトランプやらをやって時間を過ごしますと・・・
「あれ!? もうこんな時間か・・・。 すっかり遅くなっちまったな。 送っていくよ。」
「いいわよ、今日はここに泊めてもらうから。」
「ああ、泊まっていくのか。じゃあいいか。・・・・って、えっ!!!!!! うちに泊まるの!? ここに???」
これが、姫様が我が家にお泊まりをした、最初で最後となりました・・・。
そんな事もありながらの、数日後の事。
「よう、渡辺! おはよう!」
「おう、藤本。 元気良いな。・・・。あれ・・・。 お前、首筋にデッカイ痣がついてるぞ?」
「あっ・・・。 これは何でもねえ・・・。 気にすんな。」
「蚊にでも食われたか?」
「ちっ、あの野郎・・・。」
「なんだ? どうした犬飼。」
「馬鹿だなあ、お前。 アレはお前、アレだよ。」
「アレってなんだよ?」
「ホントに分からねえのか!? あれはお前キスマークだよ・・・。(コソコソ)」
「何それ?」
「・・・。 それは成海にでも聞いて来い。 それにしても、自慢げにあんなもの見せつけやがって・・・。 さも今気がついた~! みたいな顔してやがるけど、そんな訳あるかってんだ、チクショウ!」
『何怒ってんだ、こいつ・・・。』
そして、その放課後の事・・・。
私がいつもの様に、姫様の部屋でくつろいでいると・・・。
「あっ、そう言えばさ。」
「何?」
「お前、キスマークって知ってる?」
「何、急に?」
「いや、良く分かんねえんだけど、今日、藤本の首筋にそれがあってさ。 そんで、何か知らねえけど、犬飼の機嫌が悪いんだよ、それ以来。」
「ユキ、ホントに知らないの?・・・。」
「なっなんだよ・・・。知ってたら聞かねえよ・・・。」
「ふ~ん・・・。」
「なんだよ・・・。」
「ふ~ん・・・。」
「だから、なんだよ、気持ち悪りいな!」
「教えてあげよっか?」
「勿体ぶりやがって! もう良い! 他のヤツに聞く!」
「うふふ、そんな恥ずかしい事、しない方が良いよ。」
『なんなんだ、いったい!』
「キスマークはね、こういう事だよ。」
そう言いながら、エリは私に覆い被さると、まるで吸血鬼のように私の首筋にくちびるを当て・・・。
「!!!(なっ!!!)」
「分かった? ほら鏡。」
「ぐあああ!!! これってムチャクチャ恥ずかしいじゃねえか!!! 何しやがる、コンチクショウ!!!」
「あはは、そのうち消えるから、それまで絆創膏でも貼っておきなよ! あはは!」
その後・・・。
私はこの恥ずかしい痕を他の誰にも見られない様に・・・(勿論、親兄弟にも・・・)、しばらくは「いや~・・・、なんか首痛てえ・・・。寝違えたかな!?」などと誤魔化しながら、首から手のひらを離す事が出来なかったのでした・・・。




