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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第二章
41/85

45 「古都のしらべ 前夜編」

 愚かな嫉妬心から不名誉な負傷をしたために、ほとんど参加もせずに終わった体育祭からしばらくすると、残暑もようやく納まりを見せ、私の足が治る頃には、すっかり秋を迎え、今年も文化祭の季節がやってきます。

 昨年は「ネジ飛び姫」のお陰で、思わぬ主役を務める事になった舞台も、担任の岡部先生曰く「大成功」を納め、そのせいか、この「演劇好き」の先生も、どうやら舞台には満足を示したらしく、今年は通常の「話し合い」による「出し物決め」が行われました。


 と言いましても、私とエリは既に学級委員をお役ご免となり、今はただのしがないイチ「図書委員」でしかありませんので、私はその様子を他人事の様に「ボケー」と見つめるのでした。


 会議の流れは、大方「食い物屋」をやりたいという事で固まっていましたが、問題は「何を売るか」で、男子と女子の意見が真っ二つに割れています。

 男子は定番の「お好み焼き」やら「焼そば」を提案し、女子は当時ハイカラな「クレープ屋」をやりたいと主張しています。


 『こりゃ、クレープ屋で決まるな・・・。』


 このクラスの男女の力関係を考えれば、結果は明かでした。

 我がクラスには武闘派の鷲尾が居ますし、もしリョウコに本気で願い事を懇願されたら、このクラスの男子で断れるヤツは一人もいないでしょう・・・。

 なにより、「ネジ飛び姫」様がこの「クレープ屋」案に賛成してる訳ですから、何がなんでも可決されるのは時間の問題です。

 そもそも多数決をとった場合、私やエーちゃんをはじめとする男連中は、完全に女子組に尻を敷かれているものですから、躊躇無く女子側に寝返る・・・というか寝返らざるを得ない訳で・・・。


 『すまんな、みんな。世の中そんなものだ。』


 そして時間は一気に過ぎ、文化祭当日・・・。

 結局、私達が裏切るまでもなく、クラスの出し物は「クレープ屋」となり、女子達はシフト制で接客をこなし、哀れな男共は、せっせとクレープを焼いたり、食材や消耗品の準備に追われるなど、完全に裏方の仕事に徹する事になります・・・。

 それにしても、これは「図書室の妖精」(どうやらそう呼ばれているらしいです。)効果なのでしょう。エリ達が接客の時に限り、異常に男子の集客率が上がります・・・。


 『知らないという事は、良い事だ・・・。』


 もっとも、エリが出番の時はリョウコと鷲尾、金丸も一緒という豪華メンバーであり、それぞれにコアな客層がついている事は、見ていても明らかでした。

 特に鷲尾は女子にも人気があるらしく・・・、ある時、女子からラブレターを渡されている鷲尾を見た時は、「いや、良くテレビとか漫画でそういうの聞いてたけど、ホントにあるんだ・・・。」と、私とエーちゃんを驚かせたものです。


 もちろん、いつも通り、私は休憩時間を見計らったように現れる姫様に連れ出され、あちこちを見てまわる事になるのですが、この頃には、エリの昨年の様な奇行はだいぶん治まっていました。

 果たしてそれが私と付き合うようになったからなのかどうかは分かりませんが・・・。

 もっとも、治まったとはいえ、あくまでも「昨年と比べて・・・」程度なのですが。


 ところで、何かとネジが飛んじゃった行動の多い姫様ですが、クラスの中では大きな発言権を持っていました。

 現に今回の出し物がクレープ屋に決まった背景には、やはりエリの発言力がものを言った部分も大きかった事でしょう。そして、この発言権は姫様の奇行と密接に関係しているのでした。


 それは、私達がまだ知り合ったばかりの頃、つまり昨年の春先に話が戻る訳ですが、その当時、何かと目立ってしまうエリは、やはりと言いますか、他の女子、特に一部の陰湿なグループから真っ先に目をつけられてしまったようなのです。「ようなのです」とは、実はこの辺りは私も後々聞いた話で良く知りませんでした。

 その当時、私はこのイカレた姫様が大っ嫌いでしたし、しょっちゅう厄介ごとに巻き込まれては一緒に行動をしていましたが、姫様自身にはそれほど注意を払っていなかったのかもしれません。


 まあ、それでもエリが目をつけられる理由は容易に想像がつくことでした。

 なにしろ、このアホな姫様は、何かしら偉そうに目立つことばかり繰り返していましたし、自分の興味がある人間と無い人間は、露骨に区別していました。

 オマケに、このクラスの女子に大人気である藤本を含め、この時代の女子にしてはかなり目立つほど男子と接しておりましたから、「あの女、ホントに生意気。」となるのは、時間の問題だったのでしょう。


 それでもエリには、しっかりもので、別の意味で影響力の強いリョウコや、見るからに男子女子関わらず、誰も逆らわないであろう鷲尾、そして不本意ながら巻き込まれつつも、結局は何だかんだ一緒にいる私達男子という取り巻きがいるせいか、容易に手が出せないと思ったのでしょう。最初の頃は大人しくしていたようです。


 しかし、その我慢が限界に達したとき、事件が起こったそうで・・・。

 その日はたまたま、私達はバラバラに別行動をとっており、教室には珍しくエリだけが残っていたそうです。私やリョウコが居れば・・・、あるいは鷲尾が居れば、そんな事件は起こらなかったのでしょうが・・・・。

 つまり、彼女たち陰湿隊はそもそも勘違いをしていたのです。本当に恐いのは周りの取り巻きではなく、むしろ姫様本人であり、そして私達こそが、その防波堤であった事を・・・。


 事件の詳しい原因は結局分からなかったのですが、つまりは陰湿隊が集団でエリを虐めようとしたようで、これは一部始終を黙って見ていた男子の証言から分かった事なのですが(黙ってみてるコイツもどうかと思いますが・・・。)、陰湿隊がエリを数人で取り囲み、矢継ぎ早に罵声を浴びせるのを一通り黙って聞いていたエリは、その中のリーダー格である女子を睨み付けると、あっと言う間に髪の毛を強引に掴んで、そのまま廊下に引きずりだしたのだとか。

 他の陰湿隊メンバーは、何が起こったのか理解出来ないまま呆然としていたようですが、リーダーの悲鳴で後を追いかけると、エリはそのリーダーを廊下の流し場まで引きずり、石の流し台に無理やり顔を押しつけると、そのまま蛇口をひねって水攻めにしたのだとか・・・。

 その時の男子曰く、エリは・・・・


 『一人じゃなんにも出来ない馬鹿女が粋がってんじゃないよ! 寝ぼけてるようだから、頭冷やしてやる!』


 と曰ったのだとか・・・。

 実は陰湿隊の嫌がらせはこれだけではなく、体育の時間には、セーラー服のスカーフをズタズタに切られた事もあったのだとか。

 その時もエリは、その場にあったイスを放り投げると、リーダー格の女子の首を片手で締め上げ、そのまま着替えたばかりのスカーフを抜き取って、目の前で強引に引きちぎったそうです。その時はリョウコと鷲尾が必死にエリを止めたため、それ以上の惨事にはならなかったそうなのですが・・・。


 流石にこれを直に見ていた連中は、エリに対してかなりの恐怖感を持ったようでして、「怒らせたら危ないやつ・・・」として、避けるようになったようです。

 なるほど、「女子は可愛ければなんでもOK!」と曰っていた男子たちが、何故かエリにだけは興味を示さなかった理由も良く分かります。


 しかし、これは私に言わせれば、大きな誤解でしかありませんでした。

 たしかに口が達者な割には、口よりも手が先に出るヤツではあるのですが、本当は誰よりも曲がった事が大嫌いで(ゲームのイカサマはするけど・・・)、誰よりも友達想いで優しいヤツなのです。

 ただちょっとだけ、人とのコミュニケーションが下手くそなために、誤解を多く招いてしまうのでしょう。


 しかし、それもリョウコや鷲尾のお陰もあって、そのままクラスから孤立する事もなく、また実際に付き合ってみて、エリのワガママだけれど人なつっこくて憎めない性格も良く分かったのでしょう。現在のように「怒ると恐いけど頼れるヤツ」として、クラスの人間から絶大な支持を得るに至った訳です。

 もっとも、エリのことを毛嫌いしている人間もまた、支持する人間と同じくらい居る訳ですが・・・、しかし既に、思っても行動に移すような命知らずは存在しないようで。





 話は大分それましたが、とにかく、この「クレープ屋」は女子達の実力により、昨年以上に大成功を納めるのでした。


 そして、文化祭が終了すると、中学最大の特別行事であります「修学旅行」が目前に迫ります。

 何でも今回の修学旅行では、現地で班ごとに専属タクシーを借りて自由行動をするのだとか。

 なので、事前にまず「班」を決め、その後、各班ごとに現地での行動計画表を作るという事になりました。これはかなり面白い趣旨だったと思います。


 もっとも、班を決めると言っても、結局は好きな者同士が集まって人数調整をするだけですので、私達はいつものメンツで二班を作り、当日はその二班合同で行動をしようという事になりました。ちなみに犬飼は藤本が大嫌いなため、私達の班には入らず、他の男子と別班を作ったようで。

 そんな取り決めの最中・・・・。


 「渡辺くん、成海さん、ちょっと良いかしら?」


 と、私達は、岡部先生に特別教室に呼び出される事になります。

 特別教室に入ると先生は鍵を掛け、私達に 「実は、ちょっとお願いがあるのよ」と、相談事を持ちかけます。

 私はこれまでに、この岡部先生の「ちょっとのお願い」に散々騙されていましたので、かなり警戒をしつつ、先生の話を伺います・・・。


 「実はね、お願いというのは清原くんと山口さんの事なの。」


 「清原と山口?(ああ~・・・。)」


 私はこの二人の名前を聞いて、先生が何を言いたいのかピンと来ました。

 この二人、「清原ショウイチ」と「山口ユミコ」は、所謂「クラスの嫌われ者」に分類される人種でした。


 といって、清原の場合、特にその性格に問題がある訳ではありません。

 清原は普段、大変大人しいヤツでして、コイツと過ごした数ヶ月を思い返しても、下手をすると喋った声を聞いた事が無かったんじゃないか? というぐらいの大人しさでした。

 なので、「嫌われている」という言い方は正確ではなく、どちらかというと「忘れられている」と言った方が正しいかもしれません。

 実際、私もエリの事で色々と忙しい思いをしていたという事もありましたが、この清原の事を先生から言われるまで、スッカリその存在すら忘れていたくらいです。

 それ以外にも、とにかく感情を表に出すことが苦手なようで、大半の女子達からは、「何を考えているのか分からないから気持ちが悪い・・・。」と言われる始末でした。


 山口の方は、良くある「男にはモテるけど女に嫌われる」典型タイプでして、山口と私は小学校からの付き合いなのですが、たしかに顔はそれなりに可愛い方だと思うのですが、昔から、如何せん性格に問題があり過ぎました。

 とにかく大変ワガママで自分勝手な性格で、「それだけならネジ飛び姫と変わらないじゃないか?」と言われそうですが、エリの場合は、その性格や魅力から所謂「人に愛されるワガママ」なのに対して、山口の場合は単なる「人に嫌われるワガママ」という大きな違いがありました。


 具体的に言えば、エリは自分の世界に相手を巻き込むワガママで、嫌な人間にとっては本当に迷惑な話ですが、それでも新しい世界が広がる可能性を感じさせる、プラス向きのワガママでした。

 対して山口のワガママは、人に頼って人を使い、またそれを悪いことと感じていない向きがあり、山口に対して好意を持ち、見返りを期待する者ならともかく、そうでない人間にとっては、少し腹の立つ態度でしかありませんでした。

 人に対しても、自分に有益なものとそうでないものを露骨に区別する癖がありました。いやまあ、これもエリと一緒なのですが、エリは少なくても誰に対しても、まったく媚びを売らない孤高の存在でした。対して山口は、有益なものには徹底的に媚びを売り、そうでないものには、無関心か見下すような態度をとっていましたので、これはもう嫌われるのも自業自得だったのでしょう・・・。


 また、これは後々分かる事ですが、山口はどうやらエリの事を大層嫌っているようで。ある意味お姫様のように振る舞う二人は近しい何かがあり、それ故に反発するのかもしれません。

 もっとも、エリの方はそもそも、この山口に興味がないのか、全くの知らん風ではあったのですが・・・。

 とにかくそんな二人な訳ですから、先生の言わんとする事はひとつでしかなく、要するに・・・・


 「このままではどこの班にも入れないから、あなた達の班で迎え入れてくれないかしら?」


 という事だったのです。

 もとより、私の方は清原と山口に対して嫌悪感を持っている訳ではありませんでしたから、この申し出はまったく問題のない所でした。

 ですが、清原はともかく、山口の方は女子組の意見も聞かなければ分からない所ですから、私はとりあえずエリの顔を覗き込みます。エリの方も私を見て、「別に問題はない」という表情でしたので、私達はこの先生の「ちょっとのお願い」を聞き届ける事にしました。


 「ありがとう! こんな事を頼めるのは、あなた達しか居ないから本当に助かるわあ! それじゃ、くれぐれも宜しくね!」


 そう言いながら、先生は問題が可決した嬉しさを全面に出しながら、教室から去っていきました・・・。


 「・・・。 何か俺たち、すっかり「便利屋」として先生に登録されちまってるみたいだな・・・。」


 「別に良いんじゃない? 人数は多い方が楽しいわよ。」


 「・・・。時々だけどさ。 お前のその性格が偉大に思えるんだよ。 お前ってやっぱり凄いな、ホント。」


 「馬鹿。」


 教室に戻った私達は、早速この事をみんなに報告します。

 珍しく、リョウコの顔色が少しだけ変わったようでしたが、概ねみんな賛同してくれたようでした。なので私達は、そのまま清原と山口を呼び出し、細かい班分けと自由行動の計画作成に参加させます。

 という訳で、班分けは次の三班と決まりました


・ネジ飛び姫隊 第一班

 班長・渡辺(私) 副班長(兼ネジ飛び姫隊 隊長)・エリ、その他・リョウコ、清原


・ネジ飛び姫隊 第二班

 班長・鷲尾、副班長・兼末エーちゃん、その他・藤本


・ネジ飛び姫隊 第三班

 班長・内山、副班長・金丸、その他・山口


 当初の予定では二班に分割するつもりでしたが、清原と山口が加わったために三班とし、それぞれにタクシーの配属を要請し、当然のように先生に受理されます。

 もっとも、この「班決め」は便宜上のもので、実際は三班合同で行動しますから、この班で意味があるとしたら、移動中のタクシーの席順程度でした。

 ちなみに、ホテルの部屋割りは「一部屋五人」との事で、このメンツで丁度、男女二部屋を使用する事になります。


 さて、班と部屋割りも決まり、後は当日の計画のみとなりましたが、流石にこれは一日では決まりませんので、別で集まり、何日か掛けて計画した事を思い出します。

 その間は清原と山口もエリ宅に呼び出し、計画を練ります。・・・が、結局、当時は歴史や文化にトンと疎かった私には、ハッキリ言って京都の名所など分かる訳が無く・・・・「すまないけど、内山中心で頼むわ・・・」と、歴史好きの内山に頼らざるを得ませんでした。

 そのため、出来上がった京都の観光ルートは、内山の趣味が色濃く反映されたものになります・・・。


 そんな訳で、修学旅行の準備も調い、いよいよ私達は「古都」に出発するのでした!

 しかし、まさか清原と山口を加えた事で、あんな大騒ぎになろうとは・・・・、この時はリョウコ以外、まだ誰も気がついていませんでした・・・・。



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