03 「クラスの交友を深める会」
衝撃的な出会いから、私はエリに対して嫌悪感を抱いていた訳ですが、と言っても席も隣同士、そのまましかめっ面をして無視を決め込むのも大人げないですし、第一せっかくの新しい学校生活が面白くありません。
ついでに言えば、改めて確認するまでもなく、このエリは、とにかく「物凄い美人さん」ですから、喋る言葉さえ右から左に受け流していれば、大変な目の保養になると、思春期特有のスケベ心を抱きつつ、私は教室の多くの時間を、このエリとの会話で過ごす事になりました。
勿論、休み時間の大半は男子との悪ふざけや遊びに費やす事になるのですが、何故かこちらは対して記憶に残らず、やはりこのエリと過ごした時間(無駄の度合いで言えば、全く同レベルなのですが・・・)の方が、今にして思えば長く感じてしまうのでしょう。
それは私達が学級委員に配属されて間もない頃。
その日は先生からの呼び出しを受け、私達は昼休み一番で職員室に向かいました。
「悪いんだけど、この資料の製本を手伝ってくれる? こっちの会議室使って良いから。 お弁当もこっちで済ませちゃって。とりあえず出来る所までで良いから、お願いね!」
「はい、分かりました。」
「あ~あ・・・、結局「学級委員」って、先生の雑用係みたいなもんなんだなあ・・・。」
「うるさいわね。 男がグチグチ文句言うと嫌われるわよ。」
(チッ・・・。誰のせいだと思ってやがる、このアホ女め・・・。)
仕方なく、私達は先生のお言いつけ通り、せっせと作業を始めるのでした・・・。
ちなみに、この時の作業量は結構なものがあり、真面目にやっていた事もあってか、結構な時間が過ぎてしまいました。
「おっと、エリ、そろそろ弁当食わなきゃ昼休み終わっちまうぞ。食っちまおう。」
「ああ、そうね・・・。 食べちゃおうか。」
そんな具合に、エリは私に同意し、向かい合わせで弁当を食っている時・・・・。
ブッファーーー!!!!!!
「ぎゃあーーー! 何すんのよ、この馬鹿!!!」
本当にどうした事でしょう・・・。別に笑っていた訳でもなく、二人でそれほど会話を弾ませていた訳でもないのですが・・・。
ボーっと牛乳を口に含んでいた私は、突然、当時プロレスで流行っていた某覆面レスラーの様に、エリの顔面めがけて白い毒の霧を豪快に噴き出すのでした。
「あっあれ? いや、すまん! 何だか良く分からんけど噴いちまった・・・。でっでも、お前、色白だから、あんまり目立たねえって!」
「はあ!? 何ワケの分かんない事言ってんのよ、この馬鹿!!! ホント殺すわよ!!! ああ、もう最低!!!! 大っ嫌い!!!」
もちろん、エリはこの後カンカンになって、しばらく私が仲間達から「牛乳男」と呼ばれたのは言うまでもありません・・・。
さて、そんなどこにでもあるような日常を送るうちに、多かれ少なかれ先入観はあったものの、このエリという少女が益々変わったヤツだという事が分かってきます。
まず、性格が非常にサッパリしていると申しますか、サッパリしすぎています。
とにかく「竹を割った様な性格」とは良く言ったもので、考え方は大雑把、人の意見は大して聞かず、ものの好き嫌いをまったく隠そうとしません。ついでに、初顔合わせの時に見せた様に、とにかく無駄にテンションが高く、明るいというよりも眩しいほどでした (あまりよい意味ではなく・・・)。
つまり、容姿や仕草からは想像が出来ないほど「男らしい」女の子でして、あの「紹介スピーチ」も全く悪気が無く、本人も私に感謝こそされても、よもや恨まれていようとはこれっぽっちも考えていない様子です。
私の方でも、この頃にはコイツのこの性格が逆に気持ちよくなってきており、多少、・・・いや、かなり癖の強いヤツですが、「良いヤツ」として認識されていく事になります。
もっとも・・・、エリの事を「良いヤツ」と感じる様になるのは、もう一人の友人、リョウコの影響が強かったのですが・・・・。
エリは非常にサッパリとした性格な上、ものの好き嫌いを隠さないという事は先に述べた通りですが、人付き合いに関しても全く同じで、要するにコイツは、男女問わずに関心のある人間、ない人間を露骨にハッキリと区切っている様でした。
勿論、クラスの方でも、エリに対して好意を持つ人間は多かったのですが、それと同じくらい、露骨に毛嫌いをする人間も、また多くいました。と言って、虐められる様なタマでは無く、むしろ人からどう評価されているかなんて事は、コイツには全く無関心な事柄だったのでしょう。
逆に、リョウコは大変大人っぽい女子でした。エリは無茶苦茶な性格から年下の様に感じていましたが、リョウコはその容姿もありましたが非常に大人っぽく、実際、「ホントは二つばっかり上なんじゃないか?」 と疑わせる程でした。男子が二人を見たならば、最初の見た目ではエリを選ぶものも居るでしょうが、しばらく話していれば、百人中九十八人は、きっとリョウコを選ぶ事でしょう。
そして、このリョウコの存在が難解なエリの性格を通訳してくれる事で、私の中のエリに対する「わだかまり」が、徐々に氷解していく事になります。
そんなこんなで、一ヶ月ばかり経った頃でしょうか。その間も、とにかくこの二人の登場によって、私の学校生活のそれまでとは、良い意味でも悪い意味でも全く違う物になったといっても過言ではありません。
そんなある日の事、エリからこんな提案をされます。
「もう結構新しいクラスにも馴染んできた頃だけど、なお一層の交友を深めるために、私の家でパーティーをやろうと思うの。あんた、どうせ暇でしょ?」
どうせ暇でしょ、と高飛車に聞かれると、たとえヒマでも反発したくなる所ですが、悔しいかなホントにヒマなので仕方ありません。その上、隣でリョウコが
「私も何か作るから、是非来てね。」
なんて仰るものですから、正直、この時はエリなどよりもリョウコ目当てで二つ返事をしようと思ってしまいました。
しかしそんな私の返事を待つまでもなく・・・・
「とにかくもう決定ね! 来なかったら殺すから!」
ちなみに、この「○○しなかったら、殺す」というセリフは、エリの口癖でして、何かにつけてこのセリフで強制力を持たせようとするヤツでした。まったく物騒極まりありません・・・。
そんな訳で、私の都合は全く関係なく、その週の土曜日、午前の授業が終わったその足で、私はエリの家に向かう事になります (私はエリの家が何処になるのか知らないので・・・) 。
三人並んで下校する姿は、さぞ周りの男子には羨ましく見えた事でしょう。私も正直「両手に華」のこの状況を、若干誇らしく思ったものです。 ただし、片方の華はトゲだらけですが・・・・
ほどなくして家に着きますと、この時、何故二人がこれ程まで仲良しなのかを私は知る事になります。つまり、この二人はお隣さん同士で、幼なじみなのでした。
これは随分後からリョウコに聞いた話なのですが、エリは中学になってからご両親の都合でここに引っ越してきたらしく、たしかにこれだけの容姿であれば、小学校にいても目立ちそうなものですが、リョウコの方は何となく見た記憶があっても、エリに関しては全くなかった理由に納得がいきました。ただ、元々幼い頃は、今のこの家に住んでいたらしく、リョウコとはその頃からの幼なじみで、久々の再会にもかかわらず、二人はその空白の時間をすぐに埋める事が出来たそうです。
ところで、この時になって初めて気がついたのですが、「クラスメイトとの交友を深めるパーティー」のはずが、ここにいるのは私とエリ、リョウコの三人だけしかいません。それを二人に尋ねてみても「今日は三人だけ」との事。 「それじゃ交友を深めるもヘッタクレも無いだろうに・・・・」 と思いつつも、それはそれで非常においしい状況じゃないかと思いたち、余計な事は言うのを止めようと、思春期特有の少年思考で押し黙ったのでした。
それから私達は、どうやらこの二人が前日から用意したらしいご馳走を食べながら、色々な話をしたり、トランプなどのゲームで遊んだりと楽しく過ごす事ができました。
それにしても、ここでもう一つのエリの一面を見せつけられる事になります。コイツはとんでもなく「負けず嫌い」で、自分が勝てるゲームはしつこくやり続けますが、自分が負けた途端、そのゲームは放り出し、次のゲームへと切り替えます。勿論、周りの意見はお構いなしに・・・
(まったく、どこの「お姫様」だ・・・。)
そしてまさにこの時、私はこの姫様の事を、「ちょっと頭のネジが飛んじゃったお姫様」、略して「ネジ飛び姫」と命名するのでした。
ところで、この二人は前にも述べました様に、全くの正反対の性格でした。
「ネジ飛び姫」ことエリは、容姿は前記した通りですが、そのせいか若干幼く見え、そのくせスポーツは万能、運動神経は並の男子では後れをとる程でした。
しかし性格は今まで述べた通り多少の難があり、ついでに勉強の方はあまり宜しくなく・・・、本人曰く、「私の人生には、さして必要のないもの」との事でした。
といって、普段話していると、そう頭が悪いように感じませんで、むしろ頭の回転がやたらに早く、感が鋭い方で、何でも器用にそつなくこなし、ゲームなどの呑み込みも人一倍早かった所をみると、本当に「勉強」に対しての興味が薄かったのだと思います。
対してリョウコの方は運動こそエリに劣るものの、それでも女子の中では万能の方で、オマケに性格は良好。誰にも好かれ、頭脳明晰と、全く非の打ち所の無い子でした。
ついでに言えば、料理も上手く、この時のご馳走も大したもので、逆に何に対しても器用なエリは料理だけは苦手らしく、この時もエリの料理を食べる事はありませんでした。
そういえば、ひとつ気になっていたのは、エリの家族が見えない事でした。先ほど、リョウコの着替えが終わる頃、迎えに玄関まで行った時には、リョウコのお母様とお会いする事が出来ましたが、こちらの家にはエリ以外の人間の気配が無く、それを本人に言ってみると「居ない」との事でした。その一瞬、エリの顔が真顔になった事には気がついたのですが、「多分共働きなのだろう」と、この時の私は大して深く考えておりませんでした・・・。
さて、食事やゲームを楽しんだ後、今度はエリの部屋を覗かせて貰う事になりました。何故その様な話になったのか、その経緯は良く思い出せないのですが、正直、同年代の女子の部屋に入るなんて事は、それまで経験した事のない出来事でしたから、私は内心もうドキドキでした。
しかし、そんなドキドキ感や淡い期待は、部屋に入った瞬間に霧散する事になります・・・。
私が抱いていた可愛らしい女の子の部屋はそこにはなく・・・、モノトーンで統一されたその部屋は、実に簡素でサッパリとし、ある意味男らしく、いやオッサン臭くさえあるような部屋でした。ある意味では期待を裏切られ、ある意味では期待通りの部屋がそこにありました。
一番驚いたのが本棚に並んだ書籍の数々で、そこには幽霊やら妖怪やらの本がビッシリと並べられていたのです。
つまりこいつは「オカルトマニア」だったわけです・・・。
その時の私は・・・
(えっ・・・どうなの、これ・・・。普通、女子が自分の部屋で心霊写真とかを一人で見ちゃうものなの!? いや、無い無い無い!無いだろ、普通・・・)
と、心の中で自問自答を繰り返していたと思います。変わっている変わっているとは思っていても、よもやここまでとは・・・と、軽いショックを受けた事を思い出します。
なんでも、この部屋とコレクションは元々兄のものだったのだが、そのままエリが譲り受けたのだとか。それでも見ている内にハマってしまい、今では愛読書が心霊本と公言してはばからず、なるほど、元々はお兄さんの所有物なのかと納得しつつも、結局は自分もハマってるのか!と、心の中でツッコミを入れつつ・・・、帰りに際にエリから、
「面白いから、あんたも読んでみなさいよ!」
と、無理矢理渡された心霊本に影響されて、その後、スッカリ心霊ファンになってしまったのは内緒の話です・・・。