19 「傷だらけの体育祭」
それは私たちが主役を務めた文化祭(※「舞台!」 参照)の少し前のこと。
姫様との冷戦(※「祭囃子」 参照)も収まって、ようやくいつも通りの日常が戻ったころに、いよいよ二学期最初のイベントである体育祭が始まります。
「どう!? なかなかのものでしょ!?」
「ネジ飛び姫」様は、今度の体育祭で「女子応援団」をやる事になり・・・、すったもんだの末に、私の入学当初のガクランを着て、笑顔で応援団のポーズを取っています。
「う~ん・・・・。
まあ、ドカンと中ランよりかはマシか・・・。 でもまだチンチクリンだな・・・。」
「うるさいわね! ちょっと大きいぐらいが可愛いのよ!」
「可愛い応援団って、アリなのか?・・・・。それにしても、鷲尾はホントに似合ってるよなあ・・・。エーちゃんから借りたのか? それ?」
「そっそうだよ。 何? 何か文句あるの!?」
「いや~、全然。 お前ら、あれから仲良いからなあ・・・。くっくっく。(※「幼なじみ」参照)それにしても、お前、格好いいな。 そのまんま俺らと歩いても違和感ねえぞ。」
― スザッシュ!
「うおっ! 危ねえ!!! 何て蹴りだしやがる! 当たったらシャレにならねえぞ!」
「下らない事ばっか言ってるからだろ! 今度はホントにあてるから。っていうか、その喉を潰してあげる。」
「いっいや、怖いから!(そういや、鷲尾をからかうと命がけになるんだった・・・。気を付けよう・・・・。)」
私達は、目前に迫った体育祭の準備に追われていました。
準備に追われて・・・と言いましても、この頃の体育祭では定番である、男子は「組み体操」、女子は「ダンス」をそれぞれが練習し、その他に、エリ達の様な特殊な仕事があるものは、その練習をするようなぐらいで、その後にある文化祭などに比べれば、実にノンビリとしたものでした。
そして体育祭当日の事・・・。
「よう、応援団。 準備はバッチリか?」
「当たり前でしょ! 私が応援するんだから、あんたもちゃんと活躍して貢献しなさいよね。」
「はいはい・・・。」
そんな具合に、私がエリと無駄話をしていると・・・・
「ああ、渡辺くんに成海さん!」
「吉川先輩! ちわっす!」
聞き覚えのある声に振り返ると・・・、そこには委員会で二つ上の吉川先輩の姿がありました。
「渡辺くんも紅組なんでしょ? 頑張ってよねー、応援しちゃうから!」
「うっす!」
「活躍したら、お姉さんご褒美あげちゃうよ! 何がいい!?」
「えっ! マジですか!!!」
「あははは! 変なことはダメだよー!」
「いっいや、そんなこと全然・・・そんなに考えてないっすよ!」
「・・・。」
「あー・・・、成海さんも応援団? 頑張ってね!」
「はい・・・、頑張ります。」
姫様の機嫌が見るからに悪くなったせいなのか・・・。
話のきりが良いところで、吉川先輩はそそくさと去っていくのでした。
「前から思ってたんだけどさ、吉川先輩って、あんたのこと気に入ってんの?」
「いやあ、そんなことないだろ? あの人、愛想が良いからなー。みんなにあんな感じなんじゃねえの? たぶん。」
「私、あの人あんまり好きじゃない・・・。」
「(えー、吉川先輩って嫌われるタイプに見えないんだけどな・・・。こいつ、めんどくさいなあ・・・。)まっまあ、お前が誰が好きで嫌いとか、わりとどうでも良いけどさ。せめて先輩なんだから、さっきみたいな態度はどうかと思うぞ。」
「・・・・。」
― グシャ!
「ぐあああああ!!!!!! いっいてえぇぇぇぇ!!!! 何しやがる、このアホ女!!!!」
「あら、ごめんあそばせ!」
私の左足甲を思いっきり踏んづけたエリは、そう言いながら真顔で去っていくのでした・・・。
『ごめんあそばせって・・・、どこのマダムだ、お前は!
あのヤロウ・・・、まったく手加減無しかよ。やべえなこれ・・・、折れたんじゃねえか? それにしても、本当に相変わらず訳が分からねえ・・・。 何なんだ? 一体・・・。』
そして、体育祭は開会式を迎え、つつがなく進行していきます。
その間、私の左足は尋常じゃない痛みを覚えつつ・・・、まあ、何とかなるだろうと、楽観的に自分の出番を待っておりました。
そして、いよいよ出番の「クラス対抗リレー」がやってきました。私は三番走者だったのですが・・・
『やべえな・・・。走れんのか、これ・・・。』
「渡辺、大丈夫か? 何だか顔が青いぞ?」
そう、私の様子に気がついてくれたのは、アンカーの広瀬でした。
「いや・・・、大丈夫だ、たぶん・・・。 ・・・とっとりあえず、ここだけは何とか乗りきろう・・・。」
しかし、当然のようにそう上手く行く訳が無く・・・、私は何とか順位を一人抜かれただけで押さえたものの、いつものようには走れず、走る度に痛みは激しく増し・・・ついに最後の十メートルに至っては、足が前に出ない状態になりました・・・。
「くそったれ!!!!」
私は何とか飛び込んで広瀬にバトンを渡し・・・・、そのまま受け身も取れず、無惨にも転げ落ち、あちこち擦り剥いて、全身血だらけとなるのでした・・・。
応援席のあちこちからは、笑いももれています・・・。
『くっくそ・・・。 なんたる生き恥・・・。』
「あれ~? お前、本番に弱いタイプだったっけ?」
別のクラスで走っていた犬飼にからかわれながらも、私はいよいよ左足の尋常ならざる痛みに、脂汗をかいていました・・・。
「ふんっ。 調子に乗ってるからよ。 いい気味だわ。」
エリは、わざわざやってきたと思ったら、冷たい目で私を睨みながら・・・、それだけ吐き捨てて、サッサと自分の仕事に戻るのでした・・・。
『何だ・・・アイツ。 っていうか、誰のせいだと思ってやがる、あのアホ女・・・。』
その後はしばらく、私の出番は無かったお陰で、足の痛みのそこそこには回復し、私達は昼食を摂る事になりました。
現在はそうでも無いらしいですが、私たちの頃は、中学生の体育祭に親が来るなんて事は皆無でして、昼食は一旦教室に戻ってクラスメイトととるのが普通でした。
そんなわけで、昼食は例の如く、女子組が多めにおかずをこさえてくれまして、それに私達が家から持参した弁当を加えて、豪華なご馳走を取る事ができました。
「渡辺・・・、大丈夫だった? リレーの時に、ものすごい転んでたけど・・・。 顔色も悪いし、何処か調子悪いの?」
「いや、大丈夫だよ。 リョウコのご馳走食ったら、だいぶん元気になった。 ありがとう。」
「リョウコ、そんなヤツ、ほっといて平気よ。 大方、鼻の下伸ばしてスッコロンだんでしょ。」
流石にこのセリフには私もカチンときまして・・・。
「お前なあ、何が気に入らないのかしらねえけど、いい加減にしろよ、コノヤロウ。 終いには、本気で怒るぞ!」
それを聞いたエリは、無言で私を睨み付け・・・、そのままそっぽを向いて、結局、昼の時間は一度も目を合わさずにいました。
そして、午後のプログラムに入り、男子の「騎馬戦」が始まります。
そして、その準備のために、靴下と靴を脱いだところ・・・・
「うわっ!!!! 渡辺、お前なんだその足!!!!」
「うぎゃあ!!! なんじゃこりゃ!!!!」
私の左足は見事なもので、赤紫色に変色し、右足の1.5倍ほどの大きさに腫れ上がっていました。これは痛いわけです・・・。
「お前、それじゃ騎馬戦なんて無理だろ!? 保健室行くべ。」
「いや、良い。 とりあえず騎馬戦だけは出てえ・・・。 これに出なきゃ体育祭に来た意味がねえ・・・。分かるだろ? エーちゃん・・・。」
「いや、そりゃまあ・・・。 お前が良いなら、なんも言わんけど・・・。 しかし、それ、出来んのか?」
「お前に見せてやんよ、バカヤロウ! 本当のでっけえ根性ってのをよ!!!」
と、気合だけは充分乗っていた私ですが・・・・
当然のように、痛みのせいで何が何だか分からなくなり、結局、みっともない倒れ方は辛うじてしなかったものの、たいして活躍も出来ずに、「男の華」の騎馬戦は終了となり・・・
「せっ、先生! すいません、渡辺、ここでリタイヤさせてもらいます!・・・。」
結局、私はその後の組み体操には参加せず・・・、エーちゃんに支えられながら、保健室に運ばれるのでした。
「あらら~・・・。これはまた見事に腫れてるわねえ・・・。何したの?」
「いや・・・、色んな意味で重たいものが足の上に落ちまして・・・。」
「なに? 鉄板? とにかく、骨に異常があるかも知れないから、病院に行った方が良いわね・・・と言いたいところだけど、今日は日曜日だしねえ・・・。」
「いえ、大丈夫です。 とりあえず今日は体育祭の残りも見学したいし、明日は振り替えなんで、明日にでも病院に行ってきます。」
「そう? でも、あんまり無理して動かさない方が良いわよ。 とりあえず、湿布と氷出しとくから、それで冷やしておきなさい。」
「どうも・・・、お手数お掛けします・・・。」
「それじゃ渡辺、そろそろ組み体だから、俺戻るな。」
「ああ、サンキュー。」
エーちゃんが戻った後、先生の処置を待ちながらボーっとしていると、入れ違えるように、ヤツが入ってきました。
「・・・・・。」
「なんだ? 悪いけど、今お前と喧嘩する元気はねえぞ。 今度にしてくれ。」
「別に・・・。 ただ気になったから。 それ、私のせいかなって・・・。」
『いや、お前のせい以外の何物でもないけどな・・・。』
そんなことを思いながらも、その表情を見て、私は充分でした。
この不器用な姫様は、自分から謝るなんて事は大の苦手だと言う事を、私は良く理解していましたから、明らかに反省して後悔している様子を見て、私の怒りはスッカリおさまっていました。
「お前のせいじゃねえよ。 リレーでスッコロンだ時に捻っただけだって。気にすんな。
それより、お前もそろそろ出番じゃねえの? 次、女子のダンスだろ?」
「大丈夫、すぐ戻るから・・・。」
「そっか。 じゃあ、もう行けよ。 頑張りな。」
そのまま、エリは無言でグラウンドに戻っていきました。
『まったく、相変わらず何だか訳が分からんヤツけど・・・・、まあ、こっちからも歩み寄りは必要だな・・・。悪い奴じゃないんだから。』
その後、体育祭はつつがなく終了し、私は負傷兵として後片付けも免除され、帰宅の時間となりました。
「渡辺・・・。 送ってくよ。」
そこには、すっかりシオらしくなった姫様が立っておりました。
「そうか? そりゃ助かるな。 リョウコはどうした?」
「用事があるからって、先に帰った・・・。」
「そっか・・・。」
その帰り道の事・・・。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・ごめんなさい・・・。」
これは私がエリから聞いた、初めてのハッキリした謝罪らしい謝罪でした。
このひと言を言うには、余程の覚悟がいった事でしょう。それを考えると、私は無性に可笑しくて仕方がありませんでした。
「なに笑ってんのよ!」
「いや、あんまりにもお前らしくねえから・・・ ぷっ! まあ、気にするな。 何だか俺も、知らないうちにお前の事、怒らせてたみたいだし。」
「・・・・。」
「そうだなあ、悪いと思うんだったら、肩ぐらい貸してくれよ。 結構ずって歩くの、しんどいんだ。」
「・・・・良いわよ、それぐらい。 どうぞ?」
私は、言われるままにそっとエリの肩に手を廻してみると・・・、それは頼るにはあまりにもか細く華奢で、とても柔らかい肩であり・・・。
コイツがとても「か弱い女子」なんだという事を、改めて私に意識させた瞬間でした・・・。
「やっやっぱり良いや!!! 大丈夫、冗談だって! 全然大したことねえから!
そっそうだ! それよりさ、俺腹減ったよ。 迷惑じゃなけりゃ、お前んちで何か食わしてくれよ!
インスタントラーメンで良いからさ。 それならお前も作れるだろ? それと、帰りに自転車貸してくれ。 明日病院行った帰りにでも返すから。」
それを聞いたエリは、ようやく笑顔を取り戻し、
「良いわよ! とびっきりのラーメン作ってあげる!」
「いや・・・、インスタントラーメンなんて、誰が作っても同じだろ?・・・」
そう思いつつも、私はこの姫様の好意を、喜んで受け取る事にしました。
エリの家でご馳走してもらったラーメンは、エリなりに精一杯頑張ったもので、玉子やネギ、キャベツやハムなどがふんだんに入った、要するにあの「パッケージ」の様な出来映えでした。
私はそれを一生懸命作っただろう姿を想像しつつ、じっくりと味わうように食べ、私があまりにも美味そうに食っていたのか、エリもそれを見て、あのお人形さんの様な顔をほころばせて喜んでいました。
ちなみに、翌日病院で診察して貰った私の足の怪我は、骨に異常なく、腫れも一週間ほどですっかりひきました。
と同時に、私は自分の中で始まってしまった「恋するキモチ」が、想像以上に大きく腫れ上がっている事に、少々の戸惑いを覚えるのでした・・・。




