42 「激闘!サッカー対決」
「やっぱり隣のクラスの大橋くんってカッコイイよねえ・・・。」
「そうそう、運動神経抜群だし、顔も良いし、背も高いし、優しそうだし・・・。」
長いようで短かった夏休みも終わりを告げ、暦の上では秋に差し掛かろうというのに、ちっとも涼しくならない九月の事。運動会も目前にせまった、そんなある日の出来事でした。
その日、私達が座ってくつろぐ目と鼻の先で、クラスの女子達が隣の男子の噂を始めました。
私は犬飼とその風景を眺めつつ・・・
「へえ・・・。 大橋って、たしかあのサッカー部のヤツだろ? アイツ、結構人気あるんだな。」
「お前、呑気だな~。 隣の芝生は・・・とか言うけど、要するに、俺たちなんて眼中にねえって言ってるようなもんなんだぜ・・・。」
「いや、良いんじゃねえの? どうせ俺もお前も、ハナからモテるタイプじゃねえだろ・・・。」
「くそ、お前は良いよなあ・・・。 あんなんでも一応彼女なんだし。」
「お前にあんなんでもとか言われると、本気で腹立つな。殴って良いか?」
「なんだよ、本気で怒るなよ。 でもまあ、仕方ねえか。 あの大橋って、確かにカッコイイからなあ。」
「何の話してんのよ?」
「うわっ! って、お前も突然現れるのやめろって! 心臓に悪いぞ!・・・。」
「なんでよ? なんか、いかがわしい話してるからじゃないの?」
「そんな事はないって。 いや、なんか女子達の間で、隣の大橋が人気あるらしいって話をしてただけだって。」
「いっ石崎なんかはどう思うんだ? やっぱり大橋ってカッコイイか?」
「う~ん・・・、でも爽やかな感じだよね。」
『なんですと! あれ、何か少し腹立って来たぞ・・・。』
「まあ、少なくても渡辺よりはカッコイイわよ。 センスも良いしね、服とか。」
「(なんだと、コノヤロウ! それが仮にも彼氏に向かって言う言葉かコンチクショウ! っていうか、何でお前が大橋の私服まで知ってんだよ!)ふっふん! 何が大橋だバカヤロウ! あんな軟弱野郎、次の体育の時間にケチョンケチョンにしてやるわ!」
「ああ、やだやだ! どうせまた暴力とか考えてんでしょ? この変態野蛮人!」
「いやいやいやいや!!! お前が言うなよ! ホントにお前だけには言われたくねえって、この暴力女!!! (っていうか、いちいちさり気なく変態つけんな! いい加減ゆるして!おねがい!)
バカヤロウ、見てろよ! ちょうど次の体育はサッカーだからな。ヤツのナワバリで勝負してやんよ! おいエーちゃん! エーちゃんはどこだ!?」
「お? どうした?」
「エーちゃん、次の体育はサッカーだろ!? エーちゃん、たしかサッカー得意だったよな! 気合いれんぞ! 手え抜くなよ!!!」
「お? おっおう・・・。 何だ、やたら入れ込んでんな・・・。 何かあったのか?」
「何かもクソもねえ! こりゃ、男のプライド賭けた勝負だかんよ!!!」
そんな感じで入れ込み気味で体育に望んだ私達でしたが・・・・、これがそもそも、間違いの元だった訳です・・・。
ちなみに、この頃の体育といえば、男女は別々に授業を行い、それぞれが隣のクラスの男女と一緒に行動しておりました。当然、私達は隣の男子と一緒の授業を受ける事になり、例の大橋も一緒になる訳です。
という訳で、クラス対抗のサッカーが行われた訳ですが・・・。
「ちっくしょう、足は速ええし、ちょこまかと動いて追い切れねえぞ!」
「犬飼、泣き言が多いんだよ! 足の速さなら大した差はねえ! エーちゃんと俺ならパワーでも負けねえから、追いついたらブッ潰してやる!」
「いや、それは流石にマズイだろ・・・」
そして、大橋が隙を見てシュートを放つのを目敏く見つけた私は、その前に回り込み、同時にボールに向かって蹴りを放つのでした。
結果、テクニックでは全然勝負にならない私でも、パワーの差で大橋を軽く吹っ飛ばし、ボールは私の前に悠々と転がっていました。
「よっしゃ! エーちゃん、後はやっちまえ!!!」
そう言いながら、転がる大橋を優越感を持って見下しながら走り出した私ですが・・・・、どうも右足に違和感が走ります・・・・。
『あれ? なんか靴の中に石が入ってる? こんなデカイ石、どっから入ったんだ? 靴に穴でも空いたかな?』
私は我がチームが得点をあげたのを見届けた後、先生にタイムを申し出て、靴を脱いでみます。
『あれ? 石が入ってねえな?』
「どうした渡辺? 怪我でもしたか?」
「いっいや、多分石ころが入ってるだけだと思うんだけど・・・おっかしいなあ!? 靴下の中かな?」
そう言いながら、靴下を脱いだ私は血の気が引きます・・・。
「ぎゃあ!!!!!! 足の中指が折れ曲がってぶら下がってる!!!!」
なんと、私の中指は、先ほどの大橋との激闘の時に折れてしまったのでした・・・。
しかし、よくよく考えれば、これは実は当たり前の話でして、通常、サッカーボールを蹴る時は足の甲を使うと思うのですが、何にも知らなかった私は、ずっとつま先、要するに「トゥキック」をし続けていた訳です。
負担の掛からない場面でしたら何の問題もなかったので気がつかなかったのですが、先ほどの衝撃は、大橋を吹っ飛ばすぐらいの力と、更に大橋のキック力のカウンター効果も含めて指先に集中したもので、アッサリとブチ折れてしまったのでしょう。
という訳で、私は再び、保健室に運ばれるのでした・・・。
が、その前に・・・。
「ごめん、渡辺くん。 俺のせいだよ、ホントごめん。」
全然まったく、何の悪い要素も無いのに、大橋は必死な表情で真剣に私に詫びを入れていました・・・・。
「いや、大橋、謝るのは俺の方だから・・・。 お前がそんな良いヤツとは知らず、アホな嫉妬心で一瞬でもお前に殺意を持った俺を許してくれ・・・。 ついでに転がるお前を見下した事も許してくれ~・・・。」
大橋はそれを聞いて何の事か分からないような表情をしていましたが、とにかく気にしないでくれという私のひと言で納得してくれたようでした・・・。
「あらら・・・。 またアナタなの!? よく怪我するわねえ・・・・。」
「いや、まったく面目ないこって・・・。」
この頃には、私は保険の先生にスッカリと顔を覚えられて常連と化していました。何せ、運ばれるたびに病院に直行になるケースが大多数だったもので、とても覚えやすかったのでしょう・・・。
そんな訳で、今回も手すきの先生の車に揺られながら、今度は近くの町医者に運ばれるのでした。
『あれ? ここは初めてだな・・・。』
院内は狭い所でしたが、通院患者は多いらしく、時間が結構掛かりそうな雰囲気でした。先生は受け付けで確認をとると、どうも結構掛かりそうだから、一端学校に戻って、終わる頃に迎えに来るとの事でした。私はそれに了承して、折れた指をプラプラさせながら待合いで待っておりました。
『う~ん、今回も痺れているせいか、痛みはまだこねえな・・・。出来れば、今のうちに処置をして欲しいんだけど・・・。』
そんな事を考えながらしばらく待っていると、ようやく診察の順番が廻ってきまして、程なく治療が無事に終わり、私は先生の迎えを待合いで待っておりました。
その間、やはり疲れたのか、どうも眠気が襲い、うつらうつらとしていると・・・・
「見栄はって、馬鹿みたいに張り切るからよ・・・。 ホントに馬鹿・・・。」
「(あれ? 空耳かエリの声がするな・・・。疲れてんのかな? 俺・・・。)って、あれ!!! お前!!! 何でここにいる!?」
「早退してきたのよ、具合が悪いって。だから病院に来たの。 悪い!?」
「いやいや、だってここ、骨接ぎ・・・接骨院だぞ!? 具合ってお前、捻挫か骨折なのか!?」
「うるさいわね! で、大丈夫なの? 足。」
「いや、多分・・・。 くっつくのにしばらく掛かるみてえだけど、まあ、指だからそれ程不自由はねえだろう。きっと。」
「そう・・・。」
「それにしても、お前も相変わらず無茶苦茶やるなあ・・・。 それに、良くここが分かったな?」
「保険の先生に聞いたから。 別に、ユキのために来た訳じゃ無いわよ。 ただ、何となく、私がけしかけたみたいで、気持ちが悪いから・・・。」
『相変わらず、素直じゃないな・・・。まったく・・・。』
そう思いながらも、私は突飛な行動までして駆けつけてくれたエリの気持ちが、嬉しくて嬉しくて仕方がありませんでした。
そう、この時の私は、嬉しさのあまり、これが結構厄介な問題だという事に気がついていませんでした・・・。
「渡辺、終わったか?」
「ああ、先生、もう終わってます・・・(って、やべえ!!!!)」
「あれ、その制服はうちの生徒か? 君はどうした?」
「いや、先生!!! コイツも俺のクラスのやつなんですけど、ちょっと具合が悪くて早退して病院に来たんですよ!!!」
「ああ、そうか。」
「とっところで先生、俺もこのまま早退しちゃマズイですかね?・・・。」
「う~ん、やっぱり一端学校に帰ろう。 お前も着替えなきゃならんし、荷物もあるだろ?」
「でっですよね~・・・。
えっエリ、そう言う訳だから、お前はこのまま大人しく家に帰ってろ・・・。(コソコソ)」
「先生! 私も具合が良くなったので学校に帰ります。 渡辺くんと一緒にお願い出来ますか?」
『でぇ!!! 何言ってやがる!!! 人がせっかくフォローしてやってるのに!!!』
「いや、それは構わんけど、大丈夫なのか?」
「はい、もう平気です。」
「お前! 岡部先生に何て説明すんだよ!」
「大丈夫よ、ユキが心配する事じゃないわ。 なるようになるわよ。」
「はあ・・・・。もう勝手にしてくれ・・・。」
教室に入った瞬間、丁度間が悪くホームルームだったために岡部先生が教室におり、一緒に連れ立ったエリを見て先生は驚いたようでしたが、直ぐに真顔に戻り・・・
「成海さん、放課後に職員室に来なさい。 お話があります。 とりあえず、今は席に着きなさい。」
「はい・・・。」
『まあ、当然だろうな・・・。』
結局、エリはその放課後、みっちりと先生に絞られ・・・。
それからしばらくして、怒られたわりには堪えないのか、エリは飄々と教室に戻ってくるのでした。
「よう、お仕置きは終わったのか?」
「・・・。 待っててくれたんだ・・・。」
「そりゃ、俺も責任感じてるしなあ・・・。 それに、この足じゃ一人で帰れねえだろ?」
「馬鹿・・・。」
それから一週間程経った頃の事・・・。
「ああ、だいぶんくっついてきてるわね。 順調順調。」
「あの・・・、先生、一つ聞きたいんですけど。」
「なに?」
「どうも、この中指が曲がってくっついている様に見えて仕方無いんですけど、大丈夫ですかね? 何かちょっとぶつかって邪魔というか・・・。」
「何言ってんの! 折れたものは元には戻らないんだから、当たり前よ!」
当たり前よ~当たり前よ~当たり前よ~よ~よ~・・・・・
『あれ?・・・。 もしかしてこの医者、ヤブじゃね?・・・。』
結局、この後直ぐに他の病院にて再治療をかけて貰うも時既に遅く・・・、私の足の指は、曲がったまま、その二週間後ぐらいには完治してしまうのでした。
ちなみに、現在でも右足中指は曲がったままでして、この指を見る度に、あのヤブ医者が言いはなった言葉が甦るという、何ともステキなオマケが強制的に組み込まれたのは・・・今では良い想い出・・・なんだろうか・・・。




