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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第二章
31/85

41 「インドのサリーさん」

 「ネジ飛び姫」が大騒ぎを起こした海水浴からしばらくした後、我が家にて小さな問題が発生します。

 私の実家は、当時としても結構古い造りでして、便所は水洗でしたが、和式なのは勿論の事、例えば風呂釜が灯油を燃料とする「石油式」でして、実はこれは現在も現役で使われています。お陰で昨今の原油価格高騰のあおりをモロに食らったそうなのですが・・・、それは置いておいて・・・。 その「石油式」風呂釜は、何かと癖のある仕組みでして、良くトラブルが発生していました。


 「こりゃ駄目だわ・・・。 悪いけど、この部品買ってきてくれる?」


 「(流石に夏場に風呂は入れないのもキツイしなあ・・・。)分かった。 駅前の金物屋でいいかな?」


 という訳で、私は風呂釜の部品を買いに、駅前までひとっ走り「お使い」に行く事になりました。私達の住んでいる地域にある「最寄り駅」は今までにもチョロチョロと登場しておりましたが、実は「桜祭り」が開かれた桜並木も、この駅から延びる線路にそって走っています。

 そんな訳で、比較的長閑なこの街でも、この駅周辺はそれなりに賑わっておりました。

 目的の金物屋で部品を早々に購入した私でしたが、その日は珍しく、エリからの連絡も無かったもので暇を持て余しており、せっかくなので適当に興味のある場所を回っておりますと・・・


 『あれ!? アイツ、何やってんだ!?』


 そこで私が見たものは、それはそれはショックな現場でした。

 私が見た「ソレ」は、今風に言うところの、えらい「イケメン」で長身の男と楽しそうに歩くエリの姿でした・・・。

 二人は所謂「ウィンドウショッピング」という風で、エリの表情を見る限り、完全に好意を持った男とのデート状態でした。その様子にまずショックを受けましたが、アイツが私以外の相手にそんな楽しそうな表情を向けている事を今まで見た事が無かったので、もうショックと嫉妬で、その場で卒倒しそうになっていました・・・。


 『あのヤロウ!!! 俺の時は散々「浮気したら殺す!」みたいな事言ってたくせに! 自分は何やってんだ! 腕なんか組みやがって! なんだ、結局顔か! 顔なのか!』


 私は失意のまま・・・結局、大人しく帰宅します・・・。

 本当ならその場に飛び出て問いただしてやれば良かったのでしょうが、アイツのアッサリとした性格からして、それこそアッサリと「新しい彼氏よ! もうあんたはいらないから!」なんて言われかねませんから、恐ろしくて出来ませんでした。

 かと言って、電話でもして確かめる勇気もなく・・・。結局、私は見事なぐらい相変わらずの「へたれ」だった訳です。

 そしてそれ以外にも・・・、私はその二人の様子が、あまりにも「お似合い」だった事に、強い劣等感を感じていました。エリならば、見てくれの良くない私などよりも、あの男の方が大変釣り合いが取れています。それを思うと・・・、私は何も言えなくなってしまうのでした・・・。




 それから次の日の事・・・


 「ねえ! 今日は久々にみんな集まれるみたいだから、ユキも来なさいよ!」


 「・・・そうか、わかった。 ところでなあ、エリ・・・。」


 「え? なに?」


 「お前、昨日、駅前に居なかったか? ちょっと姿を見かけたんだけど・・・。」


 「え? なに、ユキも居たんなら声掛けなさいよ?」


 「いや・・・、あんなカッコイイ男と楽しそうに歩いてたら・・・、声なんて掛けられる訳ねえだろ・・・。」


 「はあ?・・・・・・・・・・・、ぷっ! くふふふふ!・・・・」


 『何笑ってやがる。コイツ・・・、人の気も知らないで!・・・・』


 「まあいいわ、とりあえず来なさいよ! それじゃあね!」


 とりあえず私は、内心穏やかならぬまま、言われた通りにエリの家に向かいます。

 エリの家では、既にいつものメンツが集まっており・・・、その中には何故か例の「イケメンの長身男」も交じっていました。


 『えー、なにこれ・・・。 何考えてんの、あいつ・・・。』


 私が心でそう叫ぶと同時に、この「イケメン男」と目が合い・・・、何故かイケメン男は満面の笑みで私に近寄ってきます。正直この時は殺意を覚えたものです・・・。


 「ああ、君が渡辺くんだね! いつもエリがお世話になってるね!」


 そう、気安く語り掛けられ・・・、私は内心「エリなんて気安く呼ぶな!、てか、お前に御礼を言われる筋合いはない!」と思いつつも、


 「どっどうも・・・」


 と、社交辞令的に挨拶をしてしまうのでした・・・。


 『このへたれ! 情けない・・・。』


 そこに、問題の「根元」であるところの姫様がやってきて、まるで見せつけるように、その男の腕に絡まると・・・


 「これ、私のお兄ちゃん! 宜しくね!」


 『何が「お兄ちゃん」だ! コノヤロウ! 呑気にのろけやがって!・・・・・って、あれ? お兄ちゃん!?』


 「この馬鹿さ、お兄ちゃんの事、私の浮気相手と勘違いしてたのよ! あははは!」


 「えっ、エリさん!? そういうことはバラしちゃダメなやつでしょ!?(あはははって! いっ生き恥だ・・・。帰りてえ・・・・。このまま逃げ帰りてえ・・・。)」


 この時、私は初めて、エリの「家族」に会う事が出来ました。

 普段は別々に暮らしているこの兄妹ですが、夏休みに併せて、エリの様子を見に来られたのだとか。

 なるほど、頭に血が昇っていた時は気がつきませんでしたが、よくよく見ると顔がエリとどことなく似ています。パーツで見ればそっくりかも知れません。年はエリよりも六つも上との事で、たしかに落ち着いていて、当然のように大変大人っぽい雰囲気でした。

 ただ・・・何せエリの兄でもありますし、例の「心霊コレクション」の持ち主でもありますから、恐らくは「変わった人」なのだとは思うのですが・・・。


 という訳で、私達は久々の集まりにこの「お兄さん」を交え、大変楽しい一時を過ごします。

 私はこのお兄さんに大変気に入られたのか、かなり色々と話をした事を覚えています。

 話してみるとエリとはまったく違って大変教養のある常識人でして、話も面白く、私もいつの間にか、このお兄さんの事を好印象で迎えていました。

 話の内容は、お互いの生活環境の事、エリのご両親や現在のエリの状況などは特に話して貰えず、私も聞く事じゃないと考えていましたので、深い話には及びませんでしたが・・・、他にはエリに困らされているのではないか? という事。これにはしっかりと同意した記憶があります。

 しかし、エリは本来こういう性格で、本当は大変良いやつだからというお兄さんらしいフォロー話も聞かされ、それについても、私は何の疑問も持たずに同意するのでした。

 そして、エリがいつも私の話をしていたらしく、私が入ってきた時も一目で分かったと笑いながら仰っていました。


 『なんだ、あいつにもこんな良い家族がいるんじゃないか。』


 最後に、お兄さんから「エリの事、宜しく頼むね」と真剣に託されます。私は「俺よりもアイツの方が強いですよ? いろいろと・・・」と軽口を叩きながらも、その思いを受け取るのでした。





 それから話は変わりまして、数日後のこと。

 私がエーちゃんや犬飼達と例の「義村塾」で勉強をしておりますと、義村先生から、こんな相談が持ちかけられます・・・。


 「今度ボーリング大会を開こうと思うんだけど、どうも上手く人数が集まらなくなてなあ・・・。お前達も参加しないか? それでもまだ数名は欲しいところなんだが・・・。」


 それを聞いた私はエーちゃんと顔を見合わせます。どうやらエーちゃんも同じ事を考えていたようです。


 「先生、それなら俺たちがいつもツルんでいる連中を呼んでも良いですかね? 俺たちも入れると、八人ぐらい集まりますけど。まだ予定を聞かないと全員集まるか分かりませんけど、俺たち入れて四人ぐらいは堅いっすよ。」


 それを聞いて先生も大喜びし、「それじゃあ頼む」という事になりました。私はさっそくエリに連絡を取り、状況を説明しますと、「面白そうね!」と大乗り気で、あっという間に全員の予定を取り付けてしまうのでした。


 という訳で、ボウリング大会当日!


 「ああ、君たちが渡辺と兼末の彼女と仲間達か!へえ、成る程美人揃いだね~。」


 「どうも、初めまして、成海です。 渡辺がいつもお世話になっています。 本日は宜しくお願いします。」


 「こりゃ、随分しっかりした子じゃないか! 渡辺がだらしない分、丁度良いな! うわっはっはっは!」


 『チッ、猫かぶりやがって・・・。』


 ちなみに、メンバーはいつもの八人(+新しくクラスメイトになった、塾でも一緒の犬飼)に加え、義村先生(数学担当)、現代文の先生、古文の先生、そしてあのナイスバディーの英語の先生・・・


 『って、あれ? これ微妙にやばくね?』


 「ふ~ん、随分綺麗な先生ねえ・・・。 どうせあんたの事だから、勉強そっちのけで鼻の下伸ばしてんでしょ、この変態。」


 「いえ・・・、けしてそんな事無いです・・・。」


 「あの先生、担当は?」


 「・・・英語です・・・。」


 「やっぱりね。あんたの英語が成績悪いのって、そう言う訳だったんだ。 ふ~ん。 このスケベ、変態。」


 「もう、勘弁して下さい・・・。」


 そんな軽いトラブルもありながら、ボウリングのチーム分けをする事になりました。

 その時に「あと数人くるから」と義村先生から申し出があり、私達はそれを元に組み分けをしていきます。その中に・・・


 「エーちゃん、エーちゃん! 俺、石崎と同じ組にしてくれよ!」


 「うるせえなあ・・・。 分かったって。 良いからあっち行ってろよ、犬飼。」


 『コイツ、ちゃっかりしてやがるなあ・・・。』


 「たくよう・・・。 ん? なあ渡辺、この「サリー」って言う人知ってる? あだ名かな?」


 「いや、分からん・・・。 何せ義村先生は顔が広いからな。もしかしたら外人さんかもしれないぞ。」


 実際、この「義村先生」は大変顔の広い方で、私達が会った人だけでも、警察官から消防員、どうみても「その筋」そうな方から色んな国の外人さん、はたまた役者志望の人からアダルトビデオの女優さんまで、もう「何でもあり」というぐらい様々な人と交流がありました。


 「外人か・・・日本語喋れるかなあ?・・・。」


 「いや、わからん・・・。」


 「じゃあ、お前ん所の組で頼むわ。成海が英語話せるだろ? 代わりに大塚先生も入れておくから。」


 ちなみに、この大塚先生というのが例のナイスバディーな先生であり・・・・。


 『エーちゃん、相変わらず空気読めねえな・・・。 しかしサリーさんってどんな人だろう・・・。 万が一、また綺麗な人だったら、嬉しいような、厄介な事になりそうな・・。』


 そんな私の心配を余所に、そこにやってきた「サリーさん」は、私達のイメージを根底からぶち壊すインパクトを持った方でした・・・。


 『ハーイ! ワタシ サリー・ナンドゥー トモウシマス! ヨロシークネー!』


 「・・・・・・。」

 「・・・・・・。」

 「・・・・・・。」


 私達の目の前に立つ「サリーさん」は、身長は190cmをゆうに超え、筋骨隆々、アフロ頭に精悍な顔に口髭と顎髭を蓄えた・・・・、要するに「物凄くゴッツイ外人のオッサン」なのでした・・・。

 しかし、このサリーさんは見た目と全然違い、大変気さくな方で、何でも故郷はインドで、日本へは仕事で滞在しているのだとか。

 それにしても大変日本語がお上手な方でして、私達との会話は、エリや大塚先生の力を借りるまでもなく成り立ち、どうも故郷にちょうど私達と同じぐらいの娘が居るらしく、そのせいかエリの事を大変気に入り、とても可愛がってくれました。その娘さんの写真も見せて貰ったのですが、成る程、むこうの人特有の彫りの深さと言いますか、とにかく綺麗な顔立ちの娘さんでした。

 また、エリは大塚先生とも仲良くなったようで、私の事をニヤニヤと見ながら、何やら色々と先生から吹き込まれている様でした・・・。


 『お願いしますよ、先生・・・。』




 さて、さっそくゲームスタートとなりましたが、実は私とサリーさんは、この時が「ボーリング初体験」でして、エリの指導を受けながらボーリングを体験する事になります。

 そのサリーさんの第一投目・・・


 ― ドッカン!!!!!、ゴッカン!!!!!!、ゴッゴッガ!!!!


 何とサリーさん、「ユビガ ハイリマセーン」という理由で選んだ最重量のボールを、オーバースローで、しかも手首だけでピンポン球の様に放り投げるのでした・・・。


 『なっなんちゅう馬鹿力!!!! 鷲尾もカタナシだ!!!』


 「ぎゃあーーー!!! 違うわよ、サリーさん!!! 下からこうよ! こう! 下から!」


 「オー! スイマセーン エリサーン!」


 『コイツが慌てるのも珍しい・・・。』


 普段は何事にも自信満々で慌てる事のないエリが、慌てて指導し直します。

 もっとも、それぐらい全レーンから注目を浴びていた訳ですが・・・。

 ちなみに、我がチームの結果は散々なもので・・・。個人で二位のエリと四位タイの大塚先生を有しながら、チームでブービーという結果しか残せませんでした・・・。ちなみに私はと言えば・・・


 「何やってんのよ! この馬鹿! ヘボ!!!」


 と、エリに散々罵倒される程度の働きだった事は、言うまでもありません・・・。




 その後、義村先生のオゴリで焼き肉をご馳走になり・・・


 「あっ! お前! それ俺が一生懸命丹念に焼き上げた肉じゃねえか!!! アッサリ食ってんじゃねえ!!!」


 「はあ!? 名前でも書いてあったの? 気が付かなかったー。 こんなもの、食べたもん勝ちよ! ば~か!」


 ・・・・などと、楽しい食事を過ごすのでした・・・。


 その「サリーさん」との衝撃的な出会いから数日が経過した、ある日。

 今年も「夏祭り」季節がやってきます。

 去年の苦い想い出を忘れるように、私は仲間達と祭りに赴きます。

 エリはその日、可愛らしい浴衣をまとっていました。その姿は、普段のフランス人形の様な顔と違って、まるで日本人形の様に美しく・・・、私は暫し、我を忘れて見取れてしまった事を思い出します。

 そして、祭り会場でいつもの様に、二人でたこ焼きをつつきながら、中央の盆踊りを眺めていると・・・


 「ユキのお陰で、この浴衣を着るのに一年も掛かっちゃったじゃない。 馬鹿。」


 となじられつつ・・・。申し訳なさと、なんだかようやく罪から解放されたような安堵感を感じ、昨年とは違う祭囃子の声に、私は夏の終わりの寂しさを感じつつも、その音色に心を躍らせるのでした・・・。




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