40 「幻のユリちゃん」
その昔・・・、それは私がまだ小学生に入って間もない頃の事。
その頃は毎年のように、夏休みになりますと両親の田舎へ帰省していた私ですが、私の一族はやたらと親戚が多く、所謂「○○本家」、「○○分家」、「○○北家」、「○○東家」・・・・などの具合に、それぞれが古さや格式ごとに分類され、ゴチャゴチャと入り交じっておりました。
なので、未だに葬儀などに行っても、誰だか分からない親戚は多いですし、親の代ですら、全てを把握していないという、何ともややこしい一族なのでした。
そんな中でも、やはり特定の家々へは頻繁に出入りをする事になり、馴染みの深い親戚も多く出来る訳ですが、その親戚の話で、ちょっとだけ不思議な想い出がありました。
それは、夏の暑い日・・・。
いつものように私達が「ネジ飛び姫」のホームでタムロしていた時の事・・・。
「そう言えばさ・・・。 兼末と鷲尾って、幼なじみなんでしょ? という事は、二人は初恋同士で付き合ったって事になるのかな?」
『流石・・・、言う時は言う男「内山」だ・・・。 一件聞きづらそうな恥ずかしい質問を、唐突にサラッとしちまったよ・・・。』
「なっ、なんだよ、お前! 藪から棒に!」
そう怒るように答えながらも、顔が半端じゃなく真っ赤なエーちゃんは、そのままチラチラと鷲尾を見ています。
「あたしは・・・、そうだよ・・・。」
鷲尾もまた、顔を真っ赤にしながら、何故か内山ではなく、エーちゃんに向かって答えるのでした。
『ヒューヒュー。暑くるし・・・じゃなかった、熱いよ、お二人さん! それにしても、初恋か・・・・。 う~ん・・・。』
「あんたはどうなのよ?」
「うっうわっ!」
その会話で気になったのか、先ほどまでリョウコ達と談笑していたエリが、いつの間にか私の隣にいて、食い入るように私の顔を覗き込みながら、唐突に小声で尋問してきます・・・。
「いや・・・、お前はどうなんだ? 今までに初恋とか、無かったのか?」
「無い、全然。 私はずっと、あんただけよ。」
「えっ!? そうなの!?(それは素直にうれしはずかし!)」
「私が質問してんのよ。 で、ユキはどうなの?」
「初恋か・・・・。 う~ん・・・。 恋というか、憧れた人は昔いたんだ。 いや、いたのかな? あれは、結局どうだったんだろう?」
「はあ? 何それ? 何だかハッキリしないわね・・・。 ホントは、誤魔化そうとしてんじゃないの?」
私の態度が曖昧に見えたのか、だんだん姫様の顔が不機嫌に変わっていきます・・・。
「いっいや、そうじゃなくてさ・・・。 実はこんな事があってだな・・・・。」
それは、私が小学生に入ってまだ間もない頃・・・。 いつものように、このぐらいの時期に両親に連れられ、田舎へと帰省をしておりました。そして、何件かの親戚に挨拶をするために移動し、その中でも一番大きな、所謂「本家」と呼ばれるお宅で、私達家族は、豪勢な宴会に招かれるのでした。
そして、そこで初めて出会った親戚の女の子が・・・、「ユリちゃん」でした。
ユリちゃんは、私よりも一つか二つばかり上の女の子で、可愛らしいおかっぱ頭に色白の顔、明るいガラの浴衣を付けた綺麗な子でした。お姉さんらしく、しっかりとしていて、その上とても優しく、私はすぐに、このユリちゃんと仲良しになった事を思いだします。
ただ、この本家には何度もお邪魔をしているにも関わらず、私は今まで、一度もこの女の子と会った事がありませんでした。
そして、どういう訳か、このユリちゃんと会った時は、他にも沢山いたはずの親戚の子供達の姿が見えず、何故か私は、この女の子と二人だけで、宴会を楽しむ大人達を横目で見ながら、遊んで貰う事になりました。
「ユキちゃん、今日はね、この近くで大きなお祭りがあるの。 どうせ私達はここにいても仕方ないから、二人で行きましょうよ?」
私はその女の子に連れられて、田舎のお祭りに出掛ける事になりました。
何せ田舎の事ですから、当然夜道に外灯などはありません。なので、私達は夏らしく、提灯に灯りをともし、幾つかの山道やら田んぼのあぜ道を、テクテクと歩いていくのでした。
当時幼かった私は、この田舎の真っ暗な夜道が大変怖く、それを察してくれたのか、ユリちゃんは優しく私の手を取って、導いてくれた事を思い出します。
田舎のお祭りは、私達の地元で行うような「それ」とはまるで違うものでした。
まず、縁日の定番である屋台や出店の類は一切無く・・・、粗末に組まれた櫓に真っ赤な天を焦がす「篝火」が焚かれ、その周りを、独特な踊りとかけ声で大人達が円を描いておりました。
ひとつだけ奇妙だったのは、そのお祭りの参加者は、皆同じ浴衣を着て、顔に奇妙なお面をつけていた事でした。
私はこの不思議な風景に若干の好奇心を持ちつつも・・・、やはりこの頃は「花より団子」ではありませんが、何の出店も無いこの祭りに退屈感を覚えつつ、ボンヤリと篝火を眺めておりました。
「ユキちゃん、お祭り面白い?」
そう、ニッコリと微笑みながら私に向けられたユリちゃんの顔は、篝火に照らされて何とも言えない美しさがあり・・・
「うっうん・・・。」
私は、その彼女の気遣いを無駄にしないよう・・・、その笑顔にドキドキしながら、子どもなりの気遣いで、ちょっぴりウソを答えるのでした。
その後、私とユリちゃんは、大人達から小さな繩の先に火のついたものを受け取り、それに願い事を告げながら、篝火の中に放り込むのでした。
「ユキちゃん、お願い事、ちゃんと出来た?」
「うん・・・。」
「それじゃ、帰ろっか?」
その帰り道も、私はユリちゃんに手を惹かれながら・・・、提灯の明かりに照らされた彼女の顔を、子供心に憧れをもって、何度も何度も、チラチラと見ていた覚えがあります・・・。
「ふ~ん・・・・。」
「いや、ふ~んって・・・。」
姫様は、自分から話を聞きたがったにも関わらず、話の最中は、さも露骨に「つまらなそう」な顔をこちらに向け続け、終いには「ふ~ん」の一言でバッサリ切り捨てるのでした・・・。
「で、どうしたの?」
「何が?・・・。」
「だから、そのユリちゃんって子とは、その後はどうなったのよ?」
「どうなったのって・・・。 ああ・・・、いやまあ、それがさ・・・。」
ユリちゃんとは、この一度きりしか会う事が出来ず、その後に何度も本家に出向く事がありましたが、彼女とはそれっきり、二度と会う事がありませんでした。
実は何年か後、この話を私の親にしてみたところ・・・
「うちの親戚にそんな子は居ない。」
との、呆気ない解答をいただくのでした・・・。
いや、そんな事はなくて、あの時に絶対に会って遊んで貰ったし、祭りにだって連れて行って貰ったんだからと食い下がると、
「そもそも、あちら側の親戚に、あんたと同じぐらいの年の子は男の子しか居ないし、あの時だって、そんな「ユリちゃん」なんて名前の子は来てなかったわよ。 あんた、夢でも見てたんじゃないの?」
と、アッサリと白昼夢扱いされてしまうのでした・・・・。
「でもさ、あれは夢じゃなくて、ホントに体験した事なんだよなあ・・・。 ユリちゃんの顔だって、ハッキリ覚えてるしさ・・・。篝火の焦げた匂いまで覚えてるんだぜ? なんか、納得いかねえんだよな~・・・。」
「ふ~ん・・・・。 ユキ、それってさ。」
「ん? なんだ?」
「それって、「座敷わらし」なんじゃない?」
「・・・・・??? えっ!!!」
「きっとユキ、座敷わらしに遊んで貰って、それに憧れちゃったのよ。 そうよ、絶対!」
『またコイツは・・・・。 突拍子もない事言い出したよ・・・。』
「それじゃ、とてもじゃないけど初恋とは呼べないわねえ~。 ご愁傷様!」
「・・・・。」
何がそんなに嬉しいのか、エリは私の淡い想い出話にそう断言すると、例のお人形さんの様な顔一面に、これ以上ない笑顔を浮かべ・・・、私を見下ろしています。
こうして、私の淡い淡い、幻となった憧れの女の子「ユリちゃん」は・・・・、無惨にも「ネジ飛び姫」様によって、妖怪「座敷わらし」と認定されてしまうのでした・・・。
「いっいや! まてまて! 違った! これじゃない!」
「は? なにがよ。」
「その前にあった! 初恋あったよ! 幼稚園の時の話なんだけどさ!」
私は自分の初恋が妖怪とのランデブーにされそうだったので、必死に記憶を揺り起こし、さらに以前にあった初恋らしきものを掘り当てるのでした。
「え!? 幼稚園!? ねえ、それってどんな話!? ねえ!」
「(えー、なんでこいつ、こんな嬉しそうに食いついてんの?)いや、それがあんまり良くは覚えてないんだけどさ・・・。」
それは、私が「幼稚園」に通っていた時のお話です。
「ユキちゃん、私、幼稚園をお引越する事になったの。 だから、今度、ユキちゃんちのおそばで遊ばない?」
そう私に伝えた女の子も、たしか「ユリちゃん」という名前でした。
正直な話、まだ幼稚園時の想い出という事で、この子の名字や名前も詳しくは思い出せないのですが・・・。
幼稚園というと、良く男女の意識もなく、無邪気に・・・なんて申しますが、少なくても私の時には、既に「男の子」と「女の子」の区別はしっかり持っており、勿論、恋愛感情だとかそんなレベルまでは行ってないのでしょうが、それでも女の子と一緒に遊ぶ事は、何となく嬉しくて照れくさいものだという認識は持っておりました。
そんな時期に、女の子から遊ぼうと誘いを受ける事に、私は無邪気に喜んだ事を覚えています。しかも、このユリちゃんという女の子は、亜麻色の髪と色白の透き通った肌で非常に可愛らしく、まるでフランス人形のような女の子でしたから、私は少しだけ、そのユリちゃんに淡い恋心を抱いていたのかもしれません。
そんなわけで、私は自宅近くの公園の名前を伝え、その週末に、二人で遊ぶ事になりました。
ところで、私は当時、両親の仕事の関係で、若干離れた幼稚園に通っていました。なので、近所の幼なじみとは幼稚園が違い、何となく疎外感を感じる事になったのですが・・・。
そんな訳で、この「ユリちゃん」が遊びに来ると言っても、当時は相当大変だったろうと思います。 この時、ユリちゃんがどうやって私の住んでいる所までやってきたのか、当時の私はその大変さと共に、まったく理解していませんでした。
「ユキちゃん!」
私が公園に出向いた時には、既にユリちゃんは待っていてくれており、私達は、何の変哲もない公園で、お決まりであるブランコだとか、シーソー、滑り台などの遊具を二人で楽しむのでした。
そして夕方近くの事。 私達は元気に追いかけっこをして楽しんでおりましたが、走り続ける私の足に、不快感をともう異常な感触が伝わります・・・。
「あれ! なんか踏んじゃったよ!!!!!!」
「うわ~! ユキちゃん、それウ○コだよ! くっさ~い! ウ○コ踏んじゃったね、ユキちゃん! あはははは!」
思えば、私が大一番の肝心な時にトラブる人生が、この時から始まっていたのかも知れません・・・・。
そして・・・・
「ねえ、ユキちゃん、私の事好き?」
「うん・・・、好き・・・。」
「大好き?」
「うん、大好き・・・。」
「じゃあ、大きくなったら結婚してくれる?」
「うん・・・、する・・・。」
「約束だよ? 絶対だからね?」
「うん・・・。」
「それじゃあね・・・・、ユキちゃん。 バイバイ・・・・。」
「うん、バイバイ! ユリちゃん。 また明日ね!」
何も知らない私は、それがまさか今生の別れになるとは思ってもみませんでした・・・。
次の日も、次の日も・・・、ユリちゃんは、幼稚園には現れませんでした・・・。
そしてその時、私は初めて、「引越」の意味と、友達との「別れ」を経験するのでした・・・。
「って感じなんだけど・・・、あれ、そう言えば俺、ユリちゃんと結婚の約束してたな・・・。」
「・・・・。」
「いやあ、正直うろ覚えで、あんまり定かじゃないんだけどさって、あれ・・・、どったの、エリさん・・・。」
どういう訳か、私の話を聞いた姫様は、何やらうつむきながらブツブツとつぶやき、次の瞬間・・・。
―――― ガゴッ!!!
「ぐあっ! いってー! 何しやがる、このアホ女!!!」
そう言って見上げた先には、これ以上無いほどの怒りをあらわにしたネジ飛び姫が、持っていた分厚い漫画雑誌を縦にして、思いっきり私の脳天をぶっ叩いた直後の姿がありました。
「うるさい!!! このまだらボケ!!!」
「まだらボケって、ひどくない!? てか、なんでそんな怒ってんだよ!!! 幼稚園の初恋で嫉妬してんじゃねえって!!!」
「そんなんじゃないわよ、この馬鹿!!! 今のショックで記憶力良くしてあげたのよ! これで思い出せないなら死んじゃえ! もう、大っきらい!!!」
『えー、なにそれ。もう理不尽すぎて意味がわからないんですけど・・・。』
結局、姫様が何に怒ったのか全然分からないまま、私はこの後、三日ほど口も聞いて貰えないのでした・・・。
まあ、初恋話もどんな災いを呼ぶのか分かりませんので、相手とタイミングを見る必要があるということで・・・。




