38 「海だ!プールだ!海水浴だ!」
人生初の「ラブレター」に右往左往した「野村事件」が一応の解決を見せると、季節はあっという間に一学期を過ぎ、夏休みとなりました。
「夏休みに入った」と申しましても、流石にこの年の夏休みは、昨年のように遊んでばかりという訳にはいきません。特に元々頭が良く、それなりにハイレベルの進学を考えているリョウコや鷲尾にとりましては、この時期は大切だった事でしょう。
まあ、私なぞは「どこでも良いから入れればいいや」程度の認識でしたので、それ程切羽詰まった感は無く、むしろ周りが心配するほどでした。おそらく、エーちゃんや、私たちと小学校からの親友で、この度めでたく同じクラスになった犬飼も似たようなものだったんじゃないかと思います。
そんな訳ですから、互いの両親が大変心配しまして、結局私達は三人揃って、同じ所謂「学習塾」に放り込まれる事になります。
ところで、私の人生で特にこの時期、その価値観や人格を形成するにあたり、多大な影響を受けた人間が何人かおります。そのうちの一人が、思春期に多大な影響を受けたこの「ネジ飛び姫」であり、そしてこの時の学習塾の経営者であり、講師でもありました「義村先生」でした。
この義村塾は非常に変わった塾でして、ハッキリ言ってしまえば、おおよそ「学習塾」などと呼べる物ではありませんでした。
一応、体裁としては個別指導の学習塾として、私は良くエーちゃんや犬飼とセットで講義を受けていましたが、教室は先生が住んでいたマンション内にある別室で行われ、そこには「教育勅語」が常に掛かっておりました。教育勅語と申しましても、別にこの義村先生が特別な思想を持った方という訳ではないのですが、これだけでも、「ちょっと変わった人」だとお分かり頂けるかと思います。
また、この塾の各教科を担当された先生達も個性的な方ばかりで、多くは義村先生の知り合いである現役大学生だったのですが、その中でも英語を担当された先生は、スチュワーデス志望の大変美人な上に色っぽい方だった事を良く覚えています。
私は当時、「ああ、こんな所をエリに見られたら、いったい何を言われるだろう・・・」などと考えながらも、大変ドキドキしながら、でれ~っと講義を受けていた事を思い出します。
そのせいか、英語が一番ダメでした・・・。(しかも結局、この後にしっかりと、姫様にこの先生の存在を知られてしまい、コッテリと嫌みを言われる事になりますが、それはまた別の機会に・・・。)
正直、確かに勉強もやってはおりましたが、どちらかというとそれ以外の事を多く学ばせて貰ったように思います。その中には、今では問題になりそうな悪い事も沢山含まれ・・・その後の私の人生に、多大な影響を残してくれました。
そんな訳で、底辺であった私達ですらそんな様子でしたので、なかなか昔のようには全員が集まる事が出来なくなっていました。
それでも以前とは違って、私達自身が「集まって遊ぶ」事を強く望んでいましたから、出来るだけ、可能な限りは全員が集まっては、色々と楽しむ事にしていました。
そんなある日の事、この日は珍しく、私の発案で全員が出掛ける事になります。キッカケは、たまたま近所で聞いた、ある「プール」の噂でした。そのプールは同一県内にある施設だったのですが、なんでも砂浜沿いに建っており、特別のゲートから自由に海とプールを行き来出来るのだとか。
なんだか「一粒で二度美味しい」ような魅惑のプールにスッカリ魅力を感じた私は、早速、エリに連絡を取ります。
「面白そうね! 行きましょう!」
私は最悪、誰も集まらなければ二人で行けばいいやと思っていたのですが、この時は運良く全員の都合が合い、早速計画を練る事になりました。
そしてその当日、私達は早朝から電車を乗り継ぎ、目的地までやってきました。そのプールは、昨年行った「大滑り台のある大プール」よりも大きなもので、期待が膨らみます。
早速、私達は更衣室で着替えてプールに飛び込みます。流石に夏休みという事で混雑はしていましたが、かなり大きな施設でしたので、充分にゆとりがありました。
それにしても、この頃の女子の成長というものは早いもので・・・、昨年と違って、正直女子組には目のやり場に困った事を思い出します。
その後は姫様の
「海に行くわよ!」
の号令と共に、私達は揃って海の方へ移動します。海に行くゲートでは腕に何やら特殊な「スタンプ」を押されまして、私達は砂浜に出るのでした。砂浜と申しましても、何でもここは所謂「人工海浜」らしく、近年に人工的に造られた浜部との事。
たしかに不自然なくらいに、非常に綺麗な海岸だったのを思い出します。
その後、私達は昼の待ち合わせだけ決めて、それぞれ別行動をとりました。当然のように、鷲尾とエーちゃんはサッサと居なくなり・・・、内山と金丸も手を繋ぎながら、どこかに消えていきました。私は正直、リョウコ達が気になりましたが・・・
「私は藤本くんとノンビリしてるから、遠慮無くどうぞ。」
という、いつもの魅惑の笑顔で仰るリョウコに後ろ髪を引かれつつ・・・、エリに引っ張られてプールに戻るのでした・・・。
『それにしても、「余り組」とはいえ、エラク豪華な余り組だな、おい・・・。美男美女のカップルに見えて、そこがまた、いまいましい・・・・くそ・・・。』
海から戻る時には、同じゲートで何やら光を当てられます。恐らく紫外線だったと思うのですが、それを当てると、例の「スタンプ」が浮き上がり、入場確認が出来る仕組みのようです。
「ユキ! ジュース掛けて50m競争しましょう!」
「(コノヤロウ・・・。俺だってクラスの中ではそこそこ早い方なんだぞ。)ナメやがって! 男の実力見せてやるぜ!」
―ザブンッ!
・
・
・
「てかハヤ!!! ええ~!!! なんで???・・・・お前、どんだけ速いんだよ!!! カッパか、お前は!!!」
私はアッサリとエリに負け、この後も何度かの勝負にも敗北するのでした・・・。
『なんかもう、男辞めたくなってきた・・・・。』
エリとのプール勝負でクタクタになった私は、エリに引っ張られるように海にもどります。
海でみんな集合した後、さっそく海の家で昼食を摂りました。本当は女子組が弁当を作ると申し出ていたのですが、やはり夏場の海という事と、帰りの疲れた身体で余計な荷物は辛いだろうという判断で、私が海の家の利用を提案しました。 毎回負担を掛けるのも、悪いですし・・・・。
一通り食事を済ませた私達は、鷲尾の持参したビーチボールを使った「簡易ビーチバレー大会」を始めます。二対二のリーグ戦で、最多勝利者が優勝。ドベにかき氷を奢って貰うという趣旨でした。 ちなきに、組み分けはそのまま、カップル同士となりました。
『ふふふ・・・。申し訳ないけど金丸・内山ペアがビリ決定だろう・・・。成仏してくれ・・・。
リョウコ・藤本ペアは、いくら「なんでも万能リョウコさん」でも所詮は女子! 藤本が頑張った所で大したことはねえ・・・。てか、そもそもカップルじゃねえから意思の疎通は最悪だろ、きっと。
となると、ライバルはやはり鷲尾・エーちゃんペアか・・・。エーちゃんは万能タイプだが、俺とドッコイドッコイ、大差ねえ・・・。問題は鷲尾だな・・・。コイツは正直、男と変わらねえからなあ・・・。ある意味卑怯だ。
しかし、うちの姫様だって、タッパ(身長)こそ足りねえが、運動神経だけなら鷲尾にも匹敵する。パワー以外なら恐らく鷲尾を凌駕するはずだ・・・。何せ運動神経が歩いてるようなものだからな・・・。
こりゃあ、うまくやりゃあ行ける!』
そんな無意味な計算をするうちに、勝負はスタートします。まずは金丸ペア VS 鷲尾ペア。勝負は予想通り、鷲尾組の圧勝・・・
『って、やっぱりこの組み分け、かなり偏ってるなあ・・・。あまりにも惨すぎる・・・。』
つぎに 姫様ペアとリョウコペア。しかし、思わず頑張るリョウコに見取れてしまい、まさかの敗北!
『くっ! 流石は「なんでも万能リョウコさん」! まさかそんな必殺技があるとは油断したぜ!』
「何やってんのよ、この馬鹿!!! スケベな目でリョウコを見てるからよ!!! この変態!!!!」
『あれ!!! バレてーら!!!』
しかし、次の鷲尾ペアにはキッチリと勝利を収め、結局、鷲尾ペアと姫様ペアの優勝決定戦となりました。
「あんた、今度スケベ根性だして負けたら、絶対に殺すからね。」
『負けられん・・・。』
結局、熱戦の上に熱戦を続け、エリの大活躍のお陰もあり、僅差で私達の勝利となりました!
『それにしても、お前ホントに凄いな! なに? 前世は天狗なの!?』
結局、ビリの金丸ペアだけに払わせるのはあんまりという事になり、敗者全員のおごりで、私達にかき氷が振る舞われるのでした。
『かっかき氷で良かった・・・。このバテ具合だと、他のものじゃとても胃が受け付ねえ・・・。』
その後、私達は海辺で一通り遊びつくし、そろそろ帰るかという時になり、エリが突然悲痛な声を出します・・・・
「あっ!!! ない!!!!」
「どうした? 何がない?」
「指輪よ!!! 指輪がない!!!!」
指輪とは、以前私が動物園でデートした時に買ってやった「安物の指輪」の事でした。
エリはそれをたいそう気に入ったようで、毎日学校にまでつけていたので、こんなもの、いつか取り上げられるんじゃないかと思っていたのですが、余り目立たないのか、それともこれぐらいは黙認してくれているのか・・・。とにかく、よっぽど気に入っていたのか、本当に肌身離さずしていました。
私達はとりあえず、エリの記憶で無くなったと思われる付近を人海戦術で探し始めます。ですが、流石に砂浜で、しかも波まであるこの海岸では如何ともし難く・・・、見つける事は出来ませんでした。
流石にそろそろ時間が迫り、プールに戻らなければ、着替えも荷物を引き上げる事も出来なくなります。
「なあ、エリ・・・。指輪ならまた今度買ってやるから、とりあえず今回の所は諦めろよ、な?」
「駄目よ!!! あの指輪じゃなきゃ意味がないじゃない!!!」
「いい加減にしろ!!! こんな砂浜で見つかるわけないじゃないか!!!! ワガママばかりいって、少しはみんなの迷惑も考え・・・・」
そう怒鳴っていた私は、エリの顔を見て言葉を止めてしまいました・・・・。この人前で滅多に泣かない姫様は、たかが安物の指輪一つの為に、この大きな瞳に涙を一杯溜め込んでいたのです・・・。
「ねえ渡辺、もう少し探してあげて、お願い。」
それに気がついたのか、リョウコも私にそう促します・・・。
「分かった・・・。だけど、このままじゃプールに戻れなくなっちまう。
悪いけど、お前達はエリを連れて着替えちゃってくれるか? その間に俺がここに残って探してみるから。 全員で戻ると、どこだか分からなくなるかも知れないからな・・・。
それで良いだろ? エリ。」
「・・・・。」
エリは無言で頷いていました。
私はエーちゃんにロッカーの鍵を渡し・・・、
「悪いけど、俺のロッカーの荷物も持ってきてくれねえかな。後でその辺で着替えちゃうから。 パンツはちゃんと畳んで袋に入ってるから、触らなくても大丈夫だぞ。」
そう言うと、エーちゃんは苦笑いしながら頷いていました。
みんなが着替えに戻っている間、私は安物の指輪を探しながら考えていました・・・。
『やれやれ・・・。しかし、まさか俺が気まぐれでやった安物の指輪を、そんなに気に入るとはなあ・・・。何だか、かえって申し訳ない気もするなあ。う~ん、見つけてやりたいけどなあ・・・。流石に無理だよなあ・・・。このクソ広い砂浜じゃ・・・。その辺に売ってねえかな・・・。』
そんな事を考えながら探していると、先ほどビーチバレーをやっていた辺りで光っているものを発見します。
『あれ?』
それからしばらくして、みんなが着替えて戻ってきました。エリは私の荷物を持ったまま、見つかったかどうかが気になるのでしょう、とても心配そうな顔で私の顔を覗き込みます。仕方なく、私はそれに答えます・・・。
「すまん、散々探してみたけど、結局見つからなかった・・・・。」
エリはそのままうつむき、また泣き出しそうになっていました。
「おほん! お嬢さん、代わりにこんなものは如何ですか?」
私はそう言いながら、キザったらしくエリの左手をとり、先ほど見つけたばかりの指輪を、いつもしている薬指にはめてやります。
その瞬間、驚いた顔をしたエリは、すぐに表情をガラッと変えて、先ほどまで泣きそうだった両目で私の事を睨み付けます。
『しまった、やりすぎた!!! 殴られる!!!!』
そう覚悟を決めた瞬間、エリは人目もはばからず、私に抱きついていました。 いや、流石にこれには参りました・・・。恥ずかしいやら照れくさいやら・・・。
帰りの電車は、流石に皆くたびれたようで、あちこちで寝息が響きます。 私は隣で寝ている姫様を見ながら、物思いに耽っていました。
『最近、コイツは人前でも自分を正直に出す事が多くなってきたなあ・・・。コイツも、もしかしたら俺と付き合う事で、ちょっとずつ変わってきてるんだろうか? それが良い事なのか、悪い事なのか・・・。まあ、どっちでも良いか。エリはエリだしな。』
そんな事を思いながら、私は車窓の夕日を眺めるのでした・・・。




