35 「図書室の危機 後編」
偶然の再会を果たして後、それ以来、相変わらず野村の来訪が続く中、「それ」を見る度に不機嫌になっていったのか、ある方の怒りがついに限界に達したようで・・・。私はその御方に「呼び出し」を受ける事になります。
その「呼び出し」の使者は、本人では無く「リョウコ」でした。
「渡辺、エリが今日、大事な話があるから家に来てって。」
「ふ~ん?なんだろう? てか、何でアイツ、自分で言いにこねえんだ?」
「・・・・。 渡辺さ・・・。 何で呼ばれたのか、分かってる?」
リョウコは溜息をつきながら、呆れたように私を見て言いました。
「いや? 全然・・・。」
「・・・。 渡辺、今度は私も助けられないよ。 自分で何とかしなさいね。」
リョウコはまったく笑っていませんでした・・・・。
『えーなに、すげえ怖ええ! 何だろう? 何したんだ、俺!? 必死に考えろ! 頭の中から答えを絞り出せ!!!』
私は放課後、リョウコに言われた通り、エリの家に向かい、玄関ではリョウコが応対をしてくれました。
そのままいつもの広間に入ると・・・、エリが部屋の真ん中で腕を組みながらあぐらをかいています。
『あれ、何だかこんな場面、以前にも見た事があるような気がするんですけど・・・。もしかして、これが噂の「デジャヴ」!? しかも、何かその時よりも一段と空気が痛いんですけど・・・。』
部屋にはエリの他、いつもの女子組が全員揃っており・・・。
リョウコは私を案内すると、そのままエリの側に腰を降ろします。この間、私はリョウコのあの魅惑的な笑顔を一切見る事が無く・・・。その横には、更に鷲尾が真面目な顔で私を凝視していました。金丸は何だか落ち着き無く困った顔をしてオロオロしており・・・。私は仕方なく、エリの前に腰を降ろすのでした。
「で、結局。 あの「野村」って子は、あんたの何なの?」
私が座るやいなや、まるで犯罪者に尋問する取調官のような雰囲気で、エリが私に質問します。
「いや、なんなのって・・・、だから最初に言ったじゃないか。昔の後輩だって。エーちゃんも証人だよ。 っていうか、今日俺が呼ばれたのは野村の事なのか!?(何でみんなして俺の事をそんな目で見る・・・。何もしてないぞ、俺は! それに何で俺だけ!? 野村の事なら、エーちゃんだって同罪だろうに!・・・。)」
「ホントにそれだけ? 悪いけど、全然信じられない。」
最初のうちは大人しく聞いていた私でしたが、あまりにも何を言ってるんだか分からない理不尽さに段々腹が立ってきました。
「あのなあ・・・。もしかして、お前、妬いてるのか?」
「はあ!? 何言ってんの、この馬鹿!」
エリが物凄い形相で私を睨み付けて怒鳴ります。この態度に、私の頭の血管も、ついにキレ・・・・。
「お前がそこまで言うんならな! 俺にも聞きたい事があるぞ! まずはそれに応えろ!」
私がそう大きな声を出すと、エリも一瞬びっくりしたようでしたが、直ぐにまた私を睨み付けて
「何よ!? 言ってみなさいよ!」
「ここじゃダメだ。 二人だけで話をさせろ。」
そう言うと、エリは一瞬戸惑った顔を見せ、リョウコ達を見回していましたが、決心したのか・・・
「良いわ、私の部屋に行きましょう。」
そのままエリの部屋に入ると、私達はいつものようにベッドに腰を降ろし、私は前置きもなく本題を話します。
「なあエリ。 俺はまだ、お前から返事を貰ってない。」
「返事って、何よ?」
「俺がお前を好きだという告白に、お前の返答を、俺はまだ貰ってない。だから、俺はお前と付き合っているのかどうかも自信がない。」
「はあ? 何言ってんの?」
エリは呆れた顔をしていましたが、顔は真っ赤でした。
「とりあえず、俺はお前の返事を、お前の口から聞きたい。 教えてくれるか?」
「・・・・きっ嫌いだったら、あんな事する訳無いでしょ、この馬鹿! って、ちょ!・・・・」
それを聞いた私は、不覚にも理性が飛んでしまったのでしょう。思わず、エリを抱き締めていました。
「じゃあ、好きって事で良いんだな?」
「当たり前でしょ・・・。」
「じゃあ、俺達は付き合ってるって事で良いんだな?」
「今さら・・・。 何言ってんのよ・・・。」
それを聞いて、私は更に力強く、エリの事を抱きしめていました。それぐらい、私は嬉しかったんだと思います。ここにようやく、「俺たち付き合ってます」と、堂々と公式に言える身分になれた事が。
もっとも、抱き締めてはみたものの、全然抵抗されなかった事に逆に恥ずかしくなって我に返り、直ぐにエリを離して、話題を変えました。
私はとにかく、なるべく分かり易いように、野村は本当に単なる後輩で、その頃はいつも一緒に遊んでいたから、あいつも俺たちに「なついている」のだという事。だからそういう恋愛感情とかではなく、多分懐かしくなって、ああやってまた俺たちに懐いているんだろう事。そんなわけだから、まったく心配がいらないという事を、切々と言い聞かせました。
しかしエリ曰く、私の中途半端な態度が野村に対してスキを作ってるということ。もし野村が私に対して好意を持っていたのなら、その事をいったいどうするのか?と。やっぱり好意を持ってる相手が、自分の彼氏に対して馴れ馴れしく接しているのは腹が立つし、何よりその事に私がまんざらでも無いところが、見ていて本当に腹が立つと。
「いやいや、お前の言いたいことはもっともだけど、さすがに慕って来る後輩を邪険にはできないだろうよ! 第一、俺自身が野村を恋愛対象だとは思っていないし、そもそも、俺がそんなにモテる訳が無いって!」
「ホントにそうかしら・・・。」
エリはそれでも半信半疑な目をし、何となく疑っているようでしたが、とりあえずは納得したようでした。
「でも、もしそうだったら、この前みたいにぶっ飛ばすだけじゃ済まないわよ。 今度はホントに殺すからね。」
エリはそう真剣な顔で私に言い放つのでした。
『この前みたいにって・・・もしかして、あの夏祭りの事を言ってるのか? てか、コイツ、まだあれの事を根に持ってたのか・・・。 しかも、結局はやっぱりナミと祭りに行った事を怒ってたんじゃないか・・・。 ん? という事は、コイツ、あの時には、既に俺に気があったって事か!?』
そんな事を考えつつ、私はエリの本心をようやく聞き出せた事と、とりあえずこの修羅場を切り抜けられた事にホッとするのでした。
私自身もこの時点では、この「私が説明した言葉」が100%真実であると疑っていませんでしたので、まさかこの後、「エリの疑いが正しかった」と分かった時には、正直困り果てる事になります・・・。
それから数日後の事・・・。
私はなんと、野村に呼び出しを受ける事になります・・・。とりあえず、それに応じてみると・・・。
「先輩、これ、読んで下さい・・・。 それじゃ!」
野村はそれだけ言い残し、私に手紙を一通渡して去っていきました・・・。
私は恐る恐るその手紙を読んでみると・・・・。
それは、私が生まれて初めて「ラブレター」を貰った瞬間でした・・・。
『えー、なにこれ!!!どどどどどっどうすんだよ、これ! えっ!! どうすりゃいい!?
マズイって、絶対マズイって! 全然シャレになってねえって!!!!
かかかかっ考えろ、まず考えろ!!!!
・・・・・・。
うん!考えてもまったくわからん!
そっそうだ! とととととっとりあえず相談しよう! まっまず、エリにバレル前に相談だ!
そうだ!!! リョウコに相談しよう!!!!』
「・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「渡辺・・・。」
「はい・・・。」
「私、言ったよね? 今度は助けられないよって?」
「はい、仰いました・・・。」
「・・・・・・。 今度ばかりは自分で解決しなさいな。 私は知らないよ。 でも、エリの事は宜しくね。 エリが傷付くような事があったら、いくら渡辺でも、私は絶対に許さないから。」
そう言って、リョウコはサッサと私の元から去っていきました・・・。
『りょっリョウコさん、あの・・・あなたが笑わないとシャレにならないぐらい怖いんですけど・・・。 あれ、何だろう? 産まれて初めて貰ったラブレターなのに・・・、何かもう、今後は二度と縁の無さそうなラブレターなのに・・・、何だかチットモ嬉しくねえや・・・。不思議だな・・・ははは・・・。 ああ、俺ホントにコロされちゃうかもね・・・。』
動揺した私は、少ない脳みそをフルに使って考えに考え・・・、結局、誠実に行動する事が一番だという結論に達しました。
翌日、私は野村を呼び出し、ラブレターの返事を伝えます。
「すまん、野村・・・。俺はお前の気持ちに応えてやれん・・・。 お前も図書室であったろ? 俺と一緒にいた成海ってヤツ。実は俺、あの成海と付き合っているんだ・・・。だから、これには応えられない・・・。ホントに済まん・・・。」
正直に包み隠さず話す事が誠意と判断した私は、その様に野村に伝えます。 野村はしばらく、うつむいたまま黙っていましたが・・・。
「分かりました・・・。 でも、先輩としては、これからもつき合って貰えますよね?」
「それは勿論だよ。エーちゃんだって、お前の事、大事な後輩と思っているはずだよ。」
野村はそれに納得したのか、その後いくつか言葉を交わし、その場を去っていきました・・・。
『ふぅ・・・。さて、次は・・・・。』
「やっぱりね・・・・。」
私はエリに、今回の経緯を正直に話しました。
野村が私にラブレターをよこした事については、エリはまるで予測していたように納得していました。もしかしたら、野村の表情から既に、何かを察知していたのかもしれません・・・。
その後も、私がどのように野村に断ったのかを、説明します。 それを聞いて、エリは正直不服そうでしたが・・・。
「まあ、あんたじゃ仕方がないわね・・・。その辺が限界でしょ。」
と、なんだか小馬鹿にされながらも、なんとか納得してくれるのでした。
その翌日・・・・
「先輩!」
なんと、野村の訪問は、回数こそ減ったものの、それからも一向に止む事がありませんでした・・・。私は振りかえってエリの顔を見てみると・・・当然のように不機嫌な顔でこちらを見ています・・・。ただ空気の読めないエーちゃんだけが、その野村の訪問を楽しそうに歓迎するのでした・・・。
『エーちゃん・・・、お前も鷲尾に嫉妬されて苦しめ!、そして悩むが良い!・・・。』
結局、この一件は思わぬ方法で解決を見せる事になります。
実はエリと私は誕生日が僅か三日違いでして、エリの方が三日早いという事で、 「私の方がお姉さんなんだから、もう少し敬いなさいよ!」 と、訳の分からない事を言われていましたが、野村事件の頃には誕生日もだいぶん近くなり、私はこの事件でスッカリ不機嫌になった姫様の機嫌を取る意味もあって、祝いも兼ねて、かねてより約束していた動物園にデートに誘います。
場所はパンダで有名な「アノ」動物園でしたが、パンダが大好きな姫様は、そこで楽しく過ごしたお陰でスッカリ機嫌も良くなりました。
その帰り道、アクセサリーを売っている露店をエリが目敏く見つけます。その中の一つ、とてもシンプルな指輪が売っていまして、ハッキリ言ってしまえばオモチャのようなものだったのですが、なんだか色々心配を掛けて悪いと思う気持ちが私にもあったのか、値段も私にも何とかなるものでしたので、それをプレゼントしてやりました。エリはこれがとても嬉しかったようで、珍しくその気持ちをまったく隠さず、素直に喜んでいました。
その翌日から、姫様はその指輪を学校でもどこでも、常に左手の薬指にはめていました。その時の私は、その意味も良く分からず、それ程気にもしていませんでしたが、今思い出しますと、エリはこの指輪が余程嬉しかったのでしょう。
後に、この指輪が事件を引き起こす事になるのですが、それは別のお話にでも・・・。
とにかく、その後も野村の訪問は続いた訳ですが、この指輪をプレゼントしてからは、エリは野村の事を全く気にしなくなりました。流石に野村が来た時は面白く無さそうでしたが、以前のようにまったくそれを引きずらずに、いつものサッパリとしたエリにすっかり戻っていました。私も正直に、「こんなオモチャみたいな指輪一つでこれだけ効果があるんだから、安いものだなあ・・・」と胸をなで下ろすのでした。
ちなみに余談ですが、この後、野村の訪問は修学旅行の季節前には、パッタリと無くなります。エーちゃんはそれが寂しそうでしたが、私は正直一安心していました・・・。
恐らく、野村に新しい「良い人」でも出来たのでしょう。




