34 「図書室の危機 前編」
最近知った話なのですが、人生には誰しも、何だか良く分からないけど突然異性にモテてしまう「モテ期」という時期が何度かあるのだとか。
それが真面目にホルモンの関係だとか、何々がどう影響するだとかは分かりませんが・・・、もしこの「モテ期」というヤツが本当にあるのだとしたら、私の人生の第一回目の「モテ期」は、まさにこの時だったのだと思います。
それは、短い春休みを終え、いよいよ私達も二学年に上がり、その新しい一学期を迎えた時のことでした。
奇跡的なことに、私たちメンバーは誰ひとり欠けることなく、めでたく同じクラスになっており、そのほかにも新しいメンバーとして、内山をはじめ、小学校から慣れ親しんだ顔もちらほら見ることができました。
あとから聞いた話によると、前担任の岡部先生が引き続き、私たちの担任となったのですが、オフレコで、担任教師がそのまま学年を上がる場合は、特定の人数を優先してピックアップすることができるそうで。
「ほらほら、あなた達みたいな便利・・・優秀な生徒は、やっぱり手放したくなくなっちゃうのよー!」
と、教師らしからぬことをサラッと暴露するのでした。
『いや、もう言い直さなくても意味あんまり変わってないですよ、先生・・・。』
そんな新学期初日の事、私は新しい教室で、新しいクラスメイト達を眺めながら、一年前の事を思い出していました・・・。
『あの衝撃的な出会いから既に一年か・・・。そう言えば、俺は最初アイツのとんでもない行動のせいで、アイツの事を「大嫌い」になったんだったな・・・。それがまさか、こんな事になるなんてなあ・・・。もし一年前に戻れるなら、是非、俺自身に教えてやりたいね。いったい、俺はどんな顔をするんだろうね。』
「朝っぱらから、何ニヤニヤしてんのよ、気持ち悪い・・・。」
ふと顔を上げると、私の事を冷たい目で見下ろす「ネジ飛び姫」様が立っておられました。
「思い出し笑いはスケベのする事なんだって。止めた方が良いわよ。」
「当たってるじゃんか、それ。」
「・・・・変態。」
それから数日後の事、恒例の学級会議による「委員会配属会議」が開かれ、とりあえずこの時は私達「旧学級委員」が議長の代行をし、会議を進行します。正直、私は「どうせこのまま今年も学級委員になっちまうんだろうなあ・・・」などと考えていたのですが、先生の提案により、前年度からの役職の引き継ぎは無しとなり、つまりこれで私達は「学級委員」の職を完全にお役ご免になるのでした。
正直申しますと、若干続けても良いなあ・・・という気持ちもあったのですが、辞めても良いとなれば「今度こそ楽な仕事を・・・!」と考えるのが人情でして、私は黒板に書かれた委員会一覧を見ながら、比較的楽そうなものを見繕い、そのまま「根回し」に入ります。
まず、お隣の姫様に私の意を伝えねば、また勝手な暴走をしかねませんので・・・。私はコッソリと小声で・・・
「・・・・なあ、エリ、エリ(コソコソ)」
「ん? 何?(コソコソ)」
「俺、今回は図書委員をやろうと思うんだ。(コソコソ)」
「図書委員!? あんた、本なんて好きだったっけ?(コソコソ)」
「あっああ、まあね・・・。これでも結構ね・・・。」
大嘘でした。
この時の私は、おおよそ本なぞ読まない人種で、それはこの時期に書かれた私の「作文」やらの文章類を見ても明らかでした・・・。例えば、名作を読みなさいと言われて薄い純文学を読んだ時も、三ページで爆睡して諦めるぐらい、本には無縁の人間でした。
「ふ~ん・・・。 まあ良いわ。 分かった。(コソコソ)」
『ふう・・・・。』
という訳で、私達は当初の計画通り、めでたく「図書委員」に選抜されるのでした!
『って、あれ!? 別にお前まで図書委員にならなくても良かったのに!? ・・・まあ、良いか・・・。』
結果から言いますと、この図書委員という仕事は、実はそれ程楽なものではなく・・・、それなりに大変な仕事でした。
図書委員の第一の仕事としまして、まずは週に一回ほどある「図書室の管理人」という仕事。これは、図書の貸し出しの管理や本の整理などを、図書室が開いている間行う仕事でして、実はこれが結構きつく・・・一定の時間とはいえ、昼休みと放課後を図書室に拘束される事になります。
勿論、無意味にジッとしている事に当然耐えられない「ネジ飛び姫」様は、 「ああ、もう!!! あんたに騙された! ホントに最低!!!」 と散々に私を責め、「別にお前までなってくれとは頼んでなかったのに・・・」と思いつつ、この悪態を大人しく受け入れるのでした・・・。
ただ、この管理人の仕事は私にとってはそれ程苦痛にはなりませんでした。
当時は本にまったく興味の無かった私ですが、流石にこの持て余す時間を潰そうと、片っ端から本を読み始めていました。幸い、本は貸すほど大量にありましたので・・・。
ところが、読み始めてみるとこれが意外に面白く。現在の私が大の「本大好き人間」になりましたのも、恐らくこの時期のお陰だと思います。
もう一つ、私はこの「エリと二人っきり」のノンビリとした空間を、それなりに楽しんでいました。普段は無駄に明るいコイツも、流石に図書室の雰囲気の中ではハシャグ訳にもいかず、元々本も嫌いじゃないようで(なんてたって、兄の所有物であった心霊本を読みあさって影響を受けちゃったぐらいですので・・・)、最初は散々悪態をついていたエリも、次第にこの状況を楽しんでいるようでした。
一つ面白かったのは、これは後ほど、図書委員顧問の先生から聞いた話なのですが、私達がこの「図書室の管理人」をやっている日に限り、やたらと男子生徒の利用率が増えたそうです。これは確かに、直接当事者だった私も感じていまして、エリは何と言っても例のお人形さんの様な顔をした「物凄い美人さん」でしたから、「黙って」座っている受付係の姿は、男子にとっては「憧れの存在」として映ったのでしょう。
『そのまま現実を知らずに夢を見続けられるといいね・・・。』
話は戻りまして、図書委員の第二の仕事。
これは月に二回ほど「委員会々議」が開かれまして、内容はと言いますと、新しく図書室に導入する書籍を会議でピックアップしていくというもので、正直これに関しては、当時それ程本に精通していなかった私は、単に参加している状態でした。
そして、第三の仕事は「書籍未回収分の督促」。
これは所謂「帰ってこない本」の回収なのですが、主に自分が担当した日に貸し出された本で、未回収のものを督促に行きます。
ただ、これはそもそも私達の担当日は「姫様目当て」の後輩男子が大半を占めていたお陰で、当然回収率は非常に高く(そもそも、本なんて読んでないんでしょう・・・)、件数的には些細なものでした。
そんな図書委員の仕事にも慣れてきたある日の事・・・
「あっ、渡辺先輩だ!!!」
突然響いた図書室には場違いな声に、私達はビックリして顔を上げます。するとそこには・・・
「なんだ、野村じゃないか! 久しぶりだな! お前もこの学校に入ってたのか?! 元気だったか?」
この野村という少女は、「野村マユミ」と申しまして、私が小学校の時の後輩で、学校内のイベントで学年合同で作業した際に初めて会い、その後は、よく私とエーちゃんの後をいつもちょこちょこと、可愛らしく「くっついて」きていました。どうやらこの度、新入生としてこの学校に入学したようです。
今までは自分たちが最低学年だったわけで、後輩なんていう実感がなかったのですが、こうやって実際に後輩を目の当たりしますと、なんとなく照れ臭くもあり、うれしくもあるのでした。
そんな訳ですから、この「知っている後輩」の突然の出現は嬉しいもので、また懐かしさもあり、私も相当ハシャイでいたのでしょう。
「ねえ・・・、誰? この子。」
私はそう真面目な顔をして耳元でささやかれるまで、すっかりエリの事を忘れていました・・・。
ただ、この時のエリの顔は、笑ってはいなかったものの、別段不機嫌でもなく、私もこの時はそれ程深く考えていなかったので、正直にそのままこの野村をエリに紹介したのでした。
「こいつは野村っていって、昔良く俺とエーちゃんで世話をしていたヤツなんだ。なかなか面白いやつだから、可愛がってやってくれよ。」
「ふ~ん・・・。可愛い子ね・・・。」
そう言われて、改めて見てみると、確かに野村は「可愛い女子」に変貌していました。
当時は女の子という事は分かっても、何せ本当の子供でしたから、そんな風な目で見た事は一度もありませんでした。オマケに私達と一緒に遊んでいたせいで、顔も何だかすすけていて、常に泥だらけでした。
「昔、渡辺先輩にはよくお世話になりました! 野村です、宜しくお願いします!」
「・・・・渡辺のクラスメイトの成海です。 よろしくね。」
野村は挨拶を簡単に交わすと、一緒に来ていた女子数人と本を何冊か借り、そのまま「それじゃ、先輩また!」と言い残し、帰っていきました。
「鼻の下、凄く伸びてマヌケな顔してるわよ。みっともないから鏡見てみたら?」
「そう? 伸びてる?」
「馬鹿。」
その翌日、私はエーちゃんを捕まえ、昨日の図書館での出会いを報告します。
「え? 野村? あの野村? へえ~! アイツ元気だった? 懐かしいな~!」
「いや、俺もビックリした。いつも俺たちと一緒に小汚い格好をしていた野村が、スッカリ女らしくなっててさ!」
「へえ~・・・。何だか俺も会いたいな。 何組なんだ?」
「あれ? そう言えば聞いてねえなあ・・・。図書室の貸し出しカード見れば分かると思うけど。」
「それじゃ、今度会いにいってみるか!」
しかし、私達が会いに行くまでもなく・・・・、野村はその日の昼休み、私達の教室にやってくるのでした。
「先輩!」
その後も、野村は短い時間でしたが、ほぼ毎日の様に私達の教室にやってきては、家庭科でクッキーを作ったから食べてくれだとか、何とも可愛らしい後輩の振る舞いをし続け、私とエーちゃんは、いつの間にかこの可愛い後輩の来訪が楽しい日課になっていました。
・・・が、どうも、この「楽しそうにしていた」状態が、事態を悪化させたようで・・・、まさかこの後、あんな大騒ぎになるとは、この時は思ってもみませんでした・・・。




