33 「桜・桜・桜」
チョコレートなぞよりも遥かに尊いプレゼントを受け取り、様々な意味で「一生の想い出に残るバレンタインデー」となった日が過ぎ・・・、更に一人の男が涙に暮れた「後悔の別れ・・・」を経ると、季節は三学期も終わり、ついにこの学年も最後となりました。
私は正直「ああ、これで、このクラスともみんなバラバラになっちまうのかなあ」などと考えておりましたが、どうせいつものメンツはクラスが変わっても、なんにも変わることは無いんだろうなあと、私はなんとなく安心して春休みに入るのでした。
さて、春休みに入っても、やはり毎度の事、同じように我々に対する「ネジ飛び姫」様のお呼び出しは続いており、それとは別に・・・、あのバレンタイン以降、私が個人的にこの姫様を接待する時間も何度か設けられていました。
個人接待の模様は、所謂「青春時代の良くある風景」として、まあたいして面白い内容でもありませんので置いておくとして・・・。
この「春休み」時期に、丁度私達の住んでいる町では大きなイベントが開催されます。この地域には、全長三~四キロに及ぶ長い長い桜並木がありまして、桜の開花時期に合わせて盛大な祭りが催される訳です。
この期間に限り、普段は車通りの多いこの道も、所謂「歩行者天国」と呼ばれる交通規制がなされまして、この長い並木道に空が見えないほど桜が咲き誇り、その両端にズラッと隙間無く出店が並ぶ様子は実に壮観で、県外から訪れる方も多いと聞いています。
当然のように、我らの「ネジ飛び姫」が、この祭りを放っておく訳がなく、早い段階で計画された通り、私達は祭りに向かうのでした。
ちなみに、この時には既に金丸のボーイフレンドとして定着した内山も、毎回ではないにしろ、この様な行事には参加する事が多くなっており、今回もしっかりと一緒にやってきていました。
という訳で、早速私達はぞろぞろと八人組で祭りに参加します。
『流石に大所帯になってきたな・・・。』
お祭り大好きの姫様は、相変わらず子供のように無邪気にハシャギ・・・。
「ねえ! あれ買ってよ、あれ!」
「・・・って!、そんな気色の悪いお面じゃなくて、こっちの可愛いのにしなさい!」
そのままエリは、私の買ってやったお面を背中にぶら下げ、ズンズンと祭りの中に入っていきます。私達もそれを追いかけるように続き、途中、私とエーちゃんが狂ったように屋台の食い物を漁っていると、女子組は女子組で、水風船やらチョコバナナなんかを買いながら、祭りの雰囲気を楽しむのでした。
そんな時、私が「カタヌキ」の屋台を見つけまして、これを全員で挑戦します。
カタヌキとは、お菓子で出来た板の上に、様々な絵、例えば機関車であるとか、戦車であるとか、鹿であるとかイルカであるとか・・・が「ミゾ」としてプレスされており、それを千枚通しのような針で少しずつ削って抜いていくというゲームです。
カタにはそれぞれ難易度があり、その難易度によって、成功すると賞金が貰える仕組みでした。ただ、これが土台のお菓子が脆いために、ナカナカ難しく・・・・
『あれ! 角がとれちゃった! おやじが見てないうちに、ツバでくっつかねえかな・・・。』
などという具合に、結局、最低難易度でも誰もぬく事が出来なかった訳ですが、私はこの「カタヌキ板」の味が結構好きでして、楽しんで食えるこの屋台は、私のお気に入りの一つでした。
そんなこんなで、あちこちの屋台を見ていると、また姫様が居ない事に気がつきます。
私はたいへんイヤ~な予感がして、必死でエリの姿を探し・・・、ついに「くじ屋」の前で発見します。連れ戻そうと近づいてみると・・・・
「で、結局、アタリは入ってないんでしょ?」
「いやいや、ちゃんと全部入ってるよ。書いてあるでしょ? ハズレ無しって。」
「ふ~ん・・・・、ホントかしら。」
「・・・・で、結局、お嬢ちゃん、やるの? やらないの?」
「う~ん、何だかつまらなそうだから、やっぱり良いわ。」
「・・・・・あのね~、お嬢ちゃん、可愛いからってあんまり大人を冷やかすと、おじちゃんも本気で怒っちゃうよ・・・・」
「だーーーー!!!!っ はい、やります、やりまーす!!! 一回お願いします!!!」
私は急いでエリを後ろに引き下げ、必死の思いでくじを引くのでした・・・・。ちなみに、景品は「水鉄砲」でした・・・。
帰り際に、くじ屋のオヤジが・・・・「兄ちゃん、そのお嬢ちゃんのカレシ? ダメだよ~。彼女はちゃんと教育しなきゃ・・・・」とドスのきいた声で仰り・・・、私は引きつった顔で「ハイ、ベンキョウシマス」と、訳の分からない返事をかえすのでした・・・・。
「まったくお前は!!! ここは学校の文化祭じゃねえんだぞ!!! どう見たってアチラの世界の人に喧嘩売るなんて、どんだけ命知らずなんだ!!! 少しは考えろ、このアホ!!!!」
私の説教を、いつものようにムスッと口を尖らせて聞いていたエリでしたが・・・・
「あっ! ほら、あれ見て! たこ焼き! たこ焼き食べましょう!」
『だめだ、こいつ。』
いつものように、一パックを二人で突きながら、「それにしても、お前、たこ焼き好きだなあ・・・。まあ、俺も好きだけど。」という、私の言葉の何が気に障ったのか、姫様は私の事を睨み付けていました。
「そういえば・・・・俺たち以外、誰もいないぞ。見ろ、お前のせいでスッカリみんなとハグレちゃったじゃないか。この人の数じゃ、もう探すのは無理だな、こりゃ。」
「大丈夫よ。そのうち会えるって。」
何を根拠に言っているのか分かりませんでしたが、仕方がないので、私達は二人で祭りを回る事にします。
途中、背中に現金を乗せた「亀すくい」に思わずつられ・・・・、二人で一緒に挑戦したのですが、私は見事に亀をすくい上げ、千円をゲットするのでした。
「凄いじゃない!」
余談ですが、実はこの亀が大変長生きでして。
この日から私の家で暮らし続け、私が家を出る際に世話が出来なくなるので困り、仕方なく知り合いの子供に貰ってもらうのですが、その後も元気に生き続けたようでして、確認しているだけでも有に十数年以上は生き続け、なんでも、その家では亀が来てから良い事が続いたと大層喜ばれたのだとか。欲に目がくらんだ結果でやってきた亀でしたが、案外「幸運の亀」だったのかもしれません。
それから、エリにせがまれながらも、実はちょっとだけ得意な「射的」をやって沢山の景品をとってやり、丁度その頃に、「街道をパレードが通る」との放送が入ります。
それなら飲み物でも買って、途中にある公園からのんびりパレードを眺めるかと、私達が移動した先に、偶然にもリョウコ達が集まっていました。きっと考える事は同じなのでしょう。
ようやく全員揃ったところで、私達はパレードを見学します。パレードといっても、それ程大袈裟なものではなく、ボーイスカウト、ガールスカウトで構成された鼓笛隊やバトン隊が、演舞を披露しながら練り歩いていきます。私がそれを、背景の桜と共に、何となくボーっと眺めていると・・・・
「ぶあっ!!! つっ冷てえ!!!」
私が股間に冷気を感じて何事かと思って見てみると、エリが、先ほどの景品の水鉄砲を構え、得意満面になって立っています。 どうやら公園の蛇口を使って、水を補充したようです・・・。
「ふふんっ!」
「ふふんっじゃねえ! なんて事してくれちゃってんだ、このアホ女! なんで股間なんだよ!、もう恥ずかしくて歩けねえだろうが!!! どうしてくれんだ、コノヤロウ!!!」
流石にこれには皆も気の毒に思ってくれたのか、とりあえずこの「恥ずかしいシミ」が乾くまで、この場で「焼そば」やら「お好み焼き」やらを広げ、花見をしながらノンビリそれらをつつく事になりました。
水鉄砲を取り上げられたエリは、私の隣で、文字通り「オモチャを取り上げられた子供」の様にムスッと口をとがらせて、ふて腐れていましたが、周りのみんなの楽しそうな雰囲気を見ているうちに機嫌も良くなり、スッカリいつも通りにハシャぐのでした。
『まったく・・・。』
それから私達は楽しさの余り、結構な時間をそこで過ごしたでしょうか。私の「恥ずかしいシミ」もスッカリ乾き、空も夜桜の装いとなりましたので、そろそろ引き上げようという事になりました。
その帰り際・・・、エーちゃんが「あっ!」という声と共に、一つの屋台に駆け寄ります。「わああ! 可愛い~!!!」という女子組が色めき立つ先には「ひよこ」と書かれた昇りを立て、そのまんま「ヒヨコ」を売る屋台がありました。その屋台に駆け込んだエーちゃんは、迷いもせずに一匹のヒヨコを手に取り、「オジサン、これください!」と、威勢良く買ってしまいました・・・。
『そういや、お前。 小動物好きだったよな・・・。』
しかし、実は私も結構「可愛いもの好き」でして、エーちゃんが手に持つその「紙袋」に入れられた可愛らしいヒヨコを見ながら、内心は「亀よりもヒヨコの方が可愛いし、大きくなったら卵を産むから良かったなあ・・・」などと言う事を、こんな所で売っているのは雄のヒヨコしかいない事も知らずに、のんきに考えていました。
そして、その帰り道、事件が起こります・・・。
その時の現場の様子は、先頭をエーちゃんと鷲尾、その次に金丸と内山、そして私、エリ、リョウコ、藤本という具合に、邪魔にならないように一列に並んで歩いていました。
例のように、皆それぞれがべちゃくちゃと下らない話をしながら歩いていると、前の二人が何やら騒がしいご様子。どうも祭りという事で、普段冷静な鷲尾もだいぶん羽目を外しているようで、私がエリの軽口を受けながらフト前を見ると、エーちゃんと鷲尾が珍しく人前でじゃれ合っている姿が見え、鷲尾もだいぶん変わってきたなあ・・・等と思っていた矢先・・・・
「あっ!」という叫び声と同時に、それは起こるのでした。
― ヒューーーー
「うわっ! ヒヨコの袋が!!!!」
私は慌ててそれを受け止めようと走り出しましたが、位置的に当然間に合わず・・・・、袋は無常にもアスファルトに・・・
― ぐちゃ・・・
真っ先に辿り着いた私が、袋を取りあげ、中身を見ますと・・・・。そこには、無惨な物体が入っていました・・・。
「どうしたの?・・・ 大丈夫?」
エリが心配そうに声を掛けてきましたが、私は一言・・・
「いや、見ない方が良い・・・。」
楽しいお祭りの一団は、一気に悲壮感を持った葬儀の列となり、私達は近くの林の中に穴を深く掘り、その中に袋ごと、ヒヨコを葬るのでした・・・。
エーちゃんは墓の前でひざまずき、後悔するようにくっくと泣いています。
「うっうっ・・・、ピヨキチ・・・・」
『えっー、なにお前、名前までつけちゃってたの?)
鷲尾は悲痛にうずくまるエーちゃんの背中をさすりながら慰めています・・・。その姿は、まるで自分達の子供が事故死したような・・・・、あるいは旧年来の親友が無惨な死を遂げてしまったような・・・そんな悲壮感を醸しだし。
その後ろで傍観していた私達は・・・、その様子をいったいどうしたらいいのやら分からない風に、ボケーッと突っ立っていました・・・・。
『なんだこれ。いや、まあ可哀想だとは思うんだけどね・・・。』
ただ一つ分かった事は、こいつらはお似合いのカップルだという事で・・・・、その日の月夜は、妙に寂しげ輝くのでした。
『いや、まあ・・・。 とりあえず成仏しろよ・・・ピヨキチ・・・・。』




