30 「後悔の別れ・・・」
拝めたのか拝めなかったのか分からない「初日の出」をみんなで拝んでからしばらく後、短い冬休みはアッという間に終わり、早々に三学期が始まりました。
とはいえ寒さは一向に衰えず・・・。冬休みが寒さの為にあるのなら、むしろここからが本番で、もうちょっと休ませるべきなんじゃないか? などと下らない事を考えつつ、時が過ぎます・・・。
ところで、うちのクラスには何かと目立つ女子が多く・・・「ネジ飛び姫」の事は、もう全然まったく説明するまでもありませんが、リョウコは控えめであっても、その性格と容姿で必然的に目立つ存在でした。
将来物凄いベッピンさんになる鷲尾も、この時はそちらではなく「男勝りで力持ちの大女」というレッテルで大変目立っており、金丸は笑い上戸である事を除けば極々普通の大人しい女の子でしたが、それ以外でも比較的「目立つ存在」が居たものです。
そのうちの一人が「川上ヨウコ」でした。
この川上は、確かに容姿が良いという事もあるのですが、問題はその「品格」で、今風にいえば、所謂「セレブ系」というやつでした。同じく品のあるリョウコが、あくまでも庶民的な「みんなのアイドル」であったのに対し、この川上は少女とは思えないような風格があり・・・、別段「口調」が漫画のように「お嬢様」な訳ではないのですが、どうも周りのペースを崩してしまうような、独特な雰囲気と空気を醸し出していました。
この川上は、「類は友を呼ぶ」というやつか、リョウコと大変仲が良く、また性格が正反対のはずなのに、エリとも気が合うようで、こちらも大変仲が良いようでした。
もう一つ、男子の中でも何かと目立つ存在がいました。
まあ私とエーちゃんは、よっぽど物好きな女ぐらいしか好かないだろうというような、粗野な極々普通の男子でしたが、そいつらは今風にいえば「爽やかイケメン」とでも言うのでしょうか。当然のように、女子達の注目と噂を集めていた訳です。それはどれぐらいかというと・・・・「同じクラスメイトなのに、恥ずかしげもなく追っかけか!」という具合なもので、それはそれは、周りのごく平凡な男子達からは嫉妬の目で見られていた事でしょう。
そのうちの一人が我々の仲間である「藤本」と(チッ・・・)、もう一人は「広瀬ジュンイチ」という男子でした。
ただし、この広瀬は藤本と違いまして、所謂本当の「爽やか」さんで、藤本が比較的、男子連中に嫌われているのに対し、広瀬は男子からも女子からも好かれる性格でした。私やエーちゃんと行動を共にする事も多く(流石にエリのアホな集まりには参加しませんでしたが・・・・)、教室内でも一緒にいる事が多かったように思います。
ちなみに、この川上と広瀬の二人は幼なじみらしく、普段はあんまり話している所は見ませんでしたが、付き合いは古いようでした。それを聞いた時、私は「まるで鷲尾&エーちゃん状態だな・・・」などとコッソリ笑っていたのですが、それがあながち外れではなかった事を証明するような出来事が起こります・・・。
それは三学期に入り、想い出になったバレンタインも過ぎて、そろそろ春の足音が聞こえてきた頃の事・・・。
「今日さ、大事な話があるから、うちに来て。」
と、ちょっと真剣な表情で「ネジ飛び姫」から申し出がありました。
『珍しいな・・・。』
そんなわけで、早速いつものメンツでエリ宅に集合すると・・・・中に一人だけ、異質な御方がいらっしゃいました。
「川上!!! お前もついにこのアホな集まりの犠牲になるつもりなのか!? 悪い事は言わないから、やめとけって!!!」
と、思わず口走ったのが災いの元・・・。私はクリスマスの出来事をフラッシュバックさせるように、エリの放った半回転ひじ鉄をミゾオチに食らって悶絶するのでした・・・。
「馬鹿なこと言ってないで真面目に聞きなさいよ!」
「いや、もう聞けるような状態じゃないんですけど・・・。(エーちゃん、お前笑ってるけど一回食らってみろ。半端なく痛てえから・・・。)」
要するに、川上はどうやら、何事かの相談をエリに持ちかけたようで、それについて私達の力も借りたいとの事でした。
『おいおい川上・・・、相談する相手、絶対間違ってるって!』
話を掻い摘むと、どうも川上はご両親の仕事の都合で、急に海外に引っ越さなくてはならず・・・・、その前に是非、ずっと小さな頃から思い続けてきた広瀬の気持ちを確かめたい・・・と。なんだかちょっと切なくなるような話でした。たとえ聞いたところで思いが遂げられる訳ではないのですが、それでも・・・・、自分の「初恋の想い出」にケジメをつけたいのだとか・・・。
『なるほど、これはエリが真剣になる訳だ・・・。』
で、広瀬と仲の良い私達にも協力して欲しいという事だったのですが・・・。
『それにしても、先日の「内山」の一件といい、最近、恋愛相談多いな・・・。なんなの? 春だからか?』
「しかしなあ。広瀬は今や腑抜けちまったエーちゃんとは比べ者にならない堅物だぞ? 果たして、聞き出せるかどうか・・・。」
「おい! なんだか聞き捨てならねえぞ、この野郎!!!」
私は怒り出すエーちゃんを放っておいて、川上に提案をしてみます。
「川上、たとえば、お前から広瀬に想いを打ち明けるってのはどうなんだ? やっちまった経験から言うと、それはそれで結構スッキリするものだぞ?」
そう言うと、周りの空気が少し変わります。恐らくそれぞれ、自分の時の事を思い出しているのでしょう・・・。
私の提案に川上が決心したのか、それに同意し、それならば・・・と、エリが得意の「パーティーに誘っちゃおう大作戦」を提案します。これには川上も直ぐに賛成し、なんでも、元々お別れパーティーを開く予定だったそうで、ならそこに広瀬をおびき出そうという事になりました。
それから一通り話し合った後、帰宅する川上を見送りながら、エリが私に囁きます・・・
「あんたにしては、良い案だったじゃない。」
「まあ、経験者だからな。俺の時は、相手に届いてんのかどうか良くわからなかったけど。スッキリとはしたよ。」
「ばーか。」
それからしばらくして、「お別れ会」の日付も決まり、私達は早速、広瀬にパーティーに出席するよう促します。広瀬も特に反対する様子はなく、すんなりと了承するのでした。
それから数日後、お別れ会の会場である「川上宅」に向かいますと・・・・
「うわ・・・・凄いな・・・・。」
そこには所謂、本当の「豪邸」がそびえ立っていました・・・。
その豪邸を貧乏人の野次馬根性丸出しで、まじまじと観察しますと、門構えも立派でガレージは車がゆうに三台は入ります。門をくぐりますと、緑の芝生が絨毯のように広がり、広さも四人で広がってキャッチボールできるぐらいのスペースはラクラクあるような広さでした。その庭先に本日のパーティー会場が設置され、川上のご両親が料理を次々と準備しています。
「かっ川上・・・・。お前、本物のお嬢様だったのか・・・。」
それにしても、周りの雰囲気を察知するに、私とエーちゃんは全く普段と変わりない格好で来てしまった事に、かなりの場違いと後悔を感じつつ・・・、とにかく似たようなヤツは居ないのかと必死に探し回り、そこでエリ達の姿を見つけます。不甲斐ない男子陣に比べ、女子組はしっかりとオシャレをしてきており・・・、特にエリやリョウコは普段からオシャレな方でしたが、いやはや・・・・、衣装一つで更にここまで変わるとは・・・・驚きでした。
仕方なく、私はエーちゃんとスミの方で大人しくしていますと・・・そんな微妙な空気などまったく関係ない姫様が私達を見つけ、「何やってんのよ、そんなはじっこで! こっち来なさいよ!」と、余計なお世話で引っ張り出すのでした・・・。
因みに、広瀬と藤本はしっかりとドレスアップをしており、私達のマヌケっぷりは、いよいよ目立ちます・・・。
しかし、そんなものはパーティーが中盤に差し掛かる頃には、もうどうでも良くなり、私達は人目もはばからず、庭先で次々と焼かれる「スペアリブ」なるものを「むさぼり食う」のでした。
『何だこれは!!! 美味すぎるぞ!!!』
そんな私達が下品な振る舞いを謳歌している頃・・・、エリ達は広瀬と川上の動向をしっかりと窺っていたようです。
が、どうも広瀬の方がイマイチの反応で、最初の時に、川上に社交辞令の挨拶を交わしたきり、その後は一人、会場で孤立していました。元々社交的で集団意識が強いヤツでしたから、それだけで既に、いつもとは違う訳なのですが・・・。
食ってばかりいる私達がエリに怒られながら、その指図通りに話しかけても、まるで「上の空」でした。流石に決心をした川上も、これでは告白のしようが無く・・・。
結局、この日の作戦は失敗に終わり、川上他、女子組は失意の中、解散するのでした・・・。
「もう!!!! あんた達が一緒にいながら、何やってんのよ!!!!」
「いや、エリさんのお怒りはごもっともですが・・・、私達としましても打つ手がなく・・・。いや、決してスペアリブにうつつを抜かした訳では・・・・。」
「ホント馬鹿! バカバカバカ!!!! 役立たず!!! 死ね!!!!」
「ひどっ! いや、まあ・・・・。 しかし、どっちにしろ広瀬があの状態じゃ、無理強いしても上手く行かないぞ、絶対に・・・。
ところで、実際の所どうなんだ? お前の目から見て、あいつは川上に気があるのか?」
と、私はエリに尋ねます。何せコイツは、やたらとこういう事に勘が鋭いですから、恐らく、広瀬の心情も既に看破しているのでしょう。
「私はたぶん、広瀬はヨウコの事が好きなんだと思う。」
珍しく、リョウコもこのエリの意見に賛同しています。普段、あまりこういう話には首を突っ込まないリョウコですが、恐らくこういう感は、エリに匹敵するぐらい鋭いのでしょう。
「う~ん、しかし、聞いても答えるようなヤツじゃないからなあ・・・。」
「とにかく!!! 今回は、食い意地はって全然協力しなかった、あんた達が原因なんだからね!!! ちゃんと責任取りなさいよ!!!」
「いや、責任つったって・・・・。」
その翌日・・・。 私とエーちゃんは仕方なく、放課後、広瀬を呼び出して三人だけで話をする事にしました。
「広瀬、単刀直入で悪いけど、お前、川上の事、どう思ってる?」
広瀬は私の口から川上の名前が出るとは思っていなかったようで、一瞬ビックリした顔をしていましたが、その後、海よりも深く沈んだ表情をします・・・・。
それから、諦めたようにスラスラと自分の思いを語り出すのでした。
この時の広瀬の話を要約しますと、つまり・・・・、
自分は小さい頃からずっと川上の事を好きだったのだけれど、自分が段々大きく成長するにつれて、その気持ちが恥ずかしくて人前に出せなくなってしまった。
中学になって一緒のクラスになった事を喜んで、それだけで満足していたが、川上が引越をする事、しかも海外に行って二度と会えないかもしれない事になってしまい、結局何も行動しなかった意気地なしの自分に大変後悔している。
といって、今から想いを打ち明けたところで無駄にしかならない。
ああ、もう俺はどうしたら良いんだ・・・・
という具合なのです。
『まったく何処かで聞いたような話だ・・・。』
「広瀬、お前はそうやって諦めていれば済むかも知れないが、それじゃ川上が納得しないぞ。川上はもう、離ればなれになる覚悟を決めながら、お前への想いに決着を付けようとしてんだ。お前も男なら、お前からケジメをつけてやれ。せめて、後悔の残る別れ方だけはさせてやるな。」
私の言葉に、広瀬は終始無言でうつむいていましたが、一応、耳に届いては居たようです。
いや実際、自分でも「良く言う」と、我ながら呆れました。・・・・。
つい最近まで、私自身がビビって何も出来なかったくせに・・・。
それから間もなくして、川上は日本を去っていきました。
その時の広瀬は見ていられないほど気の毒で・・・・。私達の前では、男泣きに泣いていました。
おそらく、様々な不甲斐なさや後悔が、マジマジと自分を襲っているのでしょう・・・。その気持ちは、ほんの少しですが、私にも分かりました。
これは後程、エリ達に聞いた話ですが、結局、広瀬は自分の気持ちを面と向かって伝える事が出来ず、手紙にしたため、川上に渡したんだそうです。
川上の方は、その手紙の内容が余程満足だったのか・・・、晴れやかな表情で、全てにケジメをつけたようだとの事。
その後、川上から広瀬へ、返事の手紙が渡されたそうですが、結局、今回「後悔の別れ」を経験してしまったのは、最後まで自分の口で想いを告げる事が出来なかった、広瀬だけだったようです・・・。
この時、泣き崩れる広瀬を見ながら、私は自分の身を、この広瀬に置き換えて考えていました・・・・。
『もし、ある日突然、エリが俺達の目の前から居なくなったら・・・。 いや、全く想像出来ないな。
いつの間にか、俺自身があいつにそれだけ依存しちまってるって事かな・・・。
そんな事態になったら、俺は果たして耐えられるかな・・・全然自信がないな・・・。
つまりは、そう言う事か、広瀬・・・。』
私は結局、広瀬に掛ける言葉を見つける事が出来ず・・・。只々、泣き続ける広瀬を見つめるだけでした。




