29 「St. Valentine's Day」
短い冬休みも終わり、三学期も中盤に差し掛かり、いよいよこの学年の生活も残り僅かになった頃。
暦で言えば二月の話ですが、二月と言えば、所謂「バレンタインデー」のある月です。
それこそ、大人になれば、このバレンタインデーも、いわば慣習化された行事の一つになってしまい、仕事関係や友人関係の女性からチョコレートを貰っても、正直「ああ、お返しが大変だなあ・・・」程度のもので、おおよそ、トキメキなどとは無縁のものなのですが(いや、何だか大変失礼な話なのですが・・・)、思春期の頃の「バレンタイン」といえば、それはまさに、一つのチョコレートを巡って「一喜一憂」する一大イベントだった事は、どなたも同じだったのではないかと思います。
この菓子業界の陰謀にまみれたイベントは、見事に我々少年少女の心を弄びながら、特に男子は、若干「男の見栄」が見え隠れするこのイベントに精魂を傾けるものも多く、中には冗談のように、この時期だけ露骨に変貌する男子も居て、これは逆に失笑をかうような結果になる事も多いのですが・・・、多かれ少なかれ、「俺には無縁だ・・・」と思っているヤツも含めて、心中穏やかならぬ期間を過ごすのが、このバレンタインでした。
勿論、私も例外ではなく・・・、「他の女子はともかく、少なくても毎度のメンツからは確実に確保できるだろう!」などという、どうしようもない皮算用を計っていた訳ですが・・・・、話はそれよりも少し前に遡ります・・・。
まだ三学期が始まって間もなくの頃、私は隣のクラスのある男子から呼び出しを受けました。
「渡辺・・・、実は相談があるんだけど・・・。」
この、大変重い口調で切羽詰まった相談を私にしてきたのは、小学校の同級生で「内山ユウイチ」という眼鏡を掛けた男子でした。この内山は、所謂「ガリ勉タイプ」と呼ばれる人種で、正直に申しますと、同じ学校でも私などとは最も程遠い位置にいる存在だったのですが、内山も余りにも切羽詰まった真剣な様子に、私も相談を受ける事にしました。
「実は・・・・。」
どうもよっぽどの事らしく、なかなか切り出す事が出来ません。しかしその様子に私も若干のイライラ感を覚え・・・
「どうした? 言いたい事があるならハッキリ言っちまえよ。 なんだかキレの悪いクソみたいで気持ちが悪いぞ・・・。」
「・・・・実は俺、好きな人が居るんだ・・・。」
「なんと!」
これは少し驚きでした。まさかこの普段たいへん物静かな内山が、恋をしているだけでも驚くのに、それを他人に、しかも私に相談しているのですから!
正直、「何故、俺に言う?」と思ったのですが、よくよく話を聞いてみると、どうも「ネジ飛び姫とその一味」の中に、内山の意中の女子が居るらしい事が分かります。
『いやいやいやいや・・・・・、あの曲者揃いの中に、このくそ真面目な内山が恋する相手が居るだって? いったい誰だ? まさかリョウコか? リョウコなのか? それだけはゆるさんぞ!』
などと、私が頭の中で推理していると・・・・
「・・・渡辺に、金丸の事で相談に乗って欲しいんだ・・・。」
「金丸!? 金丸か!(いや、たしかに金丸ならお似合いかもしれない。金丸がコイツの事をどう思うかは分からんが、少なくても、コイツが金丸を選んだ理由は良く分かる。)」
内山はたしかに普段は物静かで、どちらかというと暗い部類に入るのかも知れませんが、意外と言いたい事はきちんと言うヤツで、性格は物静かを除けば大変良好。人に優しく、このタイプにしては珍しく、女子からも受けが良い方でした。
そんな内山ですから、いつもニコニコと明るくて可愛らしく、それでいて大人しい金丸の事を気に入るのも良く分かります。
「う~ん・・・・。」
私は正直悩んでいました。内山の相談は簡単に掻い摘みますと・・・・
実は金丸とは小学校で何度も同じクラスになっていて、その時からずっと好きだった。
本当は金丸の事をただ好きと思っているだけで充分だったのだけど、この学校で過ごせる時間もそんなに長くはない。高校にいったら、別々になって会うこともなくなるかもしれない。
ここは後悔したくないので、清水の舞台から飛び降りるつもりで行動を起こす事にした。・・・・したのだけれど、どうすればいいのか分からない・・・。ああ、そうだ! 渡辺なら金丸と仲が良いから相談に乗ってくれるかもしれない!
そうだ、そうしよう!
という具合に考えついたのが、二学期の事で、そこからずっと躊躇していたのですが、いよいよラチがあかないと勇気を振り絞ったのだとか・・・。
『重たいなあ・・・、この相談は・・・。』
ここは仕方がないので、やはり女子たちの力を借りる事にします・・・。恋愛といえば、やはり女子に聞いてしまうのが一番手っ取り早いと考えまして・・・。
『パッと思いつくのは・・・エリ・・・っと、こいつは絶対ダメだな。相談するにしても後回しだ、絶対にややこしくなる。
順番からいって鷲尾が金丸に一番近くて良さそうなんだが・・・・・、何となく近すぎるのが気になるな・・・。
となると、やっぱり一番無難で頼りになるリョウコか・・・。何となく、毎度毎度、面倒事を持ち込むのは気が引けるなあ・・・・。』
そんな事を考えながら、私はコッソリとリョウコを呼び出し、今回の件を相談してみます。
「へえ~! となりの内山くんがシズカの事を!? 驚いた!」
そう言いながら、ホントにビックリした表情を浮かべています。どうやらリョウコは内山を知っているようで、「恋愛するようなタマじゃない」と思っていたのは、私だけではないようでした。
しかし、リョウコはこの話に概ね好意的なようで、内山の人柄の良さは充分に分かっているし、後は金丸の気持ち次第なのではないかとの事でした。
「となると、後は内山の頑張り次第か。そうなると、やっぱりあのお祭り好きに相談した方が良いのかなあ・・・。」
私がそう呟いた声が聞こえたようで、リョウコも賛成するようにニコニコと微笑んでいます。
早速、私達はコッソリとエリと鷲尾のみを呼び出し、いつもの場所に集合します。
「へえ~・・・、シズカにねえ・・・。」
流石に恋愛マスターの姫様も、別のクラスの内山はノーマークだったようで、驚きの声を上げています。
とりあえず私は、この二人をどう思うか尋ねてみると・・・
「うん、リョウコも良いやつだって言ってるし、シズカがそいつを気に入れば、別に問題ないんじゃない!?」
と、やはり好意的のようでした。
内山を知っている鷲尾もこれについては賛成のようで、ここでもやはり、内山が女子達に受けの良い事が証明された訳です。
もう一つ・・・、女子組が全員一致でこの事を歓迎したのは、やはり昨年の秋にあった「あの」恋の終わりを気にしての事でした。
私もそれについては非常に気になっていた所ですので、この事をキッカケに、金丸の心の傷が完全に塞がってくれればと、少々内山に期待を掛けている訳です。
「さて、となると、実際にどうやって二人をくっつければ良いかだな・・・。」
「やっぱり、あれが良いんじゃない? クリスマスで使ったやつ。」
「・・・・。(犠牲者の前でサラッと言いやがったよ・・・。)」
私は悪夢の記憶を甦らせながらも、しかし成る程それはいい手かも知れない・・・と考えるのでした。
ですが、それだと前回の「エーちゃん」のように、一発で上手く行くとは限りません。あの時は私のような犠牲者も出てる訳ですし・・・・。
「大丈夫よ。内山にイカサマさせれば。 ほら、こうやってトランプのジョーカーに印を入れて、わざと負ける様にしておけば・・・ほら! ね!」
「おお、成る程、それは良いアイディアだ! って、お前!!! ババ抜きやたら強いと思ったら、そんなイカサマ使ってやがったのか!!! 」
という訳で、私達は計画をバッチリ練り上げ、細かな仕掛けを内山に説明します。
内山は最初、イカサマを使ってまで・・・と躊躇していましたが、「こんなものはキッカケ作りだけだから、後はお前の頑張り次第」という私の説得に納得したようでした。
それからその週末、早速計画は実行に移されます。
いつものメンバーに内山が加わっていた事に、金丸は最初、キョトンとしていましたが、知らない仲でもないので、すぐにニコニコと内山を歓迎し、早速「大ゲーム大会」と称してゲームが始まります。
作戦は順序よく進行し、最初は罰ゲームを「ジュースの買い出し」など、緩いルールで様子を見て、内山が慣れてきた頃合いを見計らい、いよいよ本命の「負けたら好きな人を告白する」が提示されました。正直な話、告白するもなにも、ここにいるメンツの大半は、既に自分の「思い人」がばれている訳で・・・、そんな一部の人間だけリスキーな罰ゲームに意味があるのか?と疑問の声が上がっても良さそうなものですが、こう言う時は「あまり物を考えない」連中に救われます・・・。
そして、当初の計画通り、内山が敗北し・・・・
「かっ金丸! 俺、金丸の事がずっと前から好きだ!」
それを聞いた金丸は、一瞬「ポカーン」と口を開けていましたが、ようやくその意味が分かったのか、まるでユデダコの様に顔を真っ赤にしてうつむき、そのまま黙り込んでしまいました。
『いや、この反応は満更でもないのか!?』
「いっ今すぐじゃなくても良いんだ! 待ってるから、よっ良かったら返事をきっ聞かせてくれ!」
と、言い終わるや、よっぽど緊張していたのか、「そっそれじゃ!」とだけ言い残し、まるで用件は全部済んだとばかりに、内山は自分の荷物をすっかりと忘れ、カチコチのまま去っていくのでした・・・・。
『内山・・・、それ、バレバレだぞ・・・。』
しかし、私は内心「男内山、良く言った!」と拍手喝采を送っていました。ハッキリ言って、私なんかよりも数段上手の「立派な告白」でした。
なるほど、「言う時は言う男」も伊達じゃないという事でしょう。
金丸の方はというと、内山が帰った後も真っ赤になって下を向き続け・・・・、結局、私達が解散するまでその状態でした・・・。
『いや、普通そうだよな・・・。なんか最近、こんなんばっかりで麻痺してるけど。』
という訳で、時間を戻しまして、二月のバレンタインを目前に控えたある日の事・・・。
例の「男内山の大告白」に対して、ようやく金丸が「バレンタインのチョコレート」という形で、内山の気持ちに応えようと決心したようで、バレンタイン付近になりますと、女子組は私達を近づけず・・・、コソコソと別行動を取っていました。
どうやら、リョウコ主導で手作りチョコレート作っているようです。
まあ、オコボレにはあずかれるだろうと、プライドのない事を考えている私でした。
そして、バレンタイン当日!
金丸は内山を呼び出し、その精魂込めて作ったチョコレートを手渡したようで、それを受け取った内山が泣いて喜んだのは言うまでもありません。
『内山! 金丸を頼んだぞ!』
そんな訳で、私も金丸から、その内山のオコボレを分けて貰い・・・、鷲尾からはエーちゃんのオコボレを頂くのでした・・・。
『なんだろうか、この言いしれぬ空しさは・・・。いまいましい!』
リョウコからも、手作りのチョコレートがみんなに配られます。
私はちょっとだけ、「実は俺のだけみんなと少し違うんじゃないだろうか?」と隣にいるエーちゃんや藤本のそれと見比べてみましたが・・・、包装紙どころかリボンの色一つ違っていませんでした。
『ちぇっ・・・。』
さて、一番心配だったエリがチョコレートを配っていきますが・・・
「あれ? 俺のチョコは?」
「はあ? あんたにチョコなんて無いわよ。」
「なんだと! 藤本とエーちゃんにはあって俺だけ無しか! お義理でも普通は何かあるだろ! コンチクショー!」
私の文句をニヤニヤしながら見ているエリの憎たらしい顔に本気で腹が立ち、私はふて腐れる様にその場を後にします。
そしてその帰り・・・・。
「今日はこのままうちに来なさいよ。大事な用があるから。」
ふて腐れていた私に、エリは真面目な顔でコッソリと耳打ちします。
『ははん、なるほど、照れくさくなって、家で渡すつもりか。こいつも可愛いところがあるじゃないか』
と、私は少しだけ機嫌を直して、エリと一緒に帰ったのですが・・・
「はあ? だから、あんたにチョコなんて無いって言ってんでしょ?」
「コノヤロウ・・・・。ホントに無いのか! ていうか、何しに来たんだ、俺は!」
「仕方ないわね・・・。こっち来なさいよ。」
そう言うと、エリは二階に私を誘導し・・・、今まで入った事のない部屋に入ります。
そこは・・・・
「あれ?・・・。なんだこの可愛らしい部屋は! リョウコの部屋みたいだな・・・。」
「何いってんのよ、ここが私の部屋よ。」
「え~!!! あのオッサンみたいな部屋が、お前の部屋じゃないのか!?」
どうやらエリによると、あのダンディーな部屋は、お兄さんから譲り受けた後は書斎代わりにしか使っておらず、こちらが本当の部屋なのだとか・・・。
「なっなんだ、思いっきり勘違いして納得しちゃったよ!お前っぽいなって!」
「どういう意味よ! 殺すわよ!」
良く考えてみれば、エリはリョウコに劣らずオシャレさんでしたから、あの生活感の余り無い部屋は、やたらと不自然な訳ですが・・・。
「もう、しょうがないなあ。」
そういうと、エリは、机の上に置いてある包装紙に包まれた大きな平べったい物体を手に取り。
「はい。本当は私の分なんだけど、半分あげる。」
そういいながら、その物体の包装紙を丁寧にはがし始めます。
『なんだよ、結局あるんじゃねえか。めんどくさいやつだなあ・・・って、あれ!? なにそれデカい!!!!!』
包装紙の中から現れたのは、普通サイズの板チョコの数倍はあろうかという巨大な板チョコで、大きい以外は普通の市販品と変わらないのですが、そのままビックリするぐらい大きいサイズになっていました。
「ほら、半分あげるから。これで良いでしょ?」
「なにそれ、どこで売ってんの、そんなの! っていうか、半分多いから!」
私は少し呆れながらそれを受け取り、エリと並んでベッドに腰を降ろし、二人でそれを口に入れます。
「うん、美味いよ、これ」
そう言うと、エリは満足そうに笑いながら、市販品なのに、まるで自分で作ったと言わんばかりに得意げな顔で私を見つめています。
そしてチョコを食べ終わった後、その場で下らない話を少々喋っていたのですが、しばらくして、急に隣が静かになったので、ふとエリを見ると、あのお人形さんのような顔を珍しく真面目な表情にして、こちらを見ていました。
「どした? 真面目な顔して?」
「・・・・・・・・・・・ねえ。」
「ん?」
「あんたのチョコは無いけど・・・・・・」
「え?」
「これがチョコの代わりだから・・・」
「!!!・・・・・」
これが所謂「ファースト・キス」を、私が体験した瞬間でした・・・。




