01 「自己紹介」
「改めまして、成海サヤカと申します。本日はお忙しい所、ありがとうございます。」
「いえいえ、渡辺ユキヒコです。どうぞよろしく。」
既にメールで少しやりとりをしている相手だったのだけど、一応初対面だったので、簡単な挨拶を交わした。場所は渡辺さんのご自宅だった。正直どんな人かも分からない男性のお宅にお邪魔するのは勇気がいったけど、こちらの我が儘で出向いていただくのは気が引けた。
それにしても・・・。
初めて会った渡辺さんの印象は、アルバムから受けるものとまるで違っていた。なんというか・・・恐い・・・。私には分かる・・・、この人は多分、人を殺してそう・・・。むしろ殺し屋!?
それぐらいにオーラが凄かった。あと身体が大きい・・・。身長が凄い高い訳じゃない。太ってる訳でもない。ただただ大きい・・・。腕もなんか太い・・・。
えっ、これ私、危なくない!?襲われたら絶対に抵抗出来ないんだけど・・・。
そんな感じで凍り付いた私にかけてくれた渡辺さんの言葉は、容姿からは想像できないぐらいに物腰が柔らかく、優しい印象だった。なんだろう、ギャップのせいかもしれないけど、急にこの厳つい渡辺さんが凄くいい人で、なんだか可愛い人に見えてきた。ちょろいな、私・・・。
「それで、叔母の、成海エリの事なのですが・・・」
「ええ、メールでも少しお話しましたが、良く覚えていますよ。忘れる事なんて出来ませんからね。」
そう言いながら、渡辺さんは少し懐かしそうに、どこか寂しそうに微笑んでいた。
「何からお話しましょうか。少し長くなっても宜しいですか? 私は話すのがあまり得意では無いので、出来れば最初から、そうですね、彼女との出逢いから順番にお話出来たらと思うのですが」
「ご迷惑で無ければ、是非お願いします。どんな些細な事でも構いません。私は叔母がどういう人だったのか、知ってみたいんです。」
「ふむ・・・」
渡辺さんはそう頷くと、私の顔をじっと、優しい、そしてどこか寂しい目で見つめ続けた。なんだろう、顔は恐いんだけど、凄く恥ずかしい・・・。考えてみたら、こんなに異性と見つめ合うとか今まで無かったかもしれない・・・。しれないのに初めて見つめてくれる男性が父ぐらいの人とか、終わってるな、私・・・。
そんな雑念いっぱいな気恥ずかしさに目をそらすと、渡辺さんは我に返ったように謝った。
「いや、申し訳ない。あなたは、はやりどこかエリに似ている気がしてね。私は少女姿の彼女しか知らないんだが・・・、きっと成長したら、あなたのようになっていたんだろうね・・・。」
なんだろう・・・、この人の顔。悲しさなんだろうか・・・。少し胸が苦しい・・・。同情・・・とは違うけど、つられて泣きそうになるような・・・。
それにしても、私が叔母と似てる!? 全然似てないよ、恥ずかしい。
「いや・・・、私は叔母みたいく綺麗じゃないので・・・。」
「ご謙遜を。でもありがとう。あたなが訪ねて来てくれたお陰で、少しだけ、懐かしい彼女の面影にふれることが出来ました。ありがとう。」
お世辞じゃなかった・・・。それかボケがきてるのか・・・。
凄く恥ずかしくなった私は、この話題を早々に切り上げるように、本題に話を戻した。
「そうでしたね、それでは出逢いの時からお話ししましょう。」
そう言いながら、渡辺さんは叔母との思い出を話してくれた。
そう、長い長い、そして切ない、成海エリの物語を・・・
私がまだ中学生になった頃の話です。
春になり、入学式も終わると新しいクラスメイトとの顔合わせが行われるというのは、皆さん何処も一緒だと思いますが、この当時の心境を思い出しますと、せっかく仲良くなった小学校の仲間たちと離れる寂しさと、新しい人達との出会いを期待する気持ちが複雑に入り交じって、なんだかおかしなテンションになっていた事を思い出します。
また、ちょっと気になっていた女の子とも離ればなれになってしまうガッカリ感を味わった人も、この時代には沢山居た事でしょう。
こういう気持ちは、大人になるにつれ薄れていくもので、例えば職場が変わっても、特にこういう期待や興奮は得られません。そもそも、「仕事仲間」と「クラスメイト」というスタンスに大きな隔たりがあるのかもしれません。
さて、そんなこんなで当時の状況を思い出しますと、新しい教室には既に席順が決まっており、自分の名前を確認しつつ、その席に座るわけですが、当時の私の学校では、教室の机は男女の列が交互に並び、その上で横二つ一組で机を連ねて座るというスタイルでした。今と違って子供が多い時代の事ですから、教室が狭くならない様、通り道を確保するという目的もあったのでしょう。ちなみに、私の席は最前列の、しかも教卓の真ん前というステキなほどのベストポジションでした・・・。
そして、その時に私の隣に座っていた少女が「成海エリ」という女子でした。
私が着席した時には、彼女は既に座って、ずっとうつむいていて、顔も見えませんでした。初めてあった時の印象は、「ちょっと暗いのかなあ・・」程度のものでした。
その時の私は、隣はあんまり喋らなそうな子だし、オマケに席は教師の真ん前だしと、出だしから大変憂鬱な気分だった事を思い出します
・・・もっとも、この考えは、この後すぐに改められる事になるのですが・・・。
それでも、私は少しでもこのクラスでの楽しい要素を探し出そうと、自分の席から周りを見渡しますと、何人かの知った顔が近くに確認できまして、少しだけホッとした気分になった事を思い出します。
そんな私達の期待や不安を知ってか知らずか、その後に現れた新しい女性担任が、おかしな提案をしてきた時には、私は心底困りました。
「それでは、いまから皆さんに自己紹介をして貰う訳ですが、ただ自分の事を紹介しても面白くありません。なので、お隣同士、今から20分ほど話し合いまして、お互いの事をある程度理解し、そしてお互いを皆さんに紹介しあってください!」
今考えますと、これは大変面白い提案で、なるほど、知らない者同士が一気に親密になるには良い方法だとは思うのですが、なにせ当時は色々と「心悩めるお年頃」の少年少女たちですから、人見知りをする者には、そりゃあ酷な話だろうと思ったものです。
特に私の席の隣にお座りの御方は、この時までも下を向いたまま顔も見せずにおられる様な方ですから、どうやってプロフィールを聞き出したら宜しいのですかと、その満面な笑顔で生徒たちを見回す先生を恨めしく思ったものです。
ところが、先生が「相談始め!」と合図した瞬間、私は面食らう事になります。
そのかけ声と同時に、隣の少女はガバッと顔を上げ、私の事をキッと睨む様に覗き込みます。この時、この少女、つまり「成海エリ」の顔を初めて見た訳ですが、その時の衝撃と言ったら今でも忘れる事が出来ません。
その女の子は、髪は肩まで掛かる程度のつやつやした黒髪で、小さく締まった色白の顔は、まるで人形のようでした。その大きな愛らしい目玉が二つ、こちらをマジマジと見つめています。つまり、エリは所謂「物凄い美人」さんだったのです。
正直、今まで見た事が無いぐらいの美人でしたから、えらく緊張したのを憶えています。そして、その小さく愛らしい口が発した言葉は、今でも忘れられません。
「あんた・・・、あんた、名前なんていうの!?」
「渡辺ユキヒコだよ」
「ユキヒコ!? ユキヒコ・・・」
私の名前を聞いた彼女は、少し驚いたような表情をした後に、しばらく何かを考え込み・・・
「ユキヒコ、ユキヒコ・・・、変な名前ね!」
さて、ここで申しておきますが、ご覧のとおり私の名前は極々一般的な普通の名前でして、決して名前一つで爆笑がとれる様な珍妙なものではありません。良く選挙でも見かけますし、ニュースの犯人にも見る事が出来る様な、なんて事の無い名前です。きっとクラスの中には、私よりも面白い名前のやつはいるでしょうし、何故コイツがそんなに私の名前でツボにはまって満面の笑みを向けてくるのか、まったく理解が出来ませんでした。
「ムカッ! じゃ、お前はなんて名前なんだよ!」
「私? 私は成海エリ! 他人行儀なのは嫌だから、エリで良いわよ!」
「いや、そんな事は聞いてねえ!」
正直、このテンションの高さは驚きでした。というよりも第一印象とのギャップに卒倒しそうでした・・・。
それから20分間、コイツは私の事について根ほり葉ほり聞き出した挙げ句、こちらの質問はロクに答えないうちに、あっという間に時間は過ぎてしまいました。いやはや・・・。
当然、いよいよ発表という時になり、私の絶望感はピークでした。辛うじて聞き出せたのは名前と趣味、好きな食べ物程度です。しかし、そんな心配は杞憂だという事が直ぐに分かります。私の前のクラスメイトたちがする紹介も、私がエリに聞いた程度の事に第一印象をくっつけたような、その程度の内容だったからです。
考えてみれば、知った顔同士ならともかく、まだ会ったばかりの人間同士が20分の間にどれだけの事が話せるかなど、たかがしれていますし、大抵は時間を持て余すのが普通でしょう。私も適当に話せばいいんだと、胸をなで下ろしたのも束の間、今度は別の心配が沸いてきました・・・。コイツ、どんな紹介をするつもりなんだ・・・。
さて、そんなこんなで私の番が来た時に、当たり障りのない紹介をそつなくこなし、それをどうもエリは不服そうな顔で見上げていましたが、そんなものは知ったこっちゃないと、私はサッサと面倒なスピーチを終わらせて席に着きました。それよりも、コイツが何を話すのか、そちらの方気がかりでなりません・・・。
「こほん! え~、私の隣の渡辺くんは、ユキヒコという変な名前の子です。顔も面白いですが、性格も変で・・・・・」
出だしからぶっ飛んだ紹介を延々と述べ、いや、全く述べる必要の無い事柄まで、客観、主観入り乱れて楽しそうに話すエリをみて、私はただただ、青くなるばかりでした・・・。
(・・・・名前と顔が面白いのは余計なお世話だし、性格もお前ほど変わっちゃいない!
というか、なんてスピーチしやがる、このアホ女!)
お陰で、私は一躍クラスの有名人となりました・・・・。
これが、エリとの最初の出会いでした・・・。
この時点で私は、この少女の顔の良さなど何処かにトンで、この「頭のネジがちょっと飛んでしまった少女」に嫌悪感以外の感情を抱いていませんでした。ある意味、最悪の出会いだったのだと思います。
そして・・・・
これが、「私」と「彼女」と、「その仲間たち」の青春の一ページの始まりでもありました・・・・。