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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第一章
19/85

28 「雪の境界線」

 それは、私達が「ネジ飛び姫」の家の屋根から、控え目な「初日の出」を拝んだ新春の事。 暦の上では新春といっても、実際はいつ雪が降ってもおかしくない真冬の季節の出来事。


 「なあ渡辺。 明日辺りさ、年明け一発目の釣りでも行かねえか? どうせ暇だし。」


 最近は年末年始などはあまり関係が無くなってきましたが、この当時は正月といえば、殆どの商売が律儀に休みをとっており、我々の楽しみといえば、テレビの正月特番を見るか、あるいはいつも通り、トランプやボードゲームに興じる程度でした。


 「釣りか~? このクソ寒いのに? 魚だって寝てんじゃねえか?」


 「釣り堀なら大丈夫だろ? 寒くなっても避難場所あるし、あそこなら正月でもやってるだろうから行くべよ。」


 「釣り堀か・・・。 そういや、ずいぶんと長い事行ってねえなあ・・・。」


 「ねえ、どこ行くの?」


 「(そら来た・・・。)いや、このクソ寒い中、釣り堀にでも行くべって話だよ・・・。」


 「へえ~・・・。 ねえ、釣り堀行くなら、私も連れてってよ。」


 「お前が釣り~? って、お前ザリガニしか釣った事ねえだろ? 釣り堀なんて行った事あんのか?」


 「無いわよ、全然。 だから一度行ってみたいんじゃない。」


 「いや~、お前が行ったって面白くねえって、絶対。 悪い事は言わないから辞めとけって。(コイツの事だ。釣りなんて行ったって、どうせ直ぐに飽きちまうんだから。)」


 「なによケチ! 一緒に連れていってくれたって良いじゃない! この馬鹿!」


 「ケチだの馬鹿だの、言いたい放題言いやがって、相変わらず頭くんなあ、こんちくしょう! それが人にものを頼む態度か、このアホ女! もう絶対に連れて行かねえ! 行きたきゃ自分で勝手に行きやがれってんだ!」


 「!!!」


 「痛て! あ痛て! ものを投げるな! 痛て! あいたたたた!!!こいつマジで噛みつきやがった!!!」


 「渡辺、意地悪言わずに連れてってやれよ。人数多い方が楽しいだろ?」


 「お前、人ごとの様にそんな事言うけどな! 飽きっぽいコイツの事だ。絶対に途中で「つまんない、飽きた、帰る。」なんて言い出すに決まってんぞ。(コソコソ)」


 「そん時はそん時だろ。 とりあえず一回連れてってみんべよ。(コソコソ)」


 『相変わらず、女に甘めえなあ・・・。』


 そんな訳で、私達は馴染みの釣り堀に行く事になり、その際、他の連中も誘ってみるも、やはり年始の忙しさか、リョウコ、金丸、藤本は欠席となり、結局、私達に鷲尾を含めた四人だけという珍しい組み合わせで出掛ける事になりました。

 もっとも、リョウコと金丸は、恐らく前回の「ザリガニ大作戦」で、すっかり懲りてしまったのでしょうが・・・。



 そして、その翌日の事!


 私達は早速、釣り堀に出向いておりました。

 この釣り堀は、農家の老夫婦が元々趣味で始めたらしく、そのせいか、敷地は結構な面積がありました。

 入り口には休憩所と売店を兼ねた小屋が一軒建っており、ここは夏場はそれ程役に立ちませんが、冬場は冷え切った身体を温められる様に、いつもストーブがガンガンに焚かれており、常連客の中には、釣りに来たのかストーブの前で団欒をしに来たのか分からない様な人達も居るほど、心地よい場所でした。

 そして、何よりも思い出深いのが、この釣り堀の昼食のシステムでして、恐らく老夫婦が何処か別の所にでも注文していたのでしょう、朝イチで昼食の注文を頼みますと、大抵の「てんやもの」が出揃うのでした。幼い頃は父に連れられて、この「てんやもの」を食べる事が、釣り堀で一番の楽しみになっておりました。

 ただ、小学生も高学年になってエーちゃん達と通う様になってからは、流石に「てんやもの」は贅沢ですから、もっぱら売店にてカップメンを買って食べる事が定番になっていました。しかし、この「釣り堀で食うカップメン」というものがナカナカ美味いものでして、特に今回の様に寒い季節には、変な快感すらも感じるのでした。


 そんなもので、今回はちょうど「お料理マスター」のリョウコも居ない事ですし、最初は「私達で作るよ。」と、エリと鷲尾が申し出てくれたのですが、私達は久々のカップメンの味を思い出したくて、あえてその有り難い申し出を断るのでした。


 という訳で、早速肝心の釣りを始める訳ですが、当然の様に釣りが初めてのエリや鷲尾は、釣り竿すら持っておらず、仕方がないので、それぞれ私がエリの分を、エーちゃんが鷲尾の分を用意してやり、玉網や餌入れ、その他はペアで共用する事になりました。


 「良いか、この二つの針の片方に、こっちの柔らかい寄せ餌をくっつけて、もう片方にはこっちのグルテン・・・、固めの餌をくっつけるんだ。

 大きさはこんなもんな。怪我しないように針の扱いには気を付けろよ。柔らかい方は水につけると直ぐに溶けちゃうんだけど、魚は大抵、こっちの固い方に食いつくから。

 そんで、投げるのはこんな感じで・・・、よっと。 振りすぎて餌落とすなよ。

 で、後はひたすら、あの「浮き」を見て、魚の食いついた「アタリ」が来たら浮きが沈むから、そしたら竿を引いて合わせるんだぞ。

 ・・・・。

 まあ、細かいところはその都度教えるから、とりあえず適当にやってみろ・・・。」


 「わかった!」


 と、返事は良かった姫様なのですが・・・・。


 それからしばらくの間は、私達全員、大人しく釣りに専念しておりましたが、やはり冬場という事もあり、流石に魚たちの動きも鈍いのか、なかなか釣れてくれませんでした。


 そんなこんなで午前中も終わり、私達は一端竿を上げて、冷え切った身体を一杯のカップメンで温めるのでした。


 「やっぱり釣り堀で食う冬場のカップメンは美味いなあ~。」


 「だなあ・・・。やっぱり冬はこれじゃなけりゃあなあ~。」


 「それにしても、全然釣れないじゃない・・・。 なんかつまんない。」


 「(そら来たよ。 だから言わんこっちゃない・・・。)あのなあエリ。 釣り堀ったって、冬場はそんなに簡単に釣れるもんじゃねえんだよ。ほら、お前も何となく自然のキビシサを感じるだろ? もうちょっとこう、自然と一体になってだな、根気よく頑張ってみろって。」


 「何よそれ・・・。 要するに釣れるまでボーっと見てろって事じゃない・・・。」


 という具合に、元来大人しくできない性分の姫様は、徐々にその本性を抑えられなくなるのでした・・・。


 「ふあぁぁぁ~・・・。」


 「こら! 女の子がそんなデッカい口開けてアクビなんてするんじゃありません! せめて口ぐらい隠しなさい!」


 「うるさいわね・・・。余計なお世話よ。 あ~あ、お菓子でも買ってこよっと。」


 そう言うと、姫様は釣り竿をほっぽらかして、売店からエビ味のお菓子を買ってくると、バリボリと食い始めるのでした・・・。


 『まったく・・・。』



 バリバリ!!!


 「・・・・。」


 バリバリ!!! バリバリ!!!


 「・・・。あの・・・、エリさん・・・。 もう少し静かに食っていただけませんかね・・・。って、何やってんだ!!! お前は!!!」


 隣の姫様は、何とエビ味のお菓子を粉々にすると、それを釣り堀の水面に巻き始めるのでした。


 「何って、こうすれば魚が寄ってくるんでしょ? こっちの柔らかいエサを直接まいた方が良いかしら?」


 「(アホだコイツ・・・。漁師にでもなったつもりか・・・。)エリさん、そういう迷惑な事は辞めさない・・・。 周りをコッソリ見てみろ。 みんなお前に注目してるから・・・。(コソコソ)」


 私の言葉通り、釣り堀の常連客と思われるおじ様達から、熱い視線を浴びて、流石の姫様もバツが悪いと思ったのか、ムスッとふて腐れながらも、すっかりと大人しくなるのでした。もっとも、気の短いおじ様方に怒鳴られないだけラッキーだった訳ですが・・・。


 「(やれやれ・・・。)エーちゃん、すまないけど、ちょっとアイツを連れて、その辺を散歩してくるわ・・・。 どうも飽きちまったみたいで落ち着かないからさ・・・。」


 私は少し離れた所で釣っていたエーちゃんと鷲尾にそう告げると、それが可笑しかったのかクスクスと笑う鷲尾を横目に、エリの元へ戻るのでした。


 「ほれ、どうせもう飽きてるんだろ? 少し散歩に行くぞ、散歩。」


 「えっ!? うん!」


 『なんだ、お前、惚れるわ。』


 もっとも、散歩といいましても、釣り堀自体が畑のど真ん中にある様な場所でして、歩けど歩けど、見えるものは畑と山ぐらいしか無い訳ですが、それでもひと場所にジッとしているよりは遥かにマシなのでしょう。

 エリは大変楽しそうに、私と並んで歩いていきました。

 そして、畑の用水路を兼ねた小川に差し掛かったとき・・・。


 「ねえ、見て! あそこの家、二階らへんに船が括りつけてある! あ、あっちも!」


 ああ、この辺りは土地が低いからな。大雨が降るとこの小川が氾濫して、直ぐに水没しちまうんだよ。 それで、いざという時の脱出用に船が括りつけてあるんだ。


 実際、この辺りの水没は非道いもので、実はこの釣り堀付近は、私が後年通った高校の通学路だったのですが、その際も、台風の度に一階が水没した家を何軒も目撃する事になります・・・。


 「へえ・・・。 なんだか大変ねえ・・・。」


 その後、更に畑道を進んでいきますと、この辺では珍しい大きな道路に出てしまいます。

 そこで、再びエリが何かに興味を示した様で・・・


 「ねえ、あれなに?」


 「ああ、あれはドライブインだよ。 この辺って長距離走るトラックとか多いだろ? 休憩用にドライバーが飯食ったり便所入ったりするスペースがあるんだよ。」


 そこは、長距離トラックの運転手などが休憩するために設けられた、無人のドライブインでした。この辺りは、それこそ畑ばかりで食事や用を足すにも不便な場所でしたから、この様な施設を、ドライバー向けに用意していたようで、私の知る限り、利用者も結構多かった様に思います。


 「へえ・・・。 ねえ、面白そうだから、ちょっと行ってみない!?」


 「ああ? 良いけど、便所と自販機しかねえぞ?」


 実際、「ドライブイン」などという大層な看板を出していましたが、プレハブ小屋に十台近い様々な自販機が並んでいるだけで、それ以外は便所と駐車スペースがあるだけの、実に貧相な施設でした。

 ただ、この自販機が非常に特長的でして、当時は大変珍しかった飲料以外の自販機、つまり軽食が買える自販機が沢山並んでいる所が、非常に珍しく、これを見た姫様も大興奮しました。


 「へえ! 凄い! こっちがうどん・そばだって! これがカップメンで、こっちはハンバーガー? お菓子にパン、カレーライスにおでん? フランクフルトの販売機まであるよ! なにこれ、お湯だけの販売機!? 面白い~!」


 「ああ、そのフランクフルトの販売機は結構美味いんだよ。 それと、そのグー〇ンバーガーも美味いんだぜ~。 凄く貧相なんだけどな。」


 「ねえ、食べてみたい、これ! 半分ずつ食べようよ!」


 『半分ずつ・・・って、またそう言うドキドキする事をサラッと言うなあ・・・。』


 このグーテンバーガーとフランクフルトの販売機は、この当時からある大変古い軽食の販売機でして、ハンバーガー自販機は冷凍のハンバーガーが恐らくマイクロウェーブで温められて出てくるのでしょう。ただし、所々パンが乾燥して固くなってしまっており、実に独特の食感を持っていました。

 ハッキリ言えば、大して美味いものではないのですが、どうも一度食べると病み付きなるような、そんな不思議な味でした。

 フランクフルトは、デニム柄の袋に入ったソーセージで、これはソーセージとサラミの中間の様な味で、スパイシーで美味かった記憶があります。こちらもどういう方法かは解りませんが、きちんと温めてから出てきまして、結構手の込んだ商品でした。

 残念ながら、ハンバーガー自販機の方は後年もあちこちで最近まで見る事が出来ましたが、このフランクフルトの販売機は、このドライブイン以外では見る事がありませんでした。


 「へえ、結構美味しいじゃない! 初めて見たわ、こんな変な販売機!」


 「変なって・・・。 それにしても、お前良く食うなあ・・・。さっきカップメン食って、お菓子まで一人で食ってたのに。」


 「うるさいわね! なんにもしてないと、かえってお腹が減るのよ。」


 「ふ~ん・・・。 ん? あれ!!!」


 「どうしたの?」


 「後ろ見てみろ! 雪が降ってきた!」


 「ホントだ!」


 それは、その年最初の雪の華でした・・・。

 大粒の雪の結晶が降り注ぐ景色を見たエリは、まるで雪を見て喜ぶ犬のように駐車場を駆け回り・・・、私はそれを、とても愛おしく眺めていた事を思い出します。


 「そろそろ戻るか。 だいぶん身体も冷えちまったし、エーちゃん達も心配してるだろうから。」


 私達は雪の降る中、しっかりと手を取り合い、お互い寄り添って身体を温め合う様に、特別急ぐ事もなく、ゆっくりと来た道を戻って行きました・・・。


 「寒いね・・・。」


 「ああ・・・。寒いな・・・。」





 そして、ドラマや映画、あるいは恋愛小説であれば、この何とも愛らしくも美しい絶好の場面で幕を閉じる訳ですが・・・。

 現実はそれ程甘くはない訳で・・・。


 「ぐあああ!!!! クソさみい!!!!」


 「だいたいな!!! お前らが釣りの途中にノンビリ散歩なんて行くのが悪りいんだからな!!!」


 「うっせーよ!!! もともと真冬に釣りに行こうなんて言い出したのは誰だっつーの!!!そもそも、エリがノンビリハンバーガーなんて食ってっから悪りいんだって!!!」


 「はあ!? あんた、女の子に責任なすり付ける訳!? 最低ね!! だいたい、あんたが散歩に行こうって言い出したんじゃないの、この馬鹿!!!」


 「そうだよ、そもそも渡辺が一番悪いよ!!! あんたのせいだからね!!!」


 「やっぱり、おめえが一番悪いみたいだぞ、うっひっひっひ!!!」


 「あ~!!!! どうせ俺が全部悪いよ、ごめんね!!!!」


 私達は、この最悪の事態に至った原因をお互いになすりあいながら、既に大雪によって抜かるんで滑りまくる帰り道を、ひたすら自転車を押しつつ・・・、片道八キロの道のりを、極寒の雪が降り続ける暗闇の中、四人揃って仲良く帰るのでした・・・。


 「へっくしょい!!!!」





 そんな最悪な帰路を乗り越えた翌日!


 その初雪は、一晩見事に降り積もり、それを大喜びした人物により、私達は再び召集令を受けることになります・・・。


 「まったく! こんな日に無理矢理呼び出しやがって! クソ寒いわ、チャリンコは使えないわで散々だったんだぞ!」


 「それじゃ、雪合戦の組み分けとルールだけど、どうする?」


 「シカトしてんじゃねえ! このアホ女!!!」


 「もう、うるさいわね・・・。 男のくせに済んだことグダグダ言ってんじゃないわよ。だいたい、もう来ちゃったんだから良いでしょ!」


 『コノヤロ・・・。 まあ、確かにそうなんだけどな・・・。 それにしても、良く来るよ、お前らも・・・。』


 「何でも良いから、早く始めようぜ、成海。 寒くて寒くて仕方ねえぞ。」



 そんな訳で私達は、何が悲しいのか、この年になって、更にこのクソ寒い中、「大雪合戦(姫様命名)」を開始するのでした!

 まずはその下準備を始めるわけですが・・・。


 「渡辺、ほらジャンジャン雪玉作りなさいよ! こう言うのは弾数がものを言うんだから!」


 「へいへい・・・。(すっげえ手が冷たいんですけど・・・。) 金丸、無理すんなよ。 手が霜焼けだらけになっちまうからな。」


 「うっうん・・・。」


 「だからシズカの分も、あんたが作れば良いんじゃないの! しっかりやりなさいよ!」


 「っていうか、お前も少しは作りやがれ!」


 「私はほら、作戦とか色々考えて忙しいのよ。」


 「(雪合戦に何の作戦だっての・・・。)それにしても、リョウコと藤本、鷲尾とエーちゃんか・・・。 こっちは金丸一人分多いし、相手にとって不足はねえけど、なんか泥仕合になりそうだな・・・。

 防護壁も作っておこうぜ。 雪だるまの要領で。」


 「ああ、それ良いわね。 じゃあ、頼んだわよ。」


 『こいつ、ほんとムカつくな! 本当に動かねえし。』




 そして、それからしばらくして雪合戦本戦が始まった訳ですが・・・。


 ―バフッ!


 「イテっ! っていうか、なんだかもう勝ってんだか負けてんだか、全然わかんねえぞ! どうなってんだ、これ!」


 「知らないわよ、そんなの! とにかくぶつけんのよ!」


 「っていうか、ちゃんとルール決めておけっての!」


 結局、予想通り泥仕合になった私達は、ずぶ濡れになってすっかり冷え切ってしまい・・・、そのままエリの家まで非難する事になりました・・・。


 「ヘックション!!!」


 「エーちゃん、大丈夫?・・・。 風邪引かないでね・・・。」


 「ああ、大丈夫。 お前は大丈夫か?」


 「あたしは平気だよ、あはは。」


 『・・・。なんなのお前ら、死んだらいいのに。』


 「渡辺、はい。 このタオルで頭拭いちゃってね。 上着はみんなのと一緒に、こっちで乾かしておくから。」


 「ああ、ありがとう、リョウコ。 あれ?・・・。 エリはどうした?」


 「エリなら台所だよ。 今、みんなの分のお雑煮を作ってるから。」


 「へえ~・・・。 珍しいな・・・。」


 「あはは。 そんなこと言っちゃ駄目だよ、渡辺。 みんなに寒い思いをさせたって、エリだってホントは気にしてるんだよ?」


 そう言って、私に笑顔を向けると、ソッと耳元に顔を近づけ・・・。


 「ほらっ、こう言う時には気を利かさないと駄目だよ、渡辺。 エリを手伝ってあげて。」


 そう耳打ちして、リョウコはイタズラっぽい顔で微笑むのでした。


 『えーなにそれ、惚れてしまうんですけど!』



 「何か手伝うよ。」


 「別に良いわよ。 あっち行ってて。」


 「そう言うなって、手伝いたいんだから。 ほら、将来のためにも、男も料理ぐれえ出来ねえとよ。」


 「はあ!? 何それ・・・。 まあ良いわ・・・。 じゃあ、そこの野菜、切ってくれる?」


 「あいよ、任しとけって!」


 無理矢理押しかけて手伝い始めた私に、ホントに迷惑と思っているのかなと姫様の顔を覗き込んでみましたが、どうやら満更でもなく、もしかしたら私と同じ気持ちかもと、野菜の皮を剥きながら、ほくそ笑んでしまいます。


 そんなこんなで、私と姫様とで作り上げた雑煮(味付けはリョウコがしたのですが・・・)をみんなで食べ、ようやく体が温まった所で、いつもの様にワイワイガヤガヤと楽しんでおりますと・・・。


 「あっ、また雪が降り始めた! 見て見て、みんな!」


 「なんだ金丸、お前が興奮するなんて珍しいな?」


 「ホントだ! 何だか綺麗ね・・・。 ねっ! 表に出てみようよ!」


 「ええ~・・・。せっかく暖まったってのに・・・。」


 「じゃあ、あんただけ部屋に残ってなよ。 エーちゃん、行こ!」


 「鷲尾、お前、俺の扱いひどくない!? なんなの、そのエーちゃんとの格差は!」


 「ほら、あんたも行くわよ!」


 「分かったっての・・・。でももう、雪合戦はやらねえぞ!・・・って、もういっちまいやがった・・・。」


 「あはは、渡辺、あきらめなよ。あはは!」


 「あははって・・・。」



 部屋を出た私達は、灰色の空から降り注ぐ大粒の雪の結晶の美しさに、みな心を奪われてしまいます・・・。


 「綺麗・・・。」


 「ああ、ホントだ・・・。 雪をこんな風に感じて見た事、今まで無かったなあ・・・。」


 「ねっ、渡辺! あっちの公園の広い方に行ってみようよ! 早く!」


 「えっ! あっ! わっ分かったって! そんな引っ張んなよ、こけるって!」


 「わぁ~・・・。 見て、空から降ってくるのが良く見える・・・。」


 「ホントだな、雪って綺麗なんだなあ・・・・って。ん? んん!? んんん!!?? あれ?・・・。」


 ―ゴシゴシ・・・


 「・・・。あっあれ!?・・・。 目がおかしくなったかな!?・・・。」


 「なに? どうしたのよ?」


 「あっ、いや・・・。ちょっと待ってろ。」


 「何よ!?」


 「・・・・。あっ!!!!!!エリ!!!!」


 「だから、何なのよ、さっきから! 勿体ぶると殺すわよ!」


 「お前、雪の境目って見たことあるか!? 雪が降ってる所と止んでる所の境界線!」


 「何それ・・・。そんなの、見たことある訳無いじゃない。」


 「こっち来てみろ! 早く!」


 「もう、何なのよ、いったい・・・。 ・・・・。 えっ!? ええっ!!!????」


 「なっ! すげえだろ!」


 「何これ!? どうなってんの!!!??? 凄い・・・。 なんか、ちょっと感動・・・。」


 そう、それはまさに雪の境界線でした。

 雪が降っているゾーンと、止んでいるゾーンが、ぴっちりと直線を描いて別れており、私達は、まさにその境界線に立っています。

 何とも幻想的なこの風景は、私の人生でも、この時ただ一度きりの体験でしたが、それはとても印象深く・・・。私達二人は、その風景にいつまでも魅了され続けるのでした・・・。


 「綺麗・・・。」


 そう言って、両の手を灰色の空に伸ばし、手のひらで大きな雪の結晶を受け止める姫様の横顔は白い肌にほんのりと赤みがさして、それはそれはとても美しく・・・・。

 幻想的な景色と重なったそれを見た私は、思考能力を著しく低下させ・・・、人生でもベスト3に入るほどの恥ずかしいセリフを、思わず口にしてしまうのでした・・・。


 「いや・・・。 お前の方が綺麗なんじゃねえかな・・・。 雪よりも・・・、境界線よりも・・・・。」


 「・・・・。」


 急に私に向けられた姫様の顔が、大変驚いた様に目を丸くして、珍しい物でも見たように、口をポカンと開けている様を見て、私も我に返るのでした・・・。


 『しっしまった!!!! 俺はなんて恥ずかしいセリフ口走ってんだ!!! 最悪だ!!! 一生の恥だ!!!! 不覚!!!』


 「ぷっ! くふふふ・・・・。 あっはっはっはっは!!!!」


 『くがあ!!! 死んでしまいたい!!! 誰か~!!! 助けてくれ~!!!』


 「あんた、頭大丈夫!? 何言ってんの!? はっずかしい~!!! あっはっはっは!!!! ねえねえ、みんなみんな!!! 今、渡辺がね~!!!」


 『ぐああ!!! エリさん、それだけは勘弁して下さい!!!!!! もう、何でも言う事聞きますからぁ~!!!!! お願いだから誰にも言わないでぇ~!!!!!!』




 「口は災いの元」とは良く言ったもので・・・。

 神秘的な「雪の境界線」のロマンチックな気持ちなぞは、その瞬間に吹っ飛んでしまい・・・、私には「羞恥心」のみが残されるのでした・・・。


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