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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第一章
14/85

23 「舞台! 後編」

 自分の心にようやく気がついた・・・・、いや、素直になれた私でしたが、だからといって、それから特に何か行動を起こそうという衝動に駆られる事はありませんでした。

 一つの原因として・・・あの金丸のボロボロになった姿が忘れられなかった事もありますが、何より私は現状に満足しており、「ネジ飛び姫」が私の事を色々と巻き込んで、放っておかないであろう今の状況が続く限りは、私の満足は途絶える事が無い。そう自分に言い聞かせておりました。

 そもそも、私がエリに対して好意を持っている事と、エリが私をどう思っているかは別問題であり、それは大きな問題じゃないと考えての事でした。


 (・・・いや、それは言い訳か・・・。)


 結局、私は自分自身に全然「自信」が無かったのです。

 もちろん、少なくてもエリは私に対して「無関心」や「嫌悪感」などの感情を持っていないという自信はありました。

 ですが、だからといって、私に好意を持っているとしても、それはあくまでも「大事な友達」止まりの事で、恐らくそれ以上の感情は持ってはいないだろうと。それどころか、私の余計な感情的行動で、その関係すらも白昼夢のように消え去ってしまうという恐怖心が、「何も変えない方が一番だ・・・。」という結論行きつくのでした。




 そんな心の揺らぎに一応の解決をつける間にも、文化祭へ向けての準備は続きます。

 私達の演技稽古も一通りこなせるまでになり、制作作業の終わった裏方組も、それぞれ舞台の黒子役として再配備され、私達との稽古過程でセリフを覚えてしまったリョウコは、緊張してセリフが飛んでしまった者のサポート係を率先して引き受けていました。


 本番の数日前からは、実際に体育館を使っての本格的な稽古も始まり、流石にその大きさと、この会場が満杯になった姿を想像しながら、今更ながら何となく場違いな雰囲気を感じていました。

 もっとも、この会場が疎らな事を想像すれば、それはそれで何ともやり切れない気分なのですが・・・。

 通しで行われた稽古は、先生曰く「成功間違い無し!」だそうで、私達はその根拠があるのだか無いのだか分からないお言葉を唯一の支えにしつつ・・・、当日を迎える事になるのでした。




 そして、運命の当日!

 私達の舞台は午前の一番最後という、何とも絶好な位置にプログラムされ、本番までは、控え室として用意された教室で最終調整をしながら緊張を解していました。

 私はと言うと、どうもこの稽古過程で既に度胸が付いてしまったのか、心地よい緊張感は持っていましたが、むしろ軽い興奮状態で、この状況を楽しむ余裕が出来ていました。


 というわけで、いつものように周りを観察しますと・・・

 エーちゃんは既にガチガチの状態で、まるで漫画のようにカクカクと「ロボット」のような動き方をしています。いやいやいや・・・大丈夫なのか?お前・・・。

 そんなエーちゃんが心配なのか、鷲尾が側で何やら声を掛けています。鷲尾には、自分の事よりもエーちゃんの方が心配なのでしょう。

 それにしても、あの「鬼のエーちゃんぶち切れ事件」以前には、分かり易かったとはいえ、表面状は平静を装っていた鷲尾も、最近は全然自分を隠す事が無くなっていました。良かったな、鷲尾。

 もっとも・・・、エーちゃんは相変わらずの朴念仁ですので、きちんとした言葉を掛けて貰えた訳では無かったようですが・・・。

 その鷲尾の横では、金丸がいつものように笑って・・・は居たのですが、明らかにぎこちなさが交じっています・・・。ああ、これも相当来てるな・・・。

 藤本は藤本で、緊張しているんだかそうじゃないんだか分からない不思議な踊りを女子に披露しており・・・、ああ、あれは一応、女子の緊張を解いてやっているのか?

 リョウコはいつも通り、周りの友達に笑顔を振りまきながら、談笑をして緊張を解しているようです。きっと、リョウコは自分に配役があっても、このまま変わらないんだろうね・・・。


 一通り、まわりを見回した後、私は自分の横に居た「サビーネ」に目を向けます。


 (あれ・・・・、緊張しているのか?・・・意外だな・・・。)


 エリは両手を口の前に組み、それに向かって、まるでお祈りでもする様に、何やらブツブツと呟いていました。どうもセリフを復唱しているようです。なんだかそんな姿を見て、からかいたくなった私は、手を廻し、「ほっぺた」を左右に引き延ばしてみます。


 「ふぁにすんのよ!!!このふぁか!!!」


 そのままの面白い顔で私を睨み付け、文句を述べるのですが、息がもれて何を言っているのか分かりません。

 その面白い姿に私がゲラゲラと笑っていると、つねっている手を振り払い・・・・


 「あんた、ぶっ殺すわよ!!!」


 「おっ、なんか口癖が進化しているな!・・・・。でも緊張が解けただろ?」


 「緊張なんかしてないわよ、ば~か!」


 と、怒りながらも、やはり緊張が解けたのか、その顔にはうっすらと笑顔が戻っていました。

 そんなやり取りのお陰で、私の中の僅かな緊張も解く事が出来、少なくても私としては、ベストな状態で舞台に望む事が出来たように思います。


 そして、いよいよ私達の時間がやってきます。会場を舞台の袖から見渡しますと、既に会場は満員でした・・・。後ろの方には保護者と思われる外部の人達の姿もちらほら見えます・・・。

 どうもこれは、事前に用意された「フランス的薔薇の物語を超えた!」的な大それたキャッチコピーのド派手なポスターが功を奏したのかもしれません・・・。


 (「広告に偽りアリ」にならなければ良いのだが・・・。)


 そして、ついに幕が切って落とされます。

 まずは「ジャン」と「サビーネ」が舞台中央で背を向けあい、互いの疑問と感情を言葉にしてぶつけ合う場面から始まります。その後、舞台のライトが一端落ち、場面は戦場へと移ります。

 それから様々な出来事が起こりつつ、物語が進行していくのですか、案の定と申しますか、緊張でカチコチになったエーちゃんはセリフを何度か忘れ・・・・、その度に舞台端に隠れているリョウコや隣の鷲尾からサポートを受けるのでした。


 (エーちゃん、これでお前さんは二人に頭が上がらないな・・・。まあどうせ、鷲尾となら尻に敷かれるんだろうけどね・・・。)


 そして、物語は例の場面に差し掛かります。

 戦場で心と体に傷を負った兵士達を慰めるべく、心優しく美しきサビーネが、その美声を持って兵士達の心を鎮めます。相変わらずの歌声は、この広い体育館でも響き渡り、その歌の歌詞と同じように、「小さな白い花」となった姿に感動したのは私だけでは無かったようで、会場では幾つか、すすり泣く声が聞こえます。私は自分の事でもないのに、何故か自慢げだった事を思い出します。


 (どうだい、この姫様は、凄いだろ?)


 そして、物語はいよいよ終盤・・・。

 戦況が劣勢となった敵国は、奇襲と称して背後を突き、味方陣営を強襲する作戦に出ます。当然、療養所も無事では済みません。それを知ったジャンは、軍規を犯し、共に賛同する部下を連れてサビーネを救うために急ぐのでした。

 療養所を命がけで守るジャンは、一つの決心をしていました。既に軍規を犯した自分には未来はない。ここで命を散らせば、少なくても部下だけは、私に無理矢理従ったと申し出れば命だけは助かるかもしれない。サビーネを助けて散れるのであれば、それも悪くない。仲間達に自分が死んだ後の事を指示し、この劣勢な闘いに挑んだ一団は、その獅子奮迅の働きにより、何とか敵を退ける事に成功します。

 その戦渦の中、ジャンとサビーネはお互いを求め合うように必死に姿を探し合います。そして、二人が出会った瞬間・・・、ジャンは敵の銃弾に倒れるのでした・・・。


 最後の見せ場となる場面、サビーネの手の中で命の灯火を消すジャンとのやり取りが始まります。

 ジャンはサビーネの膝に抱かれながら、血だらけの手のひらをサビーネの左頬に当てます。サビーネはそれを左手で覆いながら、今にも消えそうなジャンを見つめます。


 『私は最後の最後で・・・・、君の役割と同じ「人を救う」役目を果たす事が出来た・・・・。それも、私が一番大切な・・・・愛する君を守る事が出来た・・・・(ゴフッ!)。もう・・・思い残す事は・・・・無い・・・。』


 『あなたは勝手です!・・・。残された・・・・残された私はどうするのですか・・・。 あなたはそれで満足かもしれませんけど・・・、あなたを救えなかったという十字架を、あなたは私に一生背負わせるのですか!・・・・。』


 『すまない・・・。私を許して・・・・欲しい。(グフッ!) でも、君はたくさんの人を幸せに出来るひとだから・・・。もしこれを・・・私を十字架と思うなら・・・、その十字架を持って、多くの人を救って、幸せに導いて欲しい・・・・。そして、君自身も幸せになって欲しい・・・・。約束だよ。 サビーネ。』


 『勝手な事を・・・・勝手な事を・・・・勝手な・・・・』


 既に目をつぶり死を待つ役だった私は、そこで自分の顔に何かが降り注がれるのを感じて目を開けます。

 そこには・・・、芝居に熱中するあまり、感極まったのか、ボロボロと涙を零すサビーネの姿がありました。その姿にビックリした私は、少し動揺しました。何せ、今まで何度も繰り返された稽古の中で、一度だってエリは涙を見せなかったもので。つまり、コイツの涙をみたのは、それが二度目の事でした。


 (それにしても・・・・なんて顔しやがる・・・。 俺は芝居でも、お前のそんな顔は見たくないぞ・・・。)


 余りの迫真の演技に逆に言葉が出ないのか、エリは最後のセリフを続ける事が出来ませんでした。仕方がないので、私はそのまま、自分のセリフを続けて、この場面の終了を計ります。


 『さよ・・・なら・・・サビー・・・ネ。・・・幸せ・・・に』


 ここで私は、力無くその手をサビーネの頬から落とし、死んでしまうのでした。

 そう言えば、死体の役をやると長生きできるというジンクスがありましたな・・・。私はここで死人役をやってますから、長生きできるのかしら?


 エリは相変わらず涙を流したまま、私の顔を抱きしめます。


 (あれ?、なんかこのアドリブはおいしいぞ!)


 そんな事を考えているうちに、幕は閉じ、いよいよエピローグへと突入します。エピローグの準備に黒子達は一斉に飛び出し、エリもようやく我に返ったのか、大急ぎで涙を拭き、それが照れくさかったのでしょう、真っ赤に腫らした目で、私の顔をジッと睨み付けます。

 しかし、この演技に先生は大喜びで、「成海さん!最高のアドリブだったわよ! ホントホント! 泣けたわー!」と、大騒ぎでした。


 エピローグには出番の無かった私は、それを部外者のようにボンヤリと眺めていました。

 サビーネの迫真の演技は、ジャンの死を乗り越え、戦場にて敵味方の壁を越えて人を救い続ける「小さな花」として成長する様を見事に演じ、舞台は無事、終幕を迎えるのでした。


 「いや、本当にあなた達最高だったわよ! 観客の皆さんにも好評だったから、安心してね!」


 と、先生が大満足の笑顔で、舞台の成功に太鼓判を押してくれました。

 もっとも、私達は舞台が大成功だった事よりも、何よりもこの重圧感から解放された事に安堵し、疲れ切って半ば放心状態でした。

 しかし、やはり「何かをやりきった満足感」は大変心地良いもので、この時点で既に、私は「やって良かった」と少しだけエリに感謝をするのでした。


 と言う訳で、舞台が終わった後、私達はセットの大まかな片づけを終わらせ、その後は手持ち無沙汰な状態となり、それぞれが自由に文化祭を楽しむ事になりました。私は相当の疲労感から、とりあえず何処かで適当に休んで時間を過ごそうと思っていたのですが・・・


 「それじゃ、いくわよ!!!」


 との声が掛かると同時に、私は「ネジ飛び姫」に無理矢理引っ張り出されたのでした。しかも、コイツは行く所、行く所で「何かと目立つ」行動をくり返します・・・・。

 まず同学年の他クラスが運営する「お化け屋敷」!

 ここでは何と、驚かされた幽霊に向かって殴りかかるという暴挙に出ます。私は幽霊に平謝りしながら、この暴れる姫を押さえつけて、屋敷から引きずり出します。


 (何してくれる!!!)


 次に上級生が運営する「たこ焼き屋」!

 たこ焼きが食べたいとワガママを言い出した姫に、私は仕方なく一パックを買い与え、それを二人で突いていたのですが、どうもその中の一つに鮹が入っていなかった事が気に入らなかったらしく・・・止める間もなく、


 「あんたの所は、鮹が入って無くてもたこ焼きって言うの!? この詐欺師!」


 と、とても下級生とは思えない口ぶりで文句を言うのでした・・・。流石の上級生も、突然現れたお人形さんのような女子が、いきなり訳の分からない事をまくし立てていたので唖然としたのか、口をポカンと空けています。私は真っ青になって慌てて、このアホな姫の口を必死に手で塞ぎ、とにかくここでも平謝りします・・・。しかし上級生も流石に大人なもので、最後は笑ってもう一つたこ焼きをオマケしてくれるのでした。


 (もうお願いします、大人しくしていてください・・・。)


 そんな午前も午後も疲労感一杯だった文化祭も、日暮れと同時に終幕を迎えます。

 最後の後片付けをしながら、私は色々とあったけれども、明らかにいつもとは違っていた文化祭に、とても大きな満足感を持っていました。


 (まあ、なんだかんだいって、結局は全部アイツのお陰だな・・・。)


 それから次の休日、私達は「文化祭お疲れ様会」と称して、いつものようにエリの家に集合するのでした。

 いつものように、いつものメンツで下らない事を笑い合う雰囲気に私は満足しつつ、今ひとつ浮かない顔のエリに気がつきます。

 文化祭を肴にしながら盛り上がる私達でしたが、スッと席を外すエリの姿が目に入りました。私はそれを追おうと立ち上がると、同じ事を考えていたのか、リョウコも膝を立てていました。リョウコは私の姿を見ると、いつものように眩しい笑顔を向け・・・、何事も無かったように座り直すのでした。


 廊下に出ると、エリは階段に腰を降ろして、ぼうっとしていました。私はその隣に腰を降ろし、声を掛けます。


 「どうした? 珍しいな、お前が「おセンチ」になるなんて。」


 「べ~つに~。あんたはどうしたのよ?」


 まさか、「お前が気になってきた」とは言えないもので・・・、私は話をかえるように、ついでに、この時まで気になっていた疑問をぶつけてみる事にしました。


 「そう言えばさ、あの舞台の最後、お前なんで号泣してたんだ? 演技に没頭したからか? それとも・・・まさか、俺がホントに死んじゃったときの事でも想像しちゃったか?」


 私は冗談めかすように、それでも本当はどんな答えが返ってくるのだろう、と期待と不安を持ちつつ、エリの言葉を待ちました。

 エリはしばらくの間をおいてから・・・、


 「・・・・・・・。 例えばさ・・・・」


 「ん?」


 「例えば、今あんたとか、他のみんなとさ、こうやって過ごしている時間がね。ある日を境にパッと消えちゃうの。それってさ・・・、何か怖いよね・・・。」


 正直、この時、私はエリが何を言いたいのか、良く分かりませんでした。

 いや、何となく言わんとする事は理解出来ました。

 現に、私自身も先日まで、エリに気持ちを伝える事で全て失ってしまうんじゃないかと恐れていましたし、あるいはこの先、学年が上がってクラス替えをしたり進学したりすれば・・・、何れ私達はバラバラになってしまいます。今の時間がずっと続く訳は無いでしょう。

 それでも私は、「きっとコイツがいれば、何も変わらないんじゃないかな?」という、なんだか呑気な確信を持っていました。そんな気持ちを正直に伝えます。


 「変わんねえんじゃねえの? たぶん。十年経ったって、二十年経ったっても、同じなんじゃねえの? いや、わからんけど。たぶんな。」


 エリはそれを聞いて少し考えているようでしたが、すぐにあのお人形さんの様な顔を満面の笑みに変えて、


 「そうね・・・、そうかもね。 戻ろうか!」


 「ああ、でも、お前はもう少し変わった方が良いかもな、いろんな意味で・・・。」


 「ば~か!!!」


 そんな軽口にも、いつものように明るく返すエリを見て、私は安心しきっていました。


 もしかしたら・・・、これがエリの中にある小さな闇を、私が見る事のできた最初のチャンスだったのかもしれません。・・・



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