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ネジ飛び姫  作者: もぐもぐお
第一章
13/85

22 「舞台! 中編」

 金丸の「小さな恋の物語」が最悪の結末を迎え・・・、その傷付いた心をどう慰めればよいのか、男連中があたふたと考えるよりも早く、金丸は少なくても表面上は、いつも通りの笑顔を取り戻していました。

 見た目の雰囲気とは違って、芯のしっかりした子であったのは勿論ですが、恐らくその裏では、エリや鷲尾達の多大なフォローもあった事でしょう。

 こう言う時、男なんてものは情けないほど役立たずなもので、実際、あの場にいても声すら掛けてやる事も出来ませんでした・・・。

 いや、我ながら情けない・・・。


 しかし、そんな我々の心配も余所に、私が手の皮を剥がしちゃた少し前には、金丸はすっかり元通りになったようでした。

 案外、「文化祭に向けて」という時期的に、この何かに打ち込める環境が大きな救いになっていたのかもしれません。

 とにかく、私達の目前に転がっていた心配事は、一応一通り解決した事になり、後は文化祭当日に向けて全力投球となりました。


 そんなこんなで、私が手の皮を剥がして直ぐの週末ぐらいから、エリの家に集まっての演劇強化特訓が、文化祭当日まで間に何度か行われました。

 ところで、手の皮はその後一週間ぐらいで薄皮が生えてきて、見た目の派手さの割には早い回復を見せました。しばらくは暖かいものと冷た過ぎるものには触れませんでしたが、文化祭当日には、もう後も分からないほどに回復していました。


 ちなみに、強化特訓と言っても、集まるのはいつもの代わり映えのしないメンバーだけでして、唯一、今回配役の無いリョウコは、役者不在のセリフ担当という事になり、その他はそれぞれ、自分の役を熱心に稽古する事になりました。

 それにしても、リョウコはどんな時にも落ち着いて、淡々と物事をこなす人でしたが、このセリフ読み合わせの時も、恥ずかしい素振りなど微塵も見せずに、実に自然に、そして明快にこなしていきます。その上この容姿なのですから、むしろ裏方なんかよりも表で大活躍すれば良いのにと思いましたが、


 「私はそういう事よりも、裏からみんなのお手伝いをしている方が性に合っているから。」


 との事・・・。

 成る程、これはある意味、常に意識、無意識に関わらず、何かと「目立つ行動」しかとれないエリとは、やはり正反対であり、結局の所、この二人がこれだけ仲が良いのも、こういう互いに「自分には無い部分」を、それぞれが求め合い必要としあって、補っているからなのでしょう。


 この何かと「目立つ」という事で余談なのですが、この「強化特訓中」のある日、私は再び「ネジ飛び姫の部屋」に入る事になります。

 コイツの家に来る事は多くても、二階に上がって、部屋に入る様な用事は無かったものですから、それこそ春以来になるのでしょうか。たしか、演劇稽古にも飽きた頃、みんなで遊ぶためにエリの部屋にあるボードゲームを取りに行くのを手伝いに行った・・・というような、そんな理由だったのだと思います。

 久々に足を踏み入れたその部屋は、確かに小綺麗に整ってはいるのですが、相変わらずのダンディーな室内に、何となく期待を裏切られた寂しさを感じつつ・・・、私はちょっとした違和感に気がつきます・・・。

 そこには、明らかにこの「お人形さん」の様に可愛いらしい女の子には不釣り合いな・・・奇妙な物体が増えていました・・・。


 「あの・・・、エリさん、エリさん・・・・、これは一体なんでしょう???・・・・。」


 「ああ、それ、お土産で貰ったの。」


 「・・・・・・・・。」


 (これをお土産に選んだ御人は、いったいお前さんの事をどんなヤツだと思ってるんだろうね・・・。いやいや、きっと凄く理解していなさるのか・・・。))


 その「お土産」とは、やたらにリアルな「フランケンシュタイン」のゴム製マスクでした・・・。それが箪笥の上に・・・、まるで本物のフランケンがこちらを見下ろすように飾られています・・・。


 「エリさん、エリさん・・・。この飾り方も、如何なものかと思いますよ・・・。」


 ちなみに、それよりも少し前には、私達はリョウコの部屋にもお邪魔する機会がありました。 あれは確か夏休みの頃、私の住んでいる地区には自衛隊の駐屯所があるのですが、その自衛隊が主催する「自衛隊祭り?」的な催しがありまして、恐らく自衛隊の事を住民に理解して貰う・・・というような趣旨だったのだと思うのですが、そこに、これまた何処から調べてきたのか、エリの発案で皆で出向く事になりました。


 会場では本物の戦車やら兵器類等々、普段見る事が出来ないものがズラズラと並んでいたのですが、それを一通り見学して、自衛隊グッズ?などがおいてある売店も見終わった後、いつものメンツで立ち話をしていた時に「ネジ飛び姫」が居なくなっている事に気がつきました。


 (どうせアイツの事だから、勝手にフラフラして、どっかで迷子にでもなってるんだろう。仕方ないから、案内所で呼び出しでも掛けて貰うか・・・。)


 などと考えていると、リョウコが「あっ!」と声をあげ、展示物の方を指さします。


 「・・・・・。 でぇっ!!! 何やってんだ!!! あいつは!!!」


 なんとエリは、一応「乗っても良いですよ~」的な「体験展示物」である戦車の上に、小さなお子様達を差し置いて陣取り、その上に据えられていた機銃の、動かせないように紐でグルグルに巻かれた撃鉄を、これまたお子様達と一緒に満面の笑みで、無理矢理引こうとしていました。それを目敏く見つけた隊員の皆様が駆け寄る姿が見えます・・・。


 「ドチクショーー!!!!」


 私は「体育祭でだって、こんなに必死に走らないぞ!」という勢いで戦車まで駆け寄り、エリの首根っこをひっ捕まえて砲台から引きずり降ろし、やってきた隊員の皆様に必死にわびを入れ、仲間達の所まで、この「ネジ飛び姫」を引きずり戻って事なきを得るのでした・・・。


 「お前はアホか!!! お子様達にパンツを振りまきながら、何してくれてんだ!!!「快・感・♪」か!バカヤロウ!!!」


 そんな私の説教に、エリはいつものように、ムスッと口を尖らせてフテ腐れていました。どうも、コイツの辞書には「反省」という文字は存在しない様です。


 そんな訳で、その場に居づらくなった私達は早々に撤収し、「それじゃエリの家でも」と、誰と無く言い出すと、


 「今日は、お客が来ているから、うちはダメ。」


 と、珍しい事を言い出しました。


 (へえ・・・。というか、お前の家で、お前以外の人間を、俺は見た事が無いのだが・・・。)


 と、その時は心に思いつつ、「それじゃあどうするか?」と考えておりますと、「それなら、たまには私の家はどう?」と、リョウコさんの女神のような提案に、路頭に迷う哀れな私達は救われるのでした。

 ちなみに、エリとリョウコの家はどちらも「うさぎ小屋」のような私の実家とは違ってかなりの大きさで、造りも当時にしては大変ハイカラな感じでした。外装がエリの家はダークにまとめられているのに対し、リョウコの家は白を基調とした明るい雰囲気で、まるで二人の性格を表しているようで、初めて見た時は噴き出しそうになった事を思い出します。


 その時は、たしか平日と言う事で、リョウコの家にはお母様しか居らず、私達は挨拶をしてリョウコの部屋まで案内を受けます。


 (リョウコはあんまりお母さんに似てないから、きっとお父さん似なんだなあ・・・)


 などとボンヤリ考えているうちに部屋の前までつき、そこに広がったリョウコの部屋は、まさにリョウコのイメージ通りのもでした。

 うん、なんだか良い香りも漂っています。

 その日は、リョウコのお母様に運んで頂いた洋風の焼き菓子なんかを紅茶でいただき、何だかいつもよりもモダンで上品な時間を過ごした事を思い出します。

 流石にリョウコと仲の良いお隣さんのエリは、この家ではリョウコの姉妹の様な扱いを受けていました。




 さて話を戻しまして、そんな強化特訓のある日の事、私は「ネジ飛び姫」の招集命令に伴って、エリの家を訪ねたのですが・・・。


 「あれ・・・? 他のみんなは? まだ来てないのか?」


 「今日は私とあんただけよ。リョウコは習い事が終わったら夕方から来るけど、他の連中は用事があるんだって。」


 「おや珍しい・・・。」


 今まで誰かが欠けると言うような事は何度かありましたが、ここまで一辺に人が集まらないと言う事は、初めてだった様に思います。

 と言う訳で、早速二人だけの演技稽古が始まるのですが・・・、これがどうも、いつもの様に大勢でやるよりも気恥ずかしいもので、私はエリの顔もまともに見られない様な状態でした。


 「な~んか、ぎこちないわね・・・。もう何度もやってんだから、緊張するような事無いでしょう?」


 (ああ、お前はそうなんだろうね・・・。人の気も知らないで。 考えてみると、コイツとまともに二人っきりになるのは、あの寺に行った時以来か・・・。あの時はコイツの事を意識なんてしていなかったからなあ・・・(別の意味で気まずかったけど・・・)。普段のようにくっちゃべってるだけなら兎も角、こんな恋人同士の演技なんて練習しながらコイツの顔をみていたら・・・もう、どうにかなりそうだ・・・。)


 などと頭の中で考えつつ、しかしそんな事を思う度、私の頭の中では「先日の金丸の姿」がフラッシュバックしていました。私は結局、今のこの関係を壊す恐怖に脅え、現状に満足するしかないと半ば諦めていたのだと思います。逆にそれぐらい、当時のエリとの、そして他の連中との関係に満足していたのかもしれません。


 「って、ちょっと!!! 聞いてんの!!!」


 どうもその間に、エリは熱心に演技指導をしてようだったのですが・・・・


 「すまん、まったく聞いてなかった・・・。」


 「もう・・・、しょうがないわね。じゃあ、時間も丁度良いし、お昼にしようか。」


 「昼って、何食うんだ?」


 「う~ん、今から何か作ってみる。」


 しかし、今日はリョウコ達も居ません・・・・。私はエリが一人で料理をしている所を見た事がありませんでしたので・・・、かなりの不安を抱きつつ、それならばと提案を持ちかけます。


 「なあ、いつもご馳走になってばっかりで悪いからさ、台所を貸してくれたら、たまには俺が作るよ。」


 「へえ・・・!」


 エリは素っ頓狂な顔で私の提案を聞いていましたが、満更でもないのか「じゃあ、そうしましょう!」とアッサリ食事係を委任しました。


 私達は近くの商店に食材を買い出しに行き、私はそのまま台所を借りて調理を始めます。エリも手伝うと申し出たのですが、何だか見られながらやるのも息苦しいし、下手が二人集まると余計に収集が付かなくなりそうなので、「座ってろ」と追い返すのでした。

 もっとも、料理なんて大層なものが作れる訳ではなく、実際はインスタント食品を中心としたものでした。


 料理の内容は・・・、インスタント麺を煮てザルに写し、冷水で冷やします。豚肉をカリカリに塩胡椒で焼き、ほうれん草と卵を茹でて、それを皿に盛った麺の上に飾ります。そして、インスタントラーメンのスープを味噌汁用のお椀に作り、完成です。

 所謂「つけラーメン」というヤツで、私の親戚が良くやっていたものでして、私もよく真似をしていました。単に麺とスープを分けただけなのですが、麺の油がスープに溶け込まないので、普通に作るよりもサッパリ食えます。


 とまあ、「男の料理なんてこんなものだ」と許して貰えるだろうと、早速、「ネジ飛び姫」に出してみると・・・


 「うん!、あんたにしては上出来よ!」


 と、ズルズルと麺を豪快にすすりながら、あのお人形さんのような顔に満面の笑みを浮かべていました。


 それからしばらく、私の微妙な悩みなど関係ないとばかりに、エリと二人だけの稽古が続き・・・、正直、この状況を複雑な気持ちで喜びつつ・・・・、ですが内心ではやっぱり、「誰か助けてくれ~」と叫んでいたそんな頃合いに、まるでそれを見計らったように習い事から帰ってきたリョウコが到着したのでした。


 (ああ、リョウコさん、もうあなたは何だか神掛かってますね。感謝の言葉が見つかりません。将来、あなたが教団でも設立しようものなら、私は真っ先に喜んで入信させて頂きます・・・。)




 そんな強化特訓の数日後の事、いつものように学校で稽古をしていると、先生の方から台本の修正が入ります。


 「何故こんな土壇場に!・・・。」


 なんでも、治療所の怪我で苦しむ兵達を慰めようと、サビーネが歌声を披露する描写を加えたいとの事。幸い、その歌をエリが知っているという事で、そのまま組み込まれる事になりました。

 私ことジャンは偶々治療所を通りかかり、そのサビーネの歌声に魅了され、一層その思いを強くしていく・・・・、という設定らしいです。


 そう言えばここで思い出したのですが、たしかジャンはフランス人で、サビーネはドイツ系という設定で、それに伴った結構濃いめの背景設定があったように思います。基本的には先生による創作世界らしいのですが、妙なリアリティーを追求したらしく・・・、ですが、なにせ当時の芝居自体の記憶が曖昧な事と、ヨーロッパ史に疎いもので、良く思い出せません。

 とにかく、色々とヘビーな演題でした・・・。


 というわけで、早速追加分の稽古が始まります。

 いつもの様に治療に励むサビーネが、兵達の傷心した様子に、自身の心も痛めます・・・。そして・・・・


 「・・・・・・・」


 私は、その一切のためらいや恥ずかしさも持たない威風堂々とした、それでいて可憐に美しく響く歌声に、何の迷いも持たず、心の底から聞き惚れていました・・・。

 先生も癒しの歌声のイメージ通りだと大喜びです。

 そのまま放心した私は、自分のセリフの番が来ても、エリと先生の檄が飛ぶまで気がつかない程、エリの歌声に夢中になっていたのでした。


 そして、これはいよいよ深刻だという事を、私は自分自身で認めざるを得ない状況になっていました。


 (俺は間違いなく、エリに惚れてる。 しかも、こりゃ本人が呆れるほど重症だ・・・・。 なんてこったい・・・。)


 そんな状況を「困った事だ」と感じつつも・・・、それを自分自身冷静に認める事で、私は少しだけ、心の枷を外して軽い気持ちになれるのでした。




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