20 「舞台! 前編」
二学期も中頃になりますと、所謂「秋」という季節が本番を迎える訳ですが、その頃には何処の学校でも「文化祭」やら「学園祭」などが催される事と思います。勿論、うちでもそれは例外ではなく・・・、早々にその準備に追われる事になりました。
と言う事で、当然、文化祭準備以前に、クラスの出し物を決める会議が行われたはず・・・・なのですが・・・、どうも私の記憶の断片をいくら探ってみても、この辺りの経緯が全く思い出せず・・・。それどころか、そんな会議すら行われなかったような気がします。
私の記憶をつなぎ合わせますと、たしか文化祭の出し物は、先生の提案で「舞台劇」という事になり、しかも演題は先生のオリジナル。それでもって、台本から演出まで、全て先生が用意してきた・・・・と言うような具合だったと思います。つまり、今こうやって思い出してみますと、我々生徒なんかよりも先生の方がノリノリ状態だったんじゃないだろうかと思う訳です。今考えると、きっと先生も学生時代に演劇部か何かで、相当「舞台劇」に熱を上げていたのでしょう・・・。
と言う訳で、当時行われたクラス会議は、出し物を決めるものではなく、その配役や係り決めに費やされたはずです。
さて、早速、配役を決める訳ですが、その前にどの様な演題だったのかを思い出す事にします。少々うろ覚えですが、話のあらすじは、確かこんな感じだったと思います・・・・・・
『18~19世紀頃のヨーロッパの戦場が舞台。軍人である主人公と、その軍に従軍する看護婦とが、戦争という現実の中で運命を翻弄される純愛物語・・・・』
と、よく考えれば私達のような、まだまだお子様な年代には少しばかりヘビーな、大人風味の効いた内容だったと思います。
果たして、これが文化祭的に相応しいものだったのかどうかは分かりませんが、要するに「先生の趣味」だったのでしょう・・・。
そんな訳で、その主役である軍人の「ジャン」と、ヒロインの「サビーネ」を、まずは決める事になりました。
で、いつもの様に希望者を募る訳ですが・・・・、これが例えば、教室内で行うような小規模舞台劇であれば、あるいは目立ちたがり屋の誰かさんが立候補したのかもしれませんが、どうやら話はもっと大きく、何と体育館を使った公演時間が一時間みっちりという、当時の私達にしてみれば大舞台でして、流石にこれには皆ビビってしまい、積極的に関わろうという人間は居ませんでした。
と言う訳で、これまた、いつものように推薦者を募る事になった訳ですが、今回はそれを「待っていました!」とばかりに、早速行動を起こしたヤツが居ました・・・。
「はい!はい! 私は主役に渡辺くんが良いと思います!!!」
「お~い!!! 何で進行役のお前が真っ先に発言してんだ!!! てか、お前はまたそれか!!! 好きだな!推薦!」
「良いじゃない! せっかくの晴れ舞台を体験させてあげようって言ってるんだから、逆に感謝しなさいよ!」
と、これ以上無いほどの満面の笑顔で、ネジ飛び姫は宣うのでした・・・。
「いやいやいや!!!、どう考えても俺が主役はおかしいだろ!!! 俺の顔をしっかりと見てみろよ、どちらかと言うとそういうもんから一番縁遠い人種じゃねえか!!! どう考えたって、もっと相応しいヤツが沢山居るだろ!、藤本とか広瀬とか! 晴れ舞台ならお前のお陰でなれた、この「学級委員」だけで充分だって! もう満足でお腹いっぱいです!」
そんな私の訴えなぞ、全く関係ないと言わんばかりに・・・
「皆さんは、この配役についてどう思いますか? 賛成の人は挙手をお願いします!」
と、急に学級委員の本分を思い出したように進行役に徹したエリは、クラスの大多数の賛成を勝手に取り付け、何と本当に私を、この舞台の主役「ジャン」に強引に決めてしまうのでした・・・。
ていうか、お前ら。 反対しろよ!
正直な話、私が「主役」を演じた事など、この時ぐらいでしょう。恐らく残りの人生を考えても、これで最後だと思います。
もっとも、私が大抵の場面、あるいは人前でも殆ど緊張を感じる事が無くなったのは、この、舞台で主役を務めた経験以降の事だったように思います。そして今では、やはりこれは大変良い想い出になっておりますので、結果的にはエリに感謝する事になります。
ですが、この時の私はとてもとても、このアホな姫に感謝などする訳も無く、どうやって仕返しをすれば良いのか、そんな事を考えるので背一杯でした。
(せめて、相手役だけでも希望通りにしなくては・・・、やっぱりここはリョウコには悪いが、俺の癒しのために犠牲になって貰おう・・・)
などと考えておりますと、その空気を察したのか、クラスの何処かから「ヒロインは成海さんが良いと思います!」、「もうそのまま、学級委員コンビでやっちゃえよ!」と、ヤジなのか推薦なのか分からない声が響き、これまた強引に決定されてしまうのでした。
(エリ、「因果応報」って言葉、知ってるか?・・・。)
そんなこんなで、「またこのオチか!」と、自分自身が叫びたい程、何だかいつも通りの展開に戦々恐々しつつ、残りの配役もつつがなく決まりまして、その他、大道具やら小道具、証明等の裏方さんを次々に決めていきます。
ちなみに、出演者の我々は、練習時間以外は持て余す訳ですから、空いてる時間は裏方の仕事が兼任となりまして、私は元々手先が器用な方でしたので、エーちゃんと二人、そのまま大道具に組み込まれる事になりました。
いつものメンバーはと言うと、エーちゃんと鷲尾は私の部下軍人1と2。まあ、鷲尾は宝塚なら間違いなく男役でしょうから、これは案外似合います。藤本は敵の大将役、金丸はエリの同僚看護婦。残念ながらリョウコは裏方の専属衣装係となりました。個人的には、リョウコの白衣の天使姿も見てみたかったのですが・・・。
そんなこんなで、翌日から早速、岡部監督による熱血舞台稽古と、その他もろもろの舞台準備が開始されるのでした!
ノリノリの先生による舞台稽古は大変な熱の入れようで、セリフの言い回しやら感情表現など、それはそれは細かい指導が飛び交いました。正直、本人の意志とは関係無しに勝手に急造された「役者モドキ」風情に、そんな過度で高度な期待をされても困るのですが、まあやるからには後悔無いように・・・・、そしてせめて舞台で恥をかかないように、それなりに真剣な稽古するのでした。
『毎日、毎日、私達がいくら命を救う手助けをしても、人々の死と悲しみの連鎖は終わらない、終わってくれない・・・・。あなたはそんな、この現実が虚しくは無いのですか? 苦しくは無いのですか?』
『あなたの仕事が人の命を救う事であるならば、私の仕事はその命を奪う事。それをあなたに理解して貰おうとは思わない。』
と、「こんなもん普通じゃ恥ずかしくてとても言えやしねえ!!!」という様なセリフを、先生の「そこでグッと間を空けて! そうそう! そして寂しげにサビーネを見ながら!」等という注文に応えつつ演じて行くのですが、不思議なもので、何度も何度も繰り返していくと、羞恥心なんてものはマヒして何処かに飛んでしまうのでしょう。最初の頃は緊張で相手役であるサビーネ(エリ)の顔も分からないような状態でしたが、いつの間にか「流石に器用に演技もこなすものだなあ・・・」などと、冷静に観察する余裕も出てきました。
それにしても、サビーネは良いね。 もういっそ、性格もサビーネにならないかしら?・・・。
芝居の稽古と同時進行で、大道具、小道具、衣装などの作成が行われるのですが、ここでもまた、リョウコがその才能を発揮します。いやもう、ある意味、エリよりも何でもありですな・・・・。
衣装係では、裁縫部隊とでも呼べる女子組が結成され、せっせと衣装を作っていくのですが、ミシンでも手縫いでも、何でも御座れのリョウコは、次々と衣装を仕上げて行くのでした。ちなみに、エリ、鷲尾、金丸の三人はこの手のものが苦手らしく、それでもエリと金丸は悪戦苦闘しながらも頑張って参加しておりましたが、鷲尾はハナから諦めたように我々大道具組に入っていました。 まあ、力持ちの鷲尾には、細々とした仕事よりもトンカチや角材が似合うわけで・・・。
それからかなりの日数が経過して、稽古も一通り通して行われるようになり、大道具組も大掛かりな背景用カキワリなどの仕上げ段階に入っていました。
そんな時、ちょっとしたトラブルが起こります。カキワリの色塗や仕上げなどを作業する段階に入ると、衣装組や小道具係などの既に制作を終えた「手すき組」も手伝いに参加するようになったのですが、その中にはリョウコや、当然のようにエリなども交じり、互いに軽口などをかわしながら作業を行うものですから、私は結構浮かれていたのでしょう。
その事故は、放課後の作業開始時、大きなベニヤ製のカキワリを、作業をする裏庭に運ぼうとする時に起こりました。
いつものように、エリの憎たらしい軽口に、いちいち答えてやっている時、私の散漫になった注意力はピークになったようで、折りたたみ式になったカキワリの丁度折り目の部分に手をツッコミ、谷折り状になったツイタテは持ち上げると同時に一枚になり、私は見事に手を挟まれてしまいました。
「あいててて!!!!」
その時、皆に言って一端ツイタテを降ろさせれば良かったのですが、恐らく反射行動なのでしょう、私はツイタテから手を勢いよく引き抜いてしまいました。
結果、私が見た左手の人差し指、中指、薬指の三本には、第二関節から先の皮がごっそりと持って行かれ、綺麗にありませんでした。
「ちょっと!!! だいじょうぶ!?」
本人の私よりも素早く、誰よりも大仰に心配してくれたのは、意外にもエリでした。流石に見た目の派手さのせいか、他のクラスメイト達も騒ぎだし、先生もやってきます。早速保健室に行く事になったのですが、
「私が一緒に付き添います。」
と、これまたエリが率先して私を保健室まで誘導してくれました。その移動中も真っ青な顔をこちらに向け、頻りに大丈夫なのかを尋ねていましたが、当の本人である私は、恐らく傷が痺れているのでしょう。痛みは全く感じませんでした。
「いや、これ見た目ほど大した事無いみたいだ。だから心配すんなって。」
私が笑いながらエリにそう告げると、
「そう、・・・なら良いんだけど・・・」
ようやく少し安心したのか、いつものような笑顔と違ってぎこちないものでしたが、少しだけ明るさを取り戻したようです。
正直、私は大変嬉しかった事を覚えています。「コイツは俺のためにこんな顔をして、こんなに心配してくれるのか」と、傷の痛みよりも、そちらの方が私には大きな事でした。
しかし、きっとエリは私でなくても、例えばリョウコは勿論、鷲尾でも、金丸でも、あるいはエーちゃんでも、今の私に対してしているような心配をした事でしょう。きっと藤本に対してすら、コイツはそうなんだと思いました。この頃にはエリの性格をだいぶん把握していた私は、それがコイツの「友達」対する当然の対応だし、そして、それがエリの一番の魅力の根元なのだと知っていました。
ですが同時に・・・、その皆に向けられる優しさに、ちょっとした嫉妬心と寂しさも覚えていました。
保健室につくと、保険の先生が早速応急処置をしてくれます。三本の指にドバドバと直接消毒液を掛けて洗われていくのですが、その時私は、「ああ、人間の指って、皮が無くなっても指紋があるんだなあ・・・」などと、ぼんやり考えられるほど、痛みをそれ程感じていませんでした。
エリもそれを目をそらすことなく、心配そうに見つめていましたが、私が笑顔を向けてやると、それに答えるようにぎこちなく笑っていました。
しかし、流石に怪我が派手だった事もあり、保健室では応急処置に止めて、そのまま手すきの先生の車を使い、病院に直行する事になりました。
エリはそれにも同行すると言い出したのですが、流石にその必要な無いと先生に諭され、渋々教室に戻るのでした。
それからが大変でした。
車で移動中、どうもシビレが切れたのか、私は指三本の激痛に襲われはじめます。いやもう、風が当たっても全身に激痛が走り抜け、左腕は肘から先がおかしな痙攣を起こしていました。
幸いこの痛みは、病院で処置をして貰ってからは普通のズキズキした痛み程度に治まったのですが、それから皮が生えるまでは消毒の度に、この激痛にさいなまれる事になります・・・。
病院での処置が終わると、送迎をしてくれた先生から「今日はもう帰って休め」との指示を受けましたが、私はたいしたことが無いから学校に戻ると告げました。このまま帰っては、エリの心配は払拭されないだろうと考えての事でした。
この頃から、私は自分の気持ちに少しずつ素直になっていったのだと思います。
学校に戻ると、それを待っていたように、いつものメンツが集まります。エリだけではなく、リョウコや金丸、エーちゃんや意外にも藤本までもが心配の表情を浮かべていました。「男に心配されても嬉しくねえや」等という捻くれた感情は持たず、私は素直にこの仲間達の優しさを受け取るのでした。
「ホントにもう大丈夫なの?」
エリは私が我慢をしているのではないかと心配そうでしたが、私は「全然平気だよ。幸い左手だから、ちとばっかり不便だけど、大抵の事は出来るぞ!」と、そのまま大道具の仕事に戻るのでした。
実際、処置をしてしまえば痛みも大したことは無く、三本の指が使えないだけで、それ以外の用途では左腕を普通に使う事が出来ましたし、それほど困ったとは感じていませんでした。
それを見たエリはやっと安心したようで、
「今週末はみんなで集まって、私の家で演技の特訓だからね!」
と、いつもの満面の笑顔で命令を下します。
私はそれを待っていたように、「おう!」と同じく笑顔で返すのでした。




