18 「幼なじみ」
二学期も始まってしばらく経ち、ようやく夏休みボケから回復した頃、今ではすっかり「ネジ飛び姫」様との冷戦状態は解消され、姫のワガママに程々振り回されながらも、「やっぱりあのまま大人しくさせておいた方が良かったんじゃないか?」等と、心にもない自問を呟いていたある日の事。
「今度、うちで食事会をやろうと思うんだけど、あんたも来ない?」
この誘いを持ち出したのは、エリでもリョウコでもなく、鷲尾からでした。
実は鷲尾との付き合いはエリやリョウコなどよりも長く、小学校からの付き合いでして、ただ、同級生としてはそれなりに仲は良かったですが、それでもこれまでは特に深い接点はありませんでした。
しかし、鷲尾とエリが仲良しだと言う事は既に申した通りですが、その関係で私も、この鷲尾とは今まで以上に深く関わってきており、男女に友情の芽生えがあるのなら、まさにこの鷲尾に抱いていた感情はそれだったように思います。
実際、昔ほど男には見えないものの、それでも男前な所が随所に見られた鷲尾は、ある意味、リョウコよりも心を楽に許せた存在かもしれません。
それにしても、エリの家で・・・というのなら、それこそ今まで何度も繰り返しあった事ですが、鷲尾が主催での食事会など初めての事で、しかも私単体で声を掛けるなんて、これまた珍しい・・・というより、これも初めての事でした。
「それにしても君たち、家でのお食事会好きだね・・・。」
「もちろん、エリとリョウコはもう来る事になっているから」
それなら、俺には既に選択権が無いんじゃないかしら・・・・とも思ったのですが、私はここで「ピン」とくるものがありました。
「エーちゃんは? 誘わないのか?」
と、私の言葉を聞くなり一瞬、鷲尾の顔が「待ってました」とばかりにビクッとなり・・・
「べっ別に声掛けても良いよ。人数多い方が楽しいし・・・。」
(ああ、これか・・・。)
私は正直、他人の恋愛なんてそれ程興味が無く、良くクラスの中で「誰々は誰々が好きなんじゃない?」なんて会話も話半分で聞いていたし、当事者の態度を見ても、みんなが言う様な変化は全然分からないような人間でした。
そんな私でも、この鷲尾がエーちゃんに対して好意を持っているらしい事は、一目瞭然でした。実際、今の反応の様に分かり易いヤツですし・・・。
私がその疑問を持ち始めた頃にそれをリョウコに話したところ、リョウコは可愛らしく控えめに笑いながら、「タカちゃんはね、兼末と幼なじみなんだって」とだけ答えてくれました。
「へえ・・・。」
私は付き合いが長いにもかかわらず、全く知りませんでした・・・。
というのも、エーちゃんは藤本なんかとは正反対の所謂「硬派」なタイプで(ちなみに私も硬派を気取りたい所でしたが、何処かのアホな姫様のお陰で、そんなイメージは微塵もなく打ち砕かれていました・・・)、私や周りの男子が話す「女の話」に同意してくる事はあっても、自分から浮いた話を言う様なヤツではありませんでしたから、実際、エーちゃんの口から鷲尾の事を聞いた事など一度もありませんでした。なので、二人に接点がある事に気がついたのも、あるいはエリ達と一緒に行動しはじめてからかもしれません。
まあ、そんな感じで、正直エーちゃんの方は、この鷲尾の事をどう思っているのかは全然分かりませんでしたが、鷲尾の方は分かり易いほどエーちゃんを気にしている事が、私にはどうも無性におかしく、そして、ああ、こいつもやっぱり女子なんだなあと、何だか鷲尾が可愛らしく見えていました。そんな私の考えが顔に出ていたのか・・・・
「なっ何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪い! とにかく、頼んだからね!」
と、浅黒い精悍な顔を真っ赤にしながら、鷲尾はニコニコと笑い続ける金丸と共に去っていきました。
さてと、私はこれはこれで面白くなりそうだと、とりあえずエーちゃんにこの食事会の事を話します。意外にも、エーちゃんは二つ返事でこれを受けました。元々社交的なヤツでしたので、こういうお祭り事が好きなのでしょう。もっとも、そうでなければエリが思いつきで主催するアホな集いに、わざわざ付き合う事も無いでしょうから・・・。
しかし、何でまた急にと、正直疑問に思って考えていると、その目の端に、今までのやり取りを「遠くで見ていたヤツの姿」が入ります・・・。
ああ、成る程・・・と思いながらも、私は恐らく今回の黒幕であろう人物に、この事を「知ってたのか?」と尋ねてみると・・・、エリは得意げに「ふふん」と笑い、
「あんたも協力しなさいよね。それとなく兼末の好物を聞き出して来んのよ。いい?絶対に気付かれちゃダメだからね!」
(ああ・・・、やっぱり黒幕はお前でしたか・・・。)
これが果たして、鷲尾の相談を受けて出したアイディアなのか、はたまた面白半分で首を突っ込んだ話なのか・・・前者だと信じたいと思いつつ、後者ならまたロクでもない事になりそうだと、私は溜息をつくのでした・・・。
しかし、ここで一つ気がついた事がありました。例の「恐怖新聞事件」で古寺の「取材」とやらに行った時、エリの強引な組み分けで作られたペア(トリオ?)は、エーちゃんと鷲尾、それに金丸という組み合わせでしたが、成る程、今にして考えてみると、これは鷲尾にとってはベストな組み合わせだったのでしょう。
鷲尾は当然エーちゃんと組みたかったでしょうし、とはいえアイツの性格ですから、二人っきりじゃ緊張して時間を持て余した事と思います。
そこで金丸の存在です。金丸なら鷲尾の薬になっても毒になる様な事はまず無く、だからといって金丸と藤本の組み合わせは・・・、もし金丸が藤本に嫌悪感を抱いていたら、途中で泣いてしまうかもしれないし、これがキッカケで恋が芽生えてしまっても、それはそれで組み分けをしたエリの罪は大変大きなものになります・・・(金丸が不幸になってしまうという事が前提で)。
となると、やはり金丸は鷲尾に必須であり、後は消去法で組み合わせていけば・・・、やっぱりあの組み合わせはベストだったと言えます。まあ、エリ×私、リョウコ×藤本の組み合わせは、別に(いや、むしろ)反対でも良かったのですが・・・。
それにしても、普段は人の事をまったく考えて居なそうなヤツでしたが、実際は私なんかよりもよっぽど人間観察をしているのだなあと、私は素直に感心するのでした。
さて、それからしばらくして週末が訪れ、私達は鷲尾の家に集合しました。といっても、私は鷲尾の家を知りませんでしたから、エーちゃんの「俺んち来れば分かるよ」との言葉を頼りに、まずはエーちゃんの家に移動します。エーちゃんを家から呼び出すと、それじゃあとばかりに向かった鷲尾の家は「いや、すげえ近い!!!」と言うほど、目と鼻の先でした。
(へえ・・・、エーちゃん家には何度も遊びに来てたけど、まさかこんな近くに鷲尾が住んでいようとはね・・・。なるほど、幼なじみね。)
鷲尾の家に上がってみると、既にエリとリョウコ、それに金丸が鷲尾の手伝いのために先に来ていました。私はご両親にでも挨拶をしようと思いましたが、鷲尾曰く、今日は親戚の家に泊まっていて帰ってこないそうで。
(すごい準備万端じゃんよ・・・。)
私達はリョウコの案内で部屋に通され、決められた席に座らされると、リョウコは目の前のコップを返してジュースを注いでくれます。
(それにしてもリョウコさん、あなたはホントに万能ですね・・・。お前ら、もっとリョウコと友達になれたという事を感謝して敬えよ!)
そんなこんなでエーちゃんと無駄話をしていると、それ程待たずに次々と料理が運び込まれて来ました。しかし、誰かの誕生日でも記念日でも無いのに、凄いな・・・。
量から考えて、鷲尾たちは私たちよりも相当早くから集合して準備をしていたのでしょう。
そして、その運び込まれる料理の数々を見て、私は思わず吹き出す事になります。というのは、運ばれてきた料理、料理、料理全てが、私がエーちゃんから何気なく聞き出した「好物」そのものだったからです。
(おいおい! 当人の鷲尾は色ボケだし、エリはアホだから仕方ないとしても、リョウコや金丸が一緒にいながらこれは無いだろう! 露骨にも程があるぞ! それとも、もう小細工なしで直球勝負か!? まあ、それはある意味鷲尾らしいといえば鷲尾らしいが・・・。)
ちなみに、この料理の数々は、単品で見れば流石料理上手の三人(プラス、邪魔なのが一人)が作っただけあって、どれも見事な出来映えでした。しかもどれもが少量ずつで種類を沢山食べられる様に配慮されたような、食うには便利で作るには相当手間な素晴らしいものだったのですが、如何せん、私が無造作に聞き出したメニューだったために、その一部を見ても、例えばオムライスに竹の子ご飯、豚汁にホワイトシチュー、オマケにデザートはホットケーキという滅茶苦茶な献立で、これならどんな鈍感だろうと「俺のために作っている?」と思わずには居られない状態でした。
もっとも、当人のエーちゃんは、素直に自分の好きなご馳走が並んでいる事を普通に喜んでいるようで・・・・。
(どうもこいつは相当なタマかもしれない・・・。)
と、鷲尾が苦労している理由も分かる様な気がしてきました。
まあ献立は兎も角、料理自体はどれも美味いものばかりで、私達は遠慮無く、鷲尾達の作った料理の数々を堪能させてもらいました。
余談なのですが、鷲尾はなんと「肉」が食えないのでした。どうも話に聞くと、肉は魚以外全てダメなようで、豚汁から肉を抜いている姿をみて奇異に思った私が聞いて分かった事でした。
私はこの時、「肉嫌い」な人間を産まれて初めて見ましたが、いやいや、鷲尾さん。肉を食わずに、そんなに大きくなれるものなんですか? 是非その秘訣を教えて欲しいものです・・・。
料理を堪能したあとは、いつもの様にみんなでトランプなどのゲームをしたり、べらべらと下らない事をくっちゃべりながら時間を過ごし、流石に悪いと思った私とエーちゃんも、片付けには積極的に参加して、気がついた時には結構遅い時間となっていました。
仕方がないので、私はエリとリョウコを家まで送る事にして、金丸もと考えていたら、何と金丸の家もまた、鷲尾の家からそれ程離れていない所なんだとか。
(環境的にも、エリとリョウコに近いわけだ。)
その帰りの道すがら、私達は今日の事を話していました。リョウコと私が、実際のところ、あの二人はどうなんだろうね?今日の反応を見ると、なんだかエーちゃんはいつも通りだったし・・・等と話していると・・・
「大丈夫でしょ? もう上手く行ったようなもんよ」
と、何を根拠に言ってるんだか、自信満々に姫様は宣いました。
まあ、こいつは私なんかよりも実際良く人間を見ているというのは、今までの事で証明済みですから、案外そんなものかもしれないと、何となく私も納得していました。
そして、その事が証明される事件が直ぐに起こるのでした・・・。
それから数日が経過した、ある日の昼休み。
私とエリは、先生から学級委員の仕事の為に呼び出され、職員室で教室に運ぶプリントなどを受け取っていました。
結構な量だったので、私が多めに持ったとしても、小柄なエリには苦しそうでした。流石に運動神経が良くて器用なこいつでも、性別の壁は越えられないのかと、微笑ましく見ていた私の顔が気に入らなかったのか、先生も言っていた様に「何度かに分けて運べ」ば良いものを、意地になって全部いっぺんに運ぼうとしていました。
言い出したら聞かないやつですから、危なくなったら肩代わりしてやれば良いやと、好きにさせる事にして職員室を出たのですが、良いタイミングでエーちゃんがブラブラしており、私達の姿を見るなり、エリと私からプリントを適当に取って持ってくれました。この時ばかりはエリも素直に「有り難う」と礼を言ったものです。
(エーちゃん、硬派のくせにポイント高けえ事するな、意外と・・・。)
そのまま三人で無駄話をしながら教室の前まで来ると、何やら中が騒がしい事に気がつきます。
扉を開けてみると・・・・。
なんと、鷲尾がクラスの男子と男顔負けの取っ組み合いの喧嘩をしているではありませんか! その側でリョウコと金丸が心配そうにオロオロしています。
しかも私達が来た丁度良いタイミングで、相手の男子が鷲尾の顔をぶん殴るという暴挙に出ます。
その瞬間、フラッシュバックのようにエリにぶん殴られた左頬が傷む・・・等という余裕は無く、いくら鷲尾が男勝りとはいえ、流石にこれはと喧嘩に割って入ろうとすると、それよりも隣の「姫様」の顔が目に入って驚き、逆に私は冷静になってしまいました。
それは今まで見た事の無い様な鬼の形相で、この時ばかりはあの愛らしいお人形さんの様な顔は、般若の様でした。ついでに背中まで伸びた綺麗な黒髪も、まるで怒った猫が毛を逆立てる様に、ホントに立つんじゃないかというぐらいの迫力で、それぐらい怒り心頭の状態でした。あの私との冷戦時にだって、こんな顔は見せませんでしたから驚きです。
私もこの頃には、こいつの性格も良く理解していましたから、もうそのまま相手の男子に飛びかかる寸前だという事は良く分かりました。
エリが足を出すより早く、私は前に割って入り両肩を押さえつけ止めてから、「落ち着け!」と言葉を掛けようと思った瞬間、私達のその横を、物凄い速度で物体が通りすぎました。
私が後ろを振り向くと、エーちゃんがこれまた見た事の無い様な形相で、相手の男子を一方的にぶん殴っています。私もエーちゃんも気が短い方ですから、これまでに何度か、二人で殴り合いの喧嘩をした事がありますが、それでもこんな顔をしたエーちゃんは見た事がありませんでした。
しかしそんな事に感心している場合ではなく、これは流石に止めないとマズイ事になりますから、私はエーちゃんを後ろから羽交い締め、落ち着くように諭します。
まあ普通ならこれで終わる話ですが、こう言う時は、必ずお調子者の第三者がやってきます。そいつは勿論、この鬼のエーちゃんを相手にするつもりなどサラサラ無いのですが、女子が大注目しているこの場で、とりあえず目立っておきたかったのでしょう。何だか良く分からない屁理屈を捏ねて絡んできます。しかしこっちはエーちゃんを止めるのに必死やら、エーちゃんに殴られて下に転がっていた馬鹿野郎が、必死にか僅かばかりの抵抗で足をバタバタさせて、コツコツと人の足を蹴るのにイライラしていたものですから、「ややこしくすんな!」と怒鳴りつけながら、左手でそいつを振り払うつもりでしたが・・・
「ブッシューーーーーワ!!!!」
なんと、私が振り払おうと思って出した手が、上手い具合にこのお調子者の鼻に裏拳を食らわす形になり、それがまたこの上なくスウィートスポットにヒットしたのでしょう、物凄い勢いで鼻血を出してへたり混んでしまいました・・・。いやあ、人間の鼻血って、結構派手に噴き出すものですね・・・。
それを見たエーちゃんも、流石に冷静さを取り戻したのか、私の腕で大人しくなっています。みんなが私と鼻時野郎に大注目し、一瞬時が止まったと思ったその時、既にリョウコと金丸の元で傷の心配をされていた鷲尾が、これまた初めて見る勢いで、大声を上げて泣き出す始末です。当然、そうなれば教師なども駆けつけて大騒ぎになりまして、晴れて私も、この「傷害事件」の当事者として、職員室に連行されるのでした・・・。
(えええーーー!!! なんですかこれ!!! もう、どんだけーーー!!!)
職員室では岡部先生の他に、数名の男の教員が、私達に事情説明を求めます。
元より、私とエーちゃんは途中参加なので良く事情を知らず、正直困ったと思っていると、鷲尾を伴ったエリ達が職員室に直談判にやってきて、事情を淡々と説明してくれました。
全てを聞いた岡部先生は、流石に度量の広い方なので、全て先生のお預けとなり、私達は全員、先生の前で手討ちをして放免となりました。最も、それから一週間程、当事者全員での便所掃除が義務づけられたのですが、そんなもので済めば安いものです・・・。
それにしても、この時ばかりはエリの行動力に感謝しました。あの時、鷲尾が暴力を受けた時に見せた形相や、たった今職員室に入ってきた時の切羽詰まった表情などを見ると、以前にリョウコに言われた「エリにとって「友達」は特別な存在」という言葉が思い出されます。
さて、この事件の結局の原因は、要するに鷲尾と喧嘩をしていた馬鹿野郎が、どうもクラスの女子をからかっていた事にあるようです。それがあまりにも目に余ったのか、まあ鷲尾らしいのですが、面と向かって喧嘩を売ったという事でした。
その馬鹿も、普通の女子であればここまで本気にならなかったのでしょうが、相手が鷲尾だけに、思わず本気になってしまったのでしょう。
ところで、今回の事でハッキリした事が一つあります。
つまり、鷲尾はエーちゃんにとって、我を忘れて怒り出すぐらい大切な存在だったという事です。勿論、それは「友達として」という解釈も出来るかもしれませんが、あの時のエーちゃんの様子を考えれば、そんな言い訳は全く説得力が無いでしょう。
そして、これは後からエリとリョウコから聞いた話ですが、鷲尾があの時に大声を上げて泣き出したのは、喧嘩をして悔しかったからでも、はたまた顔を殴られて痛かったからでもなく、エーちゃんが我を忘れて、自分のために相手に向かっていった事に対して、本当に嬉しかったからなんだとか。
幼なじみから待ち続けて、初めて見せてくれた自分に対する好意の意思表示が、それはそれは本当に嬉しかったのでしょう。まったく、エーちゃんも罪な男です。




