プロローグ 「私の叔母」
夢を見た。
愛する人と向き合っていた。
離れたくないと願っていた。
離れたくない・・・・けど、そんな願いは無駄と分かっていた。
愛する人は向き合ったまま、少し寂しく、そして哀れむように失笑した。
気がつくと、独りだった。
しばらくすると、知らない女が向かいに座り、願いが叶う呪いを告げた。
墓場にいた。
見ず知らずの墓を暴き、死体の腕を取る。
その腕を限界までひねり上げた。
思ったより、その腕は丈夫だった。
それでも、ただただその腕をひねり続けた。
心では解っていた。そんなことをしても戻ってくるわけがないと。
けれど、すがるしか無かった。
夢中で腕をひねり上げた時、ポキリと嫌な音がした。
「ああ、やっと折れた・・・」
そうつぶやいて顔を上げると、女がこちらを観て、冷たく蔑んだ笑いを浮かべていた。
そこで眼が醒めた。
嫌な夢だ・・・・
私の父には妹がいた。
私はその事をずっと知らずにいたが、思春期の頃、父がふと漏らした言葉から、その事を知った。
当時の私は父が大好きだった。多分、ファザコンだったんだと思う。父は理想的な男性だったし、顔もカッコ良くてタイプだった。なにより私に対して、世界一優しい男性だった。まあ、当たり前だけど・・・。
そんな父が懐かしそうに、寂しそうに漏らした妹の話に、私は少し嫉妬したのかもしれない。
「でも、私も叔母さんに似てるんじゃない? 血が繋がってるんだし」
なんでそんな事を言ったのかは思い出せないけど、その後に笑いながら全然似てないよと言った父の言葉で、私はとても傷ついた事を思い出す。今でもその事を思い出すと、ちょっぴり胸が痛くなる。
なぜなら、しばらくして見つけた写真に写る叔母の姿は、信じられないぐらいに綺麗だったからだ。まるでお人形のようで、少しリアリティーに欠けるぐらいに美しかった。
今でもそうだけど、私は自分の容姿にコンプレックスを持っていた。本当は多分、人並みなんだろうと思う。・・・・いやそこは人並みと信じたい・・・。
けれど、こんなにカッコ良い父から産まれたのに、なんで自分はこんなにブサイクなんだろうって、小さい頃は本当に悩んでいた。きっと母に似たせいだって、母を恨んだりもした。
母はとても優しい人だ。今でも私は母が大好きで仲良しだけど、正直娘の私から見ても、綺麗とは思えない。どうして父と結婚できたんだろう?ってその不釣り合いな感じがずっと疑問だった。
そのせいか、私もあんまり父に似てない。もちろんちゃんと血はつながってる。それは間違いない。・・・はず・・・。間違いないはずなのだけど、やっぱり似てない事はコンプレックスだった。
けど、そこに写る叔母の姿は、父の妹と素直に納得できる容姿だった。
そんな事もあって、私は勝手な嫉妬から叔母を心底嫌っていた。会った事も無かったけど、はっきり比べられた事も無かったけど、何となく自分の存在を否定されているようで、私は叔母が嫌いだった。
けれど、それからだいぶん経ったある時、墓標に刻まれた叔母の名前を見つけて、私は何となく胸が苦しくなった・・・。今まで気にも止めなかった墓標に刻まれた叔母の年齢が、あまりにも若すぎたからだ。
どうして叔母はこんなに若くして死んだんだろう?
今思えば、その事がキッカケだったのかもしれない。
私は、勝手な嫉妬で長年嫌っていた叔母に対して、申し訳ない気持ちが芽生えていた。そして自分が容姿だけじゃなく、心までひどく醜い存在に思えて仕方なかった。
その事を払拭するためにも、私は叔母の事を無性に知りたくなっていた。父は語りたがらない。もしかしたら、何かとても辛い思い出なのかもしれない。
けれど、私は知りたかった。そう思うせいか、夢の中にまで叔母が出てくる。今では父の心の中にだけしか残らない存在を見つけて欲しい・・・。私は叔母がそんなふうに訴えているように感じて、どうしても叔母のことを知りたくなってしまった。
私の実家には、開かずの扉があった。別に本当に開かない訳じゃない、何てことのない物置なのだけど、小さい頃はそこに入る事は良くないことと、父にも母にも言われていた。とても素直で良い子だった私は、あんまり入ろうとも思わなかった。ホントは一度だけ入った事があるんだけど、子供にとって何の意味も無いつまらない空間だったので、その一回で興味が失せていた。
けど、私はその時の記憶を頼りに、その開かずの扉を開けた。
「あった・・・」
それは、叔母が中学生だった時の卒業アルバムと、恐らく同じ頃のものだと思われる古いアルバムだった。
この開かずの扉を、私は思春期の頃にもう一度だけ開けた事がある。その時、私は叔母の写真を見つけた。少し胸が痛くなる思い出だ。それを思い出した私は、そこを手がかりに叔母のことを調べることにした。
卒業アルバムには、叔母の楽しそうな姿が写っていた。
「本当に綺麗な人だな・・・」
まだ幼さが残るあどけない少女だったけど、本当に綺麗で、そして活発そうな様子が写真からも伝わってくる。別のアルバムでもそうだった。どれもみんな本当に楽しそうだった。
「この人たち・・・・、特にこの人、いっつも叔母さんと一緒に写ってるな・・・。彼氏かな?」
私は叔母の写真に写り込んでいる共通の人達に注目した。特にその中の一人の男の子は、写真からも伝わるぐらい、叔母と特別な関係にあったんじゃないかと思った。いつも一緒だし・・・なんか近い。叔母の綺麗さに比べると、特に特徴もないぐらい普通の男の子だった。少し生意気そうだけど。
私はその写真を頼りに、卒業アルバムからクラスと名前を探し出した。男の子から見つけるのは大変だったけど、叔母が目立ったのでわりと簡単に見つかった。昔のアルバムなので住所も記載されていて、写真の男の子の連絡先も簡単に分かった。問題は四半世紀以上前の住所が有効なのかどうかなのだけど・・・。
それから紆余曲折はあったのだけど、私はその当時の男の子・・・と言っても、今では中年のオジサンになっている叔母の同級生、渡辺ユキヒコさんとアポをとって、直接お話を聞ける事になった。