ニラ
ニラ
あぁ、どうしたものかーーー。
冷蔵庫の中を開きっぱなしのまま私は頭を抱えていた。
ニラが、ないーーー。
ニラがなかった。
何故私が冷蔵庫の前でニラがないと言う事だけでこんなにも頭を下げ抱えているのはと言うと、今私の家に遊びに来ている友人が夕食に私の作るニラ玉が食べたいと言ったことが始まりだった。
彼はニラ玉が好物と言うわけではなかった。だがどうしても私はニラ玉を作らなくてはならなかったのだ。
私達が大学生の頃、彼は私の住む小汚い六畳間によく来ていた。
あまり人と関わりを持とうとしない私を気遣って飲めもしない度の強い安物の酒を煽りながら次の日には思い出せないような話をして帰ってく。
私の大学生活の思い出は大半がそれだったのだが、その時に実家から何故かよく届いていたニラと近所のスーパーで安く仕入れた卵を使ってニラ玉を作りそれを肴にしていた、言わば彼との思い出の品である。
それを彼は食べたいと言っていたのだった。
私の家からニラを売っているようなところへは車を飛ばしても片道15分はかかる。30分も客である彼を待たせるわけにはいかない。
どうしようか、素直に謝るべきか。そうだそうしよう。それがいい。彼ならきっと許してくれる。
そう思ったところでリビングのソファに腰掛けている彼が口を開いた。
「いやぁ、懐かしいなぁ、1年ぶりぐらいか?すまないなぁ出来ればもう少し頻度をあげて来たいとは思ってはいるんだが」
「いや。いいさ、家をよく空けるのはよくはないんじゃないか?俺はいいからもっと奥さんに構ってやりな。もう四ヶ月なんだろう?」
私は声が震えないよう必死に取り繕いながら彼に話しかける。
「まぁな、でもな、うちの嫁さん料理が下手って言うわけではないけど、飽きが来るものばかり作るんだよ。たまには刺激のあるものだって食いたいさ。お前の作るニラ玉だって美味いわけじゃないが時々無性に食べたくなるんだ。ああ、そんなこと言ってたら早速食べたくなったな、頼むよ。」
しまった、とてもニラがないだなんて言える状況ではなくなってしまったぞ。
これで謝る、という選択肢は消えてしまった。
私は焦りを感じながら頭の中でどうすればいいのだろうと必死に考えていた。
こうなったら最後の手段だ。出来れば使いたくなかったがもうこれしかない。
「あのさぁ、テレビの隣に大きな棚があるだろう?それの一番上にあるそれ飲もうじゃないか。」
私のお気に入りのコレクションを飲ませて彼の気を紛らわそう。
きっとあまりの美味さに彼は何度も飲んでしまうだろう。
そして彼が酔っ払った頃に料理を出せばきっとニラじゃなくても気付かないだろう。
あまりにもチンケな考えだったが今の私にはそれが精一杯だった。のだが、思ったより事は簡単に進み彼が出来上がるまではそう時間もかからなかった。
少しうつらうつらしている彼を確認して私は早速調理に取り掛かる。ニラはないがネギはあるのでそれを入れ彼に差し出す。
「おお、相変わらずの見た目だな。いただきます。」
彼は嬉しそうに料理を一口、二口と口に運ぶ。
しかし三口目で彼の表情が変わった。明らかに疑心の顔つきだった。
「おい、お前、これはなんだ?変な味がするぞ。」
少し荒い口調で彼は私に問いただす。
私は内心焦りながら彼に答える。
「何ってニラ玉だよ。酔っ払っいすぎて味覚がおかしいんじゃないのか?」
「いやこれは違うね、お前、旧知の友人にこんなもん出すのか?」
私が反抗的な態度を取ったせいか彼の声は次第に大きくなる。このままではイタチごっこだ。私は彼を黙らせる為に睨みつける。
「なんか言えよ!変な顔して、ふざけてんのか!」
おかしい、私の顔で睨みつけるとおかしな顔になるらしい。
私は彼の文句を聴きながらもはや何も喋れなかった。
ああ、睨みが足りない。
私はヒートアップしていく彼の罵声を浴びながらただただそう考えていた。