トイレ休憩
ぶるるろおおおん!
腹の底から響き渡るような重低音をバックミュージックに、私とセラフィは街道を爆走する。
とはいっても、周辺の馬車とか同類の『荷車人形』とかは、せいぜい時速三十キロ程度なので、私もその流れに乗っているのだけれどね。
快適な風を受け、セラフィの髪がさらさらと舞っている。
道中で出会う人々も、特に私の姿には注目していない。
セラフィが言うところの短耳族という人々が、たまにセラフィに手を振り、セラフィも彼ら彼女らに手を振り返しているくらいかな。
うん。良い感じ。
私達は見事に、街道らしき平坦な道を走る『その他大勢』に溶け込んでいる。
こうしてみると、人々の服装もバラエティに富んでおり、別段セラフィのオーバーサイズTシャツが周りから浮きまくりというわけではない。
可愛いのは事実だけれどさ。
「ねえ、モモちゃん?」
「なあに? セラフィ」
「これからどこにいくの?」
「人が集まっているところ? 街とか村とかいうのかな? そういうところに行ってみるつもりだけど、嫌かな?」
「嫌じゃないよ! うれしい!」
セラフィは満面の笑みを浮かべ、キャビンの屋根に頬を擦り付ける。
「はあ、セラフィが可愛すぎてメモリが熱暴走しそうですね」
貴様もそう思うかジョナサン。
実は私もなんだよ。
そんなふうに、私達はしばらく街道のドライブを楽しんだんだ。
さて、そろそろかな。
「セラフィ、そろそろ休憩しましょう」
頃合いを見て、私はセラフィに声をかけてあげる。
素人は楽しいという感情に乗じてひたすら先に進みたがるのだけれど、私達はプロ。
きっちり一定時間ごとの休憩を取るんだよ。
あ、あそこに人が集まっているわね。
私達は大きな建物を中心に何軒もの露店を開いている場所に、他の旅人らしき連中にまぎれながら近づいていったんだ。
セラフィが思い出したように大きな建物のトイレに駆け込んでいった間に、私とジョナサンはこれからの細かい打ち合わせをしておく。
まずは手元の貨幣と宝石の価値を調べることについて。
セラフィは金貨、銀貨、銅貨については知っていた。でも、宝石については無知であった。
それに当然といえば当然だけれど、セラフィは貨幣価値についてはほとんど知らなかった。
「とりあえずセラフィが戻ってきたら、露店を回りながら取引の様子を観察してみましょう」
そうだねジョナサン。
トイレから戻ったセラフィにジョナサンが冷静に告げる。
「ということです。わかりましたかセラフィ」
「はい、ジョナサン」
私は無視なのね。まあいいけれどさ。
「セラフィ、まずは露店を全部回り、それぞれの売物がどの貨幣何枚で交換されているのか観察しますよ」
冷静な物言いのジョナサンにびびるセラフィ。
「ですから、欲しいものがあっても、まずは我慢するのですよ」
極めて機械的に言葉を発したジョナサンにセラフィはひたすら頷き、おとなしく私の背中に乗ったんだ。
お母さんかお前は、ジョナサン。
セラフィもそんな悲しそうな顔をしないでよ。
そうだよね。こんなに賑やかな場所で我慢するなんてつらいよね。
後で私がジョナサンに内緒で、あそこで売っている飴とかを買ってあげるからね。
「お父さんですかあなたは、モモちゃん」
ジョナサンの言葉は無視することにした。
「ということで、調査結果発表です」
ジョナサンが張り切っている。
ちなみにセラフィは露店回り疲れで眠くなったらしく、キャビンの屋根にぺったりと上半身をもたれかけている。
「どうやら我々の世界における一万円が金貨一枚、千円が銀貨一枚、百円が銅貨一枚、十円が鉄貨一枚のようですね」
ざっと市場を巡り、取引を観察した結果がこれ。
ちなみに偶然だけど、赤い小さな宝石で支払いを求めた旅のおっさんが、露店の店主に両替所を紹介されていたので、そいつを尾行してみたんだ。
その結果、小さな宝石は金貨一枚から十枚くらいの価値があると判明。
どうやら色と大きさと輝きで価値が変わるけれど、そこまではわからなかった。
私の手元には賊が残した小さな宝石が十数個ある。これならセラフィが持ってきた財産に手を付けなくてもなんとでもなるだろう。
よし、それじゃあまずは両替に行ってみましょう。
ここは両替所。
あらかじめセラフィには、赤い小さな宝石を一個渡してある。それじゃ頑張ってねセラフィ。
「これを両替してください」
私の背中越しにセラフィは両替所のカウンターに向かったんだ。
カウンターの向こうには脂ぎったおっさんが腰かけている。
「どれどれ、それでは宝石をこちらに渡していただけますか」
と、おっさんは鷹揚な態度で手のひらを差し出しながらセラフィ語りかけ、そんなおっさんのむかつく姿勢に押されながらも、セラフィはおっさんに向かって頷き、宝石を渡そうとする。
が、ここでこの方がブチ切れました。
「鑑定に手渡しとは感心できませんね」
ブチ切れ声を発したのはジョナサン。
しかし、おっさんにはセラフィが乗っている私がしゃべっているように聞こえたらしい。
途端におっさんの表情が引き締まる。
「これはこれは失礼いたしました。坊ちゃまのお使いと判断し、宝石を落とさぬようにと愚考させていただきましたが、まさか『代行人形』でお越しとは。ご無礼をお詫び申し上げます……」
エージェントゴーレム?
なんかいいこと聞いた。
ジョナサンも気づいたみたい。
「それでは主よ、真っ当な両替を頼む。結果次第では他にもお願いしたい品も持たせてあるのでな」
はいジョナサン。アカデミー主演男優賞ものの演技です。
その結果私達は、宝石で赤いのと青いのが金貨五枚、黄色いのが金貨十枚、透明なのが金貨二十枚程度の価値だと知ることができたんだ。
それじゃ次はセラフィの服ね。
ん?
どうしたの?
その乗り気じゃなさそうな表情は。
「ねえモモちゃん、ボクはこれを着てちゃだめなの?」
「だめです」
どうやらセラフィは私の白いTシャツが気に入ったらしい。
でも、この格好で常時いられると、私の精神が持たない。
うー。
衣料の露店に来ても、セラフィがちっとも買い物をしようとしない。
「ねえセラフィ、これが似合うんじゃないの?」
……。
返事なしね。
これは結構ダメージが来るなあ。なんでこんなにかたくななのかしら。
するとジョナサンがここでも機転を利かせてくれた。
「セラフィ、今着ているモモちゃんの服は大事な時に着るようにして、普段使いの服をここで買っておきましょうよ。ね?」
とたんに表情が明るくなるセラフィ。
そっか、この子はTシャツを私に返さなきゃならないと考えていたのかも。
「わかったよジョナサン!」
なんて可愛らしいの!
そんな表情をされたらお姉さん死んじゃう!
その後セラフィは、普段着を数枚と、私が選んだサンダルを購入したんだ。
「ありがとう、モモちゃん、ジョナサン!」
やめてよ照れるから。
「どういたしまして」
ジョナサンの冷静な返答に、ちょっとむかついたぞ私は。
まあいいけどさ。




