いきなりの火災現場
わけがわからないまま夜が明けてしまったわ……。
とりあえず私は死んだらしい。で、何かの手違いで転生しまったらしい。
しかもナビにとっては些細なことらしいけれど、私はよりによって、魔法生物『トラクタヘッド』に転生してしまったらしい……。
「ご納得いただけましたか?」
納得してません!
納得できるわけないでしょ?
これまで人間やってきたのに、いきなりトラクタヘッドやってくださいと言われたってさ。
大体、トラクタヘッドで何をすればいのよ。
「やだなあ、トラクタヘッドは陸の王者なんでしょ?」
あら。
わかっている子だね、このナビは。
うーん。冷静に考えれば、こんなことはありえない。
きっと私の身体は、事故現場から病院に搬送されて集中治療室にでも送られているに違いない。
そうね、きっとこれは夢。多分今のところ、私は『絶賛生死の境を行ったり来たり中』ってところでしょう。
ならば身体の治療はお医者さまたちに任せて、私の意識はこの夢を楽しむのが『前向きな姿勢』ってものよね。
こんなふうに考えてみたら、私は急に気が楽になってきたんだ。
そうだと決まったら、いろいろと細かいところをチェックしてみようっと。
この夢の中で描かれる、私の潜在想像力がどこまで広がるのか楽しみだわ。
……。
って、何あれ?
朝の陽ざしに似合わぬ黒煙が、おそらく数キロ先の場所で、もうもうと上がっていたんだ。
「煙のようですね」
いや、それはわかっているのだけれどね。問題は煙じゃなくて、煙を発生させている原因なんですけれど。
……。
火事だーっ!
「とりあえず現場に急行しましょう!」
そうだよね。夢だからといって火事を見過ごすなんてできないよね!
冷静になってからの簡単なボディチェックで、私は今の感覚を掴むことができた。
どうやら私は愛車のトラクタヘッドに憑依する形で一体化しているらしい。
これなら愛車、いや、私自身を自由自在に操ることができる。
便利なのは視覚を車両の表面や内部に自由自在に移動できること。さらに視野は三百六十度パノラマという優れもの。
ナイス私の想像力!
よし、行くよ。
ぶるるろおおおん!
私の意志に従うように、私自身のエンジンがうなりを上げた。
次の瞬間、私は煙が燃え上がる現場に向かって、タイヤから土煙を巻き上げながら疾走していったのさ。
◇
なによこれ……。
私が現場についた時には、既に煙は黒煙からうっすらとした白煙となっており、一時は燃え盛っていたであろう炎もほとんどが鎮火していた。
残っているのは黒い炭と白い灰ばかり。
ただ、そいつらは私の心を折ろうとしてくる。
なぜなら、炭と灰の原材料だったであろうものが、『石材』や『木材』ばかりではなかったから。
脂質と蛋白質の炭化した臭いが私の嗅覚に襲ってくる。
明らかに『人』だったであろう『かたち』を残したものが、その表面にぶつぶつと最後の燻りを発生させている。
そこには小さな建物の燃えかすが残っていた。
多分住人だったのであろう何人かの焼死体とともに。
酷い夢ね……。
ちょっと私の想像力、おかしい方向に頑張りすぎじゃない?
もしかしたら私の身体って、愛車から発火した炎で燻られたりしちゃっているのかしら?
だから夢の中の私にも、こんな光景を見せているのかしら。
そうじゃなきゃこんな夢見ないよね……。
するとナビが、混乱する私の意識に突然冷や水を浴びせたんだ。
「なにぼけっとしているんですか! 前方に生体反応確認!」
気付くと私の視界に、小さな赤い点と、そこまでに至るまでの通路や障害物を示すワイヤーフレームのような線が映っている。
「赤い点は見えましたか?」
はい……。
「あなたは陸の王者なのでしょ!」
はい……。
「救いますよね?」
……。
「救いますよね!」
「はいっ!」
私はナビに尻を叩かれながら、目の前の焼けた建物に突っ込んだんだ。がれきを蹴散らしながら。
あれ、ちょっと待って。このボディじゃ、がれきを押しのけることはできるけれど、細かい作業ができないじゃない。
どうしよう……。
すると、再びナビが登場したんだ。なぜか今度はさっきと違い、機械的な音声だったのだけれどね。
「ただいまの『がれき除去作業』により、あなたの『レベル』が上がりました。いくつかの『スキル』が解放されます」
レベル?
スキル?
なにそのロールプレイングゲームは?
「解放されたスキルをガイダンスに従ってご確認ください」
私はナビの音声に従って、ナビの画面に表示されているスキルを目で読み上げてみる。
『収縮』
『車載起重機生成』
『梱包道具操作』
「細かながれきの撤去には『ジェネレイトクレーン』と『コントロールパッキングツールズ』が最適です」
ナビが指示すすがままに、まず私はクレーンを頭に浮かべてみる。
「それではコマンドを唱えてください」
唱えなきゃダメ?
「当たり前です」
もう、中二みたいで恥ずかしいじゃないの。でも私頑張るわ!
「それじゃ、『ジェネレイトクレーン!』」
すると、運転席と連結器の間に、小さなクレーンが出現したんだ。やだちょっと便利そうだわ。
よかった。移動式クレーンの資格も持っていて。
って、この世界でも免許って必要なのかしら?
「つまんないこと考えてないで作業を開始してください」
あ、ごめん。
って、なんで私がナビに謝らなきゃならないの?
まあいいわ。目の前のがれき程度なら、クレーンの安定装置を伸ばしてボディを支える必要はないだろうし。
ちなみに現実世界ではアウトリガーを伸ばさないと、クレーンの安全装置が働いて動かないはずなんだけれど、さすがは私の夢。
ご都合主義全開だわ。
私はクレーンをキャビンの頭上越しに前方に伸ばし、がれきの山に向かわせた。
あれ? クレーンの先にはフックしかないわね。これじゃあ『玉掛け』ができないわ。
玉掛けというのは、クレーンのフックに荷物をくくりつけたワイヤーを掛けたり外したりする作業のこと。
ちなみにこれも資格が必要なんだ。
「そういう時に便利なのが『梱包道具操作』ですよ」
あ、そういうことか。ナビは賢いね。
私は一旦クレーンをキャビンの後ろに回すと、背後に整理整頓してある梱包道具の中からワイヤーを二本選ぶ。
「それじゃ『コントロールパッキングツールズ』!」
すると選んだワイヤーがクレーンのフックに自ら意志を持つように引っかかっていったんだ。
へえ、これって梱包道具限定の『念動力』みたいなものなのかしら。
「どちらかというと『義肢操作』に近いですね。梱包道具もあなたの一部ですから」
そうなんだ。
次に私はクレーンをもう一度がれきの山に向かわせる。
そしてワイヤーを自在に操り、がれきを玉掛けして吊り上げ、邪魔にならないところに移動していく。
すると間もなく、がれきの下に隠されていたように、目の前に小さな床扉が現れたんだ。
私は一旦ワイヤーを片づけてから、クレーンのフックを扉の取っ手に引っ掛けて、ゆっくりと引き上げてみる。
するとそこには下に降りていく階段が伸びている。
これって地下室かしら。
「生体反応はこの下から発せられています」
ナビの声に無意識のうちに頷く私。といっても傾ける顎がないけれどね。
「おーい」
返事がない。でも少なくとも屍ではないだろう。生体反応有りってナビも言っているしさ。
さて、どーしよっかな。
さすがに幅2.5m、高さ3.8mを誇る私のボディサイズじゃあ、この穴には入れないし。
って、そういえばスキルに『収縮』ってあったよね。あれ使えないかしら。
「使えます」
あっそう。さすがだねナビさんは。ところでどうすればいいの?
「収縮したいサイズをイメージし、コマンドを唱えていただければ勝手に縮みますよ」
それは便利ね。
それじゃ穴をくぐれるくらいのサイズになってみましょう。
「『コントラクト』!」
しゅるしゅるしゅる!
あら、本当に小さくなったわ。
それじゃ、次は階段落ちね。
私はタイヤを器用に操り、扉の下に現れた階段を一段ずつゆっくりと降りていったんだ。
当然、暗闇を照らすためにヘッドライトを点灯するのも忘れない。
何段か降りると、「ごとり」という響きとともに、斜めになっていたボディが水平になった。
ここで階段は終了ね。
私はそのまま、ゆっくりと奥に進んだんだ。
すぐ近くに確認できている生体反応に向かって。
ん?
かきーん!
突然金属音が私の頭上から襲いかかってきた!
続けて可愛らしい声が響いてくる。
「みんなの仇!」ってね。
なによそれ?




