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アパートメント

 伐採場から運んできた薪の納入は無事終了。運賃は金貨六枚。

 賊の死体も官憲所に納入完了。こちらは税引き後で金貨二十枚。

 その前にバオムさんのところで賊の身ぐるみを剥いだ山分けで金貨が十二枚と銅貨と鉄貨がたくさん。

 セラフィが焼け跡から持ち出してきた宝石と、その晩に轢死させた連中が残した宝石が合わせて十数個。

 大岩を砕いた時に旅人達から頂いたご祝儀も銀貨が何枚かある。


 これだけあれば、当座の生活は何とかなるかしら。

 

 どうやらこの世界は、良きにつけ悪しきにつけ、子供に対しても平等らしい。

 峡谷の旅人達も、伐採場のおっさんどもも、官憲所のおっさんやお姉さんも、普通にセラフィを一人前として扱っている。

 いや、一人だけ例外がいるわね。

 そいつは助手席でセラフィが温冷庫から取り出したミネラルウォーターを堪能している爺さん。


 そしたら爺さんが助手席から話しかけてきた。 

「モモちゃん、ジョナサン、聞こえるか?」

 聞こえていますとも。

「宿はどうするのじゃ?」


 宿かあ。

「ボクはモモちゃんのベッドがいいな」

 可愛いことを言ってくれるねセラフィは。

 確かにセラフィは私の中で眠るのが一番安全。

 でも、フェルゼン爺さんは、私の各種耐性までは知らないし、心配になるのも当然よね。


「実はわし、アパートメントも経営しておるのじゃが、どうじゃ?」

 あれま、私達相手にも商売かい。薄情だねえ。

 でもまあ、その方が後腐れもないし、いいかな。

 こういうときはジョナサンの無意味な冷静さが便利。それじゃお願いね。


「フェルゼンさん、車庫付きの部屋というのはありますか?」

 爺さんは当たり前じゃという表情。

「モモちゃんがすっぽり入る屋内ガレージタイプの家具付きアパートで一日銀貨三枚じゃな」

「割引はありませんか?」

「七日ごとならば金貨二枚、三十日ごとならば金貨八枚じゃ。前払いじゃぞ」


 日本円換算で一ヵ月の家賃八万円ですか。地方なら一軒家が借りられるわね。

 どーしよっか。

「拠点を構えるのは悪いことではないと思いますよ」

 そうよねジョナサン。

 セラフィも私達も、この世界について、余りに何も知らなすぎるものね。

 ここは思い切って三十日にしようか。セラフィはどう思う?

「ボクも色々と勉強をしたいな」

 偉いわね。それじゃ紹介してもらいましょう。

 

「それじゃ案内するぞい」


 フェルゼン爺さんの案内の元、私達は再び商業街を抜け、住宅街に向かって行ったんだ。


「ここじゃよ」

 フェルゼン爺さんが案内してくれたのは、商業街と住宅街の境目にあたるエリア。

 なるほど、このエリアならお家賃が高いのも当たり前ね。

 目の前には窓が縦にふたつ、横に四つ並んだ大きな建物が立っている。


 すると、建物の中からお婆さんがひょっこりと姿を現したんだ。

「これは旦那様。今日はどうされましたか?」

 どうやらこの建物の管理人さんらしい。

「おう、一階右側の入居者を連れてきたぞい。大至急三十日で契約書を用意してくれるか」

 フェルゼン爺さんの指示に、心得たとばかりに一旦建物の中に引っ込むお婆さん。

 すぐにお婆さんは書類を二部持ってきました。

 

「それじゃセラフィ、この書類にサインをもらえるかの」

 またサインか。この世界って結構な契約社会なのね。

 ところが、頷いたセラフィが書類にサインしようしたら、やれやれとばかりにフェルゼン爺さんがそれを遮ったの。

 

「駄目じゃセラフィ。契約書には必ず目を通さねばならぬぞ」


 おっしゃる通りです。

 でも、言われたセラフィはきょとんとしたまま。

 そうよね。優しいお爺さんが極道な内容の契約書を持ってくるとは、普通は思わないものね。

 ほらセラフィ、一度書類を持っておいで。


 収縮コントラクトした私とジョナサンは契約書の内容にセラフィと目を通し、特に『解約条項』と『違約金条項』に無茶な記載がないことを確認したんだ。

 

「見るからに詐欺師だとわかる詐欺師なぞおらんからの。気をつけるんじゃぞセラフィ」

「はい……」


 そうね。フェルゼン爺さんの言うとおりだわ。でもそれってちょっと子供には厳しすぎるんじゃない?

 管理人のお婆さんもちょっと驚いたような表情でフェルゼン爺さんの様子を伺っているしさ。


「それじゃ家賃の金貨八枚は、フェルトナ婆さんに支払っといておくれ。明日は組合を紹介してやるからの。それじゃまた明日な」

 お婆さんの名前はフェルトナって言うのね。わかったわ。

 って、お宅まで送っていこうか?

「フェルゼンさん、モモちゃんが家まで送ってくれるって」

 セラフィの申し出に、フェルゼン爺さんは満面の笑みをたたえたんだ。

「ありがとうよセラフィ。本当にお前は良い子じゃ。だがの、心配はいらん。わしの家はここじゃからの」


 爺さんが指差したのは、通りを挟んで立っている大邸宅だったんだ。

 そういうことなのね。


 フェルトナ婆さんが私達を案内してくれる。

「こちらですよ」

 建物は中央にエントランスがあり、そこから屋内階段が左右に螺旋形に上っている。

 この建物は二階建なのね。

 そのまま裏口に出て、建物の裏に回ると、そこには大きな扉が四枚並んでいる。

 扉のサイズはざっと高さ四メートル、幅も同じくらいかな。


「一階は部屋と、荷車も置ける倉庫が一緒になっているのですよ。主に他都市の商人さんが駐留するのにご利用になるのです」

 そっか。それであんなに大きい扉なんだ。

「出入りは裏口に抜ける倉庫の出入口とエントランスに向いた玄関のどちらからでも出来ますからね」


 再びエントランスに戻ると、フェルトナ婆さんはセラフィに鍵を二つ渡してくれた。

「こちらが玄関、こちらが倉庫の鍵となります。私はエントランス横の部屋で生活していますから、お知りになりたいことがありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね」


 私達はお婆さんに金貨八枚を渡し、玄関から部屋に入ったんだよ。

 

 部屋は八畳くらいのスペース。そこにたんすとベッドがしつらえてある。

 台所もあるけれど、薪は用意されていない。これもフェルゼン商会から買えってことよね。

 水をいれるらしいかめや桶も常備されているけれど、水自体は建物の裏にある共同の井戸から、それぞれが汲みだ出すみたいなんだ。上の階の人たちは大変ね。

 トイレも共同で汲み取り式。まあこれは仕方ないわね。どうせ私は使わないし。

 

 次に倉庫。こちらは思いのほか広いスペースでした。とはいっても、私が元のサイズに戻っても、すっぽり入るくらいだけれどね。 これだとトレーラーは入らないかな。


 セラフィも物珍しそうに部屋の中をきょろきょろと見回している。

 それじゃ、今日は水汲みだけして、身体を拭いてからパンを食べて寝ましょう。

 必要な買い物は明日にしましょうね。

「わかったよモモちゃん!」

 はい、良い返事です。

 

 裏の井戸から水を汲んで瓶を満たしておき、そこから必要な分だけ水を救ってタオルを絞り、身体を拭いていく。

 これがこの世界の標準的な入浴らしい。

 セラフィも心得ているようで、入浴の準備ができたら、どんどん服を脱ぎ始めてしまう。

 

 ……。

 

 落ち着くのよ私……。冷静になるのよ私……。

 

 ……。

 

「変態さん、セラフィの背中をぬぐってやったらいかがですか?」

 うるさいわねジョナサン。わかっているわよ!

 私は目の前で全裸になりながら背中にタオルが届かなくて四苦八苦しているセラフィのタオルをナイロンスリングで掴むと、そのまま背中を擦ってあげたんだ。


「モモちゃん、くすぐったいよ!」

 きゃっきゃと笑いながらセラフィが身をよじる。

 もうね。私ったら眼のやり場がありませんよハイ。

「早く慣れましょうね変態さん」

 うるさいわよジョナサン!


 部屋にベッドはあるけれど、セラフィは私のベッドで寝たがったの。

 だから今は私達は倉庫にいる。

 元のサイズに戻った私の中で、セラフィは夕食にツナサラダサンドを平らげた後、ぐっすりとお休み中。

 

 今日も色々あったわね。

「モモちゃん、ちょっと私も『メモリクリーニング』をしたいのですけれど、よろしいですか?」

 何それジョナサン。

「頭の洗濯みたいなものですよ。小一時間で終わるとは思いますが、その間はお返事できませんので、一応許可をいただいておこうと思いまして」

 あっそう。それじゃやってらっしゃいな。

 

 静かな夜。

 

 そんな中にセラフィのか細い声が響いてきた。

「モモちゃん……」

 どうしたの?」

「トイレ……」

 あれま、それじゃ行ってらっしゃいな。

 私は運転席側のドアを開け、ヘッドライトをほんの少し点灯してあげる。

 隣の部屋に向かうセラフィ。

 

「モモちゃん……」

 あれま、早いわね。

 

「ついてきてほしいの……」

 あー。

 

 はいはい。夜の共同トイレは子供には恐怖の世界よね。わかったわ。

 コントラクトした私はモモちゃんを背中に乗せて、玄関を出る。

 エントランスから裏口に回ると、そこには共同トイレの扉が並んでいる。

「あのね、どこにもいかないでね……」

 はいはい、わかったからさっさと行ってらっしゃい。

 私は一番端のトイレの前に移動し、扉の前にぴったりとついてあげる。


「モモちゃん、いる?」

 いるわよ。

 もう、仕方がないわね。

 

 この世界の夜は本当に真っ暗。

 アパートメントの窓からこぼれる光も、瞬く星の輝きと変わらないほどのささやかなもの。

 

「終わった」

 そう。それじゃあ部屋に帰りましょう。

「うん、モモちゃん!」


 セラフィは嬉しそうに私の背中に乗り、私はそのまま部屋に戻る。

 そしたら倉庫で元のサイズに戻り、セラフィをベッドに寝かせてあげる。

 

「お休みモモちゃん」

 はい、今度こそお休み。

 

 ……。

 

 やだ、ちょっと幸せを感じちゃったわ。

 こんな姿になっちゃったのにさ。

 私って、こんなに順応性が高かったのね。

 

 ……。

 

 するとそこで突然の叫び声が私を襲ってきた。

 

「魔法を覚えていましたよモモちゃん!」


 うるさいわよジョナサン! って、魔法?

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