これが、自殺者の現実だ
ケイは深く息を吸った。これから話すことを聞いて彼は、多分自殺を
思い留まるだろう。そうなってしまうと、あと一人と迫った、自分の
ノルマ達成は次にお預けとなってしまう。ここまでくるのに、どれほど
時間がかかったことか。それでも他の社員に比べれば相当早い部類だが
。そう考えるとやはりここで彼を引っ張りたいところである。そうすれ
ば目出度く自分は生まれ変われるのだ。新しい人間として。そんな自分
の欲望と葛藤が、彼の頭の中を逡巡していた。
「どうしたの?」
少年は、目を閉じて考え込んでいる彼をみて思わず聞いてしまった。
「ああ・・。それでは話すことにしよう。」
彼は、これから自分がこの世界に来てから見た事実を話す事に決めた。
そう、それでいいんだ・・・。彼は自分に言い聞かすように話す。
「まず、君たちの世界の人間は一つ勘違いをしている。自殺をすれば、
この世のことは全て御和算になると思っていることだ。例えば、借金に
苦しんで自殺した人間がいたとする。確かに自殺することによって、
「自分」はその苦しみから逃れられるかもしれない。しかし、周りの
人間はどうなる?連帯保証人はその借金を自殺者に代わって、肩代り
しなくてはいけない。これも現実だ。そしてその自殺者だが、その
借金を背負って逃げた罪は次の生に持っていかなくていはいけない。
ただ、幸いなことにその記憶は消されているがな。生まれた時に。
あと、これもこっちに来て分かった事だが、人間は生を受けた以上
その人生を全うしなければいけないというルールがある。つまり、
どんなに苦しかろうが、自然死つまり心筋梗塞でも病気でもいいが、
生命が力尽きるその日まで生きるというのが約束して生まれてきてる。
このことを分かっている人間はほとんどいない。自殺するということ、
それはそのルールを破ることである。自分で自分を殺してしまうのは
重罪なんだ。だからどんなことがあっても生き抜かなくてはいけない。
自殺した人間の魂は暗く、力が感じられないのが多い。こちらとしては
前にもいったが、生命はいたるところにある。人間に生まれたくても
そういう人間が生まれてくる確率は宝くじを当てるより低い。悪人や
自殺者が次生まれるとしたら・・・。さっきもいったがとても自分の
意思でどうこうできる生命にはまずなれない。これも厳しいが現実だ。
俺のように営業霊として、人を引っ張る仕事をする人間もいるが、自殺
者は大抵、バイタリティがないからその場でじっとしていることが多い
そんなところで人を引っ張ろうとしたところでそうそう人はよってこな
いから、ずっとその場にいなくてはいけない。俗にいう地縛霊というの
がそれだ。いつまでたっても成績が上がらないから社長もあきれてるが
他の生物になりたくないからそこに居座っているわけだ。自殺者って
なんかやろうというエネルギーがないんだよな~。あれじゃ死にたくも
なる。」
(あんたも自殺者だろうが)
という突っ込みでも入れようかと思ったが、変に話を端折るのもいやな
ので、それはやめた。
「同じ死に方でも事故死や、災害の死亡は致し方ない部分もあるので、
比較的甘い。というか普通にこの世界で自分のやるべき事をしっかり
終えて死ぬ人間は次も人間に生まれてくる可能性はかなり高い。
こちらの世界で人間枠というのがあり、さっきも言ったと通り、もの
すごい人気なのだが、人間は最優先でその権利を持っている。もちろん
すぐ生まれる人間もいるし、時間もかかることもあるが、人間に生まれ
るだけ良かったってもんだ。中には人間になれるのにサラブレットに
生まれたいなんて奴や、ライオンや鷹に生まれたいというやつもいる
らしいが・・・。一度そういう動物に生まれると人間に生まれるのが、
大変なんだよ。動物になると人としての「意識」がなくなって、「本
能」が主体となるから。ただ人間から動物に生まれた魂の中で、人間
になつく動物がいるが、彼らは人間として生きていた意識を多少たも
っている稀なケースだ。基本野生動物は人間に近寄らないし。
、そんな風にはおもってないからな。わかったか。人間に生まれてきた
ということは、とても幸福なことなんだぞ。それだけで金メダル級の
ラッキーだと思ったほうがいい。」
「自殺したら、これで終わりだと思ったけど・・・。そうじゃないんだ
・・。生きてるときを同じ・・。ある意味もっとひどい状況になる。」
「だから言いたくなかったんだよ。こういう話すると基本死にたくなく
なるだろう~。それが普通だ。それでもこちらの世界に来たいなら、
いつでも歓迎するぞ。そうだ俺の後釜でこの仕事してみるか?これは
これで中々楽しいぞ。」
「それはやめておくよ。おじさんのように頭も切れないし、話も上手く
ないし。死ぬのはやめても、家に帰ったらまた生き地獄だしな・・。」
そういうと、少年はため息をついた。月夜が彼を照らしている。
その光は悩んで暗く落ち込んでいる彼を冷たく包んでいるかのようだ。
ケイは、そんな少年を見つめながらある事実を話すことにした。
「人生にはある法則があるって知っているか?」