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第二話「AM4:00、少年少女の受難」

 ピリリリ・・・・。

 高く連続した電子音が聞こえた、気がした。

「…………?」

 ぼんやりとする頭でしばし思考する。

 目覚まし? いや、違う。目覚ましはケータイのバイブ使ってるからこんな音は鳴らない。  

 じゃあなんだ。

 ピリリリ・・・・。

 再びの電子音。周囲が明るくなったかと思えば、よくよく見ると枕が光っている。もそもそと枕の下に手を突っ込むと、決して竹取物語よろしく枕本体が光っていたわけではなく、光の原因は着信を知らせる携帯電話のイルミネーションであった。

 周囲のスマホ人口にもめげず、彼は折りたたみ式の黒い携帯電話を愛用し続けていた。

 だってメールと電話が出来れば生きていけるもの。どうせまめに連絡取る彼女もいないし、送られてくるメールはせいぜい部活の連絡である。寂しいとか言うな。解ってる。

「…………あ?」

 携帯電話のまぶしさも、表示された相手の名前も、彼―――「橋本君」を苛立たせるには十分すぎた。電話の主は、桜井静真。常日頃から橋本君をからかうことに命を懸けるクラスメイトである。

 寝ぼけた頭でも予想は付く。

 『絶対にロクな用件じゃない』と。

 この電話に出たら俺の人生が終わる気がする。彼の防衛本能がそう告げていた。よし、なんかさっきからピリピリ鳴り続けてるけど無視しよう。そして俺は寝る。橋本君は勢い込んで、ずり下がっていたふかふかの布団を被りなおす。この羽毛の沈み込むような感触を彼は愛していた。睡眠に癒しを求める哀れな高校生の全身を文句も言わずに一晩中包み続け、さらには温もりまで与えてくれる布団には、菩薩の如き慈愛まで感じる。

 橋本君はケータイを開き、通話停止ボタンを押そうとして――――――

 ピッ

 誤って通話ボタンを押してしまった。

(あ。もしもし、橋本君? Bouna sera! 元気かい?)

「お前のせいで全然元気じゃねぇ」

 俺の人生終わった……。

 橋本君は右手に持った携帯を握り潰しそうになっていた。力を込めすぎて腕がぷるぷるしている。人生というのはやや誇張に過ぎるが、少なくとも今日一日は平和に過ごせないだろうという一寸先の暗闇が彼にはよく見えた。

 電話口のハイテンションな桜井さんとは対称的に、橋本君は枕に顔をうずめてくぐもった声で応答する。

「マジで何なんだよお前。俺もう泣きてーよ」

(え~、今日は失血大サービスでイタリア語で挨拶したのに~。ほら、Bouna sera!)

「貧血でしねばいいのに……。なんでイタリア語?」

 寝起きだからか橋本君のツッコミには覇気が無い。ネガティブな単語を羅列して、枕にボスボスと顔をピコピコハンマーのように叩きつけている。やり場のない怒りは発散するにも一苦労なのだ。

 それにしても、耳元でくおんくおんと反響するような桜井さんのやたらハイな喋りは深夜テンションによるものだろうか。東の空は薄紫色に色付き、既に誰もが恐れる月曜の朝が迫ってきていたが、天頂より西にはまだ犬のくしゃみの後のように斑に星が置かれている。

「で? 用件を言え、用件を」

(え? あー、うん。なんか眠れなくてね。橋本君は夜行性かなって思ったから電話した)

「いくら夜行性でもこんな時間には寝てると思うんだけど」

 そう。ただ眠りを妨げられただけではない。

 現在の時刻は、午前四時を回ったところ。

 明日、というか今日は部活動の朝練がある。支度をし、七時には学校に辿り着き、着替えをして道具を出して……。橋本君は大体六時ちょっと過ぎに家を出て自転車をかっ飛ばす。五時頃には起きなければ。 そんなことを考え、口を動かしたからか、目が覚めてきた。

 桜井さんの妨害により目が覚めてしまっても、残り一時間とあらば、寝付くにも時間のかかる橋本君には二度寝しづらい時間なのであった。

「人が嫌がるタイミングを見計らって電話してきただろ。どうしてくれるんだよ、朝練あるんだよこのヤロー」

(だって私、ずっと眠れなかったんだよ? 橋本君は今まで寝てたでしょ?)

「寝てて悪いかよ、寝かせろよ」

(でしょ? 私が眠れなくて死んじゃいそうなのに橋本君は寝てるのかなーって思ったらなんかイライラしてきて余計に眠れなくなってきたから、妨害しようと思って)

「マジで性格悪すぎるわ、お前!」

 布団の上を這いずり回っているのか、電話口で何度もシーツが擦れる音がする。彼女が眠れないと言うのは冗談ではないらしい。若干の同情心が橋本君の胸筋に滲みそうになったが、桜井さんの嫌がらせというタオルでそれも全て拭い取られてしまった。

(明日……いや、もう日付越えたな。今日さ、英語の小テストあるじゃん)

「ん? ああ、あったっけ?」

 やべぇ、ちょっと後でノート見ておこう。

 携帯電話を耳に当てたまま、よっこいせと寝返りをうつ。目の前の壁のシミが貞子みたいでちょっと不気味だ。

(あるんだよ。それで、珍しくめっちゃ勉強したんだよ。寝ないと人間って記憶定着しないからさあ寝るぞーって思ったらこの有様だよ! どうしよう、せっかく覚えた英単語が定着しないよ! I am a pen!)

「知らね―よ!」

 桜井さんの怒りは実に理不尽であった。

 なぜ自分が彼女の眠れない憂さ晴らしに付き合わされているのだろう。いつの間にか眠気は消えて頭が冴えてきた。もう駄目だ。朝練でランニングしてるときに寝たらどうしよう。高校生は忙しいのだ。

「桜井爆発しろ」

(橋本君ひどい! 私たちの友情はたった数時間の睡眠を妨害されただけで水泡に帰してしまうようなモノなのかい?)

「友情なんてどこにあったんだ」

 もう駄目だ。これ以上寝ていられない。

(諦めたまえ、橋本君。同じ睡眠不足同士、一緒に学校いこうぜ)

「誰のせいだよ……」

 仕方なく上体を持ち上げる。窓の外は先程より明るくなっていた。

(橋本君、朝練あるんでしょ? 私も今日委員会の仕事あるから早いんだ)

「お前何委員だっけ」

(美化委員で花の水遣り)

「花が枯れそうだ」

(うるせえ枯れてないわ。じゃあ駅で仁王立ちして待ってるね! 頑張れ橋本君!)

 ピッ!

 橋本君をいじり倒して気が済んだのか、短い電子音によって一方的に会話は終了した。自らが加害者であるというのに、そんなことは玉ねぎのみじん切りのひとかけほどにも感じさせない朗々とした声音で集合場所を告げてくる。

 そんなだからついうっかり流されそうになって、橋本君は頭を振って我に返るのである。

「…………はぁ」

 ツーツーと電話が切れたのを確認して、ため息をつく。

 俺は今日もまたアイツに遊ばれるのか。

 もう泣きたい。

 はぁ、ともう一度ため息をついて、名残惜しくも慈愛の象徴であった布団から離れる。大きく伸びをして肘のあたりをぱきりと鳴らすと、橋本君は英語のノートを探し始めた。

 そしてあと二時間もすれば、生身の桜井さんに遭遇することになるのだ。

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