始まりの日 新月~New moon~【1】
少年は喧嘩をした。
それはほんの些細なことが原因だった。
誰も予想がつかなかった、誰もここで喧嘩になると思わなかった、これから遊ぼうというとき、少年の喧嘩相手である、親友の一言が原因だった。
些細な一言が彼らの友情に亀裂をいれ、もう二度となくならない傷が出来た。
親友と少年はただの"意見の食い違い"だった。幼い少年たちには自分が思っていることが正しいと思っている、それが子供というものだ。
テレビゲームやスマホゲームはもともとやり方が固定されているため、ゲームのやり方が違うことに対して喧嘩になることは少ないだろう。
しかし、例えば鬼ごっこでたとえてみよう。
逃げる側は、鬼に見つからないように『隠れる』かもしれない、もしかしたら正々堂々と鬼から『逃げる』かもしれない。
____やり方の違い
幼い少年は相手のやり方に不満を思う、そして、不満をありのままに口にするだろう。
そして、幼い親友もありのままに反論をするだろう。
それが心の傷になる場合もある、ならない場合もある。それは人間なのだから色々いるだろう。
なぜ、こんな話をしたかと言うと少年、北桜深雪は幼い頃の出来事で苦しんできたのだった。
『解離性同一性障害』、それは一般的に『多重人格』という名で色々な人たちに情報が拡散されている。
深雪は『解離性同一性障害』に悩まされていた。
もう一つの人格『ミユキ』は、深雪を絶体絶命という名の波に危険な目に遭わせないための人格だった。
幼い頃に体験した意見の食い違いによる『暴力』、『暴言』。
全ての暴力から身を守るための、全ての暴言から身を守るための、全ての危険を深雪から守るための、それがミユキの存在意義である。
ミユキは冷酷だ。
深雪に暴力を振るおうとした親友はミユキによって、片方の視力を奪われた。目を覚ました深雪が見たのは
『片方の目から血を流して倒れている喧嘩していた親友とその姿になった理由をしる周りの人間、そして自分の片方の手で確かに握られていたのだ。先ほどまで親友の体の一部だったはずの目が』
ミユキは親友の髪の毛をものすごい力で引っ張り、そして目に指を突っ込み、そしてもぎ取ったのだ。
まるで、最初からやったことがあるかのように、いとも簡単にやって見せたのだ。
深雪は困惑した。
自分はやっていないのに、周りは自分がやったという、何が起こったかわからない。周りが自分を恐怖の対象としてみて、もしかしたら、親に捨てられるかもしれない、もう学校に通えないかもしれない。
『恐怖』『恐怖』『恐怖』『恐怖』『恐怖』『恐怖』
彼の体には恐怖で埋め尽くされ、そして、心の中で沈んだ。
その瞬間、なにもわからなくなった。
+++
始まりの日 午前4時頃 深雪の部屋
深雪は、見たくもない幼い自分を『悪夢』として見た。
自分の首筋から、無数の汗が流れ、服の布によって吸い込まれていく。その繰り返しが寝ている間も行われていたようで服は汗によって、濡れていた。
(あれ…?いつの間に帰ってきたんだっけ?)
廃工場の前で自分の記憶が途切れている、そのことに諦めや恐怖を感じていた。
(また、俺…。)
(怖い、転校先でうまくやっていけるだろうか)
(前の学校は、こんな俺を受け入れてくれた)
(今回の学校はどうなんだろうか)
前に深雪がいた学校はミユキ共々受け入れてくれた。異常な自分を受け入れてくれ、深雪がこの学校を離れるときも涙を流してくれた。
何回も、何回も、自分を受け入れてくれる人たちを疑った。
だが、彼らは異常な自分をちょっと変わった友達として受け入れた、彼らは本当に優しい心の持ち主だったのだ。
だが、今度、転校する学校は前の学校のように受け入れてくれるか分からない。薄暗い部屋の中『もしかして』の状況を深雪は考える。
(もし、受け入れてくれなかったら)
(もし、誰かを傷つけてしまったら)
(もし、誰かからいじめられたら…)
(いじめられたら…)
(誠みたいに目玉をほじくりだすかもしれない)
(怖い 怖い 怖い)
恐怖が己の体を貫く。
もしかしての想像が己の自由を奪う。
そんなときだった。
自分のスマホが小さく音を鳴らしながら振動する。
(こんな時間に電話、か?)
少し怪訝に思いつつも、こんな夜中にかけてくるんだ、もしかしたら緊急の用事かも、と思い、スマホの通話ボタンを押す。
『もっしー!!こんばんはー、俺だよ、俺。ま・こ・と、だよーん』
「切っていい?」
『ちょっ、そんな冷酷な言い方しないでくれよー』
恐ろしく元気な声で相手は言う。
彼の名前は、天井 誠。
ミユキが最初に片方の目を穿り出した相手であり、そして親友である。
「冷酷も何も、こんな時間に電話をかけて、しかもそんなテンションだとこういう対応をされて当たり前だと思う、俺はおかしいかな?」
『いや、すみません。はい』
「で、何のよう?」
『いや、今日はお前、別の学校に転校するだろう?大丈夫かって心配の電話だよ』
彼は深雪のことを憎んでいない。
自分の視力がなくなっても、彼は深雪のことを憎む気になれなかった。自分のことに対して悩み、そして自分に対して必死に謝る彼の姿を見て、逆に憎むということに抵抗を覚えたのだった。
だから、未だに親友として付き合っている。
「……ありがとう。」
『おっ、深雪がデレたぞ!!録音!!!』
「誠、やっぱ切るぞ」
『ごめんって!マジで怒んないでって!』
「誠はそういうところがなければ、いい奴なんだけどな」
『待って、そんな冷淡な声で俺のピュアな心をえぐらないで!』
「いや、どこがピュアなんだか…」
そんな他愛のない話だった。それでも、安心できた。
彼と喋った深雪は恐怖が飽和した。
そんな彼に小さな声で言った。
「………………ありがとう」
『ん?何か言ったか?』
「いや、別に何も」
深雪は電話越しで、ニヤッと微笑んだ。
+++
始まりの日 午前4時30分頃 誠の部屋
「たくっ、知ってんだよバーカ」
誠は一人、切れたスマホを眺めて呟いた。
片方は義眼であるものの、もう片方の視力は2.0であり良好である。片方の目をえぐった親友が呟いた一言。
誠は誰も居ない自分の部屋で一人呟く。
「俺も、ありがとうな、深雪」
その言葉は誰も聞いておらず虚空へ消えていった。