43.結婚(最終話)
本日(2月12日)5回目の投稿です。
「どうせなら私お姉様と一緒に式を挙げたかったわ」
教会の控室でシャーロットは残念そうにグレイスにそう言った。白いドレスを身に纏った花嫁姿が美しい。
「まぁまだそんなこと言ってるの。それは無理だって何度も言ったじゃないの」
グレイスは呆れながらも、そんなことを考える余裕のある妹に感心した。
直後に式を控えている新婦とは思えない。
グレイスがエドワードの結婚の申し込みを受けたと知らせた時、シャーロットは自分のことのように喜んでくれた。そのことはグレイスの当初の願いそのものだった。漸く叶ったのだ。
何度も姉の手を取って『おめでとう』を繰り返すシャーロットは突然思いついたように合同で式を挙げようと言い出した。姉妹で同時に挙式をすればめでたさも倍増し費用や手間が一回分で済んでよいというのがシャーロットの言い分だったが、まだ婚約さえ実感の湧かないグレイスにとって無理な提案だった。妹の式は数日後に迫っている。心の準備も何もあったものではない。式の日取りについてはエドワードは急ぐ必要はないのでゆっくりと考えようと言ってくれていた。グレイスが困っていると、聞き付けた両親が大反対をしたのであっけなくシャーロットの提案は却下された。ブラウン夫妻は三女だけでなく次女までもが同時に家を出ていくことに耐えられないと言ったのだ。
「私はお姉様の幸せな姿をを見届けてから結婚する…っていうのが私の夢だったのよ。まずはお姉様が行かなくちゃ。これでは順番が逆だわ。せめて一緒にお嫁に行くんだったら…」
シャーロットはぼそぼそと呟いていて不満気だった。その拗ねたような顔は甘えて駄々を捏ねる時のお決まりの表情で子供の頃から変わらない。妹のこういった我が儘も今日で見納めだと思うとグレイスは感慨深かった。
「順番なんかどうでもいいでしょう。いい加減にあきらめて。そんな顔はドレスには似合わないわよ。ほらちゃんと笑って。綺麗な花嫁さんちゃんと見せて頂戴」
グレイスがそう言うと、しゅんとしたシャーロットは小声で「ごめんなさい」と言った。そしてはにかむように笑ってくれる。
今日の妹は輝いていて眩しい程だった。
「お姉様、じゃあ少しだけお先に行くわね」
「ええ。幸せになってね、シャーロット。とても綺麗よ」
「お姉様の花嫁姿も楽しみにしているわ。あぁ、私達ってとびきり幸せな姉妹ね!」
「そうね。あなたのお陰だわ。あなたが私を家から連れ出してくれたからエドワードに出会えたんだもの。本当に有難う」
シャーロットは感謝の言葉を聞いてグレイスに抱き付いた。
「嬉しい!私お姉様のお役に立てたのね!」
「シャーロット、そんなにくっついたら衣装が気崩れてしまうわ。ほら、ちゃんと立って」
「はい。お姉様。」
「国一番の花嫁さんだわ。」
「お姉様ももうすぐなるのよ。」
「国百番くらいにはなれるように頑張るわ。」
「何を言ってるの。目指すなら一番よ。」
姉妹の軽やかな笑い声が控室に響いた。
◇◇◇
ウィリアムとシャーロットの結婚式は滞りなく行われた。
数日が過ぎ、ブラウン家では日々の変わらぬ暮らしが戻ってきたが、一人分空いてしまった空間に皆少し慣れずに戸惑っていた。グレイスもふとした時にシャーロットが居ないことを思い出しほんの少しため息をつく。かけがえのない伴侶と共に旅立った妹には祝福しかないが、我が家からあの溌剌とした笑い声が聞こえなくなったことに一抹の寂しさを感じていた。するとそれを察したかのようにエドワードが訪ねてきてくれてた。
顔が見たくなったからと会いに来てくれたエドワードの姿で沈んでいた気持ちが吹き飛んだ。
その日は雲ひとつない晴天で日差しがとても暖かかったので二人で近くを散歩することにした。
「妹の結婚式の時はごめんなさい。私ったらずっとみっともない姿をお見せしてしまって」
式の間ずっとグレイスは泣きっぱなしだった。嬉しいやら寂しいやらで気持ちがごちゃ混ぜになってしまい止められなかったのだ。エドワードは隣でそっと見守っていてくれていたが後になって考えると相当酷い姿だったのではと心配になっていた。
「気にすることはないですよ。姉妹の仲を考えると当然です。今居なくなって寂しいんじゃないですか?」
「ええ、少し。思えばシャーロットは私の心の支えだったんだなと改めて感じます。いつもとても明るかったから元気を分けてもらっていたんだなって。あの子には感謝することばかりです。エドワード様と知り合えたのもあの子がラザフォード家に連れて行ってくれたからですし」
「あぁ、そうですね。それは僕も感謝しないといけないな。それに僕はシャーロットには随分と助けてもらいましたから」
二人で並んでゆっくりと歩いていたが、突然エドワードが立ち止まる。
つられてグレイスも歩みを止めた。
「…その……この際だからすべて白状してしまうとですね…」
「はい?」
「貴女に会う前から僕は貴女のことをよく知っていたんです。」
「え?」
「…きっかけは僕の父のお節介です。父は僕が成人してからというもの、夜会などで年頃の女性を見つけては勝手に僕に近づけようとしてたんです。それは息子の未来を真剣に考えてのことなどではなくて、あの人のただの暇潰しなんです。僕はそんなことに付き合ってられないから、相手の女性の失礼にならない程度にかわしていました。
でも3、4年前だったかな、父が今社交界で一番評判の高い女性がいると僕に言ったんです。それがメアリー嬢でした。」
「メアリーお姉様?」
「はい。彼女と会った時の夜会はとてもいいものでした。他人の事を根掘り葉掘り聞くような人が誰もいなかったし、ただ着飾って騒ぎ立てるだけのものでもなかった。落ち着いた雰囲気で僕にとっても珍しく居心地の良いものでした。楽団の演奏も上質で出される料理も凝っていて美味しかった。すると彼女は『あぁグレイスも来れば良かったのに』と呟いたんです。メアリーには妹がいて、とてもいい子だけれど大人し過ぎるということが分かりました。社交の場で妹と一緒に楽しみたいけれど頑なに嫌がるので出来ない、と彼女はとても残念そうでしたよ。」
「…確かに姉は社交の場に度々誘ってくれていました。でもいくら楽しいと言われても私は人前が怖くって。メアリーお姉様も絶対に無理強いはしなかったから一緒に出掛けることもほとんどなくて」
今思い返せば悪い事をしたなと思う。
「『この演奏をグレイスにも聞かせたかった』『これをグレイスにも食べさせたかった』ってメアリーはいろいろ言っていましたよ。だから僕はどんな妹さんなのかとても気になりました。メアリーは容姿だけでなく聡明で素晴らしい女性だった。そんな人が大切に思うグレイス嬢のことが心に残ったんです。」
自分の知らない所で自分のことが語られた知ってなんとも面映ゆい。しかもエドワードが気にかけてくれていたとは。
「メアリー嬢が結婚した後にまた父が今社交界で一番評判のいい女性がいると言ってきた。その人はメアリーの妹だと知って僕はあのグレイス嬢だと思って声をかけました」
「え?」
「それがシャーロット嬢だったんです。貴女ではなくて正直がっかりしましたが、彼女と話してみて驚きましたよ。シャーロットもまた『グレイスお姉様と一緒に来たかった』と言うんですから。メアリーと同じように。」
「お姉様はすぐに今の旦那様と知りあって結婚なさったから、私を夜会に誘うことも無くなってほっとしてたんです。けど、妹が夜会に出られる歳になったら今度は彼女が私を誘うようになってしまって…」
「その後も会った時はよく話をしましたよ。シャーロットの口からは貴女の事が次から次へと出てくるんですよ。貴女も妹さんのことはよく話しますよね。でも彼女もそれ以上に語ってくれました。僕は貴女のことが知りたかったから黙って聞いていました。彼女がウィリアムと知りあってからは遠慮しましたが」
エドワードとシャーロットが自分の話で盛り上がっていたなんてなんだかとても恥ずかしい。
「そんなことがあったなんて知らなかったです…仰って下されば良かったのに、あ…でも…私が二人を合わせた時はまるで初対面のように…」
「いや…それが、その…妹さんと知り合いだったとは言いづらくて。
…僕と初めて会った時のことを覚えていますか?あの時僕は貴女がブラウン家の者だと言った時とても驚いた。そして嬉しかった。やっと本物に会えたと。あの時いろいろ二人で話をしたでしょう?あの話はシャーロットから聞いていたことを総動員してたんです。貴女の性格も趣味も好みも聞いていたから上手く話せた」
「私に話を合わせてくれていたのですか?」
「そうではなくて、いや…そうなんですが、…でも思っていないことは言っていません。すみません。今思えば情けないんですが…僕はただ貴女に気に入られたくて必死だったんです。シャーロットと初対面の振りをしたのは彼女から情報を仕入れていたことを貴女に知られたくなくて…。」
エドワードはその時自分が思いの外不器用な男であることに初めて気がついた。好意を寄せる人に対しての歩みよりの方法を知らずにいた。彼は人に言い寄られることはことはあっても、言い寄ることは無かったのだ。
「シャーロットが勘がいい人で助かりました。色々察してくれて何も言わないでくれた。しかも貴女との間を応援してくれたんです。貴女を一番よく知る彼女の助言は心強いものだった。
貴女が恋人役を探していると聞いた時、絶好の機会だと思いました。貴女にはお試し期間として丁度いいんじゃないかと。僕の事もよく知ってもらえると考えたんです。
貴女は噂通りの素敵な人で一緒に居ると心地が良かった。僕は恋人役を演じたことは一度もないですよ。それは僕にとってはただのきっかけに過ぎなかった。あまり気にしていませんでした。でもそのせいで貴女を随分と不安にさせていたことに気付けなかった。僕の配慮が足らなくて申し訳なかったと思っています。最初からもっと正直に貴女に気持ちを伝えていれば良かったんだ」
「今こうして伝えて頂けて十分です。知らない内にみんなに気を遣わせてしまっていたのですね。私ったら何も知らずに自分を守ることばかり考えていました。…でもエドワード様が…その…私の事をいろいろ考えて下さっていたことが分かって…今とても嬉しいです」
グレイスは頬を染めた。
エドワードは彼女を引き寄せ抱きしめる。
「回り道をしてしまいましたが、ちゃんと辿り着けて良かった。貴女の傍が僕の居場所です」
突然の抱擁にグレイスの鼓動は速くなる。顔が赤くなっているのが自分でもよく分かる。彼に包まれながら味わったことのない幸福感に満たされた。
勇気を振り絞って両手を彼の背に回し、力を込めた。
◇◇◇
「やっぱり、貴女と一緒に式を挙げれば良かったかしら。」
教会の控室でグレイスはシャーロットに話しかけた。
数ヶ月前とは逆の立場になっていた。グレイスは白いドレスに身を包まれている。
「嫌だと言ったのはお姉様じゃない。今更どうしてそんな事おっしゃるの?」
「だって、一緒なら皆貴方に注目するもの。私を見ることもないでしょう?そうすれば緊張しなくて済むわ」
「馬鹿なことを言わないで。そんな理由ならこっちからお断りだわ。これだけお綺麗なんだから目一杯見てもらわなくっちゃ。今日の主役なのよ。もっと胸張って。自信をもって。お姉様に足りないのは自信よ」
「…確かにそうよね。…分かってはいるのだけれどなかなか思ったようには性格は直せないわ。まだエドワード様に相応しいかどうか少し悩むこともあるもの」
「まぁ、まだそんな事をおっしゃってるの?」
「…でもね、エドワード様なら信じられるのよ。彼が私を望んでくれるなら私も捨てたもんじゃないんだって思えるの。だから大丈夫」
「あら、ひょっとして今、ただの惚気を聞かされたの?」
「ええ。たまには私が言ってもいいでしょう?」
「大歓迎よ。さぁ、もうすぐ式が始まるわ。心の準備はいい?」
グレイスは大きく頷いた。
「幸せになるわ。だから安心してね」
グレイスは輝くような笑顔でそう言った。
これでこの話は終わりです。こんな拙い話を読んで下さって本当に有難うございます!
あなたは辛抱強い、いい人です!




