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41.救出

本日(2月12日)3回目の投稿です。


雪の中馬車でブラウン家に向かっていたエドワードは到着した時すぐ異変に気が付いた。


家の前は馬が何頭か並べられ防寒着に身を包んだ男達が忙しなく動いていた。

その様子に何か不穏な空気を感じて急いで馬車から降り事情を尋ねた。

今朝からグレイスとアダムが行方不明らしい。

気付いたら二人とも居なくなっていて、誰も行き先を知らなかった。

馬車は使われていない。二人の外套や防寒具が無くなっているので自主的にどこかに出掛けた事だけが判明した。取り敢えず近場を探してみたがどこにも居ない。

グレイスが何も言わずに外に出ること自体が滅多に無いことだった。異常事態に家中の者が慌てていた。


徐々に強くなっていく雪が皆の不安を煽っていた。

この時期は日が暮れるのも早い。夜になって寒さが増せば身の危険にも関わってくる。

人と馬を集めて広範囲の捜索をすることになっていた。

エドワードは迷うことなくそれに加わることにした。




◇◇◇




寒い。冷たい。寒い。


強い風が吹く度に刺すような冷たさに襲われて顔が痛い。

木々の轟音が怖くて堪らない。

身も心も凍ってしまうような気がした。

意識が朦朧としていく。


「グレイス!」

遠くで誰かが呼んでいる。何度も呼んでいる。

ここに居ると伝えたい。助けてと叫びたいのに口がもう動かない。

グレイスは眠るように意識を失った。




◇◇◇




ここはどこなのだろう。

グレイスは自分の居場所も分からず不安になった。

目を開けたくても力が上手く入らない。


「グレイス」

聞き覚えのある低い声。


さっきまで凍えていたはずなのに今は体が燃えるように熱かった。

全身がだるい。


「グレイス」

また呼ぶ声がする。

声の主を確かめたくて一生懸命重い瞼を動かした。


「……エドワード…さ…ま?」


狭い視界の中にエドワードの姿があった。輪郭が少しぼやけている。

体が思うように動かないし思考もはっきりしない。

そうかこれは夢なんだ。グレイスは確信する。

なんて幸せな夢だろう。

会いたいという思いが通じて夢に現れてきてくれたんだ。

嬉しくて泣いてしまいそう。


一粒の涙が頬を伝った。

彼が大きな手で拭ってくれる。

その手を握りたい。なのに力が入らなくて手さえも動かせない。不自由な夢だ。

口なら少し動かせそうだ。何を言おう。言いたいこと、言えなかったことは沢山ある。

夢の中なら何を言って許されるだろうか。彼を困らせもいいのだろうか。

本当の気持ちを伝えてもいいだろうか。


視界がどんどん霞んでゆく。もう目を開けていられない。


どうか最後に言わせてほしい。



「…お慕いして…いま…す」


必死に口を動かした。


「…だか…ら…ずっと……傍にい…て…」



小さな声だった。この声は彼にちゃんと届いたのだろうか。

この気持ちは届いたのだろうか。

確かめることも出来ないまま意識が遠のいていく。



唇にそっと何かが触れたような気がした。




◇◇◇




シャーロットはそっとグレイスの寝室に入り寝台で横になる姉の様子を確認した。

一晩中高熱にうなされていたが翌朝になって少し落ち着いたようだった。

荒かった呼吸も今は幾分ましになっている。

それでも顔は赤く少し苦しそうだった。まだ熱があるようだ。

数時間雪の中に居たのだから当然だった。完全に回復するまで少し時間はかかるだろう。医師はこのまま安静にしていれば大事はないと言ってくれている。


シャーロットは寝台のすぐ側の椅子に腰かけていたエドワードに声をかけた。

持ってきた温かいカップを手渡す。彼が朝食は要らないと言うので飲み物だけでもと思ったのだ。


「姉を助けて下さって有難うございました」

改めてお礼を言った。

雪の中で倒れているグレイスを助け出したのはエドワードだった。

捜索に出ようとした矢先アダムだけが一人で戻って来た。彼は震えながら一生懸命グレイスの居場所を教えてくれた。それを聞いたエドワードは真っ先に動きだしグレイスを見つけることに成功した。

彼はグレイスのことが心配だといってブラウン家に残り付き添ってくれた。


「無事に見つかって本当に良かった」

エドワードが心底ほっとしたようにそう言った。


その部屋に居るのは寝台で眠るグレイス、枕元にいるエドワード、その隣に立つシャーロットの三人だけだった。

とても静かで熱のあるグレイスの微かな寝息だけが聞こえていた。


エドワードはグレイスの寝顔を心配そうに見つめ続けていた。

それをじっと眺めていたシャーロットが口を開く。


「私…姉を尊敬しているんです。お姉様は誰よりもお優しい方だから」


「ええ」エドワードが深く頷いた。


「だから誰よりも幸せになってほしいんです。私なんかよりずっと幸せになって頂きたいんです。その権利があるんですもの。だって…」

シャーロットが急に口を閉じた。

妙な間にエドワードが視線をシャーロットに移すと彼女は両手を固く握りしめ悲痛な表情を浮かべていた。


「…お姉様の足が悪いのは全部私の所為だから」


一呼吸置いてシャーロットは徐に話し始めた。


「子供の頃の私は自分が中心にいないと気が済まない我が儘な子でした。身内の中で一番年下でみんなが可愛がってくれたので調子に乗っていたんです。でも弟のアダムが産まれた時、一瞬で状況が変わってしまいました。皆の注目があの子に向いてしまった。表にはあまり出しませんでしたが内心は本当に悔しくて仕方がなかったんです。

だから少し無茶な事をするようになってしまった。今考えると本当に恥ずかしいんですが、ただ皆に注目されたかったんです。弟が産まれてしばらく経った頃家族みんなで森に散歩に出掛けた時がありました。大きな木が沢山あって私は登り始めました。てっぺんまで行って皆にすごいって褒めてもらいたかったから。グレイスお姉様は危ないからやめなさいと何度も注意してくれました。でも言う事を聞かなかった私は途中で落ちてしまったんです。

落ちた直後はあぁ失敗したなって思っただけでした。だってあまり痛くなかったんだもの。でもそれはお姉様が私を受け止めてくれていたから。当の私は無傷だったのに、下敷きになったお姉様の足からは血がいっぱい流れてました。衝撃で落ちていた枝が刺さってしまったんです。私はそれを見て震えていました。両親に姉に怪我を負わせたと叱られるのが怖かったんです。そうしたらお姉様が心配そうに『あなた怪我は無い?』って聞いてきたんです。私自分が恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなかった。

大急ぎで医者を呼んで手当をしてもらったんですが、後遺症が残ってしまい姉は普通に歩けなくなりました。

全部私が悪かったんです。それなのに姉は私を一度も責めた事がないんです。泣いて謝る私に気にしないでいいと言うだけでした。それどころかお姉様は自分で転んだことしてくれました。たまたま現場を見ていたのはグレイスお姉様だけだったから私に非がある事を隠してくれたんです。

それからは私も目が覚めました。自分のことばかり考えていては駄目だと分かりましたから。優しい人なりたいと思うようになりました。グレイスお姉様のように。

まだまだ到底及ばないけれど、お姉様という存在がなければ今の私はありません。ウィリアムのようないい方に好きになって貰えなかったと思います。私の幸せは全てお姉様のお陰なんです。」


シャーロットは懺悔をするかのように話していた。


「話しにくいかったでしょうに、聞かせて下さって有難うございます」

「いいえ。エドワード様にはお話しておきたかったんです。姉の稀有な優しさを知ってほしいから」

「よく分かりましたよ。得難い人だ」

「はい。…ただお姉様はご自分の価値を低く見積もり過ぎなんです。昔からそうなんです。周りが良ければそれで十分という方だからどこかご自身を蔑ろにされているところがあって…。ご自分がどれだけ魅力的なのかお分かりになっていないのです。

片足が不自由になったことについてお姉様が不満を漏らすのを私聞いたことがありません。きっとお辛い思いを何度もされているでしょうに。それがどんなに立派なことか。あれだけ人を思いやれる方は他にいないと思います。でも、どれだけ褒めても身内だからなのかあまり信じてもらえなくて。」


シャーロットはそこで躊躇うような仕草をした後、話を続けた。


「…あの…最近お姉様の様子がおかしくて…。何もない風を装っていますけれど、どこか無理をしてるような気がするんです。何も話してはくれませんし私も追究していませんが、エドワード様とのことで悩んでいるのではないかと思うんです。最近急にお二人は会わなくなったでしょう?

先日のノーマン家での夜会もエドワード様が来られなくて寂しそうにしてらしたし。」

「え?」

「どうかしましたか?」

「そんな夜会があったなんて僕は初耳です」

「…でも、グレイスお姉様はエドワード様を誘ったとおっしゃっていましたわ。都合が悪くて参加できなかったのではないのですか?」

「…」

「まぁ、どういうことなのでしょう。やっぱり何か問題が…。では、お父上が来られたこともご存じないのですか?」

「父が?僕の父が行ったのですか?」

「…はい。来てすぐに帰ってしまわれたらしいんですが、グレイスお姉様と何か話してらっしゃったのを見たんです。あまり楽しげな雰囲気ではなかったので気になりました。

それに今回の件も…。アダムはグレイスお姉様が寂しそうだったから一緒について行ったと申しておりました。

何か…何かお二人の間に行き違いでもあるのでしょうか?

姉は欲しい物があっても強く要求するような人でありません。先程申しましたように自分の魅力を過小評価しているから、貴方と釣り合いが取れていないと勘違いしていのかもしれません。でも…姉を、グレイスお姉様を幸せに出来るのは貴方しかいないと私は思っているんです。…だから、だからどうか」


「分かっています。ご心配をお掛けして申し訳ありません。グレイスも不安にさせてしまい済まなかった思っています。僕は臆病で浅はかでした。僕がちゃんと正面から彼女に気持ちを伝えていたらいいだけのことだったのに。拒絶されるのが怖くて逃げていた」


「そんな…お姉様が拒絶などするわけが…」


「ええ。そうですよね。よく考えれば分かることなのにおかしいですよね。

でも少し前は僕の方こそ彼女と釣り合うのか自信がなかったんですよ。

雪の中で倒れているグレイスを目にした時、もしも本当に彼女を失ってしまったらと生きた心地がしませんでした。そんな大切な存在をもう手放すことはできません。それを彼女に伝えます。

貴女の話も聞けたし、幸運なことについさっきとてもいい情報を手に入れることが出来たし勇気も希望も湧いてきました。全力で貴女のお姉様を幸せにしたいと思います」


それを聞いたシャーロットは彼がいてくれて本当に良かったと心から感謝した。


「エドワード様、どうか、どうか姉をよろしくお願い致します」

読んで下さって有難うございました。

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